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第3話「恋人になって初めて知った勤務先――彼が“競合銀行の行員”だった」


今回は、恋人になった創と璟瑶に、最初の大きな問題が訪れます。


二十一歳の宮嶋創と、四十五歳の欧陽璟瑶。


二十四歳という年齢差を越えて交際を始めた二人は、少しずつ恋人らしい時間を過ごせるようになってきました。


休日のデート。


一緒に本屋を見て、食事をして、手を繋いで歩く。


創にとっては、少し年齢の離れた大切な恋人との穏やかな一日です。


しかし、何気ない仕事の話から創が口にした勤務先――。


「東都共栄銀行」


その名前を聞いた瞬間、璟瑶の中では恋人としての幸せとはまったく別の問題が動き始めます。


創はまだ知りません。


自分の恋人が青嶺中央銀行の頭取であることも。


その青嶺中央銀行と、自分が勤める東都共栄銀行が競合関係にあることも。


一人の女性としては創と一緒にいたい。


けれど、銀行頭取としては見過ごすことのできない関係。


二人の秘密の恋に初めて現れる、「銀行」という巨大な壁。


どうぞ最後までお楽しみください。



 欧陽璟瑶と宮嶋創が恋人になってから、しばらくの日が過ぎた。


 二十一歳と四十五歳。二十四歳差の中国人女性と日本人男性。


 最初の数日、創は恋人という関係に慣れず、璟瑶からメッセージが届くたびに画面を見つめていた。


『おはよう、創。今日も仕事頑張って』


「本当に彼女になったんだよな……」


 一方の璟瑶も、創から名前を呼ばれるだけで、誰にも見られないよう頭取室で微笑んでいた。


 青嶺中央銀行頭取として巨大な案件を扱う彼女にとって、創から届く短いメッセージは、一日の疲れを忘れさせてくれる特別なものになっていた。


◇◇◇


 週末、二人は恋人になって初めて一日を一緒に過ごした。


 午前十一時、駅前で待ち合わせた創の前に、淡い色のニットとロングスカートを着た璟瑶が現れる。


「待った?」


「五分くらい」


「今日は合格ね」


「何の合格?」


「恋人として」


「俺、採点されてるの?」


「今のところ高得点よ」


 二人は笑い合い、最初に大型書店へ向かった。


「本屋を選んだの?」


「璟瑶が本を読むって言ってたから」


「覚えていたのね」


 璟瑶は迷わず金融関係の棚へ進み、四百ページほどある専門書を手に取った。


「創も読んでみる?」


「遠慮します」


「若いうちに勉強しておいた方がいいわ」


「恋人というより上司みたい」


「勉強熱心な恋人でいいでしょう?」


「勉強させようとしてるのは璟瑶だけどね」


 書店を出た二人は商業施設を歩き、カフェへ入った。


「今日は緊張していないのね」


「最初は、四十五歳の綺麗な人が自分の彼女だなんて、現実感がなかったから」


「今、綺麗って言った?」


「そこに反応する?」


「恋人から言われるのは違うの」


 照れたように笑う璟瑶を見て、創は彼女にも年相応ではない可愛らしい一面があることを知った。


 しかし、創が何気なく口にした言葉によって、穏やかな時間は一変する。


「そういえば創。あなたは、どこの銀行に勤めているの?」


「言ってなかった?」


「銀行員だとは聞いたけれど、銀行名までは」


「東都共栄銀行。城東支店勤務」


 その瞬間、璟瑶の手が止まった。


「……そこなの?」


「知ってるの?」


「金融関係だから、名前を聞いたことがあるだけよ」


 璟瑶は平静を装ったが、頭の中には銀行経営者としての警告が次々と浮かんでいた。


 東都共栄銀行は、青嶺中央銀行が首都圏で警戒する競合行の一つだった。個人預金、住宅ローン、中小企業融資、法人取引など、多くの分野で顧客が重なっている。


 特に城東地区では、一つの融資案件をめぐって両行が競うこともある。


 つまり自分の恋人は、よりによって競合銀行の行員だった。


 もし交際が知られれば、年齢差だけでは済まない。


 情報交換や利益供与を疑われ、監査部門やコンプライアンス部門、場合によっては取締役会まで動く可能性がある。


 何より、創自身が顧客情報や営業情報を流していないかと疑われてしまう。


「璟瑶、本当に大丈夫?」


「大丈夫よ。知っている銀行だったから驚いただけ」


「じゃあ、本当に同業みたいなものなんだ」


「……そうね」


 正確には同業であり、競合だった。


 何も知らない創は、神崎支店長や三谷主任、先輩行員たちについて話し始める。


 佐伯美咲という女性行員の名前が出ると、璟瑶が尋ねた。


「その佐伯さん、綺麗?」


「どうしてそこを気にするの?」


「恋人だから」


「それ、完全に嫉妬だよね?」


「してないわ」


 恋人としてなら、楽しい会話だった。


 しかし頭取である自分が、競合銀行の内部事情を不用意に聞くべきではない。


「創。一つお願いがあるの」


「何?」


「これから仕事の話をするとき、顧客名や会社名、具体的な取引内容は私に言わないで」


「どうして?」


「同じ金融業界にいる以上、聞かない方がいい情報もあるから」


「もともと顧客情報は話せないよ。俺も銀行員だから」


「それならいいわ」


「仕事は仕事。恋人は恋人。それでいいだろ?」


「……ええ」


 創は簡単に言ったが、璟瑶には、それだけで済む問題なのか分からなかった。


◇◇◇


 カフェを出た二人は映画を観たあと、公園を歩いた。


「璟瑶」


「何?」


「手、繋がない?」


 少し恥ずかしそうに差し出された創の手を、璟瑶は静かに握った。


 二十一歳と四十五歳。二十四歳差の二人は、初めて手を繋いで休日の街を歩いた。


「創。もし私が、あなたの想像よりずっと面倒な立場の人間だったら、どうする?」


「金融関係ですごく偉いとか?」


「例えばね」


「別にいいんじゃない?」


「かなり偉くても?」


「俺が付き合ってるのは璟瑶で、役職じゃないから」


 創は握った手に少し力を込めた。


「驚くとは思うけど、そのときに二人で考えればいいよ」


 本当なら、今こそ正体を明かすべきだった。


 しかし創が東都共栄銀行の行員だと知ったことで、璟瑶はかえって言えなくなった。


 自分が青嶺中央銀行頭取だと明かした瞬間、二人は単純な恋人ではいられなくなる。


「ありがとう、創」


「何が?」


「何でもないわ」


「今日、そればっかりだね」


 二人は笑ったが、璟瑶の胸には不安が残り続けていた。


◇◇◇


 夕方、駅前で創と別れた璟瑶は、秘書へ車を回すよう連絡した。


 約四十分後、彼女は青嶺中央銀行本店の頭取室へ戻った。


 パソコンを起動し、競合金融機関の分析資料を開く。


『東都共栄銀行』


 資料には個人預金や法人融資、住宅ローン、地域別シェアなどがまとめられ、主要支店の中には城東支店の名前もあった。


「……本当に、そこなのね」


 頭取として考えれば、最も安全なのは交際を終わらせることだった。


 まだ恋人になって間もない。深い関係になる前なら、互いに元の生活へ戻れるかもしれない。


 しかし、昼間の創の言葉が蘇る。


『俺が付き合ってるのは、璟瑶だから』


「……無理ね」


 別れたくない。


 頭取としての理屈よりも、その気持ちは単純だった。


 ただし交際が知られれば、創の経歴まで傷つける可能性がある。まだ二十一歳で、銀行員として成長している途中の彼を、自分の立場に巻き込むことだけは避けたかった。


 そのとき、創からメッセージが届く。


『今日はありがとう。また休みが合ったら出かけよう』


 璟瑶は少し迷ったあと、返信した。


『私も楽しかった。またデートしようね、創』


『うん。次は俺が店を探す』


 思わず微笑んだ璟瑶の視界には、三つのものが同時に入った。


『青嶺中央銀行 頭取 欧陽璟瑶』


 机に置かれた自分の名札。


『競合金融機関分析――東都共栄銀行』


 画面に表示された資料。


 そして、スマートフォンに登録された恋人の名前。


『創』


「どうして、よりによってそこにいるのよ……」


 四十五歳の中国人女性頭取と、二十一歳の日本人銀行員。


 二十四歳差に加え、競合銀行同士という新たな壁が現れた。


 しかも創だけが、まだ何も知らない。


◇◇◇


 交際を続けたい。しかし、このままではいけない。


 長く考えた璟瑶の視線が、一つの資料で止まった。


『青嶺中央銀行・若手金融人材キャリア採用計画』


 もちろん、自分の権限で創を採用することはできない。頭取としても許されない行為だった。


 だが、創自身が応募し、ほかの候補者と同じ条件で選考を受け、自分の力で合格したなら――。


「私は何を考えているの……」


 今の銀行を大切にしている創へ転職を勧めれば、恋愛感情による介入になりかねない。


 それでも一度浮かんだ考えは消えなかった。


 数日後、璟瑶は創へ一つの問いを投げかけることになる。


「創。今の銀行に、ずっと勤めるつもり?」


 その質問が、創の銀行員人生と二人の秘密の恋を大きく動かすことを、彼はまだ知らなかった。



最後までお読みいただき、ありがとうございました。


今回は、ついに璟瑶が創の勤務先を知ることになりました。


創が高校卒業後から勤めているのは、東都共栄銀行・城東支店。


そして璟瑶が頭取を務めるのは、青嶺中央銀行。


個人預金、住宅ローン、法人融資、地域金融など、さまざまな分野で競い合う二つの銀行です。


創にとっては、


「金融関係なら知っていて当然」


くらいの話。


しかし璟瑶にとっては、まったく違います。


自分は青嶺中央銀行の頭取。


さらに全国四十七都道府県に広がる青嶺フィナンシャルグループの経営中枢に立つ人物です。


もし二人の交際が知られれば、単なる「二十四歳差の秘密の恋」では終わりません。


情報管理。


利益相反。


コンプライアンス。


そして創自身まで、競合銀行との情報交換を疑われる可能性があります。


それでも璟瑶は創と別れたくない。


頭取として考えれば距離を置くべきなのに、一人の女性としては創を手放したくない。


そして頭取室で目にしたのは――。


「青嶺中央銀行 中途採用」


という文字でした。


もちろん、璟瑶が頭取権限で創を入行させることはありません。


受けるなら、他の応募者と同じ条件で。


書類選考も、試験も、面接も。


すべて創自身の力で突破しなければならない。


それでも璟瑶の中には、一つの考えが生まれ始めました。


次回、第4話。


「創、一つだけ聞いてもいい?」


「今の銀行……ずっと勤めるつもり?」


恋人から突然持ちかけられる、青嶺中央銀行への転職。


そしてこの選択が、やがて創を――。


恋人の本当の正体が待つ「最終面接室」へ導いていきます。


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