第5話「最終面接――恋人が“青嶺中央銀行頭取”だなんて聞いてません」
今回は、シリーズ序盤最大の転機となる「最終面接」です。
青嶺中央銀行の最終面接まで進んだ宮嶋創。
その二日前、創は十八歳から自分を育ててくれた東都共栄銀行・城東支店の神崎支店長、三谷主任をはじめ、上司や同僚、後輩たちへ転職活動をしていることを打ち明けます。
今の銀行が嫌いだから辞めるわけではない。
むしろ、銀行員として一から育ててもらった大切な場所。
それでも、もし青嶺中央銀行から正式に内定をもらえたなら、新しい環境へ挑戦したい。
そんな創の決意を、城東支店の仲間たちはそれぞれの思いで受け止めます。
そして迎える最終面接当日。
創はまだ知りません。
前日の夜まで普通に電話をして、
「明日の面接、頑張ってね」
と応援してくれた四十五歳の恋人・欧陽璟瑶が――。
自分が入行を目指している青嶺中央銀行の頭取だということを。
最終面接室の扉を開けた瞬間。
創が見ることになる、あまりにも衝撃的な光景。
恋人としては「璟瑶」。
しかし、この場所では「欧陽頭取」。
二十四歳差の秘密の恋が、銀行という組織の中で初めて交差する瞬間をお楽しみください。
青嶺中央銀行の最終面接を二日後に控えた朝。
宮嶋創は、いつもどおり東都共栄銀行・城東支店へ出勤した。
しかし、その鞄には最終面接の案内が入っていた。
書類選考、適性検査、筆記試験、一次面接、二次面接。そのすべてを突破し、残るのは最終面接だけ。
内定を得れば、十八歳から勤めてきた銀行を離れることになる。
「宮嶋。今日は難しい顔をしているな」
直属の上司である三谷雅臣が声をかけた。
「三谷主任。今日、少し時間をいただけますか?」
「相談か?」
「はい」
◇◇◇
午前十一時過ぎ。
創が応接室へ入ると、三谷主任だけでなく、神崎支店長、牧野副支店長、倉持融資営業課長、岸本個人営業課長も待っていた。
「相談があるそうだな」
「はい。実は、転職活動をしています」
室内が静まり返った。
「どこを受けている?」
「青嶺中央銀行です」
管理職たちの表情が一斉に変わった。
「今、どこまで進んでいる?」
「最終面接です」
「二十一歳で、青嶺中央銀行の最終まで進んだのか」
「はい」
神崎支店長は創を見つめた。
「うちが嫌になったのか?」
「違います。東都共栄銀行には、十八歳の頃から育てていただきました。三谷主任をはじめ、皆さんにも一から仕事を教えていただきました」
「それなら、なぜ転職する?」
「もっと大きな環境で、自分がどこまで通用するのか挑戦したいからです」
「内定が出たら?」
「青嶺中央銀行へ行くつもりです」
創は深く頭を下げた。
「まだ結果が出ていない段階で申し訳ありません。ただ、内定後に突然お伝えするのは失礼だと思いました」
「顔を上げろ」
神崎支店長は、怒ることなく僅かに笑った。
「青嶺中央銀行の最終まで進んだことは、胸を張っていい。うちで何も身につけなかった人間にはできないことだ」
「支店長……」
「ただし、まだ合格したわけではない。最後まで気を抜くな」
「はい」
三谷主任も創を見た。
「正直、お前がいなくなれば困る。でも、若いうちに大きな銀行へ挑戦できるなら、その方がいい」
「ありがとうございます」
「十八歳の頃のお前なら止めていたけどな」
「そんなにひどかったですか?」
「電話一本で固まっていただろ」
岸本課長たちも新人時代の創を思い出し、室内に小さな笑いが起きた。
「今は後輩へ教える立場になった。成長したということよ」
「ありがとうございます」
自分が多くの人に支えられてきたことを、創は改めて実感した。
◇◇◇
昼休みには、佐伯美咲や藤村直樹、小野寺奈緒、白石康平、高瀬真由、後輩の松岡海斗にも打ち明けた。
「宮嶋先輩、辞めるんですか!?」
「まだ決まってない。最終面接が残ってる」
「でも、内定が出たら行くんですよね?」
「そのつもりだよ」
松岡は寂しそうな顔をした。
「俺、これから誰に聞けばいいんですか?」
「三谷主任や佐伯さんもいる。それに、俺がいなくても仕事ができるようにならないとな」
「まだ受かってないのに、寂しいことを言わないでください」
藤村が創の肩を叩く。
「合格したら送別会だな」
「気が早いですよ」
創は笑いながらも、もし転職が決まったときには、一人ひとりへ感謝を伝えてから退職しようと心に決めた。
◇◇◇
最終面接前日の夜、璟瑶から電話がかかってきた。
『明日でしょう?』
「覚えてたんだ」
『当然よ。緊張してる?』
「かなり。最終面接って、どんな役員が出てくるんだろう」
『役員はいるでしょうね』
「頭取も来るのかな?」
電話の向こうで、璟瑶が黙った。
「頭取って、どんな人なんだろう」
『……明日、面接へ行けば分かるわ』
「璟瑶、今日ちょっと変じゃない?」
『気のせいよ。それより、ここまで来たのは創自身の力。自信を持って』
「ありがとう。終わったら連絡するよ」
『ええ。頑張ってね、創』
電話を切った璟瑶は、頭取室の机に置かれた名札を見つめた。
『青嶺中央銀行 頭取 欧陽璟瑶』
「明日、嫌でも分かるわよ……」
◇◇◇
最終面接当日。
創は予定より四十分早く、青嶺中央銀行本店へ到着した。
受付を済ませ、上層階の待機室へ向かう。そこには他行や証券会社などで経験を積んだ、創より年上の候補者たちがいた。
「二十一歳の俺が、ここまで来たんだ」
不安を抑え、璟瑶の言葉を思い出す。
『ここまで来たのは、あなた自身の力よ』
やがて名前を呼ばれた。
「宮嶋創様。最終面接室へご案内します」
創は大きな扉の前で深呼吸し、ノックした。
「失礼いたします。宮嶋創です。本日はよろしくお願いいたします」
一礼して顔を上げた瞬間、創の時間が止まった。
人事担当役員、取締役、専務、副頭取。その中央に、濃紺のスーツを着た一人の女性が座っていた。
見慣れた黒髪と顔。
一緒に食事をし、手を繋いで歩き、昨夜まで自分を「創」と呼んでいた恋人。
欧陽璟瑶だった。
創は彼女の前に置かれた名札へ目を落とす。
『頭取 欧陽璟瑶』
(頭取……?)
(璟瑶が、青嶺中央銀行の頭取!?)
(金融関係どころじゃないだろ……!)
叫びそうになるのを必死で抑えた。
璟瑶は顔色一つ変えず、創を見つめている。そこにいたのは恋人ではなく、巨大銀行を率いる頭取だった。
「宮嶋さん。どうぞお掛けください」
「……失礼いたします」
交際後、初めて他人のように「宮嶋さん」と呼ばれた。
「それでは、宮嶋創さんの最終面接を始めます」
「よろしくお願いいたします」
混乱したまま、逃げることのできない最終面接が始まった。
◇◇◇
創は気持ちを切り替え、転職理由や将来の目標について答えた。
「現在の東都共栄銀行には感謝しています。それでも、より大きな環境で、自分がどこまで通用するのか挑戦したいと考えました」
「入行後、何をしたいですか?」
「まずは営業店で経験を深め、その後は法人営業や地域企業支援に携わりたいです」
学歴について尋ねられると、創は正直に答えた。
「大卒者や海外留学経験者に対して、劣等感はありませんか?」
「まったくないと言えば嘘になります。ただ、私は十八歳から銀行の現場で働いてきました。自分にない知識は周囲から学び、四年間の実務経験は自分の強みとして活かしたいです」
副頭取の久世宗一郎からは、現職に引き留められた場合について質問された。
「迷うと思います。東都共栄銀行には恩がありますから」
「それでも、内定が出れば当行へ来ますか?」
「はい。正式に内定をいただければ、青嶺中央銀行へ入行します」
中央に座る璟瑶は無表情だったが、心の中では恋人として、その答えを嬉しく感じていた。
続いて御子柴専務が、コンプライアンスに関する質問をする。
「仮に、当行へ入行後、役員と個人的な知り合いだったことが判明した場合、あなたならどうしますか?」
(どうして今、その質問をするんですか!?)
創の背中に冷たい汗が流れた。
質問した御子柴は、創と頭取が恋人だとは知らない。偶然の質問だった。
「仕事と私生活を分け、必要であれば直属の上司やコンプライアンス部門へ申告します。個人的な関係によって、業務上の便宜を受けることもありません」
「役員本人から申告しなくていいと言われても?」
「必要な関係であれば申告します。銀行は信用で成り立つ仕事だからです」
璟瑶は表情を変えなかったが、心の中で静かに認めた。
(よく答えました、創)
同時に、創が入行した場合、二人の関係を必要な範囲で正式に申告しなければならないと理解した。
◇◇◇
面接の終盤、璟瑶が資料を閉じた。
「宮嶋さん」
「はい、頭取」
創が初めて恋人を「頭取」と呼ぶ。
璟瑶の胸も僅かに揺れたが、表情には出さなかった。
「最後の質問です。なぜ、青嶺中央銀行で働きたいのですか?」
創は少し考え、雨の日に彼女へ話した言葉を思い出した。
「私は、銀行が扱っているのは、ただのお金や数字ではないと考えています」
「では、何を扱っていると?」
「その数字の向こうにある、人の生活です」
預金の向こうには、その人が働いて得たお金がある。住宅ローンの向こうには家族の暮らしがあり、法人融資の先には企業と従業員がいる。
「銀行にも利益やリスク管理は必要です。それでも、数字の向こうに人がいることを忘れたくありません」
面接官たちは黙って聞いていた。
「青嶺中央銀行は、全国四十七都道府県の金融ネットワークを通じ、多くの地域や企業、人々の生活に関わっています。私はここで、今まで以上に広い場所から、人と企業を支えられる銀行員になりたいです」
璟瑶の目が僅かに揺れた。
初めて出会った雨の日に、一人の中国人女性として聞いた言葉を、今度は青嶺中央銀行頭取として聞いていた。
「分かりました。私からの質問は以上です」
やがて最終面接は終了した。
「本日は、ありがとうございました」
創は一礼して退出した。
璟瑶は最後まで笑わず、「創」とも呼ばなかった。
◇◇◇
面接室を離れた創は、誰もいない場所で壁へ背中を預けた。
「頭取だったのかよ……」
『金融関係』
確かに嘘ではない。
しかし、あまりにも説明が足りなかった。
「自分の銀行を受けろって勧めたのか……」
今すぐ電話して問いただしたかったが、璟瑶はまだ面接中である。
それでも、彼女が採用へ介入していないことだけは分かった。これまでの選考はすべて通常どおり行われ、今日の璟瑶も創を一人の応募者として扱っていた。
「話は帰ってからだな……」
創は深く息を吐き、本店をあとにした。
◇◇◇
創の退出後、面接官たちは評価を始めた。
「若さはありますが、面白い人材ですね」
御子柴専務の言葉に、久世副頭取も頷いた。
「自分の学歴や経験を冷静に理解しています。コンプライアンスに関する回答も適切でした」
「『お金の向こうには人の生活がある』という答えは、少し青臭いですが」
「二十一歳なら、それくらいでいいでしょう。知識は教えられても、その感覚は簡単には教えられません」
三人の役員はいずれも、創を高く評価した。
「頭取は、どうお考えですか?」
全員の視線が璟瑶へ集まる。
彼女は恋人ではなく、応募者の名前として『宮嶋創』を見つめた。
「私も、応募者として評価します。ただし、ほかの最終候補者と比較したうえで採否を決めてください」
「承知しました」
「私は以前、宮嶋さんと個人的に知り合ったことがあります。ですが、その関係は一切考慮しないでください」
役員たちは了承し、それ以上は尋ねなかった。
誰も知らない。
その青年が昨夜まで璟瑶と電話をし、休日には手を繋いで歩いた恋人であることを。
こうして創は、最終面接という最も劇的な場所で、恋人の本当の正体を知った。
次に届くのは、青嶺中央銀行からの最終結果。
もし内定を得れば、創は十八歳から自分を育ててくれた東都共栄銀行へ、正式に退職の意思を伝えることになる。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ついに創が、璟瑶の本当の正体を知りました。
「金融関係の仕事をしている四十五歳の中国人女性」
創がこれまで知っていたのは、それだけでした。
ところが最終面接室の中央に座っていたのは――。
「青嶺中央銀行 頭取 欧陽璟瑶」
昨日まで「創」と呼んでいた恋人が、今日は完全な頭取の顔で、
「宮嶋さん」
と呼ぶ。
創もまた、初めて恋人へ、
「はい、頭取」
と答えることになりました。
そして、まるで二人の関係を知っているかのように専務から飛び出した、
「当行の役員と個人的な知り合いであった場合、あなたならどうしますか?」
という質問。
もちろん専務は何も知りません。
それでも創は、
「仕事と私生活を完全に分けます」
「必要であれば上司やコンプライアンス部門へ申告します」
「その関係によって業務上の便宜を受けることは絶対にしません」
とはっきり答えました。
さらに最後の質問では、第0話で璟瑶の心に残った、
「お金の向こうには、人の生活がある」
という言葉が再び登場しました。
最初に出会った雨の夜には、一人の中国人女性として聞いた言葉。
そして今回は、青嶺中央銀行頭取として聞いた同じ言葉。
創がここまで進んできたのは、璟瑶の力ではありません。
書類選考。
適性検査。
筆記試験。
一次面接。
二次面接。
そして最終面接。
すべて創自身の力で挑んできました。
あとは結果を待つだけです。
そして、もし正式な内定が出れば――。
次回、第6話。
十八歳から働いてきた東都共栄銀行を去るため、創は神崎支店長、三谷主任、上司、同僚、そして後輩の松岡海斗たちへ、一人一人きちんと挨拶をすることになります。
自分を銀行員に育ててくれた最初の職場との別れ。
そして青嶺中央銀行で始まる、新しい銀行員人生。
もちろんそこには――。
今度は「恋人」ではなく「頭取」として同じ職場にいる欧陽璟瑶が待っています。




