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第81話「また少し大きくなった――妊娠中期、二人の心拍と四人家族の現在地」


第81話です。


ここから妊娠中期編が始まります。


少し時間が経ち、璟瑶のお腹は普段着なら周囲にも変化が分かる程度になってきました。


今回も高峰澪奈のもとで双子の心拍と成長を確認。


二人とも現時点では順調ですが、四十五歳での双胎妊娠である以上、慎重な経過観察は続きます。


そして創は、四人家族になる未来を考え、いよいよ運転免許取得へ向けて本格的に動き始めます。


休日なので、今日は二人とも結婚指輪をつけたまま。


銀行では見せられない夫婦の時間と、新しい準備が始まる一話です。



 土曜日。午前七時十二分。


 東京都世田谷区、成城の新居。


『……』


「創」


『ん?』


「さっきから、何回見るの?」


『何を?』


「私のお腹」


 欧陽璟瑶は、ダイニングで朝食を取っていた。


 身につけているのは、ゆったりとした薄手のニット。その下にある腹部の丸みは、以前よりもはっきり分かるようになっていた。


 仕事で着るジャケットなら、まだ注意して見なければ気づかれない。だが、身体の線を締めつけない普段着では違った。


 何より、毎日一緒に暮らしている宮嶋創には、その変化がよく分かる。


『だって、また大きくなってる』


「昨日も同じこと言ってたよ」


『昨日より今日の方が大きい』


「一日で、そんなに変わらないでしょう」


『でも、前の健診の頃と比べたら全然違う』


 璟瑶は箸を置き、自分のお腹を見下ろした。両手をそっと添える。


「私も、服を着る時に分かるようになった」


『だろ?』


「水城さんにも昨日、“少し分かるようになってきました”って言われた」


『やっぱり』


「お母さんにも、ビデオ通話で同じことを言われたよ」


『美智子さんにも?』


「うん」


『じゃあ、俺だけじゃない』


 創は納得したように朝食へ戻る。


 しかし、少しすると、また視線がお腹へ向かった。


「創」


『……はい』


「五回目」


『数えてたの?』


「数えてた」


『仕方ないだろ。二人いるんだから』


 璟瑶が少し笑う。


「それ、私の台詞」


『今日は俺が言う』


 今日は、妊娠中期に入ってから最初の健診日だった。


 高峰澪奈の診察を、夫婦そろって受ける。


 土曜日で銀行は休みだ。二人の左手には、朝から結婚指輪がある。


 仕事中のように、外す必要はなかった。


 ――午前八時三十八分。


 玄関。


 靴を履いた創は、左手の薬指にあるシンプルなプラチナの指輪を見た。


『今日、外さなくていいんだな』


 璟瑶も自分の指輪を見る。


「うん。今日は夫婦で行くんだから」


『やっぱり、この方がいい』


「私も」


 二人は指輪をつけたまま、並んで家を出た。


 それだけのことなのに、創は少し嬉しかった。


 銀行ではできない当たり前のことを、今日は夫婦としてできる。


 ――午前九時十四分。


 高峰澪奈が勤務する産婦人科医院。


 待合室の棚には、新聞、週刊誌、総合誌、漫画誌、料理、旅行、育児、車、バイク、スポーツ、金融関係まで、相変わらず多種多様な雑誌が並んでいた。


 創の視線が、車雑誌の表紙で止まる。


 隣に座る璟瑶が、すぐに気づいた。


「また車を見てる」


『見てない』


「見てた」


『表紙が目に入っただけ』


「免許、気になってる?」


『……気になってる』


「正直でよろしい」


 璟瑶が笑う。


「今日、帰ったら教習所を調べる?」


『うん』


「AT限定にするの?」


『そこも調べてから考える。せっかくならMTも、って少し思ってるから』


「実際に乗る予定は?」


『ない』


「じゃあ、それも含めて考えよう」


『うん』


 創の左手は膝の上に置かれている。その薬指に、指輪が見える。


 隣にある璟瑶の左手にも、同じ指輪があった。


 受付の職員や周囲の患者から見れば、ごく普通の夫婦だ。それ以上の事情を知る必要はない。


 銀行の頭取と若手行員であることも、二十四歳差の夫婦であることも、ここでは関係なかった。


 ――午前九時三十一分。


「欧陽さん」


「はい」


 名前を呼ばれ、璟瑶が立つ。創も一緒に診察室へ入った。


「こんにちは」


 高峰澪奈が二人を迎える。


 すぐに二人の左手へ気づき、穏やかに微笑んだ。


「今日は、お二人とも指輪をつけているんですね」


『銀行へ行かないので』


「普段は仕事中、外しているんでしたね」


「はい。銀行ではまだ秘密なので」


「分かりました。では、まず最近の体調から確認しましょう」


 澪奈はカルテを開いた。


「出血はありましたか?」


「ありません」


「強い腹痛や張りは?」


「強いものはありません。夕方、疲れた時に少し重く感じることはあります」


「頭痛、息苦しさ、急に強くなったむくみは?」


「今のところありません」


「食事は取れていますか?」


「はい。一度にたくさん食べず、少しずつ分けています」


 創も補足する。


『一度に食べすぎると、気持ち悪くなることがあるので』


「宮嶋さん、よく把握していますね」


『毎日一緒にいますから』


「睡眠は?」


「前より取れています」


「仕事の調整はできていますか?」


「水城さんと劉川さんが、かなり予定を調整してくれています」


『出張も減らされてます』


「創」


 璟瑶が横から睨む。


 澪奈は笑った。


「“減らされている”ではなく、“調整してもらっている”ですね」


「……はい」


「秘書のお二人には、そのまま協力してもらってください」


 必要な測定と検査結果の確認が進む。


「血圧は、今日の時点では大きな問題のない範囲です。採血結果にも、現時点で治療を必要とするような強い貧血はありません」


『よかった』


「ただし、一度問題がなかったから今後も同じとは限りません」


「はい」


『はい』


「では、赤ちゃんを見ていきましょう」


 ――午前九時四十六分。


 超音波検査が始まる。


 何度経験しても、創は緊張した。


 璟瑶が横になり、澪奈が慎重にプローブを動かす。画面に映像が現れると、創は無意識に息を止めた。


「まず、一人目です」


 以前よりも大きくなった小さな身体が映る。輪郭も、前回より分かりやすい。


「心拍、確認できます」


『……』


 創が息を吐く。


「大きさを測りますね」


 画面上に計測線が入る。


「週数に沿って成長しています」


 璟瑶が画面を見つめたまま尋ねる。


「一人目、大丈夫ですか?」


「今日確認できる範囲では、順調です」


 澪奈がプローブを動かす。


「次に、二人目です。こちらですね」


 創はさらに画面へ目を凝らした。


「こちらも心拍を確認できます」


『二人とも、今日も動いてる』


「はい。二人とも、しっかり心拍があります」


「よかった……」


 璟瑶の目が少し潤む。それでも表情には笑みがあった。


 澪奈は二人目の大きさも測る。


「二人目も週数に沿っています。現時点で、大きく心配するような成長差はありません」


『前より、かなり大きくなってますよね』


「そうですね。妊娠中期に入ると、超音波画像でも身体の成長を実感しやすくなります」


『本当に二人いるんだな……』


「今さら?」


『今さらじゃない。毎回思うんだよ』


 澪奈が小さく笑う。


「毎回そう思っていいんですよ」


 さらに二人の発育、心拍、胎盤周辺の状態など、必要な項目の確認が続く。


 澪奈の表情は落ち着いたままだ。画面を切り替え、慎重に測定していく。


 少し時間が長くなると、創は不安になった。


『先生』


「はい」


『何かありますか?』


「今、必要なところを順番に確認しています。少し待ってくださいね」


『はい』


 数十秒が、長く感じられる。


 澪奈は最後の確認を終え、画面を止めた。


「今日確認できる範囲では、二人とも発育と心拍に大きな問題はありません。欧陽さんについても、現時点で強く心配する所見は見られません」


『……よかった』


「よかった……」


 二人がほぼ同時に息を吐く。


 けれど、澪奈はすぐに続けた。


「ただし、ここは大事なので、今回もお伝えします」


 二人は澪奈を見る。


「“今日まで順調”ということと、“出産までの安全が保証された”ということは、同じではありません」


「はい」


『はい』


「欧陽さんは四十五歳で、双胎妊娠です。その条件は変わりません。今後も血圧、貧血、むくみ、早産の兆候、二人の成長差など、必要な項目を一つずつ確認します」


 創は真剣な顔で頷く。


「疲れ方や仕事量、移動、睡眠も無関係ではありません。今まで通りにできない日が増える可能性もあります」


 璟瑶が尋ねる。


「仕事は、どの程度続けてもいいですか?」


「今の状態で、すべての仕事を禁止する必要はありません。ただ、“できること”と“やるべきこと”は同じではありません」


「……はい」


「体調の悪い日は休む。長時間移動を減らす。会議を詰め込みすぎない。これまで以上に調整が必要になる可能性があります」


 創が横から言う。


『それ、水城さんに伝えたら喜びそう』


「創」


「秘書のお二人の対応は適切だと思いますよ」と澪奈。


「先生まで……」


 創は小さく笑った。


 今日の結果が良かったからこそ、こうして笑える。


 けれど、四十五歳での双胎妊娠という事実は忘れない。安心だけに寄りかかるのでも、不安だけに支配されるのでもなく、今日分かったことを受け取り、次回また確認する。


 ――午前十時五分。


 創が超音波画像を見ながら尋ねた。


『先生、性別って……』


 璟瑶が創を見る。


「気になるの?」


『少しだけ』


 澪奈も画面を見る。


「気になり始める時期ですよね。ただ、今日は体勢や角度もありますし、無理に確定しなくていいと思います」


『まだ分からないですか?』


「今の見え方で曖昧なことをお伝えするより、もう少し確認しやすい時期に、二人とも見ていく方がいいでしょう」


「私は、まだ急がなくていい」と璟瑶。


『俺も気になるだけだから』


「二人とも男の子でもいい?」


『もちろん』


「二人とも女の子でも?」


『いい』


「一人ずつでも?」


『どれでもいいよ。二人とも元気なら、それが一番』


「私も」


 澪奈が微笑む。


「では、性別はもう少し先の楽しみにしておきましょう」


『はい』


 ――午前十時十八分。


 診察後、三人は再び机を挟んで座った。


「今日の結果を整理しますね」


 澪奈が一つずつ説明する。


「二人とも心拍を確認できています。発育は、現時点では週数に沿っています。二人の間に、大きく心配するような成長差もありません」


「はい」


「欧陽さん自身も、今日の血圧や検査結果に大きな問題はありません。ただし、これからも慎重に経過を見ます」


『お願いします』


「お腹は、ご自身でも分かるようになってきましたか?」


「はい。普段着だと、かなり分かります」


『俺には完全に分かります』


「毎日見ていますからね」


『はい』


「朝から五回見てました」と璟瑶。


『先生に言わなくていいだろ』


「事実だから」


 澪奈が笑う。


「仕事着では、まだ分かりにくいですか?」


「ゆったりしたジャケットなら、今はほとんど分からないと思います」


「ただ、今後は少しずつ隠しにくくなるでしょう。その時も、身体を隠すために締めつける服は選ばないでください」


「はい」


『それは俺も止めます』


「また二対一」


『先生と俺で二人』


「水城さんと劉川さんを加えたら、四対一ですね」と澪奈。


「やめてください」


 三人の間に、穏やかな笑いが生まれた。


 ――午前十時四十一分。


 会計を済ませ、医院を出る。


 二人の左手には、それぞれ結婚指輪が光っている。


 少し歩いたところで、創が足を止めた。


「どうしたの?」


『手』


「手?」


 璟瑶が左手を差し出す。創はその手を握った。


「外なのに?」


『今日は銀行じゃない。それに、俺たちは夫婦なんだからいいだろ』


「うん。いいよ」


 二人は手をつないで歩き始めた。


 銀行ではできないことを、今日は少しだけ当たり前にする。


 ――午前十一時十八分。


 近くのカフェで、少し早い昼食を取る。


 璟瑶はサンドイッチとスープ、創はパスタとサラダを選んだ。


『今日、前回より少し安心した』


「私も」


『でも先生、毎回ちゃんと言うよな』


「順調と、安全が保証されたことは違うって?」


『うん。聞くと少し怖いけど、必要なんだと思う』


「私、仕事では“順調です”って報告されたら、すぐ次へ進みたくなる」


『頭取だからな』


「でも、妊娠は同じじゃない。今日順調でも、また次に確認する」


『確認はゴールじゃない。入口』


「それ、最近の創の口癖」


『璟瑶まで使うようになったな』


「何度も聞いたから覚えたの」


 創は笑った。


『でも、本当に同じなのかも。今日、二人とも元気だった。それが今日確認できた良い結果』


「うん」


『次の健診で、また確認する』


「うん。それでいい」


 未来のすべてを、今日決める必要はない。


 ――午後一時六分。


 成城の新居へ帰る。


 今日は一日、指輪を外さない。


 璟瑶がソファへ座ると、創も隣に腰を下ろした。


『触っていい?』


「また聞くの?」


『聞く』


「どうぞ」


 創は服の上から、そっとお腹へ手を置いた。


『前より、完全に分かるようになった』


「毎日見てる人にはね」


『水城さんにも美智子さんにも分かってるなら、もう俺だけじゃない』


「そうだった」


『でも、一番見てるのは俺』


「朝から五回」


『まだ言う?』


「言う」


 二人は笑う。


 創は手を置いたまま、今日見た超音波画像を思い出した。


『二人とも、大きくなってるんだな』


「うん」


『まだ俺には、動いたとか分からないけど』


「そのうち分かる日が来るよ」


『楽しみだな』


 璟瑶は創の左手を見る。


「指輪をしたまま、お腹に触ってる」


『夫だから』


「そうね」


 その短い返事が、創には嬉しかった。


 ――午後三時十二分。


 ダイニングで、創がノートPCを開いた。


『じゃあ、教習所を探す』


「うん」


 条件を一つずつ決めていく。


 成城の自宅から通いやすいこと。大手町での勤務後にも間に合うこと。平日夜間の教習があること。土曜日や日曜日にも予約できること。仕事と無理なく両立できること。


 その条件から候補に挙がったのが、世田谷区内にある成城中央自動車学校だった。


 最寄り駅から送迎あり。平日は午前九時から午後八時四十分まで。土曜日は午後七時四十分まで。日曜・祝日も一部教習を実施している。


『ここ、良さそう』


「仕事が終わってから間に合う?」


『定時近くに出られれば、平日の夜に一時限か二時限』


「残業の日は?」


『行かない』


「本当に?」


『無理な日に予約を入れない』


「それならいい」


 料金も確認する。


 普通自動車第一種免許。所持免許なしの場合、AT限定が三十二万九千八百円。MTが三十四万八千七百円。


 教材費、適性検査、写真、規定時限分の技能・学科教習など、基本的な費用は含まれる。技能補習や再検定は別料金。平日夜間と土日の予約を取りやすくする優先プランは、追加二万二千円だった。


「結構するね」


『するな』


「払える?」


『今の給料と貯金で払えるよ』


「無理しない?」


『しない』


「私、水城さんみたい?」


『妻です』


 二人はほとんど同時に笑った。


「MTにする?」


『悩んでる。せっかくならMTも運転できた方がいいかなって』


「実際に乗る予定は?」


『多分ない』


「家族で使う車なら、ATが中心でしょう?」


『そう思う』


「仕事をしながら通うんだから、今必要な免許を先に取る方がいいんじゃない?」


 創はしばらく考えた。


『AT限定にする。将来MTが必要になったら、その時に限定解除を考える』


「決定?」


『決定』


「二十一歳で、初めての教習所だね」


『高校を卒業して、すぐ銀行に入ったから。東京では電車で困らなかったし、今まで必要だと思わなかった』


「取るのが遅いとは思わない?」


『全然』


「どうして?」


 創は璟瑶のお腹を見る。


『今、必要な理由ができたから』


「……」


『この二人が生まれたら、四人で出かけたい。病院も買い物も旅行も、何かあった時も、俺が運転できた方が選択肢が増える』


 璟瑶は静かに聞いている。


『だから、今取る』


「うん。いいと思う」


 入校案内も開いた。


 本人確認書類、住民票、写真、必要に応じて眼鏡。申し込み後は適性検査と入校説明、第一段階の学科と技能、修了検定、仮免許学科試験、路上教習を含む第二段階、卒業検定。その後、運転免許試験場で本免許の学科試験を受ける。


『長いな』


「東央精密の融資案件より?」


『比べる種類が違う』


「でも、一つずつ進むところは同じ」


『それは同じだな』


「確認して?」


『またそこ?』


「確認は入口だから」


『完全に気に入ってるだろ』


「便利な言葉だもの」


 ――午後五時二十八分。


 璟瑶の仕事用端末に、水城から連絡が入った。


「次週の出張および会議予定を仮調整しました。月曜日にご確認ください」


 璟瑶は少し考えてから、健診について必要な範囲だけ返信した。


「ありがとうございます。本日の健診では、二人とも心拍と成長を確認できました。現時点で経過は順調です。引き続き慎重に経過観察します」


 すぐに水城から返事が来る。


「承知しました。良かったです。来週も休憩時間を確保します」


 必要な情報は劉川にも共有され、彼からも連絡が届いた。


「承知しました。移動を伴う日程は、引き続き余裕を持って調整します」


 璟瑶は端末を置いた。


『二人から?』


「うん。また予定を管理される」


『もう諦めた?』


「少し」


『偉い』


「誰のせい?」


『双子』


「創は関係ないの?」


『俺は味方』


「水城さんたちの?」


『璟瑶と双子の』


「ずるい答え」


 二人は顔を見合わせて笑った。


 ――午後七時十九分。


 夕食後、創はタブレットで成城中央自動車学校の申し込みページを開いた。


「本当に今、申し込むの?」


『仮予約だけ。入校日は仕事の予定を確認してから正式に決める』


「それならいい」


『平日夜と土日の両方を使えるコースにする』


「仕事が忙しい週は?」


『教習を休む』


「ちゃんと言えたね。偉い」


『子どもみたいに言うなよ』


「二十一歳だから」


『成人です』


「知ってる」


 創は必要事項を入力する。


 普通自動車第一種免許、AT限定。次週土曜日の午前を第一希望とし、平日夜間と土日を併用するコースを選択。


 送信ボタンを押した。


『申し込んだ』


「まだ仮予約だけどね」


『でも、始まった』


「うん」


 創は嬉しそうでありながら、少し不安そうでもあった。


「怖い?」


『少し。運転したこと、一回もないから』


「最初は誰でもそうでしょう」


『自分でハンドルを握ったこともない』


「最初から上手くやろうとしなくていいからね」


『分かってる』


「仕事みたいに全部を完璧に確認しようとして、動けなくならないで」


『……それ、ありそう』


「でしょう?」


『適性検査で“慎重すぎる”って言われるかな』


「慎重さは必要。でも、止まったままでは進めない」


 創は璟瑶を見る。


『教習所の先生みたい』


「私も運転を教えられるほど詳しくないよ」


『じゃあ、一緒に勉強だな』


「私は教習を受けないけどね」


 ――午後九時八分。


 寝室。


 照明を落とし、二人はベッドに入った。


 今日は朝から一度も、指輪を外していない。


 創がまた左手を見る。


「今日、ずっと指輪を見てたね」


『そんなに見てない』


「玄関、病院、カフェ、それから今。四回」


『また数えてたの?』


「数えてた」


 創は笑った。


『明日も休日だから、つけたまま?』


「うん」


『月曜日は?』


「外す」


『……』


「寂しい?」


『少し』


「帰ってきたら、また私がつけるよ」


『うん』


 創は少し身体を寄せ、璟瑶のお腹へそっと触れた。


『今日、二人とも元気だったな』


「うん」


『大きくなってた』


「うん」


『次の健診では、もっと大きくなってるかな』


「きっとね」


『そのうち、俺にも動いたのが分かる?』


「分かる日が来るよ」


『楽しみ』


 璟瑶は創の手に、自分の手を重ねた。


 二人の結婚指輪が近くに並ぶ。その下には、二つの小さな命がいる。


 妊娠中期に入り、お腹は少しずつ大きくなっている。これまで通りに働けない日も、少しずつ近づいている。


 銀行で妊娠をいつまで伏せられるかは分からない。双子の性別も、これからの経過も、出産までに何が起きるかも分からない。


 だからこそ、今日確認できたことを大切にする。


 二人の心拍。二人の成長。現時点で、二人とも週数に沿って育っていること。


 そして創も、父親になるための新しい準備を一つ始めた。


『璟瑶』


「ん?」


『免許を取ったら、最初はどこへ行こう』


「海」


『前にも言ってたな』


「覚えてるよ」


『横浜?』


「湘南でもいい」


『初心者で湘南は少し怖い』


「じゃあ、最初は近所から」


『急に現実的』


「四人で遠くへ行くのは、もっと先でしょう?」


『うん』


「それまでに上手くなって」


『頑張ります』


 創はお腹を優しく撫でた。


『二人とも、待っててな』


 まだ返事はない。


 それでも、二人がそこにいることは分かっている。


 銀行では頭取と若手行員。家では夫と妻。


 そして少しずつ、父親と母親になるための時間を重ねている。


 四人家族の妊娠中期という新しい章が、静かに始まった。



最後までお読みいただき、ありがとうございました。


妊娠中期編の最初となる今回は、双子の再診と創の運転免許取得準備を描きました。


二人とも心拍と成長は確認され、現時点では経過良好。


ただし高峰先生からは、


「順調という言葉と、安全が保証されたという言葉は同じではありません」


と改めて伝えられました。


性別はまだお預け。


お腹も以前より確実に大きくなり、創だけでなく美智子や水城にも変化が分かるようになってきています。


そして創は、成城中央自動車学校で普通自動車第一種免許・AT限定を取得する方針を決定。


双子が生まれた後、家族四人で出かけるための新しい準備が始まりました。


次回、第82話。


二十一歳の創が、いよいよ初めて自動車学校へ。


まずは運転席に座る前の講習から始まります。


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