第九話 選抜試験
王宮侍女の選抜試験が行われたのは、リゼットが十七歳の冬だった。試験会場は隣国の王都にあり、受験資格を得るためには学院の成績証明書、身元保証書、外国貴族としての推薦状など、多くの書類を揃える必要があった。リゼットは両親とフロリアンの協力を得ながら準備を進め、学院が実施する短期研修制度を利用して渡航した。
公爵家には、隣国の宮廷文化を学ぶ研修に参加するとだけ伝えていたが、ディートリヒは特に疑うこともなく、むしろ婚約者が自分にふさわしい教養を身につけようとしていると受け取ったらしい。
「ようやく君も、自分から努力することを覚えたようだね。外国の宮廷作法を学ぶのは結構なことだよ。ただし、あまり余計なことに興味を持たないように。君は少し人の言葉を信じやすいところがあるから、外国で妙な考えを吹き込まれないか心配なんだ」
出発前の週末、ディートリヒはそう言ってリゼットの頭を撫でた。ベアトリスも、外国の貴族たちに公爵家の婚約者として恥ずかしくない振る舞いをするよう、長々と注意を与えた。二人は彼女の研修を許可してやったつもりでいたが、リゼットにとっては、無事に王都を離れることが何より重要だった。
隣国へ向かう馬車の中で、リゼットは膝の上に置いた参考書を開いたものの、文字を追うことができなかった。試験に合格できる保証はなく、仮に合格したとしても、ディートリヒとベアトリスが簡単に任命を認めるとは思えない。それでも、これまでのように何もしないまま結婚の日を迎えるよりは、はるかによかった。
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試験会場となった王宮の別館には、各地から集まった令嬢たちがいた。名門貴族の娘もいれば、地方の小貴族の出身者もおり、皆、厳しい選抜を突破するために十分な準備を重ねてきたことがうかがえた。リゼットは自分の受験番号を確認し、指定された席に着いた。
筆記試験は想像以上に難しかった。
外交文書の翻訳、宮廷儀礼に関する論述、王国法の解釈、外国使節への対応を想定した実務問題など、どれも知識を暗記しただけでは答えられない内容だった。特に、複数の貴族家の利害が衝突した際の対応を問う問題では、身分や慣習だけでなく、契約上の権利と義務を正確に読み取る必要があった。
リゼットは問題文を読みながら、父から取り寄せた寄親契約のことを思い出した。
かつては難解に思えた契約書も、何度も読み返し、条項ごとの意味を調べるうちに、少しずつ理解できるようになっていた。公爵家の不当な要求を調べるために学んだ知識が、思いがけない形で役立ったのである。
筆記試験を終えた後には、実務能力を確認する試験と面接が行われた。面接室には三人の試験官が座っており、リゼットが入室すると、中央の女性が提出書類に目を通した。
「リーヴェルト子爵令嬢ですね。あなたは外国貴族のご令嬢であり、すでに婚約も結ばれていると伺っています。それにもかかわらず、我が国の王宮侍女を志望された理由をお聞かせいただけますか」
予想していた質問だった。リゼットは姿勢を正し、慎重に言葉を選んだ。
「わたくしは、自分の能力によって職務を果たし、誰かの役に立てる人間になりたいと考えております。王宮侍女は大きな責任を伴う職務であり、相応の知識と判断力が求められることも承知しております。その責任を引き受けるだけの能力を身につけたいと思い、受験いたしました」
「現在の立場では、それができないのでしょうか」
「できることもあると存じます。ただ、わたくしはこれまで、自分の将来について、自分自身で選ぶ機会がほとんどございませんでした。今回の受験は、初めて自分の意思で決めたことでございます。合格をいただけたなら、その選択に責任を持ち、職務に励みたいと考えております」
中央の女性はしばらくリゼットを見つめ、それから隣の試験官と短く言葉を交わした。
「王宮侍女に任命された場合、在任中は外国貴族との婚姻が原則として認められないことをご存じですね」
「はい。募集要項と王宮奉仕法を確認しております」
「では、婚約者の方との結婚については、どのようにお考えですか」
リゼットはわずかに息を整えた。
婚約の事情をすべて説明する場ではなかったし、ここで公爵家への不満を述べることが適切とも思えなかった。
「任命をいただけた場合には、王宮侍女としての義務を優先し、必要な手続きを取る所存でございます。婚約に関する問題は、わたくしの責任において、正式な法的手続きによって解決いたします」
試験官は頷き、それ以上は追及しなかった。
すべての試験が終わった夜、リゼットは宿泊先の部屋で一人、窓の外を眺めていた。王都の街並みは見慣れた故郷とは異なり、遠くには王宮の尖塔が夕暮れの空に浮かんでいた。試験の結果がどうなるかはわからないが、少なくとも自分にできることはすべてやったと思えた。
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翌日、フロリアンと会ったときも、彼女は試験の出来について詳しく話そうとはしなかった。彼は無理に聞き出そうとせず、帰国の予定を確認した後、温かい食事のできる店を紹介してくれた。
「試験が終わったのですから、今日は少しくらい休んでもよいのではありませんか」
「そうですね。戻れば、また学院の課題がございますし」
「それなら、なおさらです。あなたは何かを終えると、すぐに次の仕事を探してしまうようですから」
リゼットは少し驚いた。
ディートリヒなら、試験の結果もわからないうちに気を緩めるのかと注意しただろう。ベアトリスなら、まだ努力が足りないのではないかと疑ったかもしれない。しかしフロリアンは、彼女が試験を受け終えたことを、そのまま労ってくれた。
「ありがとうございます、フロリアン様」
彼女がそう言うと、フロリアンは微笑んだ。
「どういたしまして。今日は、試験の話をせずに過ごしましょう」
リゼットはその申し出に甘え、久しぶりに勉強のことも婚約のことも考えず、穏やかな午後を過ごした。
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