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第69話「俺の妻は誰なのか――旧友二人にどこまで話す?」


第69話です。


市役所へ婚姻届を提出した創と璟瑶。


あとは正式な受理を待つだけですが、創は何度もスマートフォンを確認してしまいます。


そして届いた、市役所からの一本の電話。


「本日付で正式に受理となります」


その瞬間、恋人だった二人は法律上も本当の夫婦になります。


二十四歳差。


中国人女性頭取と二十一歳の若手銀行員。


誰にも言えない関係から始まった二人が、ついに「夫」と「妻」になる日です。


一方、市役所で偶然再会した結衣と航平には、どこまで真実を話すのか。


二人は改めて、その境界線を決めることになります。



 金曜日、午後三時十一分。


 宮嶋創と欧陽璟瑶は、市役所近くのカフェにいた。


 婚姻届と必要書類は、すべて提出した。窓口では大きな不備は見つからなかったものの、正式な受理にはもう少し確認が必要だという。


 奥の席で、創はスマートフォンを見た。


 画面は静かなままだ。


「創」


「何?」


「五分おきに見ても、連絡は早く来ないよ」


「分かってる」


 そう言いながら、創はスマートフォンを伏せ、三十秒もせずにまた気になった。


 璟瑶は帽子と眼鏡を着けたまま、カップを持ち上げる。


「不備はなさそうって言われたでしょう」


「『現時点で大きな不備はない』って。正式に確認されるまでは分からない」


「融資の結果を待ってる時みたい」


「婚姻届は融資じゃないよ」


「でも、創はずっと確認してる」


 創も思わず笑った。


 落ち着かない理由は、書類のことだけではない。


 今日付で受理されたら、璟瑶は妻になる。


 昨日まで恋人と呼んでいた人を、妻と呼ぶことになる。


 創は頭の中で何度かその言葉を繰り返した。まだ声に出す勇気はなかった。


 その時、スマートフォンが震えた。


 見覚えのない市内の番号。


「……市役所かな」


 璟瑶がカップを置く。


 創は電話に出た。


「はい、宮嶋です」


『市民課の高瀬でございます。先ほどご提出いただいた婚姻届について、ご連絡しました』


 創の背筋が伸びる。


「はい」


『書類の確認が完了しました。婚姻届は本日付で正式に受理となります』


 創はすぐには返事ができなかった。


 店内には食器の触れる音がしている。隣の席では誰かが仕事の話をしている。その日常の音の中で、高瀬の言葉だけがはっきり残った。


「……本日付で、ですか」


『はい。本日付です。ご結婚、おめでとうございます』


「ありがとうございます」


 電話を切っても、創はしばらくスマートフォンを耳から離せなかった。


「創?」


 璟瑶の声に、ようやく顔を上げる。


「受理された」


「……正式に?」


「うん。今日付で、正式に」


 璟瑶は瞬きをした。


「そう」


 それだけ言って、目を伏せる。


 創は少し驚いた。もっと笑うと思っていた。自分もそうするつもりだった。


 けれど、胸に広がったものが大きすぎて、笑うより先に言葉を失っている。


 璟瑶が膝の上で指を組んだ。


「創。私たち、もう夫婦なの?」


「うん」


「……本当に?」


「本当に。俺が璟瑶の夫で、璟瑶が俺の妻」


 璟瑶の目元が揺れた。


「昨日、美智子と恵美子が証人欄を書いてくれた時も、結婚するんだって思った。でも今は……もう、結婚したんだね」


「うん」


「私、創の妻になった」


 小さな声だった。


 創はテーブルの下で手を伸ばし、璟瑶の指にそっと触れた。璟瑶がその手を握り返す。


「嬉しい」


 璟瑶が言う。


「私も」


「創、私が先に言った」


「じゃあ俺は、もっと嬉しい」


「競争じゃないよ」


 ようやく二人で笑えた。


 璟瑶の眼鏡の奥に涙が浮かぶ。創はそれを見て、自分の目も熱くなっていることに気づいた。


「大丈夫?」


「大丈夫。……泣くと思ってなかった」


「俺も」


「頭取が市役所からの電話で泣いたら、変かな」


「ここには頭取、いないよ」


 創は握った手に少し力を込める。


「俺の妻がいる」


 璟瑶は口元を押さえた。


「もう一回、言って」


「ここで?」


「小声でいいから」


 創は周囲を確かめ、身を寄せる。


「……俺の妻」


「うん」


 璟瑶は目を細めた。


「創は、私の夫」


 同じ言葉を何度も聞いてきたわけではない。初めて呼び合う「妻」と「夫」だからこそ、二人はしばらく手を離せなかった。


◇◇◇


 その静かな時間を破ったのは、創のスマートフォンだった。


 小野寺結衣からのメッセージ。


『休憩に入ったら、少しだけ話せる? 仕事のことじゃなくて、同級生として』


 創は画面を璟瑶に見せた。


「どうする?」


「会おう」


「いいの?」


「うん。でも、どこまで話すかは先に決めたい」


 創は頷いた。


 婚姻届が受理されたことは話していい。名前も、年齢も、二人が納得できるなら隠さなくていい。


 けれど、璟瑶の勤務先や頭取という立場、双子の妊娠、新居のことは話さない。


「結衣には、仕事上知ったことを守る義務がある。でも、同級生として聞いた話を広められたら困るから、そこも頼もう」


「うん。本人にきちんとお願いしよう」


 航平についても同じ線を引くことにした。


「名前で気づかれるかな」


「金融に詳しい人なら、可能性はあるね」


「二人とも、そういう話をする印象はない。でも分からないから、気づかれたらその時に改めて考えよう」


「それでいい」


 二人は隠すための嘘を考えなかった。


 話す範囲を決め、それ以上は「今は話せない」と伝える。


 それが、今日の答えだった。


◇◇◇


 午後三時五十分。


 仕事の休憩に入った結衣が、カフェにやって来た。


「待たせてごめん」


「大丈夫」


 結衣は創の向かいに座り、璟瑶へ頭を下げる。


「改めまして、小野寺結衣です。創とは中学、高校が一緒でした」


 璟瑶も帽子を外した。


「欧陽璟瑶です。よろしくお願いします」


「欧陽さん。珍しいお名前ですね」


「父が中国人で、母が日本人なんです」


「そうなんですね」


 結衣はそれ以上、名前を掘り下げなかった。


「それで……届書は?」


 創は璟瑶と目を合わせる。


「さっき連絡が来た。今日付で正式に受理された」


「本当に? おめでとう!」


 結衣は思わず声を上げ、慌てて口元に手を当てる。


「ごめん。市役所でも、あんなに驚いたのに」


「ありがとう」


「私からも、ありがとうございます」


 璟瑶が言うと、結衣は少し照れた。


「高校を卒業してから、創とはほとんど会ってなかったでしょう。だから突然、婚姻届を持って現れたのが信じられなくて」


「俺だって、そこで小野寺に会うとは思ってなかった」


「私、市役所で働いてるって言ったことあるよ」


「完全に抜けてた」


「創でも、そういう見落としするんだね」


「今日のことは忘れて」


「それは無理」


 二人のやり取りを、璟瑶は楽しそうに聞いていた。


 やがて結衣が声を落とす。


「同級生にも、まだ話してないんだよね?」


「うん。俺に彼女がいることだけ知ってる人はいる。でも、結婚のことはまだ」


「分かった。私からは言わない。仕事で知ったことはもちろん、今ここで友達として聞いたことも、勝手には話さないよ」


 創は結衣を見た。


「助かる。ありがとう」


「その上で、一つだけ聞いてもいいですか」


 結衣は璟瑶に向き直った。


「おいくつですか。答えにくければ、聞かなかったことにします」


「大丈夫。四十五歳です」


 結衣が固まった。


「……四十五歳?」


「はい」


「創は二十一歳だよね」


「うん」


「二十四歳差……」


 最後の言葉が少し大きくなり、結衣は自分で声を落とした。


「ごめんなさい。驚きすぎました」


「驚かれるのには慣れています」


 璟瑶が微笑む。


「高校の時の創からは、想像できなかった」


「俺も高校生の時は想像してなかったよ」


「でも、今の創が自分で選んだんだよね」


「うん」


 結衣は二人を交互に見て、頷いた。


「お仕事のことも聞きたかったけど……そこは、今は話せない?」


「ごめん。勤務先や役職は伏せておきたい」


「分かった。聞かない」


「それに、妊娠してるかとか、家がどこかとかも」


 創が続けると、結衣は目を細めた。


「それは、私からは何も聞いてないでしょう」


「……先に線を引きすぎた」


「創らしい」


 結衣は笑い、少しだけ真面目な表情になった。


「市役所で聞いたのと同じこと、もう一回聞いていい?」


「何?」


「幸せ?」


 創は迷わず答えた。


「幸せ」


 璟瑶も隣で頷く。


「私もです」


「じゃあ、よかった」


 結衣の顔が柔らかくなった。


「おめでとう、創。欧陽さんも」


「ありがとう」


「ありがとうございます」


 結衣は時計を見て席を立った。


「戻らなきゃ。二人のことは、私から誰にも話さないよ」


 創はもう一度礼を言い、その背中を見送った。


◇◇◇


 午後四時九分。


 今度は航平から電話がかかってきた。


『まだ近くにいる? 五分だけ会えるか』


 創が璟瑶を見ると、彼女は頷いた。


「会おう。今日のうちに、伝える範囲を二人に揃えておきたい」


「なんか事務処理みたい」


「大切な確認でしょう?」


「……そうだけど」


 二十分後、瀬川航平がカフェに現れた。


「急に呼び止めて悪い」


「呼び止めたのは航平だよ」


「そうだった」


 席に着いた航平は、璟瑶へ改めて挨拶した。


「瀬川航平です。幼稚園から小学校まで、創とずっと遊んでました」


「欧陽璟瑶です。よろしくお願いします」


「欧陽さん。中国の方ですか?」


「はい。父が中国人です」


 航平は「なるほど」と頷き、それ以上は尋ねなかった。


 創が先に話す。


「婚姻届、正式に受理された」


「マジで? おめでとう!」


「ありがとう」


 航平の笑顔は、市役所で会った時よりずっと大きかった。


「創、俺からは仕事とか、どうやって知り合ったかとか、無理に聞かないよ。さっきのお前、ものすごく警戒してたから」


「……そんなに?」


「してた。幼稚園の頃から見てる俺には分かる」


 創が黙ると、航平は肩をすくめた。


「話せるようになったら教えてくれればいい。それまでは聞かない」


「ありがとう」


「ただ、年齢は聞いていい?」


「結衣と同じこと聞くんだな」


「結衣も聞いたのか。じゃあ俺も」


「何が『じゃあ』なのか分からないけど」


 璟瑶が笑って答えた。


「四十五歳です」


 航平は瞬きをした。


「……創、二十一歳だよな」


「そう」


「二十四歳差か」


 椅子に背を預け、航平は天井を見た。


「幼稚園で一緒に砂場遊びしてた創が、二十四歳年上の人と結婚するなんてな」


「俺だって当時は想像してない」


「そりゃそうだ」


 航平は璟瑶へ向き直る。


「驚いたけど、お二人ともすごく幸せそうです。創をよろしくお願いします」


「こちらこそ。創の昔の話、いつか聞かせてください」


「いくらでも。ゲームに負けると黙り込んだ話とか」


「航平、それは昔の話」


「今も黙るの?」


 璟瑶の問いに、創は「黙らない」と即答する。航平が笑った。


 ふと、航平が口を開く。


「仕事のことは聞かないって言ったけど……」


「航平」


「分かった、やめる。さっきから顔に全部出てる」


「なら最初から聞かないで」


「悪かった」


 航平はそれ以上踏み込まなかった。


 店を出る前に、もう一度二人へ「おめでとう」と告げる。


「創。また飯に行こう」


「うん。次は普通の日に」


「今日も俺にとっては普通の日だったんだけどな。住民票を取りに行っただけで、友達の結婚を知った」


 航平が去ると、創は大きく息を吐いた。


「今日一日で、何年分も驚かれた気がする」


「でも、二人ともいい人だった」


「うん」


 結衣と航平には、結婚したこと、名前、年齢を伝えた。


 仕事、妊娠、双子のことは伝えていない。


 二人を信じている。それでも、すべて話すことだけが信頼ではない。今はまだ知らせない方が、二人も背負うものを増やさずに済む。


◇◇◇


 午後六時十一分。


 市役所から離れた場所で合流した二人は、成城の新居に帰ってきた。


「ただいま」


「ただいま」


 同時に言って、顔を見合わせる。


 璟瑶が玄関で靴を脱ぎかけ、ふいに立ち止まった。


「創」


「何?」


「私、創の奥さんになりました」


 不意打ちだった。


「……急に言うね」


「言ってみたかった」


「じゃあ俺は、璟瑶の旦那?」


「夫」


「そう。夫」


 創は少し照れながら、もう一度言った。


「璟瑶は、俺の妻」


「もう一回」


「今日、何回目?」


「何回でも聞きたい」


「欲張りだな」


「妻だから」


 その言い方に創は笑い、璟瑶をそっと抱き寄せた。


「結婚したんだな」


「うん。本当にした」


 頭取と若手行員という呼び名が、この家にはない。


 ただ夫と妻が、玄関でしばらく抱き合っていた。


 夕食は二人で作った炊き込みご飯と焼き魚、味噌汁、温野菜。小さなケーキを一つ買い、飲み物のグラスを合わせた。


「結婚した日に、この献立でよかった?」


 創が聞く。


「うん。創と作って食べる方が好き」


「俺も」


 創はグラスを少し上げた。


「結婚、おめでとう」


「自分たちに言うの?」


「今日くらい、いいでしょ」


「そうだね。おめでとう、創」


「おめでとう、璟瑶」


 大きな披露宴も、華やかな料理もない。


 それでも、二人には忘れられない夕食になった。


◇◇◇


 同じ日の午後七時四十八分。


 都内の居酒屋の個室で、宮嶋和久と片桐正臣が向かい合っていた。


 地域の行事を通じて知り合い、互いの子どもが小さな頃には家族ぐるみで食事をしたこともある。最近はそれぞれ忙しく、顔を合わせるのは半年ぶりだった。


「久しぶりだな」


 片桐がグラスを上げる。


「お前、この前もそう言って、仕事の愚痴から始めたな」


「今日は愚痴じゃない」


「じゃあ何だ」


 二人が乾杯したあと、片桐は箸を置いた。


「今日、市役所で創くんに会った」


 和久の手が止まる。


「……会ったのか」


「ああ。市民課の前を通ったら見覚えのある顔がいた。声をかけたら創くんだった」


「そうか」


「すごく驚いた顔をされたよ。俺が嫌いだったのかと思うくらい」


「今日の創なら、誰に会っても驚いただろうな」


「お前も知ってたんだな。結婚のこと」


「知ってる。恵美子が証人欄を書いた」


「やっぱり」


 片桐は少し笑い、すぐに表情を改めた。


「創くん、もう二十一歳なんだな。俺の中では、和久の家に行くと居間で本を読んでた子のままだ」


「その子が、婚姻届を持って市役所に来た」


「時間が経つのは早い」


「本当に」


 料理が運ばれる。片桐は店員が部屋を出るのを待ち、声を落とした。


「相手の方にも挨拶だけした。お名前も仕事も聞いていない」


「創が慎重だったろう」


「相当な。だから俺も聞かなかった。市役所にいたからって、知人の私事まで知る立場じゃない」


 和久は頷いた。


「それでいい。助かる」


「ただ、見た感じ、創くんより年上の方だと思った」


「年齢は聞いたか?」


「いや。帽子も眼鏡もマスクも着けていたし、分からないよ」


「……そうか」


 和久が息をつくのを、片桐は見逃さなかった。


「事情があるんだな」


「ある。でも俺から話すことじゃない。創たち自身が、いつ誰に話すか決めている」


「だったら、ここで止めよう」


 片桐はあっさりと言った。


「聞かなくていいのか」


「和久が俺を信用してないわけじゃないだろ。本人たちの話なんだ。お前が代わりに説明する必要はない」


「……ありがとう」


「それに、俺は今日、友人の息子が結婚するって聞いただけで十分驚いた」


 片桐が笑い、和久もようやく箸を取った。


「創くんは、自分で決めたんだよな」


「ああ」


「和久は最初、どう思った?」


「早いと思った。二十一歳だし、転職したばかりだ。これから仕事も覚えなきゃならない」


「そうだよな」


「相手の人生だってある。好きだという気持ちだけで何とかなる話じゃないと、最初は考えた」


「創くんには言ったのか」


「言った。分からないことを分からないままにするな、とも」


 和久はグラスを置いた。


「でも、あいつは話を聞いて、考えて、それでも一緒にいたいと言った。結婚も、誰かに急かされたから決めたわけじゃない」


「親としては、心配がなくなったわけじゃないだろ」


「なくならないよ」


 和久は苦笑する。


「多分、何歳になっても心配する。でも、心配だからといって、あいつの代わりに人生は選べない」


 片桐は黙って聞いていた。


「創が選んだ人を、俺たちも大事にしたい。困った時には頼ってほしい。それが今の答えだ」


「父親らしいな」


「父親だからな」


「昔、町内会の行事で創くんが転んだ時、お前、一番に駆け寄ってた」


「あったか、そんなこと」


「あった。創くんは『自分で立てる』って言って、お前の手を払った」


 和久が思い出して笑う。


「あいつ、昔からそうだったな」


「今日も少し似てた。婚姻届を持って緊張してるのに、相手の方へ話しかける時だけ顔が柔らかくなった」


 和久は片桐を見た。


「そんな顔をしてたか」


「ああ。あれは大事に思ってる顔だった」


「……なら、よかった」


 和久は短く言い、しばらくグラスに目を落とした。


 父親として息子から聞く言葉と、長年の友人が偶然見た表情は違う。


 創が幸せそうだった。


 それを今日、片桐から聞けたことが嬉しかった。


「片桐。創には、何て言った?」


「自分で決めたなら大事にしなさい、と。あと、おめでとうって」


「ありがとう」


「今度、本人たちが話せるようになったら、相手の方も紹介してもらえるかな」


「その時が来たらな」


「楽しみに待つよ。こっちからは聞かない」


 そこで二人は話題を変えた。


 昔の地域行事の失敗談、最近の仕事、互いの健康のこと。いつもの友人同士の飲み会に戻る。


 片桐は、昼に挨拶した女性が青嶺中央銀行の頭取だとは知らない。双子を妊娠していることも知らない。


 和久は何も言わなかった。


 片桐が守ったのは、創から聞かなかったこと。和久が守ったのは、息子夫婦から預かっていることだった。


◇◇◇


 午後九時十八分。


 成城の新居では、創と璟瑶がソファに並んでいた。


「水城さんには、明日伝える?」


「うん。土曜日だけど少し本店に行くし、絢乃さんもいる。正式に受理されたことを話す」


「銀行の手続きもあるよね」


「必要なものを確認する。どこに何を届けるか、誰が情報を見る必要があるかも」


「劉川さんは?」


 璟瑶は少し考えた。


「それも、水城さんと相談してから決めたい」


「うん」


 結婚したからといって、翌日から行内の誰にでも話せるわけではない。


 第一秘書の劉川には、今も二人の関係を伝えていない。一方で、手続きや今後の日程を考えれば、秘密を守るために必要な共有もある。


 二人はこれから、その範囲を決めなくてはならない。


「創」


「何?」


「結衣さんと航平さん、年齢を聞いた時、すごく驚いてたね」


「二十四歳差だから、普通は驚くと思う」


「……創は嫌じゃない?」


「今さら聞く?」


「妻になった日だから、もう一回聞きたい」


 創は璟瑶の手を握った。


「嫌だったら、結婚してないよ。新居も一緒に選んでない」


「うん」


「四十五歳だからでも、頭取だからでも、中国人だからでもない。璟瑶だから、一緒に生きたいと思った」


 璟瑶は握り返した手に力を込める。


「何度も聞いてるのに、嬉しい」


「何度でも言うよ」


「約束ね」


「うん」


「欲張りな妻でごめん」


「その言い方、ずるいな」


 二人は笑った。


 今日、宮嶋創と欧陽璟瑶は正式に夫婦になった。


 結衣と航平には、結婚と二十四歳差のことを話した。けれど、璟瑶の仕事も、双子のことも話していない。


 片桐は和久と杯を交わし、創の結婚を祝った。和久もまた、息子夫婦の秘密を守った。


 そして明日、銀行の中でただ一人、二人の関係を知る水城に、新しい事実が伝わる。


「婚姻届が、正式に受理されました」


 恋人だった二人が夫婦になったことで、秘密の守り方にも、新しい答えが必要になる。



最後までお読みいただき、ありがとうございました。


ついに、婚姻届が正式に受理されました。


「私たち、今、夫婦?」


「うん。夫婦。法律上も」


これまで何度も将来を語り、新居を選び、双子の未来を考えてきた二人。


それでも「正式に受理されました」という言葉には、それまでとは違う重みがありました。


璟瑶は創の妻に。


創は璟瑶の夫に。


帰宅後の、


「私、創の奥さんになりました」


「璟瑶は俺の妻」


という言葉も、今日からは本当の意味を持ちます。


結衣と航平には結婚と二十四歳差であることまでは明かしましたが、璟瑶の職業、頭取という立場、双子妊娠については秘密のまま。


また夜には、片桐と和久が久しぶりの飲み会へ。


片桐も創の結婚を祝いますが、和久は息子夫婦の秘密を守り、璟瑶の正体を明かしませんでした。


そして次回、第70話。


恋人から夫婦になっても、銀行では「欧陽頭取」と「宮嶋さん」。


二人の結婚を、銀行内で誰にどこまで伝えるのか。


いよいよ水城との相談が始まります。


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