第十二話 債務
王国法務院がリーヴェルト子爵家からの申し立てを正式に受理すると、寄親契約と婚約契約についての審査が始まった。相手は王国でも有力なヴァルディエ公爵家であり、法務院としても軽々しく結論を出すわけにはいかなかったが、提出された資料は具体的で、返済記録と契約条項の照合も可能だった。
リーヴェルト子爵家がかつて借り受けた領地復興資金は、すでに全額返済されていた。返済完了後、一定期間が経過すれば寄子は独立を申し立てることができるという条項も、契約書に明記されていた。
ところが公爵家は、その事実を子爵家に知らせず、寄親としての権限を行使し続けていたのである。
さらに、婚約契約には、失効した寄親権限を前提として、子爵家に一方的な負担を強いる条項が設けられていた。
子爵家から婚約を解消した場合には莫大な違約金を支払うこと、リゼットの言動によって公爵家の名誉が損なわれたと判断された場合には賠償責任を負うこと、婚約者としての教育や行動について公爵家の監督に従うことなど、いずれも公爵家に有利な内容だった。
法務院の調査では、公爵家が子爵家に対して送った書簡も重要な証拠となった。婚約を解消した場合には交易上の便宜や親族への推薦を見直すという趣旨の文言が、ベアトリスの署名入りの手紙に残されていたからである。
リゼットは、これらの資料を何度も整理し、法務院から質問があれば一つずつ答えた。
父オスカーも領地台帳の原本を提出し、返済の経緯について説明した。母マリアンヌは、婚約の申し入れを受けた当時の事情を証言し、子爵家が自由な意思で契約を結べる状況ではなかったことを伝えた。
審査が進むにつれ、公爵家が寄親としての立場を利用し、婚約の維持を事実上強制していたことが明らかになっていった。
やがて、王国法務院は正式な裁定を下した。
リーヴェルト子爵家はヴァルディエ公爵家に対する債務をすでに完済しており、寄親としての特別な権限は失効している。
これを根拠として結ばれた婚約契約のうち、子爵家に一方的な負担を強いる条項は無効とされ、婚約についても、公爵家側の不当な干渉と契約違反を理由に、違約金なしで解消することが認められた。
裁定書を受け取ったリゼットは、しばらくその場を動けなかった。
彼女はこれまで、何度も婚約を解消したいと願ってきた。しかし、そのたびに違約金のことが頭をよぎり、父と母、弟、そして領民の生活を考えて、何も言えなくなっていた。自分が公爵家に嫁げば、少なくとも家族は困らずに済む。そう信じて、十年以上もの間、ディートリヒとベアトリスの要求に従ってきたのである。
ところが、その根拠となっていた債務は、とうに消滅していた。公爵家はそれを知りながら、子爵家に対する支配を続け、婚約を解消できないように契約を結ばせていた。
リゼットは裁定書を胸に抱き、静かに涙を流した。
父オスカーは娘の肩に手を置き、しばらく何も言わなかった。やがて、彼は深く頭を下げた。
「リゼット、すまなかった。父親でありながら、お前を守ることができなかった」
「お父様、どうか頭をお上げください」
「いや、謝らせてほしい。私はお前がどれほど苦しんでいるか知っていながら、領地のことを考えるばかりで、何もできなかった」
リゼットは父の手を取った。
「お父様も、お母様も、ずっとわたくしのために努力してくださいました。わたくしがここまで頑張れたのは、帰る場所があると知っていたからです」
オスカーは娘の言葉を聞き、目元を押さえた。
その日の夕方、リゼットは母と弟にも裁定の結果を伝えた。マリアンヌは娘を抱きしめ、何度もよかったと言い、ルーカスは姉が公爵家に嫁がなくて済むと知って、ようやく安心したように笑った。
リゼットは家族とともに過ごしながら、十年以上もの間、自分がどれほど緊張して暮らしていたのかを、初めて実感した。これからは週末になるたびに公爵邸へ出向く必要もなく、ディートリヒの機嫌を損ねないように言葉を選ぶ必要もない。ベアトリスに呼びつけられて、何時間も立たされたり、何度も謝罪したりすることもなくなる。
婚約解消の正式な通告は、数日後に行われることになった。
リゼットは、その日を前にしても不思議なほど落ち着いていた。ベアトリスとディートリヒがどのような反応を示すかは想像できたが、今後は彼らの機嫌を取る必要がなかったからである。
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