第91話「頭取が託した秘密――三人の重役だけに明かされた夫と双子」
第91話です。
妊娠後期・入院・出産編が始まります。
今回は、璟瑶が久世副頭取へ初めて、自分が結婚していること、その相手が宮嶋創であること、さらに双子を妊娠していることまで明かします。
その後、早乙女常務と黒崎常務にも同じ秘密を共有。
もし自分が入院することになっても銀行を止めないために、少しずつ「知るべき人」へ真実を伝え始めます。
一方、創も仮免へ向けた学科対策を進め、効果測定では合格圏へ。
夫婦それぞれが、出産とその先へ向けて次の準備を始める一話です。
火曜日。
午前六時三十七分。
東京都世田谷区、成城の新居にて。
カーテンの隙間から、朝の光が差し込む。
「……よいしょ」
欧陽璟瑶・四十五歳は、ベッドの上でゆっくり身体を起こした。
以前なら、何も考えずにできた動作。
今は、明らかに大きくなった腹部をかばいながらでなければ起き上がれない。
『今、“よいしょ”って言った』
「言ってない」
『言った』
「聞かなかったことにして」
『無理』
隣で目を覚ました宮嶋創・二十一歳が、妻の背中へ手を添えた。
「大丈夫」
『知ってる』
「なら支えなくても」
『大丈夫でも支える』
「……最近、過保護」
『最近じゃない』
「もっと前から?」
『妊娠が分かってから』
「自覚あるんだ」
『ある』
創も起き上がり、ベッドの横へ立つ。
『今日、久世さんに話すんだよな』
璟瑶の表情が少し変わった。
「うん」
『緊張する?』
「少し」
『頭取でも?』
「頭取だから」
青嶺中央銀行頭取。
青嶺フィナンシャルグループ副CEO。
東アジア金融戦略統括。
その立場にいるからこそ、自分の結婚は私生活だけの問題ではない。
夫は二十四歳年下。
同じ銀行で働く、法人営業第一部の若手行員。
そして今、璟瑶は双子を妊娠している。
銀行内で知る者は、まだごくわずかだった。
「久世さんには、そろそろ言わないといけない」
『入院する可能性が高くなってきたから?』
「それもある。急に銀行を離れることになった時、何も知らない副頭取へ全部を任せるわけにはいかない」
『うん』
「銀行として必要な人には、少しずつ伝える」
『早乙女さんと黒崎さんにも?』
「今日、話す」
創が妻を見る。
『三人まとめて?』
「最初は久世さんと二人で。その後、早乙女さんと黒崎さんにも入ってもらう」
『どうして、その二人?』
「久世さんには、副頭取として銀行全体を支えてもらう」
璟瑶は一人ずつ役割を説明する。
「黒崎さんは法人金融と国内営業に強い。早乙女さんは市場、国際、海外拠点に強い」
『三人で分担する』
「うん。私が銀行を離れた時、久世さん一人へ全部を集中させたくない」
『銀行らしい考え方』
「銀行だから」
二人は少し笑った。
だが、創はすぐに真剣な表情へ戻る。
『俺のこと、全部話していいから』
「分かってる」
『採用、配属、評価、給与、昇進、研修。何も璟瑶が関与してないことも』
「最初に説明する」
『絶対に』
「そこは一番誤解されたくない。私も同じ」
璟瑶は創の手を取った。
「大丈夫。必要なことは、全部説明する」
『うん』
「創は、三人に知られるのが怖い?」
創は少し考えた。
『怖い。でも、必要なら仕方ない』
「うん」
『それより、璟瑶が入院するかもしれないことの方が怖い』
「まだ決まってない」
『分かってる』
「次の健診結果を見てから」
『うん』
創の視線が、妻の腹部へ落ちる。
『二人とも、今日も元気かな』
「多分」
『“多分大丈夫”は禁止』
「じゃあ、元気だと信じてる」
『それならいい』
◇◇◇
午前七時十二分。
ダイニング。
創が用意した朝食が並ぶ。
白米。
味噌汁。
焼き鮭。
卵焼き。
温野菜。
豆腐。
ヨーグルトと果物。
璟瑶の分は、一度に食べすぎないよう量を少なめにしてある。
「創」
『ん?』
「今日は教習所?」
『夜に学科だけ』
「効果測定、近い?」
『かなり近づいてる』
「仮免も、もうすぐ?」
『見極めを通ってから。その後に技能検定と学科試験』
「一回で受かる?」
『受かりたい』
「自信は?」
『技能は、まだ緊張する』
「学科は?」
『そっちはいけると思う』
「本当に?」
『問題文をきちんと読めば、多分』
「多分?」
『学科では使っていい』
「勝手だね」
『運転中じゃないから』
璟瑶が笑う。
その笑顔を見ながら、創は改めて思った。
今日、この女性が頭取として三人の重役へ告げる。
自分が夫である事と二人の間に、双子がいる事。
想像しても、まだ現実とは思えなかった。
◇◇◇
午前八時三十八分。
東京都千代田区、大手町。
青嶺中央銀行本店、四十二階にある頭取秘書室。
水城絢乃・三十一歳が、タブレットで今日の予定を確認する。
「劉川さん」
「はい」
第一秘書の劉川景仁・三十八歳が顔を上げる。
「午前十時から、久世副頭取との個別面談を一時間確保しています」
「十一時から、早乙女常務と黒崎常務が加わる予定ですね」
「はい」
「予定表上の会議名は?」
「“頭取個別協議”だけです。詳細は残していません」
劉川が頷く。
今日、何が話されるのか、二人は知っている。
しかし、婚姻、妊娠、双子に関する情報を、通常の会議記録や予定表へ残す必要はない。
「久世副頭取、驚きますよね」
水城が小さく言った。
「驚かない方が難しいでしょう」
「宮嶋さん、二十一歳」
「はい」
「法人営業第一部」
「はい」
「頭取、四十五歳」
「はい」
「夫婦」
「はい」
「双子」
「はい」
水城は息を吐いた。
「情報量が多いです」
「同感です」
その時、エレベーターの扉が開いた。
璟瑶が四十二階へ到着する。
「おはようございます」
「おはよう」
水城はすぐに立ち上がった。
「頭取。今朝の体調はいかがですか?」
「大丈夫」
「張りは?」
「今はない」
「疲れは?」
「まだ朝だから」
劉川が確認する。
「十時の久世副頭取との面談は、予定どおりでよろしいですか?」
「うん」
「面談後には十五分、休憩を確保しています」
「その後、早乙女さんと黒崎さん?」
「はい」
璟瑶は小さく息を吐いた。
「今日で、知る人が増えるね」
「必要な範囲です」
水城が答える。
「分かってる」
「これ以上共有範囲を広げるかどうかは、改めて検討できます」
劉川の言葉に、璟瑶は静かに頷いた。
◇◇◇
午前九時五十一分。
四十一階の副頭取室。
久世宗一郎・五十七歳は、秘書の高城沙也香・三十六歳から予定の説明を受けていた。
「午前十時、頭取室です」
「ああ」
「議題の記載はありません。“頭取個別協議”のみです」
「そうなのか?」
「はい」
久世の眉がわずかに動く。
「珍しいな」
「何かございましたか?」
「分からん」
高城はそれ以上聞かなかった。
秘書の役割は予定を整えること。
必要のない情報へ踏み込むことではない。
「九時五十八分に、改めてお声がけします」
「頼む」
久世は資料を閉じた。
最近、頭取の地方出張が減っている。
会議時間が短くなり、休憩が増えた。
服装も、以前よりゆったりしたものへ変わった。
何か事情があるのかもしれない。
しかし、それだけで私生活や体調を決めつけるべきではない。
久世はそこで考えるのをやめ、頭取室へ向かう準備を始めた。
◇◇◇
午前十時ちょうど。
四十二階の頭取室。
「失礼します」
久世が入室する。
水城が扉を閉めた。
「水城さん。劉川さんも、少し席を外してください」
「承知しました」
第一秘書と第二秘書が二人とも退室する。
久世の視線がわずかに動いた。
頭取室から秘書二人を外すのは、かなり珍しい。
扉が閉まり、完全に二人きりになる。
「お掛けください」
「はい」
久世が対面のソファへ座る。
璟瑶も向かいへ腰を下ろした。
「頭取。かなり重要なお話ですか?」
「はい」
璟瑶は数秒迷った。
それでも、まっすぐ久世を見る。
「久世さん。私、結婚しています」
「……」
久世の表情が止まった。
一秒…二秒…三秒。
「結婚……ですか?」
「はい」
「いつ?」
「少し前です」
「公表はされていませんよね」
「していません。家族と、銀行内では必要な一部の人だけが知っています」
久世が背筋を正した。
「お相手は、金融関係者ですか?」
「はい」
「当行と関係が?」
「青嶺中央銀行の行員です」
「……当行の?」
「はい」
空気が変わった。
久世の頭に、人事、コンプライアンス、ガバナンス、利益相反という言葉が浮かぶ。
璟瑶はそれを予想していた。
「最初に説明します」
久世が黙って聞く。
「相手の採用、配属、評価、給与、昇進、研修、そのほかの人事処遇に、私は一切関与していません」
「承知しました」
「婚姻関係については、御子柴専務が人事上必要な範囲で把握しています」
「御子柴が?」
「はい」
「お相手は、どなたです?」
璟瑶は視線をそらさなかった。
「宮嶋創です」
「……」
今度は、先ほどよりも長く久世が止まる。
「宮嶋……」
「はい」
「法人営業第一部、若手法人担当チームの?」
「はい」
「二十一歳の宮嶋君?」
「はい」
久世は何か言おうとして口を開き、一度閉じた。
「……失礼ですが、本当に?」
「本当です」
久世は天井をわずかに見上げ、息を吐く。
「これは、まったく想像していませんでした」
「そうだと思います」
「宮嶋君は、キャリア採用三名の入行式にいましたね」
「いました」
「あの時から二十一歳」
「はい」
「頭取は四十五歳」
「はい」
「二十四歳差」
「そうです」
久世はもう一度息を吐いた。
「……なるほど」
言葉とは反対に、顔はまったく納得しきれていない。
璟瑶は少し笑いそうになる。
「久世さん、驚いてます?」
「非常に。正直に申し上げます」
それでも久世は、すぐに副頭取の顔へ戻った。
「ただし、婚姻そのものはお二人の私生活です。銀行として確認すべきなのは、利益相反、人事介入、不適切な情報共有がないかという点です」
「ありません」
「業務中の関係は?」
「私は宮嶋さんを一行員として扱い、創は私を欧陽頭取として扱っています」
「桐生は知っていますか?」
「結婚についてだけ、知っています」
「そのほかには?」
「御子柴さん、水城さん、劉川さん。今日までは、その四人だけです」
「今日までは?」
久世が聞き返す。
璟瑶は、自分の腹部へそっと手を置いた。
その仕草を見て、久世の視線が初めてはっきりと下がる。
「……頭取」
「もう一つあります」
璟瑶はゆっくり告げた。
「妊娠しています。それも、双子です」
「……」
今度こそ、久世は完全に言葉を失った。
十秒近い沈黙。
「……双子」
「はい」
「宮嶋君との?」
「夫なので、そうです」
「それは……失礼しました」
璟瑶が少し笑う。
「驚きすぎです」
「頭取。今日一度に聞く情報としては、多すぎます」
久世から、思わず普段の言葉がこぼれた。
張りつめていた空気が、少しだけ緩む。
しかし璟瑶は、すぐ真剣な表情へ戻った。
「四十五歳での双胎妊娠です。高峰先生から、慎重に経過を見る必要があると言われています」
久世の顔も変わった。
副頭取としてだけではない。
長年、ともに銀行を支えてきた一人の人間として、娘ほどではないにしても年下の璟瑶を心配する顔だった。
「現在の体調は?」
「現時点で大きな問題はありません」
「ですが、入院の可能性がある?」
「あります」
「時期は?」
「次の健診結果によっては、早まるかもしれません」
久世は深く息を吸った。
「だから今日、私へ?」
「はい」
璟瑶は久世をまっすぐ見る。
「私が入院した場合、銀行をお願いします」
久世はすぐには答えなかった。
その言葉の意味と、任される責任の重さを受け止める。
「可能な範囲で、リモート決裁や会議参加は続けます。ただ、現場にいない時間は確実に増えます」
「はい」
「その間、副頭取として、銀行全体を支えてください」
久世は静かに頷いた。
「分かりました」
そして、はっきりと続ける。
「青嶺中央銀行は、頭取一人だけで動いている銀行ではありません」
璟瑶の目がわずかに動く。
十二年前、父の崇岳から言われた言葉が重なった。
「この銀行は私の銀行ではない。今は君の銀行でもない。預金者、取引先、行員、その人たちの銀行だ。頭取は預かっているだけ」
久世は、その言葉を知らずに続ける。
「頭取が安心して母親になれるよう、銀行はこちらで支えます」
璟瑶は一瞬、何も答えられなかった。
「……ありがとうございます」
「ただし」
久世の表情が厳しくなる。
「リモートで仕事ができるからといって、病室で朝から夜まで働くのは駄目です」
「……水城さんと同じことを言うんですね」
「私は水城さんを支持します」
「創にも言われています」
「宮嶋君も支持します」
「また味方が増えた」
久世が少し笑う。
「もう一点、確認してもよろしいですか?」
「はい」
「宮嶋君へ、頭取の職務上知り得た機密、役員会の内容、人事情報、未公表案件などを共有していませんね?」
「必要以上の情報は一切話していません」
「宮嶋君が担当する案件にも?」
「関与していません。東央精密の案件も同じです」
「今後、黒崎の管轄や水谷側の上位審査へ進む可能性はありますが?」
「それでも私は触れません」
「それなら問題ありません」
久世は一度頷いた後、少しだけ表情を緩めた。
「頭取。一つだけ、個人的に聞いてもよろしいですか?」
「何です?」
「なぜ、宮嶋君だったんです?」
璟瑶は少し止まった。
「それは銀行の話ではありません」
「承知しています。純粋に気になりました」
璟瑶は、どこか懐かしむように微笑んだ。
「“お金の向こうに、人の生活がある”と言ったから」
「宮嶋君が?」
「はい。まだ東都共栄銀行にいた頃、私が頭取だと明かす前に」
久世は少し納得したように頷く。
「頭取が好きそうな言葉ですね」
「好きなのは、言葉だけじゃありません」
久世の目がわずかに見開かれた。
璟瑶は言ってから気づく。
「今のは忘れてください」
「無理です」
「副頭取への命令です」
「私生活に頭取命令を使わないでください」
二人は少し笑った。
それまで部屋を満たしていた緊張が、ようやく和らいだ。
◇◇◇
午前十一時一分。
頭取室に久世はそのまま残った。
水城と劉川が飲み物だけを置いて退室した後、早乙女慶一・五十四歳と黒崎忠彦・五十六歳が入ってくる。
「「失礼します」」
二人は、すでに久世が座っていることへ気づいた。
「副頭取もご一緒ですか?」
黒崎が尋ねる。
「ああ」
早乙女が璟瑶を見る。
「かなり重要なお話のようですね」
「重要だ」
久世が短く答えた。
「お二人とも、座ってください」
全員がソファへ座る。
水城が扉を閉め、室内には璟瑶と三人の重役だけが残った。
「早乙女さん。黒崎さん。今日は私個人の話と、今後の銀行運営に関わる話があります」
「承知しました」
「はい」
璟瑶は一度、呼吸を整える。
「まず、私は結婚しています」
「「…………」」
黒崎と早乙女が、同時に動きを止めた。
久世は二人の反応を見て、わずかに口元を緩める。
数十分前の自分も、同じ顔をしていたのだろう。
「結婚ですか?」
黒崎が聞き返す。
「はい」
「公表はされていませんよね」
早乙女も確認する。
「していません」
「お相手は?」
璟瑶は一瞬、久世を見る。
久世が無言で頷いた。
「宮嶋創です」
黒崎が眉を寄せる。
「……誰です?」
直後、自分で思い出す。
「いや、待ってください。法人営業第一部の?」
「はい」
早乙女も驚きを隠せない。
「キャリア採用の、二十一歳の宮嶋さん?」
「はい」
黒崎が少し身を乗り出した。
「宮嶋? うちの法人営業第一部の?」
「はい」
「桐生のチームにいる?」
「はい」
「東央精密を担当している?」
「はい」
黒崎は黙り込み、背もたれへ身体を預けた。
久世が思わず言う。
「私も同じ反応をした」
早乙女が久世を見る。
「副頭取は先に聞かれたんですか?」
「ああ」
黒崎は、まだ整理しきれない顔をしていた。
「頭取。二十四歳差ですよね?」
「はい」
「本当に宮嶋創?」
「本当です」
「……これは、今日一番驚きました」
久世が静かに言う。
「まだ早い」
黒崎が顔を上げる。
「え?」
早乙女も久世を見る。
「まだ何かあるんですか?」
「ある」
「久世さん、先に言わないでください」
「失礼しました」
璟瑶は小さく息を吐き、自分の腹部へ手を置いた。
「二つ目です」
黒崎と早乙女の視線が、その手へ向く。
「妊娠しています」
「…………」
「双子です」
今度は二人とも、完全に言葉を失った。
黒崎が目を閉じる。
「副頭取。これも先に聞いてたんですね」
「ああ」
「どうでした?」
「情報量が多い」
早乙女から、思わず小さな笑いがこぼれる。
「同感です」
しかし次の瞬間、三人の表情は変わった。
驚きより先に、心配が表れる。
「頭取、体調は?」
黒崎が尋ねる。
「現時点で大きな問題はありません」
「双胎妊娠ですよね」
早乙女が確認する。
「はい」
「年齢を考えても、相当慎重に見なければならないのでは?」
「医師からも、そう言われています」
黒崎が予定の変化を思い返す。
「だから最近、出張が減っていた国際案件のオンライン会議が増えたのも?」
「はい」
「水城さんと劉川君が、かなり予定を絞っていましたね」
「二人は、妊娠と双子まで知っています」
早乙女が尋ねる。
「現在、どなたまで把握していますか?」
璟瑶は情報の範囲を整理する。
「結婚を知っているのは、水城さん、劉川さん、桐生さん、御子柴さん。そして今日から、久世さん、早乙女さん、黒崎さんです」
「桐生も知っていたのか」
黒崎が驚く。
「結婚だけです。妊娠は知りません」
「御子柴も?」
「同じです」
早乙女が確認する。
「妊娠と双子まで知っているのは、水城さん、劉川さん、久世副頭取、私、黒崎常務。五人ですね」
「はい」
「長谷部さんに榊原さんは?」
「知りません」
「ほかの役員も?」
「知りません」
早乙女が頷く。
「承知しました」
「この情報は、必要な範囲以外へ共有しないでください」
「「承知しました」」
二人は同時に答えた。
璟瑶は、ここから銀行運営の話へ切り替える。
「もう一つ、大事な話があります」
三人が姿勢を正す。
「今後、妊娠後期に入ります。健診結果によっては、入院管理へ切り替わる可能性があります」
「時期は読めない?」
早乙女が尋ねる。
「はい」
「急に明日から、という可能性も?」
黒崎の問いに、璟瑶は頷く。
「ゼロではありません」
三人の表情が引き締まる。
「その時は、久世さんに銀行全体をお願いします」
「はい」
「黒崎さんには、法人金融、大企業営業、国内法人部門を、これまで以上に見ていただきます」
「承知しました」
「早乙女さんには、市場、国際部門、海外拠点をお願いします」
「任せてください」
「私も、可能な範囲でリモート参加を――」
「そこです」
久世が止める。
「何です?」
「先ほども申し上げました。病室からフル稼働しないでください」
黒崎が久世を見る。
「もう注意したんですか?」
「ああ」
「私も副頭取側です」
早乙女も続く。
「私もです」
「三対一?」
璟瑶が三人を見る。
「水城さん、劉川君、宮嶋君、高峰先生まで含めれば、もっとです」
久世が答える。
「もう勝てない」
「勝つ必要はありません」
黒崎が真顔で返し、璟瑶はため息をつく。
それでも、胸の奥では少し安心していた。
自分が一時的に銀行を離れても、銀行は止まらない。
それを確認するために、今日この三人へ秘密を託したのだから。
◇◇◇
午前十一時四十二分。
会談が終わり、早乙女と黒崎が立ち上がる。
黒崎が扉の前で足を止めた。
「頭取」
「はい」
「一つだけ、個人的に聞いていいですか?」
「何です?」
「宮嶋の、どこがよかったんです?」
「黒崎さん」
早乙女が少し呆れた顔をする。
「それ、副頭取も聞いた顔をしています」
「聞きました」
久世が正直に答える。
「やっぱり」
「三人とも、そこが気になるんですか?」
「気になります」
早乙女も否定しない。
「二十一歳です」
黒崎が言う。
「同じ銀行の若手行員です」
久世も付け加える。
「だから何です?」
三人が一瞬黙る。
璟瑶は少しだけ笑った。
「創は、創だからです」
「答えになっていない気がします」
黒崎が言う。
「私にとっては、十分です」
久世が小さく笑う。
「これ以上は、本当に私生活ですね」
「はい」
「承知しました」
三人は頭を下げ、頭取室を出ていった。
扉が閉まると、水城と劉川がすぐに入る。
「頭取、終わりましたか?」
「終わった」
「いかがでした?」
「三人とも、かなり驚いてた」
「当然かと」
劉川が答える。
「黒崎さん、最後に、創のどこがよかったのか聞いてきた」
水城が笑う。
「久世副頭取も?」
「聞いた」
「早乙女常務も?」
「顔が聞きたそうだった」
「それだけ、お二人の組み合わせが意外だったのでしょう」
「私と創、そんなに?」
「かなり」
水城が即答する。
「水城さん、最近、遠慮がなくなったね」
「必要な時は申し上げます」
「神崎さんみたい」
「神崎常務なら、もっとはっきり言われると思います」
「まだ神崎さんには言わない」
「承知しています」
◇◇◇
午後零時二十分。
二十一階の行員専用の社員食堂。
黒瀬颯真。水無瀬琴葉。宮嶋創。
三人が、久しぶりに同じテーブルへ集まった。
「宮嶋、今日何?」
黒瀬がトレーを見る。
『鶏塩ラーメン』
「また麺?」
琴葉が尋ねる。
『今日は小ライスもある』
「俺は生姜焼き」
「私は鮭の西京焼き」
三人は席へ座った。
創が割り箸を手に取る。
「仮免、いつ?」
『まだ決まってない』
「また“まだ”って言ってる」
琴葉が笑う。
『最近、それをよく言われる』
「誰に?」
創の頭に璟瑶が浮かぶ。
『彼女』
「まだ続いてる?」
黒瀬が尋ねる。
『続いてる』
「どのくらい?」
『そこまで長くない』
「免許を取ったら、最初にどこへ行くの?」
『近所』
「それ、前も聞いた」
「彼女、怒らない?」
『多分――』
創は一度止まり、言い直した。
『いや、怒らない』
「確認した?」
『確認済み』
「教習所の癖が出てる」
三人は笑った。
黒瀬が生姜焼きを食べながら、話題を仕事へ移す。
「東央精密、まだ正式審査中?」
『うん』
「まだ決まってない?」
『まだ』
「また“まだ”」
『今度は正しい』
琴葉が尋ねる。
「正式審査って、どんな感じ?」
『前提が一つ変わるだけで、返済計画も資金繰りも全部見直す』
「大変だね」
『でも、それをやらないと審査する意味がないから』
琴葉が少し感心したように見る。
「創君、前より話し方が銀行員らしくなった」
『前から銀行員だよ』
黒瀬が笑う。
「二十一歳なのに、もう四年近く銀行員」
『だから?』
「やっぱり不思議」
創も笑った。
その時、同じ建物の四十二階では、三人の重役が創を頭取の夫として知ったばかりだった。
しかし黒瀬と琴葉は、今も創には秘密の恋人がいると思っている。
創もまた、いつもどおり“彼女”という言葉を使った。
本当は、妻なのに。
◇◇◇
午後二時四十八分。
四十一階の副頭取室。
久世は秘書の高城から、午後の予定説明を受けていた。
「午後三時、国内営業会議。四時半、法人金融報告。五時半、頭取室で週次経営進捗の予定です」
「頭取室の予定は外してくれ」
「変更でしょうか?」
「ああ。頭取には本日、早めに退勤していただく」
「承知しました」
「経営進捗は、明日の午前へ移す」
「手配します」
高城は理由を尋ねない。
退室後、久世は机の上の資料を見る。
青嶺中央銀行。
総資産九十八・五兆円。単体従業員約二万五千人。
フィナンシャルグループ全体で約六万七千人。
全国四十七都道府県に広がる巨大な金融組織。
だが、その頂点に立つ頭取も一人の人間だった。
身体があり、家族があり、人生がある。
「頭取が安心して母親になれるよう、銀行はこちらで支える」
自分が言った言葉を、久世はもう一度胸の中で繰り返す。
副頭取として、それを実行する。
◇◇◇
午後三時十二分。
同じ四十一階の黒崎忠彦の執務室。
秘書の桜庭亮介・三十七歳が、大型法人案件の予定を説明する。
「東亜未来モビリティのフォロー会議は来週です。水谷常務、相馬取締役が同席予定です」
「頭取は?」
「現在は出席予定ですが、オンラインへの切り替えも可能です」
「オンラインを前提に組んでおいて」
桜庭の目がわずかに動く。
「承知しました。理由は?」
「頭取のスケジュール負担調整。それでいい」
「はい」
桜庭が退室し、黒崎は椅子の背へ身体を預けた。
「宮嶋……」
自分の管轄下にいる、法人営業第一部の若手行員。
その宮嶋創が、頭取の夫。
今日初めて知った。
「桐生は知った上で、あれだけ普通に指導してたのか」
黒崎は少し感心する。
それが正しいから自分も、創への接し方を変えてはならない。
頭取の夫ではなく、法人営業第一部の若手行員として扱う。
それが秘密を託された者の責任だった。
◇◇◇
午後三時二十八分。
早乙女慶一の執務室。
秘書の如月絵里・三十五歳が、海外拠点会議の時差と予定を説明する。
「香港と上海は現地午後二時、シンガポールは午後一時、ロンドンは早朝です」
「頭取の同席が必要なのは?」
「上海、香港合同の東アジア戦略会議一件です」
「三十分以内にできる?」
「議題を整理すれば可能です」
「そうして」
「承知しました」
如月が退室する。
早乙女は窓の外を見る。
「夫が二十一歳。双子。頭取……」
一つずつ小さく口にし、すぐ首を振った。
「いや。考えるのはやめよう」
驚きは消えない。
しかし今、考えるべきことは私生活ではない。
頭取が不在になっても、市場、国際部門、海外拠点を止めない。
その一点だった。
◇◇◇
午後五時四十三分。
四十二階。
頭取室。
「頭取。本日はここまでです」
水城が告げる。
「まだ五時四十三分」
「はい」
「早い」
「久世副頭取から、週次経営進捗会議を明日午前へ変更するとの連絡がありました」
「久世さん、早速動いた」
劉川も報告する。
「早乙女常務側では、来週の東アジア会議を三十分以内へ再設計しています」
「黒崎常務側も、東亜未来モビリティのフォロー会議を、頭取はオンライン参加前提へ変更しました」
「三人とも早いね」
「重役ですから」
「そうだけど」
璟瑶の口元が、少し緩んだ。
秘密を知る者が増えた怖さはある。
けれど同時に、支えてくれる者も増えた。
今日、三人へ話した意味を、早くも感じ始めていた。
「帰ります」
「はい」
◇◇◇
午後六時四十分。
成城中央自動車学校。
学科自習室にて創は問題集を開いていた。
今日は技能教習ではなく、効果測定へ向けた学習に集中する。
標識。標示。交差点。
横断歩道。駐停車。踏切。緊急自動車。
安全地帯。追い越しと追い抜き。夜間と雨天。
第一段階で必要な範囲を中心に、一問ずつ解く。
『……』
「宮嶋さん」
河合悠斗・二十二歳が、隣から声をかける。
『何?』
「また一問に時間かけてる」
『問題文に引っかけがあるから』
一ノ瀬結菜・十九歳も反対側の席から言う。
「仮免学科は、見直す時間もあるから大丈夫じゃない?」
『技能より、学科の方が安心する』
「運転、苦手?」
『苦手じゃない』
「じゃあ何?」
『まだ怖い』
「まだ?」
『今日、それを言うの何人目だよ』
三人は小さく笑った。
そこへ長瀬孝弘・四十六歳が通りかかる。
「宮嶋さん」
『はい』
「効果測定の模擬、やりますか?」
『お願いします』
「今日?」
『今日やります』
「午後七時十分が空いています」
『お願いします』
河合が驚く。
「急だな」
一ノ瀬も創を見る。
「本気」
『仮免を取りたいから』
◇◇◇
午後七時十二分。
模擬効果測定。
創は画面に表示される問題を一問ずつ読む。
運転と違い、前の問題へ戻り、教本を確認できる。
だから創にとって、技能よりも落ち着いて取り組みやすい。
「青信号では、安全確認をせず、必ず進行しなければならない」
『×』
「横断歩道に歩行者がいないことが明らかでない場合、手前で停止できる速度へ落とす必要がある」
『○』
「駐車禁止場所では、人の乗降のための短時間の停車も常に禁止される」
『×』
一問ずつ進める。
制限時間内に全問を終え、採点結果が画面へ表示された。
合格圏。
『……』
後ろに立つ長瀬が結果を見る。
「良いですね」
『本番もいけそうですか?』
「今の勉強を続ければ、合格する可能性は高いです」
『問題は技能です』
「最初よりかなり良くなっています」
『でも緊張します』
「仮免の技能検定で、まったく緊張しない人の方が少ないです」
『長瀬さんも?』
「昔は緊張しました」
『意外です』
「私が最初から指導員だったと思っているんですか?」
『少しだけ』
「私も教習生でした」
創が笑う。
「宮嶋さん。見極めを通ったら、仮免技能検定の予定を入れましょう」
『はい』
「ただし、合格することだけを目的にしないでください」
『家族を安全に乗せられるようになることが目的』
「それです」
創は小さく頷いた。
◇◇◇
午後八時五十七分。
成城の新居にて…
『ただいま』
「おかえり」
璟瑶がリビングからゆっくり玄関へ来る。
創は靴を脱ぎ、左手を差し出した。
璟瑶が指輪ケースを開き、プラチナのリングを創の薬指へ戻す。
「おかえり」
『ただいま』
次に創が妻の指輪を手に取る。
左手をそっと支え、薬指へ戻した。
『おかえり』
「ただいま」
二人はようやく、頭取と若手行員ではなく、夫婦へ戻った。
創が妻の顔を見る。
『どうだった?』
「何が?」
『久世さんたち』
璟瑶は少し笑う。
「驚いてた」
『やっぱり』
「久世さん、かなり長く止まってた」
『黒崎さんは?』
「“宮嶋? うちの法人営業第一部の?”って、何回も確認された」
『……』
「早乙女さんも、“二十一歳の?”って」
創は少し顔を伏せる。
『何か恥ずかしい』
「どうして?」
『俺の知らないところで、重役三人に年齢と所属を確認されてる』
「本当のことでしょう?」
『そうだけど』
璟瑶が笑う。
『怒られなかった?』
「何を?」
『同じ銀行の行員と結婚したこと。年齢差も』
「怒られなかった」
『人事介入は疑われた?』
「先に私から全部説明した」
『うん』
「久世さんも、そこはかなり真剣に聞いてた」
『当たり前だ』
「でも最後に、創のどこがよかったのか聞かれた」
『え?』
「黒崎さんも聞いた」
『何て答えた?』
璟瑶は創をまっすぐ見る。
「創は、創だから」
『……』
「って答えた」
『それ、答えになってる?』
「私にはなってる」
創は少し照れたように視線をそらす。
『双子のことも話した?』
「話した」
『反応は?』
「さらに止まった」
創はその光景を想像し、思わず笑った。
「笑うの?」
『想像できるから』
二人はソファへ移動する。
『久世さんに、銀行を任せられそう?』
璟瑶は迷わず頷いた。
「うん」
『何て言われた?』
「頭取が安心して母親になれるよう、銀行はこちらで支えるって」
創はしばらく黙った。
『よかった』
「うん」
『本当によかった』
創は妻の腹部へ視線を落とす。
『もし入院になっても、銀行は大丈夫だな』
「私、辞めるわけじゃない」
『分かってる』
「リモートでできる仕事もある」
『でも、やりすぎるなよ』
「今日、久世さんにも言われた」
『さすが副頭取』
「早乙女さんも黒崎さんも、久世さん側だった」
『当たり前』
「創も?」
『当然』
「五対一」
『水城さん、劉川さん、高峰先生まで入れたら、もっとだろ』
「もう勝てない」
『勝たなくていい』
創は腹部へ手を伸ばす。
けれど、触れる直前で一度止めた。
『触っていい?』
「毎回聞くね」
『毎回聞く』
「どうぞ」
創は服の上から、そっと触れた。
以前よりも、確かに大きく、丸くなっている。
『今日、二人はどう?』
「元気だと思う」
『分かる?』
「何となく」
『性別、次の健診で分かるかな』
「またそれ?」
『気になる』
「どちらでもいいんでしょう?」
『もちろん』
「なら待つ」
『はい』
◇◇◇
午後九時三十九分。
リビングにて創は今日の模擬効果測定の結果を、璟瑶へ見せた。
「合格圏?」
『うん』
「すごい」
『まだ本番じゃない』
「それでも進んでる」
『見極めを通ったら、仮免の技能検定に近づく』
「本当に、もうすぐなんだね」
『うん』
「怖い?」
『かなり』
「それでいい」
創が妻を見る。
『お義父さんと同じこと言った』
「お父さんも?」
『怖くない父親の方が怖いって』
「教習と父親が混ざってるね」
『最近、全部混ざる』
「仕事も?」
『混ざる』
「結婚も?」
『混ざる』
「双子も?」
『一番混ざってる』
「何それ」
二人は笑う。
やがて、創が少し真剣な表情へ戻った。
『でも、今日、三人に話したことで少し安心した』
「私も」
『秘密を知る人は増えた。でも、支えてくれる人も増えた』
璟瑶は目を細め、静かに頷いた。
「そうだね」
これまでは、秘密を守ることだけを考えていた。
しかし妊娠は進み腹部は大きくなる。
入院の可能性も高まる。
出産が近づけば、二人と数人だけで秘密を抱え続けることは難しい。
だから、必要な人へ、必要な範囲で伝える。
それは秘密を壊すことではない。
家族と銀行の両方を守るため、次の段階へ進むことだった。
◇◇◇
午後十時三十一分。
寝室。
璟瑶がベッドで横になり、創は隣で問題集を開いた。
「まだ勉強するの?」
『十問だけ』
「五問」
『八問』
「五問」
『七問』
「六問」
『交渉成立』
「銀行員」
『夫婦』
創は六問を解く。
一問目、正解。二問目、正解。三問目、正解。
四問目で少し迷い… 璟瑶が横から画面を覗く。
「これは?」
『答えを言うなよ』
「言わない」
『確認する』
「出た」
創は教本を開き、内容を確認してから答える。
正解。
そのまま六問すべてを解き終えた。
『全部正解』
「おめでとう」
『まだ練習』
「それでも前進」
創は問題集を閉じ、照明を少し暗くした。
妻の方へ身体を向ける。
『璟瑶』
「ん?」
『今日、久世さんたちに話してくれてありがとう』
「どうして創がお礼を言うの?」
『俺のことを隠し続けるのも、璟瑶には負担だろ』
「創もでしょう?」
『うん』
「だから、少しずつ必要な人には話す」
『うん』
「でも、まだ全員には言わない」
『分かってる』
「黒瀬さんも琴葉さんも、まだ創には彼女がいると思ってる」
『今日も社員食堂で、“彼女”って言った』
「妻なのに?」
『言えないから』
「少し複雑」
『俺も』
璟瑶は創の手を取った。
二人の左手にある結婚指輪が触れ合う。
「でも、ここでは妻」
『うん』
「創は夫」
『うん』
「この二人は、私たちの子ども」
『うん』
創は妻の腹部を見つめた。
『それで、今は十分』
璟瑶が笑う。
「それ、前に私が言った」
『覚えてる』
「真似した?」
『夫婦だから』
「……」
二人は声を抑えて笑った。
今日、銀行の秘密を新たに知った三人。
副頭取、久世宗一郎。
常務、早乙女慶一と常務、黒崎忠彦の三人とも驚いた。
頭取の結婚に二十一歳の夫に双子の妊娠。
誰一人、想像していなかった。
それでも最後には、銀行を支えると約束した。
創は、仮免許前の模擬効果測定で合格圏へ入った。
技能の見極めも近づいている。
璟瑶は、まだ妊娠を公表していない。
双子の存在を知る行員も、わずか五人だけ。
けれど、身体の変化を隠せる時間は確実に短くなっている。
そして次の健診も、もう遠くはない。
その健診で、璟瑶の生活と働き方を大きく変える判断が下される可能性を、二人はまだ知らなかった。
秘密を託した日。
同時にそれは、頭取が銀行を誰かへ任せる準備を始めた日でもあった。
創は璟瑶の腹部へ、そっと手を重ねる。
『何があっても、今度は一人で抱えないで』
「うん」
『俺にも、水城さんにも、劉川さんにも、今日知った三人にも頼る』
「五対一だから?」
『人数の問題じゃない』
「分かってる」
『家族も銀行も、一人で守る必要はないから』
璟瑶は創の手に、自分の手を重ねた。
「創もね」
『俺も?』
「お父さんに言われたでしょう。自分も大事にしなさいって」
『はい』
「夫も一人で全部抱えない」
『分かった』
二人の手の下で、双子は静かに育っている。
銀行では、まだ知らない者の方が圧倒的に多い。
それでも、秘密を守る人だけではなく、家族と銀行を支える人が増えた。
そして二人は、次の健診の日を迎える。
そこで告げられるのは、単なる経過報告ではない。
頭取として働き続けてきた璟瑶が、一度立ち止まり、母として身体を守るための新しい選択だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、久世・早乙女・黒崎の三人へ大きな秘密が明かされました。
「結婚している」
「夫は宮嶋創」
「双子を妊娠している」
一度に知らされた三人にとっては、かなりの情報量だったと思います。
それでも最後には、久世が銀行全体を、黒崎が法人金融を、早乙女が市場・国際部門を支えることを約束しました。
秘密を知る人が増えることは不安でもありますが、同時に、璟瑶を支える人が増えたことでもあります。
創も仮免へ向けて着実に前進。
まだ免許も仮免も取得していませんが、効果測定では合格圏へ入り、第一段階の終わりが少しずつ見えてきました。
そして次回、第92話。
妊娠後期の再診。
そこで高峰澪奈から告げられるのは、これまでよりさらに重い判断。
璟瑶の生活と仕事は、大きく変わることになります。




