それぞれの決意 3
馬車の中で、モンバルトから驚きの事実を告げられた。
「この間の納屋の火事だけどな。どうやらあれは、シオンへの脅しのために昔の上官だった男が仕組んだことかもしれん」
上官、と聞いて夜会で出会ったクロイツを思い出した。
「それってもしかして、クロイツ・シュクルゼンって人のこと?」
モンバルトが目を見開いた。
「お前さん、クロイツを知っているのか?」
事情をすべて話せば、モンバルトが渋い顔でうなずいた。
「なるほど、そういうことだったのか……。それで今になってクロイツはシオンにこんなことを」
「どういうこと? あのクロイツって人とシオンの間に、何があったの? なんで納屋に火なんか……」
妙に納得した様子のモンバルトに、アグリアは首を傾げた。
「実はな、火が消えたあと現場に文字が残されていたんだよ。とは言っても普通の人には意味のわからん記号でしかない。だがシオンはその意味に気づいたのさ。だからあいつはこんなに急いで領地を出ていったんだ」
はっとした。
(じゃああの時シオンが足で消したのは、その文字だったのね……。お父様や私に気づかれる前に急いで消したんだわ)
あの時のシオンの妙な動きに納得がいった。
地面に残されていたのは、戦地で使われる暗号だったらしい。『この地は危険だから、すぐに離れろ』という意味の暗号を見て、シオンはそれが自分に向けられたものと気づいた。本来ならば味方を守るために使われる暗号なのだが、今回に関しては意味が違っていた。
「どういうこと? その暗号に一体どんな意味が?」
モンバルトは一瞬口ごもり、意を決したように告げた。
「クロイツとシオンの間には浅からぬ因縁があってな。もしもクロイツがその気になれば、この領地を潰すことなど造作もない。だから言う通りにしろ、という脅しだろうな。前線への辞令に従え、そして急ぎ自分のもとにこいという意味のな」
「……!」
「つまりシオンは、お前さんとこの領地を守るためにクロイツからの呼び出しに応じざるを得なかったんだよ」
悔しさに、言葉が出なかった。
シオンは領地と自分とを守るために、死地へと赴かざるを得なかったのだ。死ぬとわかっていて、ここを出た。何も告げずに。その心中を思うと胸が苦しい。
「だがな、あいつは望んで前線へ行くんだよ。ずっと死に場所を探していたあいつには、願ってもない辞令だったんだ。それが問題でな」
重苦しいため息ととともに吐き出されたモンバルトの声に、アグリアもこくりとうなずいた。
「……ね、クロイツとの因縁って、もしかしてランソルって人も関係してる? シオンが夜うなされてたの。ランソルって名前を何度も呼びながら、苦しそうに、許してくれって何度もあやまってた」
「あぁ……」
見たこともないほど苦々しいモンバルトの表情に、こくりと息をのむ。
「ランソルは……シオンの親友、だった男だよ」
「だったってことは、その人はもう……」
モンバルトがこくりとうなずいた。
そう言えばあの夜会でクロイツが言っていた。『死人は死人だ』と。あれはランソルのことだったのだろう。
ランソルはシオンと戦地で友情を深め、そしてともに火薬の爆発事故に遭った。シオンは大けがを負い、そしてランソルは死んだ。
「現場は、ひどい有り様だった……。今も目に焼き付いて離れんほどにな」
モンバルトは当時、軍医としてシオンがいた部隊だけでなく近隣のいくつかの部隊の間を行き来していた。爆発事故が起きた時、モンバルトは少し離れた村にいたもののすぐにかけつけた。
そこでモンバルトが目にしたものは、腕のやけど全身に傷を負い呆然と座り込むシオンの姿だった。その視線の先には、地面を大きくえぐるような焼け焦げた跡と血だまりがあった。
「シオンは小屋に積んであった荷が壁となって、それほどひどい傷を負わずに済んだ。だがランソルは……片腕だけを残し木っ端みじんに吹き飛んじまった。残ったのは、血だまりの中に転がる片腕だけだった」
「……!」
地面に転がる戦友の片腕を見つめ茫然と座り込むシオンを、モンバルトが急ぎ手当てのためにその場から引き離した。そしてすぐさま王都の病院へと送った。
「命に別状はなかったが、何よりも精神的ショックが大きかったからな。あのまま戦地に置いておくわけにはいかなかったのさ」
目の前で友人を亡くしたショックで、シオンはすっかり変わってしまった。以前はごく普通の若者だったのに、すっかり人が変わり亡霊のように生きるようになった。
「あいつは自分を責めているんだ。ランソルの死の原因を作ったのは自分だと考えてな。それがあいつの生きる希望も力も何もかも奪っちまった。あいつのせいだなんて、そんなわけないんだが……」
事故が起きる前、部隊では国から定期的に送られてくるはずの食糧や武器、日用品の不着が頻発していた。それにより兵たちは日に日に疲弊していた。当然だ。ろくに食べ物もなく、身を守るための防具すらボロボロの状態で戦わざるを得なかったのだ。
それに声を上げたのがシオンだった。何度も上官であるクロイツに、どうなっているんだと噛みついた。けれどクロイツは、何の手を打つこともなくそれを無視し続けた。
「あいつは別ルートから、自分と自分に尻尾を振る部下の物資を確保していたらしい。他の兵が死のうが生きようがどうだってよかったんだろう。任期を無事何事もなくまっとうすれば、出世には何の問題もないからな」
「そんな……! 部下の命をなんだと思ってるの⁉ 皆国のために必死に命を懸けて戦ってるのに」
思わず声を荒げれば、モンバルトがうなずいた。
「そういう男なんだよ。クロイツってのは。自分の出世と欲さえ満たされれば他はどうだっていいのさ。そんなクロイツの態度に、シオンがキレたんだ」
情に篤く仲間思いだったシオンは、仲間の命が無駄に危険にさらされるのを黙ってみていられなかった。何度もクロイツに噛みついては、配給品の行方を調べようとした。それをクロイツは疎ましく思ったらしい。
「そのうちシオンは、クロイツが裏で配給品を横領して誰かに横流ししてるんじゃないかと気づいたのさ。実際クロイツが何者かと夜中にこそこそ密会して金のやりとりをしているのも、見たことがあったらしいからな」
「……!」
まさかの上官が黒幕だったなんて、あまりにひどい話だった。が、シオンは決定的な証拠は何も見つけられないまま、クロイツへの苛立ちを募らせていた。そんな時だった。爆発事故が起きたのは。
「シオンとクロイツの間に何があったのかは、俺も詳しくは知らん。シオンも頑なに当時のことを話そうとはしないしな。だが仲間の兵たちに聞いたところでは、事故が起きたあの日シオンとランソルに小屋の見張りを命じたのはクロイツだったらしい」
しかもそれは直前の命令だった。
「それって、まさか……」
背中を嫌な汗が伝った。
モンバルトは険しい顔でうなずき、言い放った。
「もしかしたらランソルは、クロイツに殺されたのかもしれん。狙ったのはシオンだろう。そのシオンと親しかったランソル諸共消そうと、あの事故を画策したんじゃないか。俺はそう思ってる。だが証拠は何もないのさ。あの爆発で何もかもきれいさっぱり吹き飛んじまったからな……」
配給品の一件も同様だった。そして結局何もかもが闇に葬られたまま時は過ぎ去ったのだった。
「でも真実はともかく、事故として処理されたのならなんで今さらクロイツはシオンを? シオンだってこれといった証拠はつかめなかったんでしょう? ならシオンの口を封じたって……」
モンバルトはゆるゆると首を横に振った。
「それは俺にもわからん。だがもしかしたらクロイツは、シオンが何かを知って自分への復讐心をいまだ抱いていると思い込んでいるのかもしれんな。夜会で久しぶりにシオンと顔を合わせたことで恐れと不安に突き動かされた、とかな」
モンバルトの推測に、アグリアはぎゅっと唇を固く引き結んだ。




