第32話「彼女は四十五歳です――母さんと五歳しか違わないと伝えた瞬間」
第32話です。
宮嶋家で始まった、四人での昼食。
創の母・恵美子が用意した洋食を囲みながら、ついに璟瑶自身のことを少しずつ明かしていきます。
中国人であること。
重慶出身であること。
そして――四十五歳であること。
創とは二十四歳差。
母・恵美子とはわずか五歳差。
父・和久とも七歳差。
当然、宮嶋夫妻は驚きます。
それでも創は、
「全部知った上で付き合ってる」
と自分の意思をはっきり伝えます。
そして璟瑶もまた、創との交際が遊びではないことを自分の言葉で語ります。
二人が家族に本気の気持ちを伝える、第32話です。
日曜日。
午前十一時五十分。
宮嶋家のリビング。
「この人が、俺の彼女。欧陽璟瑶さんです」
宮嶋創・二十一歳がそう紹介してから、数分が経過していた。
向かいに座るのは、父・宮嶋和久、五十二歳と、母・宮嶋恵美子、五十歳。
そして創の隣には、欧陽璟瑶・四十五歳。
四人が同じテーブルを囲んでいたが、誰も次の言葉を見つけられない。
創は気まずさをごまかすように、並べられた料理を見た。
煮込みハンバーグ。
海老とブロッコリーのグラタン。
ポテトサラダ。
コンソメスープ。
彩り野菜と小さなパン。
食後には、手作りプリンまで用意されている。
「母さん。これ、本当に普通?」
「普通よ」
「料理は多くしなくていいって言ったよね?」
「多くないでしょう」
「どう見ても多いよ」
「初めて恋人を連れてきた息子に言われたくありません」
「……」
「ふふっ」
璟瑶が思わず笑う。
三人の視線が集まり、彼女は慌てて口元を押さえた。
「申し訳ありません」
「どうして謝るんですか?」
恵美子が優しく微笑む。
「笑ってくださった方が、私も安心します。玄関にいらした時から、とても緊張されているようでしたから」
「……はい」
「当たり」
創が言う。
「昨日から服を三着くらい並べて――」
「創」
「はい」
和久はそんな二人を見て、小さく笑った。
「創。お前、普通に怒られてるな」
「そこ?」
「少し安心した」
「何で!?」
「私も安心したわ」
「母さんまで!」
璟瑶も、また小さく笑った。
張り詰めていた空気が、少しずつ柔らかくなっていく。
◇◇◇
「冷めないうちに食べましょう」
恵美子の言葉で、四人は食事を始めた。
璟瑶は煮込みハンバーグを一口食べる。
「……とても美味しいです」
「本当ですか?」
「はい。ソースも優しい味で」
「よかった。グラタンも食べてください」
「ありがとうございます」
「俺が褒めても、そんなに嬉しそうにしないのに」
「創は帰ってくれば、いつでも食べられるでしょう?」
「今は一人暮らしなんだけど」
「なら、たまには帰ってきなさい」
璟瑶が創を見る。
「羨ましい」
「何が?」
「こんな美味しい料理を食べて育ったのね」
「まあね」
「欧陽さん、たくさん食べてください」
「ありがとうございます」
「母さん、餌付けしようとしてない?」
「創、黙って食べなさい」
「はい」
和久が笑う。
「創は昔からこうでしたか?」
「昔からです」
「母さん!」
「子どもの頃の話、たくさんありますよ」
「聞きたいです」
「璟瑶まで!」
普通の家族と恋人による昼食。
少なくとも、その形には少しずつ近づいていた。
しかし宮嶋夫妻は、目の前の女性についてほとんど知らない。
国籍。
出身地。
年齢。
創との年齢差。
職業。
二人の出会い。
聞くべきことは、まだ数多く残されていた。
◇◇◇
「欧陽さん。少しお聞きしてもよろしいですか?」
和久が口を開く。
「もちろんです」
「創から、外国の方だとは聞いています。ただ、それ以外はほとんど聞いていなくて」
「ごめん」
「本人がいるところで聞いた方がいいと思っていた。差し支えなければ、どちらのご出身ですか?」
璟瑶は一度だけ創を見る。
創は小さく頷いた。
「私は中国人です。出身は重慶です」
「やっぱり中国の方だったんですね」
恵美子が言う。
「お名前を聞いて、そうではないかと思いました」
「欧陽は中国の複姓で、二文字で一つの名字なんです」
「そうなんですね。ご両親も重慶に?」
「はい。今も二人で暮らしています。父は中国人ですが、母は日本人です」
「お母様は日本の方なんですか?」
「はい。旧姓は桜井美智子と申します」
父は欧陽崇岳。
母は桜井美智子。
二人は現在、中国・重慶市で暮らしている。
「日本語がお上手なのは、お母様の影響ですか?」
「それもあります。仕事でも長く日本語を使ってきました」
「日本には以前から?」
「はい。仕事の関係でも長く関わっています。日本も、私にとって大切な場所です」
そう答えた璟瑶の隣で、創が少し微笑む。
恵美子は、その表情を静かに見ていた。
まだ職業までは話していない。
青嶺中央銀行頭取。
今日最も大きな衝撃になるであろう事実は、まだ残されていた。
◇◇◇
「それから、もう一つ」
和久が慎重に続ける。
「聞いてよいのか分かりませんが、年齢を伺っても?」
「……はい」
創は箸を置いた。
璟瑶も背筋を伸ばす。
何度も創と話し、覚悟してきた質問だった。
それでも、恋人の両親を前にして自分の口から答えるのは緊張する。
「私は、四十五歳です」
「……」
リビングが完全に静まり返った。
「四十五歳?」
恵美子が確認する。
「はい。今年、四十五歳です」
「創は二十一よね?」
「うん」
恵美子は頭の中で計算し、驚いた表情になる。
「二十四歳差?」
「そう」
「私が五十歳だから……欧陽さんとは五歳しか違わないの?」
「はい」
和久も腕を組む。
「俺は五十二だから、七歳差か」
「うん」
創が前日に冗談交じりで並べた数字。
二十一、四十五、五十、五十二。
実際に本人たちが向かい合って口にすると、その年齢差はあまりにも大きかった。
「創。年齢は最初から知っていたの?」
「もちろん」
「二十四歳差だと分かったうえで?」
「付き合う前から知ってた」
「それでも交際したの?」
「うん」
創は両親を真っすぐ見た。
「俺は、璟瑶の年齢を後から知ったわけじゃない。四十五歳で、中国人で、俺より二十四歳上だって全部知ったうえで、付き合いたいと思った」
「でも創。二十四歳よ?」
「分かってる」
「あなたが三十歳になれば、欧陽さんは五十四歳。あなたが四十歳なら、六十四歳なのよ?」
「それも考えた」
「……」
「今だけを見てるわけじゃない」
将来。
周囲からどう見られるか。
年齢を重ねれば、二人の生活に何が起きるのか。
「全部考えた。それでも、俺は璟瑶と一緒にいたい」
和久は黙って息子を見つめた。
銀行へ就職した時。
一人暮らしを始めた時。
東都共栄銀行を辞め、青嶺中央銀行へ転職すると決めた時。
今の創は、その時と同じ本気の顔をしていた。
◇◇◇
「欧陽さん」
「はい」
今度は、和久が璟瑶へ向き直る。
「失礼な質問かもしれません」
「大丈夫です」
「創は二十一歳です。あなたから見れば、かなり年下でしょう」
「はい」
「なぜ、創なんですか?」
創が動こうとする。
しかし璟瑶は、テーブルの下でその手に触れた。
自分で答える。
そう伝えるように。
「当然の質問だと思います」
璟瑶は和久と恵美子を正面から見た。
「私自身も、最初は二十四歳という年齢差を考えました。世間から見れば不自然でしょうし、親子に見られることもあると思います」
「……」
「私も、簡単に考えているわけではありません」
「では、どうして?」
恵美子が尋ねる。
璟瑶は、少しだけ微笑んだ。
「創さんだからです」
その言葉に、創が顔を上げる。
告白された夜にも聞いた言葉だった。
「若いから好きになったのではありません。二十一歳だからでも、日本人だからでもない。創さんという一人の人を、好きになりました」
「どのように出会ったんですか?」
「出会った時、創さんは私が何者なのか知りませんでした」
璟瑶は自分の職業や立場を詳しく話さず、創も何も知らないまま普通に接していた。
「創さんは、私の肩書きではなく、一人の人間として見てくれました」
さらに、創が銀行員の仕事について話した時の言葉が、今も残っている。
『銀行は、お金だけを扱っているように見えて、その向こうには人の生活があります』
「私はその言葉を聞いて、創さんは年齢や肩書きではなく、きちんと人を見ようとする人だと思いました」
和久と恵美子が、今度は息子を見る。
「何度か会って話すうちに、私が好きになりました。そして、私から交際を申し込みました」
「欧陽さんから?」
恵美子が驚く。
「はい。私からです」
「創が告白したんじゃないの?」
「違う。璟瑶から」
「それは意外だな」
和久まで言う。
「父さんまで!」
わずかに空気が和らいだ。
だが璟瑶は、すぐに真剣な表情へ戻った。
◇◇◇
「今日、お二人に一つお伝えしたいことがあります」
「はい」
「私は、創さんと遊びでお付き合いしているわけではありません」
若いから。
一緒にいると一時的に楽しいから。
そのような気持ちではない。
「二十四歳差があることも、将来、私の方が先に年齢を重ねていくことも理解しています」
それでも、創と一緒にいたい。
「今日ここへ来たのも、創さんに言われたから仕方なく来たのではありません。私自身が、創さんの大切なご家族へ、きちんとご挨拶したいと思ったからです」
璟瑶は深く頭を下げた。
「すぐに受け入れていただけるとは思っていません。驚かれることも、心配されることも当然だと思っています」
そして、はっきりと言った。
「ただ、私が創さんを大切に思っていることだけは、信じていただきたいです」
「璟瑶……」
「大丈夫」
璟瑶は顔を上げた。
恵美子は、目の前にいる五歳年下の女性を見つめる。
友人でも不思議ではない年齢。
その女性が、二十一歳の息子の恋人として、自分たちへ頭を下げている。
簡単に受け止められる話ではない。
それでも、軽い気持ちで来たわけではないことは十分に伝わった。
◇◇◇
「欧陽さん。一つ聞いてもいいですか?」
「もちろんです」
「創の、どこが好きですか?」
「母さん!?」
「大事でしょう?」
「今聞くの!?」
「俺も少し聞きたい」
「父さんまで!」
璟瑶が思わず笑う。
「たくさんあります」
「例えば?」
「真面目なところ。慎重なところ。人の話をきちんと聞くところ。年齢や肩書きだけで、人を決めつけないところ」
璟瑶は創を見る。
「それから、意外と優しいところ」
「意外と、はいらないだろ!」
「それは分かります」
恵美子が笑う。
「母さんまで!」
「あと、髪を乾かすのが上手です」
「ちょっと待って!」
「髪?」
「昨日、創さんが乾かしてくれました」
「あら」
「母さん、その顔やめて!」
「仲がいいのね」
和久が咳払いする。
「まあ、そこは大人同士だから」
「父さん!」
「お前が一番騒ぐな」
再び笑いが起きた。
まだ、二人の交際を認めるかどうかは決まっていない。
それでも四人は、互いに言葉を交わせるようになっていた。
◇◇◇
「創」
食事が進んだところで、和久が静かに言った。
「俺は、まだすべてを聞いていない。だから、年齢だけで今ここで賛成とも反対とも言わない」
「うん」
「ただ、お前が何も考えずに付き合っているわけではないことは分かった」
「……ありがとう」
「私も驚いてるわ。ものすごく」
恵美子が続ける。
「だって、欧陽さんと私は五歳しか違わないのよ?」
「うん」
「何度考えても驚くわ」
「ごめん」
「謝ることではないでしょうけど」
「申し訳ありません」
璟瑶も頭を下げかける。
「欧陽さんも謝らないでください」
恵美子は少しだけ笑った。
「受け止める時間はください。でも、今日ここへ来てくださってよかったです」
「……ありがとうございます」
その言葉は、璟瑶にとって、銀行で得るどんな評価よりも嬉しいものだった。
しかし。
まだ、最も大きな事実が残されている。
「ところで、欧陽さん」
和久が尋ねた。
「はい」
「日本では、どのようなお仕事をされているんですか?」
璟瑶の呼吸が一瞬止まった。
創も隣で固まる。
(……来た)
中国人。
重慶出身。
四十五歳。
創より二十四歳年上。
恵美子とは五歳差。
和久とは七歳差。
そこまででも、宮嶋夫妻には十分すぎる衝撃だった。
だが次に明かされる事実は、さらに大きい。
欧陽璟瑶は、創が現在勤務する青嶺中央銀行の頭取。
宮嶋家に、この日二度目。
そして、おそらく最大の衝撃が訪れようとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、ついに璟瑶の年齢が宮嶋夫妻へ明かされました。
創二十一歳。
璟瑶四十五歳。
二十四歳差。
さらに母・恵美子とは五歳差、父・和久とも七歳差という事実に、二人が驚くのも当然でした。
それでも創は、年齢を知らずに付き合ったわけではなく、
「全部知った上で付き合ってる」
とはっきり伝えました。
そして璟瑶も、
「創さんだから好きになった」
「遊びでお付き合いしているわけではありません」
と、自分の気持ちを正面から語ります。
宮嶋夫妻も、すぐに賛成・反対を決めるのではなく、まず二人の本気を受け止め始めました。
しかし――。
まだ最大の事実が残っています。
「日本では、どんなお仕事をされているんですか?」
次回。
ついに、璟瑶が青嶺中央銀行頭取であることが明かされます。
第33話へ続きます。




