第4話「『うちの銀行を受けてみない?』――恋人から突然勧められた転職」
今回は、創の銀行員人生が大きく動き始める回です。
東都共栄銀行・城東支店で働く二十一歳の宮嶋創。
今の職場に大きな不満はなく、神崎支店長や三谷主任をはじめ、多くの先輩や同僚にも支えられながら銀行員として成長してきました。
そんな創へ、恋人の欧陽璟瑶が突然見せたのは――。
「青嶺中央銀行 キャリア採用・若手金融人材募集」
全国四十七都道府県に巨大な金融ネットワークを持つ青嶺フィナンシャルグループ。
その中核となる青嶺中央銀行への転職を、璟瑶は創へ勧めます。
しかし創は、まだ知りません。
その銀行の頭取こそ、目の前にいる自分の恋人だということを。
そして璟瑶も、恋人だからといって創を特別扱いするつもりはありません。
書類選考。
適性検査。
筆記試験。
一次面接。
二次面接。
すべて通常の応募者と同じ条件。
「受けるなら、自分の力で受かって」
その言葉通り、創は自分自身の力だけで青嶺中央銀行の採用試験へ挑みます。
そして、その先に待っている最終面接。
そこは創にとって、銀行員としての人生だけではなく――恋人の本当の正体を知る場所にもなります。
創はどこまで進むことができるのか。
どうぞ最後までお楽しみください。
欧陽璟瑶が、宮嶋創の勤務先が東都共栄銀行だと知ってから数日が過ぎた。
創はこれまでと変わらず、城東支店で働いていた。
「宮嶋、昨日の法人訪問の記録を午前中にまとめられるか?」
「はい。三谷主任、十一時までに提出します」
上司の三谷雅臣から指示を受け、後輩の松岡海斗には振込依頼書の書き方を教える。
二十一歳。高校卒業後に入行して四年目となった創は、少しずつ後輩を指導する立場にもなっていた。
神崎支店長や三谷主任、佐伯美咲、藤村直樹をはじめ、多くの先輩に育ててもらった城東支店での日常を、創は大切に思っていた。
だからこそ、恋人から持ちかけられる話が、自分の人生を大きく変えるとは想像していなかった。
◇◇◇
その夜、創と璟瑶は駅近くの洋食店で食事をしていた。
「今日、松岡に仕事を教えたんだ」
「創も十八歳の頃は、同じだったでしょう?」
「俺の方がひどかったよ。電話を取るだけでも緊張してた」
「それでも四年続けている」
「うん」
「今の銀行、好き?」
「好きだよ。高卒で入った俺に、一から仕事を教えてくれた銀行だから」
璟瑶はナイフとフォークを置いた。
「創。一つだけ聞いてもいい?」
「何?」
「今の銀行に、ずっと勤めるつもり?」
「ずっとかは分からないけど、辞める理由はないかな」
「もし、もっと大きな銀行で働ける機会があったら?」
璟瑶はスマートフォンを取り出し、ある採用ページを表示した。
『青嶺中央銀行 キャリア採用・若手金融人材募集』
「青嶺中央銀行?」
創は目を見開いた。
「これ、受けろってこと?」
「興味はない?」
「俺には無理だよ。高卒だし、まだ二十一歳だよ?」
「応募条件を読んで」
若手経験者枠では、高校卒業後に金融機関で一定期間の実務経験を積んだ者も応募できる。
「……条件には入ってる」
「学歴だけですべてが決まる銀行なら勧めないわ。創には十八歳から積み上げた実務経験があるでしょう?」
預金、振込、諸届、顧客対応、窓口後方事務、法人営業への同行、後輩指導。
璟瑶は、創がこれまで話した業務をすべて覚えていた。
「どうして、そんなに覚えてるの?」
「恋人の話だから」
「そういうことを急に言うの、ずるいよ」
創は採用ページを見つめた。
青嶺中央銀行は、国内外に巨大な事業基盤を持ち、全国四十七都道府県の系列・地域銀行と連携する大手銀行である。
銀行員なら、一度は憧れてもおかしくない場所だった。
「今の銀行が嫌で辞めたいわけじゃない」
「分かってる」
「神崎支店長や三谷主任にも世話になってる。それなのに、どうして転職を勧めるの?」
本当の理由は、創が競合銀行に勤めているからだった。
しかし、自分が青嶺中央銀行頭取だと明かしていない璟瑶には、まだ説明できない。
「創なら、もっと大きな場所でも働けると思ったの。銀行員として、さらに幅広い経験をしたいとは思わない?」
「それは思うけど……」
「受けるだけ受けてみたら?」
璟瑶は真剣な表情で続けた。
「ただし、受験するなら紹介も特別扱いも一切なし。誰かに頼ろうとは考えないで」
「当たり前だよ。受けるなら、自分の力で合格する」
「それでこそ創ね」
恋人を自分の銀行へ誘う以上、璟瑶は採用に絶対介入しないと心に決めた。
◇◇◇
創は三日間悩んだ。
今の職場に不満はない。それでも、大手銀行で自分がどこまで通用するのか試したいという気持ちはあった。
四日目の夜、創は応募フォームを開いた。
氏名、宮嶋創。
二十一歳。高等学校卒業。
現在の勤務先、東都共栄銀行・城東支店。
金融機関勤務約四年。
職務内容を入力し、応募ボタンを押す。
『応募を受け付けました』
「本当に応募しちゃった……」
創は璟瑶へメッセージを送った。
『応募した』
『頑張って。ただし、受けるなら自分の力で合格して』
『分かってるよ』
創はまだ知らなかった。
そのメッセージを読んでいる恋人こそ、青嶺中央銀行の頭取だった。
◇◇◇
翌朝、青嶺中央銀行本店の頭取室では、第一秘書の劉川景仁と第二秘書の水城絢乃が、璟瑶へ一日の予定を報告していた。
「水城。人事部へ伝えてほしいことがあるわ」
「何でしょうか?」
「今回のキャリア採用に、宮嶋創という応募者がいる可能性があります」
水城がメモを取ろうとすると、璟瑶は制止した。
「ただし、その人物を特別扱いしないで」
「頭取のお知り合いでしょうか?」
「個人的に知っている人物です。それ以上は説明しません」
璟瑶は厳しい表情で続けた。
「書類選考から二次面接まで、ほかの応募者と完全に同じ基準で判断してください。私への事前報告も不要です」
「不合格となった場合も、でしょうか?」
「もちろん。それなら、そこまでの実力だったということよ」
恋人だからこそ、優遇されたという疑念を残してはならない。
合否には一切介入しない。
創が進めるかどうかは、彼自身の力だけで決めさせるつもりだった。
◇◇◇
一週間後、創のもとへ書類選考通過の通知が届いた。
続く適性検査と筆記試験では、数的処理や金融実務、一般常識、経済、文章作成などが出題された。
最後の記述問題は、
『あなたが銀行員として最も大切にしていることを、三百字以内で述べなさい』
創は、かつて璟瑶へ話した言葉を思い出した。
銀行が扱うのは、ただの数字ではない。
預金の向こうには生活があり、住宅ローンの向こうには家族がいる。法人融資の先には企業と従業員がいる。
だからこそ正確さと信頼、相手の話を聞く姿勢を忘れない銀行員でありたい。
創はその思いを書き、試験を終えた。
数日後、適性検査と筆記試験の通過通知が届いた。
◇◇◇
一次面接では、これまでの業務内容や転職理由を尋ねられた。
「現在の銀行に不満はありますか?」
「いいえ。大変お世話になっています」
「では、なぜ転職を?」
「より大きな環境で、自分がどこまで通用するのか試したいからです」
「高校卒業という学歴を不利に感じますか?」
「感じる場面はあると思います。しかし、十八歳から積んだ実務経験は、私にしかない強みだと考えています」
創は一次面接を通過した。
二次面接では、部長級を含む三名から、さらに厳しい質問を受けた。
「現職に不満がないなら、当行へ入っても数年後に辞めるのでは?」
「可能性がゼロとは申し上げません。ただし、今回の転職は単に環境を変えるためではなく、銀行員としての可能性を広げるためです」
「現職から引き留められたら?」
「迷うと思います。今の銀行には恩がありますから。それでも正式に合格をいただいた場合は、自分の将来を考えて決断します」
飾らず誠実に答えた創は、二次面接も通過した。
次はいよいよ最終面接だった。
「璟瑶、最終まで行った!」
創が電話で報告すると、璟瑶は一瞬黙った。
『そう。おめでとう』
「まだ合格じゃないよ」
『ここまで来たのは創自身の力よ。自信を持って』
「ありがとう。頑張るよ」
創は、自分の恋人が採用へ一切介入していないことも、最終面接で誰と対面することになるのかも知らなかった。
◇◇◇
後日、青嶺中央銀行本店の頭取室に、副頭取の久世宗一郎と二人の秘書が入ってきた。
「頭取。キャリア採用の最終面接へ進む六名が決まりました」
久世が候補者一覧を机に置く。
璟瑶の目が、一人の名前で止まった。
『宮嶋創 二十一歳』
『東都共栄銀行・城東支店』
『高等学校卒業・金融実務経験約四年』
すべての選考を、創は自分の力で通過していた。
「宮嶋創。かなり若い応募者です」
「そうね」
「学歴だけなら目立ちませんが、金融実務分野の得点が高い。面接でも誠実性と転職理由の一貫性が評価されています」
久世は、その青年が頭取の恋人だとは知らない。
「最終面接で、一度話してみたい人物です」
「ええ」
璟瑶は平静を装いながら、心の中で創の名前を呼んでいた。
最終面接の面接官は、頭取の璟瑶、副頭取の久世、専務取締役兼人事担当の御子柴泰成、取締役の榊原征司。後方には劉川第一秘書と水城第二秘書も同席する。
中央に置かれる名札には、
『青嶺中央銀行 頭取 欧陽璟瑶』
と記される。
創は扉を開けた瞬間、その名前を見ることになる。
面接中、璟瑶は彼を「創」とは呼べない。「宮嶋さん」と呼び、一人の応募者として接しなければならない。
そして創も、恋人を初めて「頭取」と呼ぶことになる。
「ごめんなさい、創……」
もう正体を隠すことはできない。
最終面接の日。
宮嶋創は、自分の恋人が転職先の頭取であるという真実を、最も劇的な場所で知ることになる。
青嶺中央銀行の最終面接室。
その中央に置かれた頭取席で、欧陽璟瑶が彼を待っていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ついに創は、青嶺中央銀行の最終面接までたどり着きました。
高卒。
二十一歳。
十八歳から東都共栄銀行で銀行員として働いてきた創。
学歴だけを見れば、自分より華やかな経歴を持つ応募者はいくらでもいます。
それでも創には、十八歳から積み重ねてきた実務経験があります。
預金。
振込。
諸届。
顧客対応。
法人営業への同行。
後輩への指導。
そして何より、「銀行が扱っているのは数字だけではなく、その向こうにいる人の生活だ」という、創自身の銀行員としての考え方。
その一つ一つが評価され、創は書類選考、適性検査・筆記試験、一次面接、二次面接をすべて自力で突破しました。
もちろん、璟瑶は一切介入していません。
むしろ、
「宮嶋創という応募者について、通常の候補者と完全に同じ基準で判断してください」
と指示しています。
恋人だからこそ、特別扱いはしない。
もし落ちれば、それまで。
それでも創は自分の力で最終面接まで来ました。
そして最後に明らかになった、最終面接の席次。
副頭取・久世宗一郎。
専務取締役兼人事担当・御子柴泰成。
取締役・榊原征司。
第一秘書・劉川景仁。
第二秘書・水城絢乃。
そして中央には――。
「青嶺中央銀行 頭取 欧陽璟瑶」
創が何も知らず、
「最終まで行きました!」
と嬉しそうに電話した相手。
昨日まで普通に「璟瑶」と呼んでいた恋人。
その女性が、最終面接では頭取席に座っています。
しかも周囲の重役たちは、二人が恋人だという事実を誰も知りません。
創は恋人を見つけても、「璟瑶」と呼ぶことはできない。
璟瑶も「創」と呼ぶことはできない。
初めて交わされる、
「宮嶋さん」
「はい、頭取」
という言葉。
次回、第5話。
いよいよ序盤最大の見せ場――。
創が最終面接室の扉を開き、恋人の本当の正体を知ります。




