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第97話「近づくその日――仕事を続ける夫と、病室で待つ妻」


第97話です。


今回は、出産の日が少しずつ近づいてくる一話。


璟瑶は入院を続けながら、お腹の張りが増え、これまで以上に慎重な管理が必要になっていきます。


一方の創は、銀行員として東央精密製作所の正式審査に向き合いながら、夫として妻と双子を心配する毎日。


そして夜。


二度目の病院面会で夫婦は気持ちを確かめ合い、高峰澪奈先生から出産方法について具体的な説明を受けることになります。



 火曜日。


 午前六時十一分。


 東京都内。


 高峰レディースクリニックの病棟、個室。


「……っ」


 欧陽璟瑶・四十五歳は、腹部の硬さで目を覚ました。


 見慣れ始めた白い天井。


 カーテン。


 窓。


 ベッド横の医療機器。


 そして、大きく前へせり出したお腹。


 両手を添え、ゆっくり呼吸する。


「大丈夫」


「ゆっくりね……」


 自分へ言っているのか。


 息子と娘へ言っているのか。


 自分でも分からない。


 しばらく待っても、張りは完全には収まらなかった。


 璟瑶は迷わず、ナースコールを押す。


 数分後、日勤担当の看護師、朝比奈麻衣・三十二歳が入ってきた。


「欧陽さん、どうしました?」


「起きた時から、少し張っています」


「昨日より強いですか?」


「少しだけ」


「痛みや出血は?」


「強い痛みはありません。出血もないです」


「分かりました。すぐモニターをつけますね」


 腹部へ二つのセンサーが装着される。


 一つ目の心拍… もう一つの心拍。


 二人分の規則的な音が、静かな病室へ響く。


 璟瑶は目を閉じた。


 昨日、初めて正式に分かった。


 男の子… 女の子。息子と娘。


 二人とも、今日も確かにここにいる。


 ◇◇◇


 午前六時四十七分。


 東京都世田谷区、成城の新居。


 宮嶋創・二十一歳は、一人で朝食を作っていた。


 白米。


 味噌汁。


 納豆。


 卵焼き。


 テーブルの横へ置いたスマートフォンから、まだ返事はない。


『診察かな』


 創は椅子へ座り、テレビをつける。


 金融市場。


 株価。為替。


 海外市場。企業決算。


 スポーツ。芸能ニュース。


 情報は流れているが、ほとんど頭に入らない。


 数分後にスマートフォンが震えた。


「おはよう」


 創はすぐに画面を開く。


『体調は?』


 少し間があった。


「朝、張りが少し強かった」


 創の箸が止まる。


『今は?』


「モニターをつけてもらってる」


『二人は?』


「心拍は大丈夫」


『璟瑶は?』


「大丈夫」


『本当に?』


「本当に」


 創は息を吐く。


『俺、今日仕事へ行って大丈夫?』


「創が仕事へ行くんでしょう?」


『そうだけど』


「行って。私は病院にいるから」


『何かあったら、すぐ連絡して』


「うん」


『今日は夜に行く』


「待ってる」


 昨日分かったばかりの言葉を、創はまだ少し照れながら打つ。


『息子と娘にも、おはようって伝えて』


「伝えておく」


『うん』


『行ってきます』


「いってらっしゃい」


 ◇◇◇


 午前七時五十八分。


 高峰レディースクリニックの診察室。


 高峰澪奈・四十九歳は、朝のモニター記録を確認していた。


「欧陽さん。今朝は張りが増えています」


「はい」


「現時点で、二人の心拍は安定しています」


 璟瑶は少し迷ってから尋ねる。


「出産、近いですか?」


 澪奈は急いで答えなかった。


「今すぐ出産になるとは限りません」


「はい」


「ただ、いつ状態が変化しても対応できるよう、ここからは一日ごとに判断します」


 増えてきた張り。


 短くなっている子宮頸管。


 四十五歳での双胎妊娠。


 大きくなった腹部による母体への負担。


 すべてを合わせて慎重に見る必要がある。


「出血、破水したような感覚、強い痛み、規則的な張り、胎動の変化。少しでもいつもと違うと思ったら、すぐ呼んでください」


「分かりました」


 澪奈の表情が少し柔らかくなる。


「怖いですか?」


「少し」


「それでいいです。怖さがあるから、身体の変化にも気づけます」


「創と同じこと言う」


「ただし、怖すぎて眠れなくなるのは困ります」


「難しいですね」


「妊婦さんは、皆さんそう言います」


 ◇◇◇


 午前九時十五分。


 青嶺中央銀行本店の十八階、法人営業第一部。


『おはようございます』


「おはよう」


「おはようございます」


 創はいつも通り自席へ着き、パソコンを起動した。


 今日も、東央精密製作所の正式審査が続く。


 相沢拓也・三十三歳が資料を持ってくる。


「宮嶋。審査部から追加質問が三点」


『はい』


「設備導入が三か月遅延。売上の立ち上がりは四か月遅延。安定稼働まで、さらに一か月」


『はい』


「その条件で、既存借入と新規借入を返済した場合、どこまで余力が残るか見直してほしいって」


『分かりました』


「据置期間を延ばす場合と、当初通り返済を始める場合も比較」


『はい』


「仕入れの季節性も忘れないで」


『反映します』


 創は月次のキャッシュフローを開く。


 売上。仕入れ。人件費。


 固定費。既存借入。新規借入。


 設備メーカーへの支払い。


 契約時二十パーセント。


 納入時六十パーセント。


 検収後二十パーセント。


 設備が遅れる、売上も遅れる。


 それでも人件費や既存借入の返済は続く。


 条件を一つ変えれば、その先の数字もすべて変わる。


 創は妻と双子への心配を胸の奥に置き、一つずつ数字を追った。


 ◇◇◇


 午前十時二十八分。


 小会議室。


 桐生雅人・四十二歳。


 相沢。


 創。


 三人で資料を囲む。


「宮嶋。この三か月遅延の理由は?」


『設備メーカー側の納期遅延を、ストレスケースとして置いています』


「会社に責任がなくても、資金繰りは待ってくれない」


『はい』


「売上の立ち上がりを四か月遅らせた理由は?」


『設備が稼働しても、すぐフル生産できる前提にはしていません』


 試運転、顧客の承認。


 初期不良、歩留まり。


 安定稼働までの期間… そこまで含めている。


「既存借入は?」


『反映済みです』


「新規融資一億円の返済は?」


『据置期間を延ばす場合と、当初通り開始する場合の両方を比較しています』


「手元資金は?」


『最低水準を下回る月があります』


 桐生の目が資料へ落ちる。


「そこが重要だ」


 相沢が続ける。


「据置期間を延ばせば、短期の資金繰りは楽になる。でも利息負担は増える」


『はい』


「当初通り返済すれば元本は減る。ただ、売上が遅れた時の手元資金は厳しい」


『はい』


 桐生が創を見る。


「何が正解だ?」


 創は少し考える。


『一つには決められません』


「理由は?」


『設備の稼働時期だけではなく、受注、売上、実際の入金時期、固定費、既存借入まで見ないと判断できないからです』


「据置期間を長くすれば安全か?」


『いいえ。それだけでは安全とは言えません』


「そうだ」


 桐生の声が少し強くなる。


「宮嶋。承認を取りに行くな」


『はい』


「審査部が喜ぶ資料を作るな。会社が本当に返済できるか、説明できる資料を作れ」


『はい』


「銀行が貸したい条件ではなく、会社が返せる条件を見る」


『分かりました』


 融資を通すことが目的ではない。


 借りた資金が会社の未来につながり、その会社が無理なく返済できること。


 そこまで見るのが、銀行の仕事だった。


 東央精密製作所の正式審査は、まだ続いている。


 ◇◇◇


 午前十一時二十二分。


 会議を終え、相沢が先に部屋を出る。


「宮嶋。少し残れ」


『はい』


 扉が閉まり、桐生は声を落とした。


「奥さんは、今日どうだ?」


 頭取ではない、創の妻として聞いている。


『朝、張りが増えました』


 桐生の眉が寄る。


「大丈夫なのか?」


『まだ、すぐ出産になるとは限らないそうです。でも、いつ変化しても対応できるようにするって』


「二人は?」


『心拍は安定しています』


「奥さんは、まだ入院継続か?」


『はい』


「今日、病院へ行くのか?」


『夜に行きます』


「必要なら早く上がれ」


『今日は通常通りで大丈夫です』


「無理はするな」


『はい』


「俺が知っている意味は、そこにもある」


『……ありがとうございます』


 少し間を置き、桐生が尋ねる。


「昨日、性別が分かったんだろ?」


 創が驚く。


『何で知ってるんですか?』


「昨日の帰り、お前の顔がずっと緩んでた」


『……』


「男の子か?」


『一人』


「女の子?」


『一人』


「男女の双子か」


『はい』


 桐生が少し笑う。


「そうか。おめでとう」


『ありがとうございます』


「名前は?」


『まだ決めてません』


「焦る必要はない」


『はい』


「でも、二人に良い名前をつけろ」


『はい』


 ◇◇◇


 正午十二時十四分。


 エレベーターホール。


 資料を持って歩いていた創は、黒瀬颯真・二十七歳と水無瀬琴葉・二十六歳を見つけた。


 二人も仕事の資料を抱えている。


 少し離れていたため、創は軽く頭を下げた。


『お疲れさまです』


「おう」


「お疲れ」


 創は別のエレベーターへ乗る。


 扉が閉じたあと、琴葉が少し首をかしげた。


「宮嶋君、最近少し疲れてない?」


「教習所じゃないか?」


 黒瀬が答える。


「路上が始まったって言ってたし」


「それだけかな」


「彼女と何かあったとか?」


「結婚でもするんじゃない?」


「二十一歳で?」


「なくはないだろ」


「相手、年上っぽいし」


「何で?」


「宮嶋、同年代の彼女って感じしない」


「それ、偏見」


 二人は笑う。ただの冗談だった。


 まさか、創がすでに結婚しているとは思わない。


 妻が欧陽璟瑶であることも。


 男女の双子を妊娠し、今は入院していることも知らなかった。


 ◇◇◇


 午後一時五十八分。


 高峰レディースクリニックの病室。


 昼食を終えた璟瑶は、ベッドの上で共有メモを見ていた。


 息子の名前候補に娘の名前候補。


 二つの見出しだけで、その下はまだ空欄。


 昨日、創が言った。


 一人では決めない… 二人で考える。


「……名前」


 今日すぐに生まれるわけではない。


 それでも、その日は確実に近づいている。


 その時だった。


「……っ」


 また、お腹が張る… 璟瑶は時計を見る。


 しばらく待つ… 一度は収まった。


 しかし、朝より回数が増えている。


 璟瑶はナースコールを押した。


 ◇◇◇


 午後二時十六分。


 澪奈が診察とモニターの記録を確認する。


「張りは増えています」


「はい」


「ただ、現時点では規則的な陣痛が始まり、出産へ進んでいる状態とは言えません」


「……」


「怖がらせたいわけではありません」


 澪奈は静かに続ける。


「ですが、出産に向けた具体的な準備を始めましょう」


「帝王切開?」


「その可能性も含めて、今日、宮嶋さんと一緒に説明します」


「分かりました」


「今は休んでください」


「仕事は?」


「今日は、もうありません」


「……水城さんが喜びそう」


「私も水城さんへ一票です」


 璟瑶が少し笑う。


 しかし、その手は無意識にお腹の上へ置かれていた。


 ◇◇◇


 午後五時二十七分。


 青嶺中央銀行本店の十八階。


 創が東央精密の資料修正を終える。


 相沢が画面を確認した。


「宮嶋。今日はここまででいい」


『はい』


 桐生も席から声をかける。


「宮嶋」


『はい』


「病院へ行け」


『まだ定時まで三十分あります』


「その三十分が、今日どうしても必要か?」


 創は少し考える。


『……いいえ』


「なら上がれ」


『ありがとうございます』


「その分は明日やれ」


『はい』


 甘やかすわけではない… 必要な時だけ支える。


 桐生の態度は、昨日までと変わらなかった。


『お先に失礼します』


「お疲れ」


「お疲れさま」


 創は十八階を出た。


 ◇◇◇


 午後六時三十六分。


 高峰レディースクリニックの病棟。


 創は面会手続きを終え、妻の病室をノックした。


「どうぞ」


 扉を開ける。


『来た』


「おかえり」


『ただいま』


 ベッド横の椅子へ座る。


 璟瑶の顔には、いつもより疲れが見えた。


『顔、疲れてる』


「張りが少し増えた」


 創の表情が変わる。


『大丈夫?』


「先生が見てくれてる」


『うん』


 創は妻の手を握り、指を絡める。


『怖い?』


 璟瑶は少し間を置いた。


「少し」


『俺も』


「創が産むわけじゃないでしょう」


『でも怖い』


「……」


『璟瑶も、息子も、娘も、全部心配だから』


 璟瑶は創を見つめる。


「創」


『何?』


「こっちへ来て」


『え?』


「もう少し近く」


 創が身体を寄せる。


 璟瑶は創の頬へ手を添え、静かに唇を重ねた。


「んっ……」


『……ん』


 一度離れ、目が合う。


 今度は少し長く、もう一度。


「ちゅ……」


『……』


 唇が離れる。


 創の頬が少し赤くなる。


『病院だぞ』


「夫婦だから」


『そうだけど』


 璟瑶が三度目のキスをする。


「ちゅ」


 創が笑った。


『三回』


「数えてた?」


『確認』


「また?」


『大事だから』


 二人で少し笑う。


 張りつめていた空気が、ほんの少しだけ緩んだ。


 創は妻の額へ、自分の額を近づける。


『怖い時は、ちゃんと言って』


「うん」


『一人で我慢しないで』


「分かった」


 ◇◇◇


 午後六時五十五分。


 ノックのあと、高峰澪奈が病室へ入る。


「失礼します」


 創は少しだけ身体を離した。


 澪奈は二人を見たが、何も言わず椅子へ座る。


「宮嶋さん。今日はお二人に、出産方法について具体的なお話をします」


『お願いします』


 資料を開く。


「まず、双子だから必ず帝王切開になるわけではありません」


『はい』


「ただし、欧陽さんの場合は四十五歳での双胎妊娠です」


 増えてきたお腹の張り。


 子宮頸管の変化… 母体への負担。


 二人それぞれの胎位、出産時の安全性。


 それらを総合して判断する必要がある。


「今、二人の向きは?」


 璟瑶が尋ねる。


「一人目は頭位です。二人目は、まだ位置が変わりやすい状態です」


『自然分娩は難しいですか?』


「不可能だと決まったわけではありません」


 澪奈は慎重に答える。


「ただ、双子の場合、一人目が生まれたあとに二人目の胎位が変わることもあります」


『はい』


「母体への負担、出血の可能性、緊急時の対応まで考える必要があります」


 創と璟瑶は黙って聞く。


「欧陽さんの場合、安全性を優先するなら、現時点では帝王切開を第一候補として準備するのが現実的です」


 病室が静かになる。


「予定帝王切開ですか?」


「状態が安定し、目標とする時期まで妊娠を継続できれば、日程を決めます」


「はい」


「ただし、その前に陣痛、破水、出血、胎児心拍や母体状態の変化があれば、予定を前倒しする可能性があります」


『緊急帝王切開になることも?』


「あります」


 創の指に力が入り… 澪奈が静かに言う。


「怖いですよね」


『はい』


「ですが、そのために今、病院にいるんです」


 何か起きてから病院へ運ぶのではない。


 変化が起きれば、すぐ対応できる場所にいる。


『璟瑶の危険は大きいですか?』


 澪奈は曖昧に安心させることをしなかった。


「四十五歳での双胎妊娠です。一般的な単胎妊娠より、注意すべき点は多くあります」


『はい』


「危険を完全にゼロにはできません」


 そのうえで、はっきり続ける。


「でも、母体も二人も継続して観察できています。変化へ早く気づき、安全な方へ動くことはできます」


『分かりました』


 璟瑶が、創の手を少し強く握る。


「先生。帝王切開が安全なら、私はそれでいいです」


 創が妻を見る。


「息子と娘が無事で、私も二人のところへ戻れるなら」


 澪奈が頷く。


「そのための選択です」


「はい」


「まだ今日、最終決定するわけではありません。ですが、第一候補として準備を始めます」


『お願いします』


 ◇◇◇


 午後七時二十六分。


 澪奈が退室し、病室には夫婦だけが残る。


 創はしばらく黙っていた。


「創」


『うん』


「顔、固い」


『怖い』


「また?」


『さっきより怖い』


「……」


『でも、先生がいる』


「うん」


『病院にいる』


「うん」


『息子も娘も、今は元気』


「うん」


『璟瑶も、今ここで話してる』


「うん」


 創は、ゆっくり息を吐いた。


『じゃあ、今できることをする』


「仕事みたい」


『何でも仕事みたいになる』


 璟瑶が少し笑う。


「今できること、一つあるよ」


『何?』


「名前」


『今ここで?』


「少しだけ」


『先生に休めって言われただろ』


「じゃあ、息子一個、娘一個だけ」


『候補を?』


「うん」


 二人は共有メモを開く。


 しかし、創は入力する直前で止まった。


『やっぱり、まだ決めたくない』


「どうして?」


『もっと二人で考えたい』


 璟瑶の表情が柔らかくなる。


「じゃあ、今日は候補なし」


『うん』


「何も進んでない」


『でも、息子と娘って呼べるようになった』


「それだけで?」


『今は十分』


 ◇◇◇


 午後八時三分。


 面会終了の時刻が近づき… 創は立ち上がった。


 まだ妻の手を離したくない。


 それでも、休ませなければならない。


『じゃあ、帰る』


「うん」


『何かあったら』


「ナースコールを押す」


『俺にも連絡』


「する」


『夜中でも』


「うん」


 創は少し迷い、妻の額へ軽く口づけた。


『おやすみ』


「まだ寝ない」


『先に言っておく』


「じゃあ、おやすみ」


 創が扉へ向かう。


「創」


『何?』


「明日も普通に仕事して」


『うん』


「私は病院で待ってる」


 創は少し笑う。


『分かった。また明日』


 扉が静かに閉まった。


 ◇◇◇


 午後九時十一分。


 成城の新居。


『ただいま』


 返事はない。


 けれど、少ししてスマートフォンが震える。


「おかえり」


 創は画面を見て答える。


『ただいま』


 リングケースを開き、仕事中に外していた結婚指輪を左手の薬指へ戻す。


 ケースには、創の指輪を置く場所しか埋まらない。


 璟瑶の指輪は、病院にいる妻の左手にある。


 創はソファへ座り、今日一日を思い返した。


 東央精密製作所の正式審査は、まだ続いている。


 黒瀬と琴葉は、創が結婚するかもしれないと冗談を言った。


 しかし創は、すでに夫である。


 病院には妻が居て、そのお腹には、息子と娘がいる。


 そして今日。


 出産方法は、帝王切開を第一候補として準備することになった。


 すぐに生まれるとは限らない。


 明日かもしれない… 数日先かもしれない。


 もっと先まで、お腹の中で育ってくれるかもしれない。


 まだ誰にも分からない。


 だから怖い… それでも、高峰澪奈は言った。


「いつ変化しても対応できるようにします」


 創は、その言葉をもう一度思い出す。


 備える。


 それは銀行でも、運転でも同じだった。


 何かが起きてから慌てるのではない。


 起きる前に考える。


 確認する… 準備する。


 明日も仕事がある… 妻は病院にいる。


 息子と娘は、そのお腹の中にいる。


 四人で会える日は、確実に近づいていた。


 しかし同時に。


 その日が、予定より早く訪れる可能性も少しずつ高まっていた。



最後までお読みいただき、ありがとうございました。


今回は、仕事と家庭、その両方を抱える創と、病室で出産の日を待つ璟瑶を描きました。


東央精密製作所の案件は、まだ正式審査の途中。


そして璟瑶の出産については、年齢、双胎妊娠、母体負担、胎位などを考慮し、帝王切開を第一候補として準備することに。


怖さはあっても、病院で見守られている今だからこそ、できるだけ安全にその日を迎える準備を進めていきます。


次回、第98話。


ついに、四人家族になる日が訪れます。


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