↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
35/100

第34話「頭取ではなく、創の彼女として――宮嶋家で過ごした普通の日曜日」


第34話です。


最大の秘密まで明かした宮嶋家での初挨拶。


後半は少しずつ緊張がほどけ、璟瑶は恵美子と一緒に台所へ立ち、中国料理や日本料理、そして創の子ども時代について話していきます。


一方、和久は創へ、


「本気なのか」


と父親として改めて確認。


そして帰る頃には、両親も「頭取」ではなく「璟瑶さん」と呼ぶようになります。


さらにその夜。


創の家へ戻った二人は、結婚、そして将来の子どもについて初めて真剣に話すことに。


家族への一歩と、二人の未来への一歩。


その両方が進む第34話です。



 日曜日、午後一時過ぎ。


 宮嶋家。


 欧陽璟瑶が、四十五歳の中国人女性であり、創より二十四歳年上であること。


 そして、青嶺中央銀行頭取であること。


 最大の秘密を明かした後、四人の間にあった緊張は少しずつほどけ始めていた。


 父・宮嶋和久、五十二歳。


 母・宮嶋恵美子、五十歳。


 二人は当然、驚いている。


 それでも、創が年齢差や立場を理解したうえで交際していること、璟瑶も遊びではないことは伝わった。


 採用、配属、給与、評価、派遣。


 璟瑶が創へ特別な力を使っていないことも確認した。


 銀行では頭取と行員。


 私生活では恋人。


 二人が徹底して線を引いていると知り、宮嶋夫妻もようやく目の前の女性を、肩書きではなく創の恋人として見始めていた。


◇◇◇


「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」


 璟瑶が両手を合わせると、恵美子は嬉しそうに笑った。


「本当によかったです」


「母さん、俺が褒めた時より喜んでない?」


「創は昔から食べていたでしょう?」


「今は一人暮らしだよ!」


「なら、もっと帰ってきなさい」


「そういう問題?」


 璟瑶が小さく笑う。


 和久はそんな二人を見ながら尋ねた。


「創。お前、欧陽さんとはいつもこんな感じなのか?」


「まあ、こんな感じ」


「もっと緊張して接しているのかと思った」


「創さんは、家ではかなり普通です」


「かなりって何だよ」


「遠慮がありません」


「恋人だから」


 恵美子も笑った。


「本当に普通の恋人なのね。頭取と聞いた時は、どう接すればよいか分からなくなったけれど」


 その言葉が、璟瑶の胸に強く響く。


「ありがとうございます」


「だから、そんなにかしこまらなくていいですよ」


「……努力します」


「そこは努力するところ?」


「癖なの!」


◇◇◇


 午後一時三十分。


 恵美子が食器を片づけ始めると、璟瑶も立ち上がった。


「あの、私もお手伝いしてよろしいですか?」


「座っていて大丈夫ですよ」


「お料理をすべて作っていただいたので、せめて片づけくらいは」


「では、お願いします」


 宮嶋家の台所に、恵美子と璟瑶が並んだ。


 青嶺中央銀行頭取が、恋人の母親と食器を洗っている。


 リビングから見ていた和久が呟いた。


「すごい光景だな」


「何が?」


「お前の母さんと、青嶺中央銀行頭取が一緒に皿を洗ってる」


「……確かに」


 しかし台所にいる璟瑶は、巨大銀行の頭取には見えない。


 皿の置き場所を尋ねながら、初めて訪れた恋人の家で手伝いをする、一人の女性だった。


「璟瑶さん」


「……はい?」


 突然名前で呼ばれ、璟瑶の動きが止まる。


「どうしました?」


「今、私を璟瑶さんと……」


「家で頭取と呼ぶのも変でしょう? これからは、そう呼ばせてもらいますね」


「……はい。嬉しいです」


 たった一つの呼び方。


 だが、璟瑶にとっては大きな一歩だった。


◇◇◇


 片づけをしながら、二人は料理の話をした。


「重慶料理は、やっぱり辛いんですか?」


「かなり辛いです。昨日も創さんの家で簡単な中国料理を作りました」


「創、辛いものはそんなに得意だった?」


「普通だよ!」


「汗をたくさんかいていました」


「言わなくていい!」


 日本料理では、煮物や焼き魚が好きだという。


「創も魚が好きですよ。小さい頃は骨を取るのが下手でしたけど」


「母さん!」


「小学校低学年くらいまでね」


「それは昔の話!」


 和久まで加わる。


「大事な予定の前日は、緊張して眠れなかったこともあったな」


「父さんまでやめて!」


「今も同じです」


 璟瑶が笑う。


「大切な仕事の前になると、確認が増えます」


「昔から慎重なんですよ」


「二人で勝手に分析しないで!」


 恵美子と璟瑶の距離は、会話を重ねるごとに縮まっていった。


「創は、ちゃんと食べていますか?」


「私が一緒にいる日は、きちんと食べています。ただ、忙しい日は一人で簡単に済ませることがあります」


「普通だろ!」


「身体に良くありません」


「璟瑶さん、これからもお願いします」


「任せてください」


「何の契約!?」


 二人が笑う。


 やがて恵美子は、少し真面目な声になった。


「創は昔から、何でも一人で抱え込むところがあります」


「分かります」


「仕事でも?」


「仕事内容は、互いに話さないようにしています」


 ただし、疲れていることは分かる。


 そんな時、璟瑶は無理に理由を聞かない。


「ただ隣にいるようにしています」


 恵美子は静かに頷いた。


「創のことを、よく見てくださっているんですね」


「はい。大切な人なので」


「……ありがとうございます」


◇◇◇


 同じ頃。


 リビングでは、和久が息子と二人で向き合っていた。


「創。本当に、この先も璟瑶さんと一緒にいるつもりなのか?」


「うん」


「即答か」


「昨日今日で決めたことじゃないから」


 年齢差。


 国籍。


 仕事上の立場。


 創は交際を始めてから、何度も考えてきた。


「結婚も考えているのか?」


 創は一瞬黙ったが、逃げなかった。


「考えてる。今すぐじゃない。俺はまだ二十一歳だし、青嶺中央銀行での仕事も始まったばかりだから」


「それでも?」


「将来は、璟瑶と結婚したいと思ってる」


「璟瑶さんも同じ気持ちなのか?」


「正式に約束したわけじゃない。でも、二人で将来の話はしてる」


 和久は息子から視線を外さなかった。


「二十四歳差だ。お前が四十歳なら、璟瑶さんは六十四歳になる」


「うん」


「病気、介護、子どものこともある。恋愛だけでは終わらないぞ」


「分かってる」


「本当に?」


「年齢が離れているから将来を考えないんじゃない。離れているからこそ、きちんと考えないといけないと思ってる」


 今が楽しいだけではない。


 年齢差から生じる現実も受け止めて、それでも共に生きたい。


「だから本気なんだ」


 和久はしばらく黙った後、ゆっくり頷いた。


「なら最後まで責任を持て。人を好きになるとは、そういうことだ」


「分かった」


「それから、守るとか支えるとか、格好のよい言葉だけを言うな」


「……」


「璟瑶さんにも、お前を支える権利がある。どちらか一方だけが背負うものではない」


 創は少し驚いた。


「父さん、意外といいこと言うな」


「殴るぞ」


「冗談!」


 和久が小さく笑う。


「本気なら、これからも俺と母さんに話せ。困った時まで隠すな。家族なんだから」


「……うん」


◇◇◇


 台所では、璟瑶も恵美子へ創の子ども時代を尋ねていた。


「慎重な子でした。でも、意外と頑固で」


「それも分かります」


「一度決めるとなかなか変えない。その代わり、最後までやります」


 青嶺中央銀行へ転職すると聞いた時も驚いた。


 それでも、自分で決めたなら最後までやるだろうと、両親は信じて送り出した。


「そういう人です」


 璟瑶が創を見る。


「そうでしょう?」


「はい」


「だから、璟瑶さん」


「はい」


 恵美子の声が柔らかくなる。


「創を、よろしくお願いします」


 璟瑶の目がわずかに揺れた。


「……はい」


 深く頷く。


「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


◇◇◇


 午後三時。


 四人は食後の手作りプリンを食べた。


「美味しい」


「本当ですか?」


「はい。もう一つ食べたいです」


「俺も」


「二人とも、同じことを言うのね」


「恋人だから」


「はい」


 創と璟瑶の返事が重なり、和久と恵美子が顔を見合わせる。


「本当に仲がいいわね」


 午後四時には、話題が中国・重慶へ移った。


「重慶はどんなところですか?」


「山が多く、街にも坂がたくさんあります。夜景もとても綺麗です」


「行ってみたいわ」


「ぜひいらしてください」


 恵美子が創を見る。


「創も、いつか連れて行ってもらえば?」


 創と璟瑶の視線が重なる。


「いつか一緒に重慶へ行きたいと思っています」


 璟瑶が答えた。


「ご両親に創を紹介するため?」


「はい。まだ創さんのことは話していませんが、母には少し疑われています」


「母親は分かるものですよ」


「そういうものですか?」


「そういうものです」


「怖い……」


 創が呟くと、恵美子と璟瑶の声が重なった。


「何が?」


「何でもないです」


◇◇◇


 午後五時。


 二人が帰る時間になった。


「今日は本当にありがとうございました」


 璟瑶が頭を下げる。


「こちらこそ。また料理を作りますね」


「え?」


「次も、また来てください」


 璟瑶の動きが止まった。


「今度は、そんなに緊張せず、普通に遊びに来てください」


「……はい」


 目がわずかに潤む。


「ぜひ、伺わせてください」


 和久も声をかけた。


「璟瑶さん」


「……はい」


「今日は来てくださって、ありがとうございました。また創と一緒に来てください」


「ありがとうございます」


「父さん、もう頭取とは呼ばないんだ」


「家では違うんだろ?」


「うん」


 創は嬉しそうに笑った。


◇◇◇


 午後五時十五分。


 二人は宮嶋家を出て、車へ乗った。


 しばらく無言の時間が続く。


「璟瑶、どうした?」


「……何でもない」


「泣いてる?」


「泣いてません」


 しかし頬には、一粒の涙が流れていた。


 創が手を差し出すと、璟瑶は強く握った。


「嬉しかったの」


「……うん」


「また普通に遊びに来てくださいって言ってくれた」


「うん」


「お父様も、璟瑶さんって呼んでくれた」


「うん」


「私、ずっと怖かった」


 四十五歳だから。


 中国人だから。


 二十四歳差だから。


 創の勤務先の頭取だから。


 すべてが拒まれる理由になると思っていた。


「すぐに全部を認めてもらえたわけではない。でも、ちゃんと私を見てくれた」


「よかった」


「創、ありがとう」


「俺は何もしてないよ」


「連れてきてくれた」


「俺の彼女だから。家族に会わせたかった」


 璟瑶の目から、また涙がこぼれた。


「また泣く」


「創」


「何?」


「今、キスしたい」


「車だから、家へ帰ってから」


「……うん」


◇◇◇


 午後六時四十五分。


 創の家。


 荷物と上着を置き、創が振り返る。


「璟瑶。今日はお疲れ」


「創」


「うん」


「もう、いい?」


「何が?」


「朝からずっと我慢していたから」


 璟瑶は創の首へ両腕を回した。


「んっ……」


 唇が重なる。


 一度離れ、もう一度。


「ん……創……」


 今度はゆっくりと長く。


 創も璟瑶の背中へ腕を回し、何度も気持ちを確かめるように唇を重ねた。


 宮嶋家では、手を握るだけにとどめていた。


 その分まで、璟瑶は創から離れなかった。


「今日、本当にありがとう」


「どういたしまして」


「もう一回」


「まだ?」


「うん」


 再び、二人の唇が重なった。


◇◇◇


 夕食を終えた午後八時四十分。


 璟瑶が真剣な表情でコーヒーカップを置いた。


「今日、お父様と将来について話していたでしょう?」


「少し聞こえてた?」


「結婚という言葉が聞こえました」


 創は逃げずに答えた。


「父さんには、将来、璟瑶と結婚したいと思っていると話した」


「……」


「今すぐじゃない。俺はまだ二十一歳で、仕事も始まったばかりだから。でも、その気持ちは本当だよ」


 璟瑶はしばらく黙っていた。


 そして静かに告げる。


「私も、いつか創と結婚したい」


「うん」


「ちゃんと夫婦になりたい」


 創は璟瑶の手を握った。


「それから、もう一つ」


「何?」


 璟瑶は少し迷いながらも、目を逸らさなかった。


「もし本当に結婚できたら、創との子どもが欲しい」


「……」


「一人。もし叶うなら、二人」


 自分が四十五歳であること。


 妊娠や出産が簡単ではなく、身体へのリスクもあること。


 必ず授かれるわけではないことも理解している。


「無責任に、絶対に二人欲しいとは言えません。それでも希望として、創との子どもを抱いてみたい」


「それを俺に言うの、怖かった?」


 璟瑶は小さく頷いた。


「創はまだ二十一歳です。子どもはずっと先だと考えているかもしれない。それなのに、私の年齢を理由に焦らせるのではないかと思って」


「焦ってない。驚いたけど、嫌じゃない」


「本当に?」


「うん。俺も、いつか璟瑶との子どもが欲しいと思う」


 ただし、その時は二人で考える。


 璟瑶の身体。


 仕事。


 生活。


 医師の判断。


 すべてを大切にしながら決める。


「一人でも、二人でも。もし授からなかったとしても」


 創は璟瑶を真っすぐ見た。


「俺が璟瑶と結婚したい気持ちは、それで変わらない」


「創……」


 璟瑶の目が潤む。


「今日、何回私を泣かせるの?」


「俺が悪い?」


「悪くない」


 璟瑶は創へ抱きついた。


「好き」


「うん」


「大好き」


「俺も好きだよ」


◇◇◇


 入浴後。


 創は前日の約束どおり、璟瑶の長い髪をドライヤーで乾かした。


「熱くない?」


「大丈夫」


「引っ張ってない?」


「大丈夫です」


 璟瑶は鏡越しに、創を見つめている。


「また幸せだと思ってる?」


「うん」


「髪を乾かしてるだけだよ?」


「それがいいの」


 温風の音が、静かな部屋へ響く。


「創。もし結婚したら、これを毎日してくれる?」


「毎日は難しいかもしれない。仕事もあるし」


「……」


「でも、できる日はする」


 璟瑶が嬉しそうに笑った。


「では、約束」


「はい」


◇◇◇


 午後十時四十分。


 寝室。


 二人は照明を落とし、同じベッドへ横になった。


「創」


「何?」


「今日が、まだ終わってほしくない」


「明日は仕事だよ」


「分かってる」


「朝も早い」


「それも分かってる」


 璟瑶は創へ近づき、その頬へ手を添えた。


「それでも今夜は、もっと創のそばにいたい」


「璟瑶……」


「今日は、私から誘ってもいい?」


 その言葉の意味は、創にも十分伝わった。


「創と、恋人として、もっと近くなりたい」


「……うん」


 璟瑶は微笑み、創と唇を重ねた。


「んっ……」


 先ほどよりも、ゆっくりと長く。


 二人は互いを抱き締めた。


 この日。


 初めて創の家族へ二人の関係を明かした。


 将来。


 結婚。


 子ども。


 二人で築きたい家庭。


 これまで胸の中にあった願いを、初めて言葉にした。


 欧陽璟瑶、四十五歳。


 宮嶋創、二十一歳。


 二十四歳差の、頭取と若手行員。


 だが、この部屋では、一人の女性と一人の男性。


 その夜、二人は何度も気持ちを確かめるように抱き合い、唇を重ね、恋人としての静かな時間を過ごした。


 翌朝、銀行へ行けば。


「頭取」


「宮嶋さん」


 その関係へ戻る。


 それでも、この日曜日に二人は確かに前へ進んだ。


 創の家族の中へ、欧陽璟瑶という大切な人が受け入れられ始めた。


 そして次に創を待つのは、十八歳から約四年間、銀行員として自分を育ててくれた場所。


 東都共栄銀行・城東支店。


 今度は、青嶺中央銀行員・宮嶋創として再びその場所へ向かうための選考が、始まろうとしていた。



最後までお読みいただき、ありがとうございました。


今回は、璟瑶が少しずつ宮嶋家へ溶け込んでいく回となりました。


恵美子と台所に立ち、創の幼い頃の話を聞き、和久からも「璟瑶さん」と呼ばれるようになる。


そして最後には、


「また普通に遊びに来てください」


という言葉まで。


頭取としてではなく、創の彼女として受け入れられ始めた瞬間でした。


その夜には、二人で結婚や子どものことも初めて真剣に話しました。


「創との一人、または二人の命が欲しい」


四十五歳という年齢も、高齢出産になる現実も理解した上で、それでも未来を望む璟瑶。


創もまた、子どもの有無だけで結婚への気持ちは変わらないと伝えます。


そして次回からは仕事の物語へ。


創が銀行員として育った原点。


東都共栄銀行・城東支店への派遣選考が本格的に始まります。


第35話へ続きます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。