かつての仲間 1
その後王都中の宿屋をくまなく聞き回ってみたけれど、やはり、シオンらしき客はいなかった。
ということは、やはり今も軍本部の建物のどこかに拘束されているのだろう。
タリオンがぐしゃり、と頭をかきむしった。
「くそっ! 俺のせいだ。俺があいつを夜会に呼んだりしなきゃこんなことには……!」
後悔の言葉を口にするタリオンを、アグリアはなだめた。
決してこんなことになったのは、タリオンのせいじゃない。きっと遅かれ早かれこうなる運命だったのだ。
「俺もそう思う。それにこれは俺のただの推測だが、もしかしたらクロイツのやつが犯した罪は、配給品の横領なんていう軽微なものだけじゃなかったかもしれん」
「どういうことだ?」
モンバルトのなんとも不穏な物言いに、タリオンがはっと顔を上げた。
「まさか……当時流れていたあの噂か⁉」
顔を強張らせつぶやいたタリオンに、アグリアがどういうことかと問いかければ。
「実はさ。当時別の噂も流れてたんだよ。国の機密情報が隣国に流れているっていう」
「機密情報⁉」
タリオンが深刻な顔でこくりとうなずいた。
配給品の不着だの横領だのと言った事柄も確かに由々しき問題ではある。けれどその噂は、国の未来を脅かすほど深刻なものだった。
「隣国のスパイが入り込んでいるんじゃないかとか、国の上層部にいる人間が情報を流しているなんて話もあった。けど、結局誰なのかはわからず仕舞いでさ」
モンバルトがこくりとうなずいた。
「クロイツが幅を利かせはじめたのも、同じ頃だろう。だからこそ皆クロイツには強力な後ろ盾がいるんじゃないかって噂になったはずだ。もしかするとその後ろ盾ってやつが、クロイツに情報の漏洩を命じたって可能性はある。そしてその証拠をシオンに握られたと勘違いするようなことが、戦地であったとかな」
「……!」
タリオンがごくりと唾をのみ込んだ。
「確かに言われてみれば、時期が重なってるな。じゃあクロイツはそれがシオンにバレたと勘違いして、それで消そうと……? 結果的にランソルだけが死んじまって、余計に復讐されるんじゃないかって不安を抱えてるってことか?」
思いもよらない展開に、言葉も出ない。
「じゃあクロイツは、横領だけじゃなく機密情報を流した罪の証拠もシオンにつかまれてるって思い込んで、復讐される前に口を封じようとして前線へ送ろうとしてるの⁉」
確かに国家の機密情報を敵国に流したとなれば、大罪だ。そんなことがもし公になれば、間違いなく首が飛ぶ。しかもランソルの死が故意に違いないとシオンが考えたとすれば、クロイツに並々ならぬ復讐心を抱いてもおかしくない。
そのためにずっとシオンを恐れていて、いつか口封じしようと考えていたのだとしたら――。
そしてはた、と思った。
「でもそんな情報を得られる人って、ごく限られるでしょう。そんな人とクロイツが結びつくなんてこと、そうそうある? そもそもクロイツの後ろ盾って誰なの?」
アグリアが疑問を口にすれば、モンバルトが「あぁ」と声を上げた。
「まだ言ってなかったか?」
「え? もしかしてモンバルト先生、知ってるんですか?」
こくりとうなずくモンバルトに、タリオンが目を丸くした。
「ガイクスさ」
瞬間、タリオンとアグリアは顔を見合わせた。
どこかで聞いた覚えのある名ではある。けれど誰だったか、と記憶をたどっていると。
「王子だよ。この国の第二王子のガイクスだ」
一瞬の間ののち、ふたりそろって大声を上げた。
「え……? ええええええーっ!?」
「はぁぁぁぁぁっ!?」
タリオンとアグリアの絶叫が、開店前の店の中に響き渡った。
一夜明けて、王都での生活がはじまった。
「よぉ、アグリア。タリオンから朝一で名簿が届いた。ひと段落したらさっそく聞き込みに行くぞ」
「モンバルト先生!」
急ぎ厨房から飛び出せば、モンバルトがにかっと笑った。
「もうちょっとで仕込みが終わるから待っててくれる? あ、そういえば昨日言ってた強力な助っ人はどうなったの?」
「あぁ、今連絡を待っているところだ。さすがにひょいひょい会うわけにもいかなくてな。色々面倒なんだ」
「はぁ……」
アグリアは昨日のことを思い出していた。
クロイツの後ろ盾がまさかのこの国の第二王子ガイクスであると聞き絶望していたら、モンバルトがとある提案をしたのだ。こうなったら、第二王子に対抗できるだけの人物を連れてくる、と。
そんな人間がそうそういるとは思えない。何しろ相手はこの国の第二王子なのだ。けれどモンバルトは自信満々な顔で任せておけ、なんて言っていたのだけれど。
少々懐疑的な気持ちで首を傾げ、ともかくも残りの作業を急いだ。
今日はこれからかつてのシオンの仲間たちを訪ね、話を聞いて回るつもりだった。戦地でともに戦った仲間たちなら、きっと当時のことで何か気づいたことがあるかもしれない。
仲間たちの名簿は、タリオンが用意してくれた。全員ではないけれど、今は軍を除隊して王都に暮らしている者もそれなりにはいるらしい。
ひとり目の仲間、トーマスは除隊後王都でパン屋を営んでいた。
「あっ、ありましたよ。先生! 『トーマス・ベーカリー』」
店に入るなり店主らしき大柄な男がゆっくりと振り向き、あんぐりと口を開いた。
「んんんんー!? あれっ、あんた……モンバルト先生じゃねぇかっ!」
「おぅ、トーマス! 元気にしてたか?」
トーマスの顔が嬉しそうに一気に綻んだ。
「実はシオンのことでちょっと頼みがあってな。あぁ、こいつはアグリアと言って、シオンのカミさんだ。あいつ、数年前に結婚してな」
「あのシオンが結婚っ⁉ そりゃたまげた!」
慌てて頭を下げれば、温厚そうなトーマスの顔が嬉しそうに輝いた。
「そうか……。シオン、まだあの時のことを気にして……。仲良かったもんなぁ、あいつら」
モンバルトからシオンにまつわる事情を聞き、トーマスが鼻をぐすりと鳴らした。
「それでお前さんにも、当時のことを色々と聞かせてもらおうと思ってな。配給品にまつわる噂とか……色々あったろ」
「あぁ……」
悲しい過去を思い出したのだろう。トーマスの顔に広がっていた笑みが消えた。
「俺は今でもあの事故は、クロイツが仕組んだんだって思ってる。ランソルはそのことで消されたんじゃないかって」
「何か当時のことで覚えていることはありませんか? シオンは、クロイツの悪事のことで何か話してはいませんでしたか?」
身を乗り出し問いかければ、トーマスは記憶を辿るようにゆっくりと話してくれた。
「シオンは確かにクロイツのことを色々と調べ回ってた。配給品を隣国の誰かに横流して金を稼いでるんじゃないかって考えてるみたいだった。何度かクロイツが村の外で見かけない男と会ってるみたいだって言ってたし」
けれど相手が誰だったのか、何の用件で会っていたのかまではつかめていなかったらしい。
「シオンは俺たちを巻き込むまいとして、あえて黙ってたのかもしれない。そういうやつだったから。だから多分ランソルもよくは知らなかったんじゃないかな。シオンがクロイツを疑ってるってのは、知ってたろうけど」
トーマスはゆるゆると頭を振った。
「シオンもランソルもいいやつなんだ。仲間思いで優しくて、男気があってさ。なのに……」
トーマスが鼻をすすり上げた。
「シオンはクロイツの態度にいつも苛立ってた。このままじゃ皆食いもんもなく無駄死にするしかないって」
きっとシオンは仲間をなんとか守りたくて必死だったのだ。シオンはそういう人だ。
「シオンのやつ、いつだったかクロイツにつかみかかってさ。絶対にお前のしたことを明らかにしてやる、なんて息巻いてたよ。部下の命を守れない上官なんざ、虫けら以下だって言ってさ」
けれどトーマスが知っているのは、ここまでだった。
ランソルが死んだ爆発事故が起きた時、トーマスは離れた場所にいた。そのため、当時現場で何が起きたのかは何も知らなかった。
「ランソルが死んで、シオンが呆然としたまま運び出されるのを俺はただ見てるしかできなくて……。あんな……あんなひどいことはねぇよ」
トーマスがしょんぼりと肩を落とした。
「シオンはあんなに俺らのためにしてくれたのに、シオンに何もしてやれないのが辛いんだ。だから俺にも協力させてくれ!」
「トーマスさん……」
「俺も当時の仲間たちへの聞き込み、手伝うよ! シオンのために何かしてやりたいんだっ」
トーマスの熱い申し出に、アグリアはモンバルトと顔を見合わせこくりとうなずいた。
「ぜひよろしくお願いします! トーマスさん」




