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第46話「父さん、母さん――この人が、私の恋人です」


第46話です。


ついに欧陽家で、璟瑶が創を正式に紹介します。


「宮嶋創、二十一歳。日本人。そして……私の恋人です」


二十四歳年下という事実に、父・崇岳は完全停止。


さらに創が青嶺中央銀行の若手行員だと知った瞬間、今度は元頭取としての表情へ変わります。


交際開始は転職前。


採用・配属・評価に璟瑶は介入していない。


二人は、その経緯を一つずつ説明していきます。


そして崇岳が創へ尋ねるのは、


なぜ銀行員になったのか。


なぜ東都共栄銀行から青嶺中央銀行へ移ったのか。


そして――璟瑶の何が好きなのか。


一方、日本では黒瀬と琴葉が社員食堂で、創への中国土産を相談中。


重慶と東京。


それぞれの場所で、創を中心にした日常も動き始めます。



 中国・重慶。


 欧陽家。


 玄関前。


「……誰だ」


 欧陽崇岳・七十二歳。


 元・青嶺中央銀行頭取。


 その一言に、宮嶋創・二十一歳の背筋が限界まで伸びる。


 隣には、欧陽璟瑶・四十五歳。


 創の恋人。


 そして、現・青嶺中央銀行頭取。


「お父さん。お母さん」


「何?」


 母・欧陽美智子は、創と娘を交互に見ている。


 ただ、その表情はすでに柔らかい。


「紹介したい人がいるの」


 璟瑶が創を見る。


 創も小さく頷いた。


「この人は宮嶋創。二十一歳の日本人」


「二十一……?」


 崇岳が最初に引っかかったのは、そこだった。


「二十一歳?」


「はい」


 娘を見る。


 四十五歳。


 創を見る。


 二十一歳。


 もう一度、娘を見る。


「璟瑶」


「何?」


「ずいぶん若いな」


「知ってる」


「年齢を?」


「もちろん」


 美智子が呆れたように口を挟む。


「あなた。いつまで玄関に立たせるの?」


「……あ」


 元頭取でも、今は完全に混乱した父親だった。


「創さん、どうぞ。荷物はそこへ置いて」


「ありがとうございます。失礼します」


 家の中は広いが、華美ではない。


 木の温かさと、中国と日本、両方の雰囲気が混ざった落ち着いた空間だった。


「そんなに緊張しなくて大丈夫よ」


「……はい」


「顔が固まってる」


「すみません」


「謝らなくていいの」


 その後ろから、崇岳が尋ねる。


「美智子。お前は前から知っていたのか?」


「名前だけ」


「お母さん!」


「本当でしょう? 前に電話で、あなたがうっかり『創』って言ったの」


 崇岳が娘を見る。


「お前は昔から変わらんな」


「何が?」


「隠そうとして、自分で漏らす」


 創は思わず笑いそうになる。


 しかし、璟瑶に睨まれた。


「創」


「何も言ってない」


「顔が言ってる」


「言ってない」


 美智子が小さく笑った。


◇◇◇


 四人は居間へ移り、中国茶を囲んだ。


「日本茶じゃなくてごめんなさいね」


「いえ。せっかく中国へ来たので、むしろ嬉しいです」


「いい子ね」


「お母さん。まだ何も話してないから」


「でも、玄関での挨拶はきちんとしていたでしょう?」


「挨拶だけで判断するな」


「あなたは厳しすぎるの。元頭取の普通を家庭へ持ち込まないで」


「……」


 創は心の中で思う。


 ――お母さん、強い。


「でしょ?」


 隣で璟瑶が囁いた。


「声に出てた?」


「顔に出てた」


「今日、そればっかりだ」


 やがて、美智子が娘へ向き直る。


「それで、璟瑶。きちんと紹介してくれる?」


「もちろん」


 空気が変わった。


 璟瑶が姿勢を正す。


「お父さん、お母さん。改めて紹介します」


 隣に座る創を見て、一度息を吸った。


「宮嶋創。二十一歳の日本人。そして――」


 わずかな間。


「私の恋人です」


「……」


 静寂。


 美智子は予想していたようだが、娘の口からはっきり聞けば、やはり目を大きくした。


 崇岳は完全に停止している。


「お父さん?」


「少し待て」


 崇岳が創を見る。


「恋人?」


「はい」


「璟瑶の?」


「はい」


「二十一歳?」


「はい」


「璟瑶は四十五――」


「私に聞いてない」


「……はい」


 創が口を閉じると、美智子が吹き出した。


「あなた、混乱してるでしょう」


「してない」


「してるわよ」


 崇岳は額を押さえ、深く息を吐いた。


「二十四歳差か」


「そう」


「自分の年齢は分かっているのか」


「当然。創の年齢も分かった上で付き合ってる」


「……いつからだ」


「それも今から説明する」


「まずお茶を飲んだら?」


 美智子に促され、崇岳は無言で湯呑みを持った。


◇◇◇


 少し空気が落ち着いたところで、崇岳が突然別の話題を出した。


「そういえば、今回の同行秘書は水城君の娘か?」


「絢乃さん?」


「そうだ」


「お父さん、水城さんを知ってるの?」


「本人ではなく父親をな。水城隆一君は、私が頭取だった頃の執行役員だ。その弟の邦彦君も取締役だった。海外と法人、企画で随分助けてもらった」


「兄弟で役員だったんですか?」


 創の問いに、崇岳が頷く。


「今回は絢乃さんが、私と創の中国出張に同行してくれた。でも、公式業務は終わったから、今はホテル。私用の帰省には同行させていない」


「それでいい。休暇中まで秘書を家族行事へ付き合わせる必要はない」


 元頭取らしい即答だった。


「機会があれば、ご家族にお礼を伝えないとね」


「本人に言っても困るんじゃない?」


「確かに」


 少しだけ笑いが生まれた。


 だが、崇岳はすぐに創を見る。


「それで、宮嶋君。今の仕事は?」


「現在、青嶺中央銀行に勤務しています」


「……青嶺?」


 崇岳の顔が変わった。


 父親から、元頭取へ。


「所属は」


「法人営業第一部、若手法人担当チームです」


「入行は今年?」


「はい。キャリア採用です」


「前職」


「東都共栄銀行、城東支店です」


「競合だな」


「はい」


 創は、窓口、振込、諸届、法人営業資料の作成、後輩指導など、前職で経験した業務を説明した。


 崇岳は娘を見る。


「東都共栄から青嶺へ転職し、今の頭取と交際している」


「そう」


「いつからだ」


 声が鋭くなる。


 人事とガバナンスを知る元頭取の問いだった。


「交際を始めたのは、創が東都共栄銀行に在籍していた時」


「転職前か」


「そう」


「青嶺への応募を勧めたのは?」


「私」


 崇岳の目が細くなる。


「ただし、通常のキャリア採用制度を紹介しただけ。採用評価、最終判断、配属、給与、人事考課、昇進には一切介入していない」


「最終面接には出たのか」


「出た。でも採否判断からは外れた。記録も残してある。御子柴専務、長谷部人事担当役員、白河キャリア採用課長を含む関係者が通常手順で処理している」


「交際関係は行内に開示しているのか」


「まだ。必要最小限にしたいから。ただし、採用や評価など、私たちの利害が直接ぶつかる部分は私が見ないようにしている」


 創も続ける。


「今回の中国出張も、頭取の指名ではありません」


「説明しろ」


「瑞央銀行と東都共栄銀行への派遣経験、情報管理の評価をもとに、法人営業第一部、全国地域銀行連携本部、国際部門の三部門から候補選定されました。当初四名、最終候補は二名です。最終決定は関係部署と人事で、頭取は個別選定に入っていません」


「久世は?」


「選考経緯は知ってる。でも、個人的な関係は知らない」


 崇岳は長く沈黙した。


「璟瑶」


「何?」


「今後、関係がさらに深くなるなら、必要な範囲で利益相反管理を考えろ」


「分かってる」


「隠すこと自体が目的になるな。守るべきものは、秘密ではなく公正さだ」


「……うん」


 創の胸にも、その言葉が残った。


 秘密を守るために、銀行の公平性を壊してはならない。


「宮嶋君。君にも聞く」


「はい」


「なぜ銀行員になった?」


◇◇◇


 創は少し考え、自分の言葉で答えた。


「高校を卒業して就職先を考えた時は、銀行員の仕事を今ほど理解していませんでした。でも、東都共栄銀行で窓口や振込、諸届、法人営業の資料作成を経験して、銀行はただお金を動かす場所じゃないと思うようになりました」


「どういう意味だ」


「お金の向こうに、人の生活があるからです」


 崇岳の目がわずかに動く。


「振込一つにも、生活費や学費、給与、取引代金があります。法人融資なら、設備だけではなく、社員や取引先、その地域までつながっている。それが面白いと思いました」


「だから銀行員を続けている?」


「はい」


「では、なぜ東都共栄から青嶺へ移った」


 創は一瞬、璟瑶を見る。


 そして父・和久の言葉を思い出した。


『聞かれたことに、自分の言葉で答えろ』


「きっかけは、璟瑶さんです」


「正直だな」


「隠しても仕方ないので」


 創は二人の出会いから話した。


 雨の日に傘を貸したこと。


 中華料理店で再会したこと。


 その頃は、璟瑶が青嶺中央銀行の頭取だと知らず、ただ金融関係の仕事をしていると聞いていたこと。


 そして交際後、通常のキャリア採用制度を紹介されたこと。


「転職のきっかけは璟瑶さんです。でも、応募するか、試験を受けるか、青嶺へ入るかは、全部自分で考えて決めました。青嶺なら、地域銀行との連携や海外法人支援など、東都共栄ではまだ経験していなかった仕事を学べると思ったからです」


「もし璟瑶が頭取でなければ、転職したか」


「同じタイミングではしていなかったと思います」


 創はごまかさなかった。


「でも、頭取だからついていったわけではありません。璟瑶さんをきっかけに青嶺という選択肢を知り、その後は自分で選びました」


 崇岳は黙って聞いた。


 そして、最後の質問をする。


「璟瑶の何が好きだ」


「……」


 創が固まった。


「お父さん。それ、私の前で聞く?」


「本人がいる方が嘘をつきにくい」


「嘘はつきません!」


「なら答えろ」


 創は隣の璟瑶を見る。


「俺は、璟瑶さんが頭取だから好きになったんじゃありません。正体を知る前から好きでした」


 璟瑶がわずかに目を伏せる。


「最初は、綺麗な人だと思いました。でも、それだけじゃありません。俺の年齢や学歴、仕事で見下さず、俺自身を見てくれた。何を考えているのか、ちゃんと聞いてくれた。それが嬉しかったです」


「今は頭取だと知っている」


「はい。仕事をしている姿を見て、もっと尊敬するようになりました。でも、好きなのは頭取としての欧陽璟瑶だけじゃありません」


「……」


「仕事が終われば笑うし、拗ねるし、結構嫉妬するし」


「創。それは言わなくていい!」


「事実」


「昔からよ」


「お母さんまで!」


 美智子が笑う。


「強い人に見えるけど、家族へ俺を紹介する前は、俺以上に緊張していました」


「創!」


「それも事実!」


 崇岳の口元が、ほんの少し緩んだ。


「つまり、何が好きなんだ」


 創は一度、深く息を吸った。


「全部です」


「……」


「俺は、璟瑶さんが大好きです。頭取だからでも、中国人だからでも、四十五歳だからでもありません。欧陽璟瑶だから好きです。これからも一緒にいたいと思っています」


 長い沈黙。


 璟瑶の顔が赤くなっていた。


「創。ここでそこまで言う?」


「聞かれたから」


 崇岳は静かに尋ねる。


「君の父親、宮嶋和久君は何と言っていた?」


「元頭取だろうが父親だろうが、聞かれたことに自分の言葉で答えろ、と」


 崇岳が頷く。


「良い父親だな」


「はい。俺もそう思います」


◇◇◇


 同じ頃。


 日本・東京。


 青嶺中央銀行本店、社員食堂。


「宮嶋、今は中国だよな」


 黒瀬颯真が箸を止める。


「そうだけど」


 向かいには、水無瀬琴葉。


「土産、何か頼まない?」


「出張中の人に?」


「もう仕事は終わった頃だろ」


「だからって『買ってこい』は駄目」


「じゃあ『できればお願い』」


「それなら、まあ……」


 二人は同期三人のチャットを開いた。


『宮嶋、中国出張お疲れさま! もし時間があれば、中国で有名なお菓子を何か一つお願いできる? 黒瀬がものすごく期待しています。私も少し気になります。本当に無理しなくて大丈夫!』


「最後、俺だけ食い意地張ってるみたいだろ」


「事実でしょう?」


 黒瀬は不満そうにしながらも、少し真面目な顔になる。


「瑞央、東都共栄、今度は中国。入行してまだ短いのに、経験量すごいな」


「でも宮嶋君、前より『分からない』って言えるようになったでしょう。海外では、もっと大事だと思う」


「帰ってきたら聞くか」


「何を?」


「中国がどうだったか」


「お土産を食べながら?」


「もちろん」


「結局そこ」


◇◇◇


 重慶の欧陽家。


 創のスマートフォンが震えたが、まだ家族の話は続いている。


「宮嶋君。君の両親は、この交際を知っているのか」


「はい。最初はかなり驚いていました。でも今は、俺たちが真剣に考えていることを理解してくれています」


「中国へ来る前にも話した?」


「はい。日本の家族も二人のことを真剣に考えていますと、こちらのご両親に伝えていいと言われました」


「まあ……」


 美智子の表情がさらに柔らかくなる。


「今度、私たちからもご挨拶したいわね」


「はい」


「まだそこまで早い」


「あなた。もう銀行員になった理由も、転職理由も、娘の好きなところも全部聞いたでしょう?」


「必要だ」


「それ、面接じゃない?」


 創が思わず答える。


「俺も最終面接みたいだと思いました」


「創、言わなくていい」


「前からそう言ってる」


「では合格かしら?」


「まだ決めてない」


「ほら、完全に面接」


 その時、創のスマートフォンがもう一度震えた。


 断りを入れて確認すると、黒瀬と琴葉からのお土産依頼だった。


「同期から、中国のお菓子を買ってきてほしいって」


「今?」


「仕事が終わったのを知ってるから、多分」


 崇岳が尋ねる。


「キャリア採用の同期か?」


「はい。黒瀬颯真、水無瀬琴葉、俺の三人です」


「仲は良い?」


「はい」


 創は璟瑶を見る。


「重慶で買ってもいい?」


「もちろん。帰国前に一緒に探しましょう」


「明日、私も案内しましょうか?」


 美智子の提案に、創が表情を明るくする。


「いいんですか?」


「重慶らしいお菓子もあるから」


「ありがとうございます」


 創は二人へ返信した。


『了解。時間があれば重慶で探してみる。分からないから現地の人にも確認する』


 黒瀬から即座に返ってくる。


『さすが確認の男』


 創は小さく笑った。


「いい仲間ができたのね」


「はい」


「それは良いことね」


◇◇◇


 崇岳は再び真剣な表情へ戻る。


「この関係は、誰が知っている?」


「日本側では創の両親だけ。銀行内では、まだ誰も知らない」


「中国側は?」


「今日から、お父さんとお母さんだけ」


「親戚には?」


「今は言わない」


 美智子も頷く。


「まだ二人が、自分たちで今後を考えている段階でしょう。親戚にまで広げる必要はないわ」


「私も外には言わない」


 崇岳の言葉に、璟瑶が目を細める。


「本当に? 勝手に創のことを調べたりしない?」


「……しない」


「今、少し間があった」


「しない。本人がここで自分の言葉で話した。それを裏で調べる必要はない」


「ありがとうございます」


「ただし、青嶺の中で公正さを壊すようなことがあれば、元頭取として璟瑶にも君にも厳しく言う」


「はい」


「私も、創を特別扱いしない。仕事の評価は仕事で決まる」


「俺も、それでいいです。そうでなければ嫌です」


 崇岳はしばらく創を見つめ、短く答えた。


「そうか」


 美智子が話をまとめる。


「では、この件はここにいる四人だけ。親戚にも、銀行にも、今は言わない。それでいいわね?」


 三人が頷いた。


「ただし、今夜はまだ質問がある」


「まだあるんですか?」


「当然だ」


「お父さん。創は五日間出張した後、ここまで来たの。今日はほどほどにして」


「分かっている」


 その時。


「……ふぁ」


 璟瑶が小さくあくびをした。


「璟瑶、眠いの?」


「最近少し。出張疲れだと思う」


「五日間、予定がかなり詰まっていたから」


 創もそう説明する。


「大丈夫。少し眠いだけ」


「そう」


 美智子は、それ以上何も言わなかった。


 上海、深圳、会議、移動。


 そこから重慶。


 疲れて当然だ。


 ただ、仕事で疲れていても人前では滅多にあくびをしない娘を、母は少しだけ長く見つめていた。


◇◇◇


 夕食には、創に合わせて辛さを控えた家庭料理が並んだ。


「辛いものは大丈夫?」


「昨日、重慶小面に負けました。舌が痺れて」


「璟瑶、いきなり辛いものを食べさせたの?」


「本人が重慶らしいものを食べたいって」


「加減してあげなさいよ」


「した」


「多分、璟瑶基準の加減です」


「そうね」


 美智子が笑う。


 その横で、崇岳が何気ない調子で尋ねた。


「宮嶋君。結婚は」


「ぶっ!」


 創が激しくむせた。


「お父さん、急すぎる!」


「付き合っているなら聞くだろう」


「聞くけど、今?」


 水を飲み、呼吸を整える。


 逃げるな。


 創は父の言葉を思い出し、まっすぐ崇岳を見た。


「考えています。将来、璟瑶さんと結婚したいと思っています」


 璟瑶が創を見る。


「璟瑶は?」


「私も同じ」


「年齢差は理解しているな?」


「当然」


「健康、介護、仕事、子ども。どれも簡単ではない」


「分かってる」


「それでも?」


 璟瑶は隣の創を見つめる。


「それでも、創と一緒にいたい」


「俺も、璟瑶と一緒にいたいです」


 崇岳は長い間、二人を見つめた。


「……そうか」


 賛成とも反対とも言わない。


 けれど、玄関で「誰だ」と尋ねた時より、その声は明らかに柔らかかった。


◇◇◇


「今日は、もうこのくらいにしましょう」


 食後、美智子がそう宣言する。


「まだ――」


「駄目。創さんは疲れているし、璟瑶も眠そう」


「大丈夫」


「無理しないの」


「お母さん。私、四十五歳よ」


「知ってる。でも娘は何歳になっても娘よ」


「うちの母さんも同じことを言いそうです」


「でしょう?」


「創までお母さん側につかないで」


「強い方の味方」


「賢いわね」


「二人とも!」


 笑いが生まれ、欧陽家の緊張は少しずつ解けていった。


 この夜、中国側に二人の秘密を知る者が増えた。


 欧陽崇岳。


 欧陽美智子。


 それでも親戚には伝えない。


 青嶺中央銀行でも、まだ誰も知らない。


 同行した水城絢乃でさえ、頭取と若手行員が恋人同士であることを知らない。


 しかし、その秘密は今回の重慶滞在中、銀行側の人間にも初めて明かされることになる。


 それは、もう少し先。


「明日、黒瀬さんたちのお菓子を見に行ってもいい?」


「もちろん」


「私も一緒に行きましょう」


「ありがとうございます」


 美智子が夫を見る。


「崇岳は?」


「私は留守番する」


「では、創さんも置いていく?」


「……宮嶋君。明日、少し話すか」


「俺も買い物へ行きたいです!」


 創の即答に、美智子が笑う。


「もちろん」


「助かった……」


「創、聞こえてる」


「聞かせた」


「創!」


 その隣で、璟瑶がまた小さくあくびをした。


「璟瑶。今日は早く寝なさい」


「分かった」


「本当に」


「分かったって」


「俺も、そうした方がいいと思う」


「二対一……」


「諦めて」


 璟瑶は少し頬を膨らませる。


 けれど、本当に眠かった。


 身体も、わずかに重い。


 本人はまだ、五日間の出張疲れだと思っている。


 美智子も、今夜はそれ以上考えない。


 ただ、母親だからこそ感じる小さな違和感が、心の端に残った。


 そして創は、まだ知らない。


 翌日。


 美智子、璟瑶と三人で重慶の街を歩き、お土産を探す中で。


 璟瑶の身体に起きている変化が、もう少しはっきりと姿を見せ始めることを。



最後までお読みいただき、ありがとうございました。


今回は、いよいよ崇岳と美智子へ二人の関係が正式に明かされました。


最初は二十四歳差に驚いていた崇岳でしたが、創が青嶺中央銀行行員だと分かった途端、元頭取として採用や配属、公正性まで厳しく確認。


その中で創は、


「頭取だから好きになったんじゃありません。正体を知る前から好きでした」


と、自分の言葉で璟瑶への気持ちを伝えます。


そして中国側で秘密を共有するのは、現時点では崇岳と美智子だけ。


親戚や美智子の妹たち、その家族にもまだ伝えません。


一方、黒瀬と琴葉からは中国土産のお願いが。


翌日は、美智子も一緒に重慶のお菓子を探すことになりそうです。


ただし。


美智子はすでに、娘の眠気がいつもと少し違うことに気づき始めています。


次回、第47話。


重慶での家族時間の中、璟瑶の小さな体調変化がさらに表れていきます。


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