第2話「三度目は偶然じゃない――45歳の彼女から突然『私と付き合って』と言われました」
今回は、創と璟瑶にとって大きな転機となる第三の出会いです。
十八歳で銀行員となり、現在二十一歳の宮嶋創は、東都共栄銀行・城東支店で少しずつ仕事の幅を広げていました。
支店長の神崎隆之、直属の上司である三谷雅臣、先輩の佐伯美咲や藤村直樹、そして後輩の松岡海斗。
銀行員としての日常を送りながら、最近の創には一つだけ以前と違うことがあります。
それは、四十五歳の中国人女性・欧陽璟瑶と連絡を取り合うようになったこと。
一度目は雨の夜。
二度目は中華料理店。
そして三度目は――もう偶然ではありません。
璟瑶自身が創に会いたいと思い、二人で約束して会う夜。
しかし、いつも余裕のある璟瑶が、この日だけはどこか落ち着きません。
その理由はただ一つ。
彼女は今夜、二十四歳年下の創へ、自分の気持ちを伝えると決めているからです。
まだ彼女の本当の正体を知らない創。
そして「青嶺中央銀行頭取」という肩書を隠したまま、一人の女性として創に恋をした璟瑶。
三度目の出会いから始まる、二人の秘密の恋をお楽しみください。
中華料理店で欧陽璟瑶と再会してから、さらに数週間が過ぎた。
二十一歳の宮嶋創は、これまでと変わらず東都共栄銀行・城東支店で働いていた。
東都共栄銀行は首都圏を中心に展開し、地域の中小企業や個人顧客との取引に強みを持つ中堅地方銀行である。
「宮嶋、この振込依頼書をもう一度確認してくれ」
「はい」
融資営業課主任の三谷雅臣に言われ、創は振込先や金額、手数料区分を確認した。
「問題ありません」
「よし。仕事に慣れてきた頃が一番危ない。慣れても雑になるなよ」
「気をつけます」
続いて、十九歳の後輩・松岡海斗から住所変更届について質問される。
「この欄は旧住所も確認して。受付の時点で気づかないと、お客さんにもう一度来てもらうことになるから」
「すみません」
「俺も一年目に同じ失敗をしたから」
それを聞いていた先輩行員の佐伯美咲と藤村直樹が、創の新人時代の失敗を話し始める。
だが、雑談は支店長の神崎隆之によって止められた。
「宮嶋。午後は三谷主任と東明製作所へ行ってこい。設備更新に伴う融資相談になる可能性がある」
「私もですか?」
「今日は勉強だ。三谷の横で話をよく聞いてこい」
「ありがとうございます」
十八歳で入行した頃は、電話一本取るだけでも緊張していた。それが四年目を迎え、少しずつ法人顧客との面談にも同行させてもらえるようになった。
創は、自分が銀行員として成長していることに確かなやりがいを感じていた。
ただ一つ、以前と違うことがあった。
◇◇◇
昼休み、創がスマートフォンを確認すると、璟瑶からメッセージが届いていた。
『今日、何時頃に仕事が終わる?』
『たぶん十八時半くらいです。ただ、少し遅くなるかもしれません』
すぐに返信が来た。
『なら十九時。前に話した駅前で待ってる』
連絡先を交換してから、二人は仕事や食事、天気などについて頻繁にやり取りしていた。
璟瑶から連絡が来ると、なぜか嬉しい。
四十五歳で、二十四歳年上の中国人女性。仕事については「金融関係」としか知らない。
それでも話していると楽しく、また会いたいと思った。
「宮嶋先輩、何をニヤニヤしているんですか?」
「してない」
「女性ですか?」
「違う」
松岡に続いて、佐伯まで興味を示す。
「宮嶋君、彼女ができたの?」
「できてません」
「じゃあ、好きな人?」
「違いますって」
その時点では、本当に嘘ではなかった。
しかし創は、十九時になるのを楽しみにしている自分には気づいていなかった。
◇◇◇
午後六時半。
仕事を終えた創は、同僚たちにからかわれながら支店を出た。
待ち合わせ場所へ着いたのは十八時五十二分。数分後、落ち着いた色のワンピースを着た璟瑶が現れた。
「待った?」
「今来たところです」
「八分前は、今とは言わないでしょう?」
「銀行員なので、遅刻するより早い方が落ち着くんです」
「私も、あなたを待たせたくなかったから」
その言葉に、創の胸が僅かに揺れた。
璟瑶が予約していたのは、落ち着いた雰囲気の中国料理店だった。
二人は料理を楽しみながら、いつものように冗談を交わす。
「小籠包は熱いから気をつけて」
「分かっていますよ……熱っ!」
「だから言ったでしょう?」
「思っていたより熱かったんです」
「二十一歳なのに、子供みたい」
「四十五歳だからって、上から言わないでください」
「二十四歳も年上なら、その権利はあるでしょう?」
二人は笑い合った。
だが、この日の璟瑶は、普段よりも口数が少なかった。
「璟瑶さん、今日少し変ですよ」
「そう?」
「何かあったんですか?」
「私だって、落ち着かないことくらいあるわ」
璟瑶は今日、創へ自分の気持ちを伝えると決めていた。
二十四歳という年齢差。
さらに創には知らせていない、青嶺中央銀行頭取という肩書。
生活水準も社会的立場も、二人が見ている世界も大きく違う。
それでも彼女は、肩書を知らないまま自分と接してくれる創を好きになっていた。
◇◇◇
食事中、創は三谷主任と法人顧客を訪問したことを話した。
「今の銀行が好きなのね」
「そうですね」
「これからも、ずっとそこで働きたい?」
「まだ二十一歳なので分かりません。でも、今は辞める理由もありません」
「……そう」
璟瑶はそれ以上尋ねなかった。
この時点では、創の勤務先が東都共栄銀行であることを、まだ正確に把握していなかったからだ。
「璟瑶さんの仕事って、本当に金融関係なんですか?」
「どうして?」
「金融の話になると、俺より詳しいからです」
「私は長く働いているの」
「どのくらい?」
「秘密よ」
「謎が多すぎます」
「嫌?」
「いいえ。少しずつ知っていけばいいと思っていますから」
「これからも、私と会うつもりなの?」
創は不思議そうに璟瑶を見た。
「会わないんですか? 俺はまた会いたいですけど」
その何気ない一言で、璟瑶の決心は固まった。
◇◇◇
午後九時頃、二人は店を出た。
駅へ向かう途中、璟瑶が突然立ち止まる。
「創」
「どうしたんですか?」
「一つ、伝えたいことがあるの」
何万人もの行員へ指示を出し、巨額の案件を決裁してきた璟瑶が、二十一歳の青年を前に緊張していた。
今の彼女は頭取ではない。
一人の四十五歳の女性だった。
「創。私と付き合ってくれない?」
創の表情が固まった。
「……え?」
「聞こえなかった?」
「聞こえましたけど……付き合うって、恋人としてですよね?」
「ほかに何があるの?」
「ちょっと待ってください!」
混乱する創に、璟瑶は、自分は二度目に会った頃から考えていたと告げる。
「でも俺は二十一歳ですよ?」
「知ってるわ」
「璟瑶さんは四十五歳で、二十四歳差ですよ?」
「それも分かってる。年齢を間違えて告白しているわけではないの」
「どうして俺なんですか? 俺は普通の銀行員ですよ。大学も出ていないし、給料も貯金も普通です」
「創」
璟瑶は一歩近づき、真っ直ぐ彼を見つめた。
「私は、あなたの給料や学歴、肩書と付き合いたいわけではない」
「……」
「宮嶋創だから好きになったの」
創は何も言えなかった。
「最初に会った夜、あなたは私が誰なのか知らなかった。それでも、困っていたという理由だけで助けてくれた」
「大したことではありません」
「私には大切なことだった」
さらに璟瑶は、銀行で扱うお金の先には人々の生活があると話した創の考え方にも惹かれたと打ち明けた。
「私は、創と話している時間が好き。私が何者でもない、一人の女性でいられるから」
「何者でもない?」
「まだ言えないことがあるの」
璟瑶は少し寂しそうに笑った。
「それでも、あなたが好き。私と付き合ってください」
彼女は僅かに頭を下げた。
「無理なら受け入れるわ。二十四歳差は小さなことではないもの」
創は考えた。
出会ってから、まだそれほど時間は経っていない。彼女の仕事さえ詳しく知らず、年齢差も大きい。
だが、これから璟瑶と会えなくなることを想像すると、胸に寂しさが生まれた。
「俺、まだ混乱しています」
「そうでしょうね」
「年齢差は大きいし、璟瑶さんのことも、まだほとんど知りません」
「ええ」
「でも、これからも会いたいです。もっと璟瑶さんのことを知りたい」
創は息を整え、答えた。
「俺でよければ、付き合います」
「……本当に?」
「はい」
「あとで年齢差を理由に後悔しない?」
「しません。俺も自分で決めましたから」
璟瑶の表情がゆっくりと崩れた。
頭取室でも経営会議でも決して見せない、一人の女性としての笑顔だった。
「ありがとう、創。これからよろしくね。恋人として」
「改めて言われると恥ずかしいですね」
「それから、『璟瑶さん』は禁止」
「いきなりですか?」
「私は創と呼んでいるでしょう?」
「……璟瑶」
「もう一回」
「璟瑶」
彼女は満足そうに頷いた。
こうして、二十一歳の日本人銀行員と四十五歳の中国人女性は、三度目の出会いで恋人になった。
◇◇◇
その夜。
青嶺中央銀行本店の頭取室で、璟瑶はスマートフォンの登録名を『宮嶋創』から『創』へ変更した。
机には全国四十七都道府県に広がるグループ銀行の事業報告書と、
『青嶺中央銀行 頭取 欧陽璟瑶』
という名札が置かれていた。
「……恋人」
四十五歳になって、二十一歳の日本人青年へ本気で恋をし、自分から告白するとは思っていなかった。
創はまだ、彼女が巨大銀行の頭取であることを知らない。ただ金融関係の仕事をする中国人女性だと思っている。
「ごめんなさい、創……」
いつかは本当の立場を話さなければならない。
それでも恋人になれた今日だけは、この幸せに浸っていたかった。
一方、自宅に戻った創のもとへ、璟瑶からメッセージが届く。
『今日はありがとう。おやすみ、創』
『こちらこそ。おやすみ、璟瑶』
すぐに返信が届いた。
『名前で呼ばれるの、やっぱり嬉しい』
「四十五歳なのに、こういうところは可愛いんだな」
創は思わず笑った。
こうして始まった二十四歳差の恋。
しかし二人はまだ、最初の大きな問題に気づいていなかった。
創が勤める東都共栄銀行と、璟瑶が頭取を務める青嶺中央銀行。
二つの銀行が、法人融資や預金獲得をめぐって競い合う、競合関係にあることを。
そして創が勤務先の正式名称を告げたとき、恋人になったばかりの璟瑶の笑顔は消えることになる。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ついに、二十一歳の宮嶋創と四十五歳の欧陽璟瑶が恋人になりました。
二十四歳差。
立場も年齢も国籍も違う二人。
それでも璟瑶が好きになったのは、創の学歴でも、給料でも、肩書でもありませんでした。
雨の日、自分が何者かも知らずに助けてくれたこと。
銀行員として「お金の向こうには人の生活がある」と考えていること。
そして、頭取ではない一人の「璟瑶」として接してくれること。
だからこそ璟瑶は、
「私は、あなたの給料と付き合いたいわけじゃない」
「あなたがエリートじゃなくても関係ない」
「宮嶋創だから好きになったの」
と、自分の気持ちを真正面から伝えました。
そして創も悩んだ末に、
「……俺でいいなら」
と、その告白を受け入れました。
ここから二人は恋人です。
けれど、本当の問題はここから。
創はまだ、璟瑶が青嶺中央銀行の頭取だとは知りません。
それどころか、創が高校卒業後から勤めている東都共栄銀行と、璟瑶の青嶺中央銀行が競合関係にあることも、二人はまだ恋人として正面から向き合っていません。
幸せいっぱいの交際開始直後。
何気ない仕事の話から、璟瑶は創の勤務先を初めて詳しく知ることになります。
そして――。
「……そこなの?」
いつも冷静な璟瑶の表情が変わる。
次回、第3話。
恋人になったばかりの二人に、最初の大きな問題が訪れます。




