第十話 発表
王宮侍女選抜試験の合格通知が届いたのは、卒業を数か月後に控えた春だった。
リゼットは最終学年を迎え、王宮侍女選抜試験の勉強時間を少しでも確保するため、通学時間を短縮できる学院の寮に入寮していた
そこで王宮からの封書を受け取り、差出人の紋章を確認すると、震える手で封を切った。
中には正式な合格通知と、卒業後の任命手続きに関する案内が入っていた。選抜試験に合格した者は採用予定者として登録され、学院を卒業した後、王宮での研修を経て正式に任命されることになる。
何度読み返しても、結果は変わらなかった。
リゼットは椅子に腰を下ろし、机の上に書類を広げた。二年間、学院の課題と王宮侍女試験の勉強を両立させ、週末には公爵邸へ通い続けてきた。
ベアトリスから何度も茶を淹れ直させられ、食事も取らせてもらえず、ディートリヒには婚約者としての自覚が足りないと叱られ、そのたびに謝罪しながら、子爵家へ戻れば夜遅くまで机に向かった。
体調を崩しかけたことも、勉強が思うように進まず焦ったこともあったが、途中で投げ出すことだけはしなかった。
合格通知を前にしても、すぐには喜びが湧いてこなかった。むしろ、これから公爵家に知られることを考えると、胸の奥が重くなった。
王宮侍女への合格は、隠し通せるものではない。
正式な任命が王宮から公表されれば、ヴァルディエ公爵家にも必ず伝わる。ディートリヒとベアトリスがどのような反応を示すか、リゼットには容易に想像できた。
その日のうちに、彼女は両親へ手紙を書いた。合格したことを報告するとともに、これまで調べてきた寄親契約と婚約契約について、王国法務院への正式な申し立てを進めたいと伝えたのである。
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数日後、父オスカーから返事が届いた。
『リゼット、合格おめでとう。お前がこれほどの努力を重ねていたことを、父として誇りに思う。同時に、お前がそこまでしなければ自由を得られない状況に置かれていたことを、申し訳なく思っている。契約の件については、こちらでも必要な書類を揃えよう。お前一人に背負わせるつもりはない。父も母も、今度こそお前を守りたいと思っている』
リゼットは手紙を読み終えると、しばらく目を閉じた。
両親が自分を愛してくれていることは、最初から知っていた。だからこそ、彼らに迷惑をかけたくなかったのだが、父の手紙を読んで、自分が何もかも一人で背負おうとしていたことにも気づいた。父と母は、娘が公爵家に嫁ぐことを望んでいない。領地のために娘を犠牲にしたいなどと、一度も考えたことはなかったのである。
リゼットは父と連絡を取り合い、返済記録、寄親契約の原本、婚約契約書、公爵家から届いた書簡を整理した。特に、婚約を解消した場合に交易上の便宜や親族への推薦を見直すという趣旨の文言が残された手紙は、重要な証拠になり得るものだった。
父から送られてきた領地台帳には、復興資金の最終返済日が明確に記録されていた。
公爵家への債務はすでに消滅しており、寄親としての特別な権限を維持する根拠も失われている可能性が高い。問題は、その権限を前提として結ばれた婚約契約が、どこまで有効と認められるかだった。
リゼットはフロリアンにも相談したが、彼は法律上の結論を安易に約束することはなかった。
「正式な審査が必要でしょう。ただ、これだけの資料が揃っているのなら、申し立てを行う根拠は十分にあると思います。あなたが調べたことを、きちんと説明できるようにしておくとよいでしょう」
「ありがとうございます。わたくし、最後まで自分で進めたいと思います」
「ええ。そのほうがよいと思います。必要な資料があれば、いつでもお声がけください」
その後、リゼットは両親とともに王国法務院への申し立てを行った。債務の完済と寄親権限の失効を確認し、婚約契約の不当な条項について審査を求めるためである。
手続きが正式に受理された頃、ディートリヒから手紙が届いた。
『王宮侍女の件について、話がある。今週末、必ず公爵邸へ来るように』
文面は短かったが、リゼットには彼が相当不機嫌になっていることがわかった。これまでの経験から、彼がこうした命令口調の手紙を寄越すときには、すでに自分の中で結論を決めていることを知っていたからである。
リゼットは手紙を読み終えると、机の引き出しにしまった。王国法務院への申し立てはすでに受理されており、王宮侍女の合格も正式なものだった。
まだ婚約を解消できたわけではないが、以前のように、ディートリヒの機嫌一つですべてを失う立場ではなくなりつつあった。
それでも、週末が近づくにつれて、緊張が増していくのを止めることはできなかった。
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