第26話「青嶺中央銀行が正解とは限らない――地域銀行から教えられたこと」
第26話です。
今回は、創が無意識のうちに「青嶺中央銀行本店ならこうする」という考え方へ寄りすぎてしまいます。
大量の資料。
専門部署。
詳細な分析。
どれも間違いではありません。
ですが、瑞央銀行には長年の取引で蓄積した情報があり、地域企業の季節性や経営者との日常的な関係もあります。
大切なのは、どちらの銀行の方法が正しいかではなく、「その企業に何が必要なのか」。
創は改めて、自分が地域銀行へ教えに来たのではなく、自分自身も学びに来たのだと気づいていきます。
一方、東京では璟瑶が前回に続いて本店内の各部署をゆっくり訪問。
融資審査第一部。
金融犯罪対策部。
総務部。
若手行員たちの声にも耳を傾けます。
そして再び一般エレベーターへ。
今回も、そこに頭取がいるとは知らない別の行員たちが、銀行の制度や地域銀行派遣について好き勝手に話していて――。
瑞央銀行派遣最終日の前半をお楽しみください。
地域銀行合同プロジェクト。
五営業日にわたる短期派遣は、いよいよ最終日を迎えた。
午前八時十三分。
瑞央銀行本店・法人営業部。
「おはようございます」
「おはよう、宮嶋君」
宮嶋創がフロアへ入ると、いつものように小野寺修平が明るく迎えた。
小野寺修平、三十四歳。
瑞央銀行で法人営業に携わって十一年。製造業、卸売業、建設業など幅広い地域企業を担当し、決算書だけでなく経営者の家族構成や後継者候補、工場周辺の道路事情まで把握している。人懐っこく面倒見のよい性格で、趣味はランニング。休日には担当地区を走りながら、町の変化を見つけることもあるという。
創は自分の席へ向かいながら、ほんの少しだけ寂しさを覚えていた。
初日は、何も分からなかった。
二日目には、地域企業と銀行との距離の近さを知った。
三日目には設備投資案件を通じ、決算書の外側にある事情と、投資しないことにもリスクがあると学んだ。
四日目には、一億六千万円と一億六千六百万円の差異を発見した。
総額から見れば数%にすぎない六百万円。
しかし、その差を見過ごせば、設備導入後の運転資金に影響する可能性があった。
そして今日。
五日目。
「最終日か……」
創が小さく呟く。
「寂しい?」
隣から声をかけたのは、藤堂蓮だった。
二十三歳。
高校卒業後、十八歳で瑞央銀行へ入行して五年目。窓口、後方事務、預金、振込などの基礎実務を経て、現在は法人営業三年目。負けず嫌いだが素直で仲間思いの性格をしており、趣味は野球観戦と車。創とは二歳違いながら、同じ高卒銀行員として急速に距離を縮めていた。
「ちょっと」
「じゃあ瑞央銀行に転職する?」
「話が飛びすぎだろ」
「うちに来たら?」
「青嶺に入って数か月でまた転職したら、人事に怒られるわ」
「確かに」
藤堂が楽しそうに笑う。
「でも、宮嶋が来たら面白そうだけどな」
「俺も藤堂さんと働くのは楽しそうだけど」
「おっ」
「ただ、瑞央銀行に来たら彼女に怒られる」
「彼女優先!?」
「違う!」
創は慌てて否定した。
「そういう意味じゃない!」
「朝から恋愛相談?」
白石結衣が資料から顔を上げる。
二十八歳。
法人営業五年目。若手経営者や創業企業の支援を得意とし、数字や書類の不一致を見つけることに長けている。冷静で現実的だが、決して冷たいわけではなく、相手の緊張をさりげなく和らげられる女性だった。趣味はカフェ巡りと写真で、休日には古い喫茶店や地域の街並みを撮影している。
「違います!」
「宮嶋君、最終日だからって浮かれてない?」
そこへ小野寺もやってくる。
「浮かれてません!」
「じゃあ今日は最後に、一つ考えてもらおうかな」
「何をです?」
「地域銀行のやり方について」
創の表情が引き締まる。
「……はい」
◇◇◇
午前八時三十分。
朝の打ち合わせには、現地責任者の宮坂隆司も加わった。
宮坂隆司、四十四歳。
法人営業経験は二十年以上。融資だけでなく、事業承継や経営改善支援にも長く携わってきた。穏やかで物静かだが、経営者との面談では結論を急がず、相手が本当に話したいことを引き出すまで耳を傾ける。趣味は登山。山頂へ着くことより、そこまでの道のりを考えながら歩く時間が好きだという。
本日の対象企業は、朝倉醸造株式会社。
地域で七十年以上続く食品メーカーで、味噌、醤油、発酵調味料を製造している。地元農家から仕入れた大豆、米、麦を使い、県内のスーパーや飲食店、学校給食、土産物店などへ商品を供給していた。
従業員は四十三名。
年商は約七億八千万円。
今回の相談は、季節運転資金三千万円だった。
「三千万円……」
創が呟く。
昨日まで向き合っていた設備投資は、一億円を超えていた。それに比べれば、金額だけなら小さい。
しかし、小野寺はすぐに釘を刺した。
「金額だけで簡単だと思わないように」
「思ってません」
「本当?」
「本当です」
創は直近の決算書へ目を落とした。
売上高は微増。
利益は小幅に減少。
現預金は一定水準を維持し、借入金も過大ではない。
ただし、一つ気になる数字があった。
「棚卸資産が増えていますね」
「気づいた?」
白石が尋ねる。
「はい」
前年同期は約八千万円。
直近では約一億一千万円。
三千万円近く増えている。
今回の借入希望額と、ほぼ同じだった。
「在庫が増えた理由は?」
宮坂に問われ、創は考えられる可能性を並べた。
「売れ残り、販売不振、原材料価格の上昇、仕入数量の増加、季節要因……。資料だけでは複数の可能性があります」
「では、何を確認します?」
創は、青嶺中央銀行本店で学び始めた法人営業の手順を思い浮かべた。
「商品別の在庫一覧、原材料別在庫、在庫回転期間、月次試算表、資金繰り表、主要販売先別売上、今後十二か月の販売計画。季節変動があるなら、過去三年程度の月別推移も確認したいです」
「ほかには?」
「三千万円の使途明細、仕入先への支払条件、販売先からの回収条件。それでも判断が難しければ、青嶺中央銀行側の企業分析機能も使って――」
「そこまでやる?」
小野寺の言葉に、創が止まった。
「え?」
「間違いじゃないよ。今挙げたものは、どれも確認資料として意味がある」
「ですよね?」
「でも、朝倉醸造の社長が電話してきたのは、昨日の午後四時半だ」
「昨日ですか?」
「そう。『今年も原料の仕入れ時期が来たから相談したい』って」
「今年も……?」
小野寺は過去の取引履歴を開いた。
三千万円。
二千八百万円。
三千二百万円。
二千九百万円。
毎年ほぼ同じ時期に借り入れ、数か月後に返済している。
「朝倉醸造は、今年初めて季節資金を借りる会社じゃない」
「毎年ですか?」
「そう。収穫期に大豆、米、麦を地元農家からまとめて仕入れる。その時期に資金需要が集中する」
創は、棚卸資産が増加した理由に気づいた。
「原材料を仕入れたから、在庫が増えている可能性が高い……」
「そういうこと」
「俺、いきなり資料を十種類くらい要求しようとしてました」
創が肩を落とすと、白石は静かに微笑んだ。
「慎重なのは悪くありません。でも、順番です」
「順番?」
「まず、なぜ資金が必要なのかを聞く。そのうえで、本当に必要な資料をお願いするんです」
「会社側の負担も考える?」
「そうです。朝倉醸造の経理専任者は二人しかいません」
「二人……」
「そこへ、三年分の月次資料、詳細な商品別在庫、十二か月の販売計画、詳細資金繰り表を一度に要求したらどうなります?」
「相当な負担になります」
小野寺が頷いた。
「必要なら頼む。でも、念のためという理由だけで全部を作ってもらうのは違う」
宮坂も穏やかに続けた。
「青嶺中央銀行本店では、資料をそろえてから分析する案件が多いですか?」
「はい。担当者が企業の日常をすべて把握しているわけではありませんし、審査部門や専門部署へ説明するには客観的な資料が必要です」
「その方法は正しいです」
「……はい」
「ただし、ここでは条件が違う。朝倉醸造と瑞央銀行の取引は五十年以上続いています」
「五十年……」
「担当者は何度も替わっています。しかし、銀行として情報が蓄積されている」
毎年、いつ原材料を仕入れるのか。
いつ仕込みを行うのか。
商品がどの程度の期間をかけて熟成するのか。
いつ売上が立ち、いつ資金が回収されるのか。
瑞央銀行は、その流れを長年見続けてきた。
「だから、資料はいらないということですか?」
「違います」
宮坂は即座に否定した。
「資料も確認も必要です。ただ、会社をまったく知らない前提で、毎年すべてを調べ直す必要はない」
「銀行がすでに持っている情報と、今年変わったことを分けて考える……」
「そういうことです」
創は手帳へ書き込んだ。
『すべてをゼロから確認するのではなく、変化を確認する』
それもまた、地域に根付いた銀行だからこそ可能な方法だった。
◇◇◇
午前九時十五分。
朝倉醸造株式会社。
今回訪問するのは、小野寺、藤堂、創の三人。白石は別案件のため、本店に残っていた。
「おはようございます」
「ああ、小野寺さん。今年もこの時期ですね」
迎えたのは、代表取締役の朝倉宗一郎、五十四歳。
家業を継いで二十年以上になる三代目社長で、伝統的な製法を守りながら、学校給食や県外販売など新しい販路も開拓している。温厚で実直だが、原料と品質に関する妥協はしない。趣味は家庭菜園と地元の祭りへの参加で、自宅でも少量の野菜を育てていた。
「今年もですよ」
「大豆ですか?」
「大豆と米ですね」
「量は?」
「大豆を少し増やします。価格も上がっていますけどね」
挨拶だけで話が通じている。
小野寺は長い前置きも、形式的な質問もせず、昨年との違いから確認していた。
「こちらは、青嶺中央銀行から来ている宮嶋君です」
「宮嶋創と申します。よろしくお願いいたします」
「東京から?」
「はい」
「二十一歳?」
「はい」
「若いなあ」
創は小さく笑った。
「もう慣れました」
「何に?」
「いえ、こちらの話です」
小野寺と藤堂が笑う。
会議室へ移ると、小野寺は資料を要求する前に尋ねた。
「社長、今年、去年と違うところだけ教えてください」
朝倉社長は少し考え、最も大きな変化から説明した。
「大豆の仕入量を一割増やします」
「理由は?」
「学校給食向けが増えるんです」
「正式契約ですか?」
「はい。県内三市と契約済みです」
「ほかには?」
「県外のスーパーからも引き合いが来ています」
「そちらは契約済みですか?」
「まだ商談中です」
「なら、計画には入れすぎない方がよさそうですね」
「私もそう考えています」
続いて、大豆と米の仕入単価、農家への支払日、販売先からの回収条件を確認する。
大豆は前年より約八%上昇。
米は約五%上昇。
農家との契約条件はおおむね前年と同じ。
学校給食分は、従来のスーパー向けよりも回収が早い。
二十分ほどの会話で、創が朝の段階で欲しいと考えた情報の大部分が自然に出てきた。
「では社長、三千万円で足りるかどうか、現在の試算を見せてもらえますか?」
「もちろんです」
ここで初めて、小野寺は資料を求めた。
月別資金繰り。
九月に原材料を購入。
十月から仕込み。
十一月以降に製造を進め、十二月から順次販売。
原料代が先に出て、売上代金が戻るまでには数か月かかる。
「本当に季節性なんですね」
創が言うと、朝倉社長が頷いた。
「味噌は、仕込んですぐには売れませんから」
「商品によっては半年以上熟成させますか?」
「ありますよ」
棚卸資産が増えた。
その数字だけを見れば、販売不振や不良在庫を疑う必要がある。
だが、発酵食品では、製品になるまで長期間保有する原料や仕掛品も在庫として計上される。
在庫増加そのものが悪いのではない。
問題は、その在庫が通常の製造工程に必要なものなのか、それとも売れずに滞留しているものなのか。
「数字の意味を確認する必要がある……」
創は小さく呟いた。
◇◇◇
工場では、大きな木桶や温度管理された熟成設備が並んでいた。
大豆、米、麦。
蒸煮、製麹、仕込み、発酵、熟成。
一つの商品が完成するまで、長い時間と多くの工程を要する。
「この大豆は、ほとんど地元産ですか?」
「はい。契約農家が二十六軒あります」
「二十六軒も?」
「この地域だけでなく、隣の市にもあります」
小野寺が尋ねる。
「今年、田辺さんのところは大丈夫でした?」
「夏の暑さで収量は少し落ちました。ただ、品質は悪くありません」
「田辺さん?」
創が首を傾げる。
「契約農家さんだよ」
藤堂が小声で教えた。
「小野寺さん、農家まで知ってるから」
「どこまで知ってるんだ……」
朝倉社長が、積まれた原料袋を見ながら言った。
「うちが毎年まとまった量を買うから、助かると言ってくれる農家さんもいます」
「朝倉醸造さんが仕入れを減らせば、農家側にも影響が出る?」
「そうなりますね」
朝倉醸造で働く四十三人だけではない。
二十六軒の契約農家。
商品を販売するスーパーや土産物店。
給食として提供する学校。
調味料を使う飲食店。
一社の季節運転資金が、地域に存在する多くの人や事業者につながっている。
それでも。
地域に必要だから無条件で貸すわけではない。
必要性を理解したうえで、金額、返済原資、販売見込みを確かめる。
人を見る。
数字も見る。
創がこの五日間、何度も学んできたことだった。
午前十一時。
会議室へ戻る。
「宮嶋君」
「はい」
「今なら、どの資料が必要だと思う?」
小野寺から改めて問われ、創は考えた。
朝のように、思いつくものをすべて並べることはしなかった。
「今年の仕入数量と単価」
「うん」
「学校給食向けの契約内容」
「うん」
「昨年の季節資金の借入額と返済実績」
「うん」
「直近の資金繰り表」
「うん」
「それから、在庫のうち、通常の熟成在庫と長期滞留在庫を区別できる資料です」
「それくらい?」
「今の段階では。それを確認して、必要なら追加資料をお願いします」
小野寺が満足そうに笑った。
「いいと思う」
「俺、最初は青嶺中央銀行のやり方を、そのまま当てはめようとしてました」
「それ自体が悪いわけじゃないよ」
「でも、この会社には重すぎたかもしれない」
「青嶺の方法には、青嶺なりの理由がある。瑞央の方法にも、瑞央なりの理由がある」
「はい」
「どちらが常に正しいかじゃない」
「どの場面で、どちらを使うか……」
「そういうこと」
自分の銀行の方法を捨てる必要はない。
地域銀行の方法を無条件で称賛する必要もない。
それぞれの強みと限界を理解し、案件に応じて使い分ける。
その視点こそが、今回の派遣で創が得るべきものだった。
◇◇◇
正午。
瑞央銀行へ戻る車内。
「小野寺さん」
「何?」
「もし朝倉醸造さんの借入希望額が、三千万円じゃなくて三十億円だったら?」
「青嶺中央銀行を呼ぶ」
「即答ですね!」
「瑞央銀行だけで無理をする必要はないからな」
藤堂も笑う。
「三十億なら、さすがに地域の季節資金って規模じゃないだろ」
「では、連携するかどうかは金額だけで決めるんですか?」
「違う」
小野寺は指を折った。
「海外進出、大規模M&A、高度な為替取引やデリバティブ、大型システム投資。瑞央銀行だけでは専門性が足りない時にも、青嶺中央銀行の機能を使う」
「逆に、地元企業の三千万円の季節資金で、本店から専門家を十人呼んだら?」
「社長が驚きますね」
「そういうこと。何でも本店につなげればいいわけじゃない」
「必要な時に、必要な機能だけ使う」
「うん」
創は窓の外へ目を向けた。
農地。
小さな工場。
住宅地。
商店。
その土地で暮らし、その土地で働く人々。
地域には、その地域に合った金融がある。
そして、その範囲を超える支援が必要になった時、青嶺中央銀行の規模や専門機能が生きる。
どちらか一方ではない。
組み合わせるのだ。
◇◇◇
午後一時。
瑞央銀行本店。
昼食を終えた宮坂、小野寺、白石、藤堂、創は、朝倉醸造の案件を振り返った。
「宮嶋さん。今日、一番大きかった学びは何ですか?」
宮坂に問われ、創は少し考えてから答えた。
「確認は、多ければ多いほどいいわけではないということです」
「ほう」
「昨日、六百万円の差異を見つけて、確認の大切さを改めて実感しました。それは今も変わりません」
「はい」
「でも今日の俺は、確認すること自体を目的にしかけていました」
白石が静かに頷く。
「資料をたくさん集める。専門部署へ回す。詳しく分析する。どれも間違いではありません」
「そうですね」
「ただ、俺は何を確かめたいのか、まだ分かっていなかった」
朝倉醸造には、毎年同じ時期に季節資金が発生する。
瑞央銀行には五十年以上の取引履歴がある。
地域の収穫時期も、商品の熟成期間も、資金が回収される時期も把握している。
だから今年は、すべてを一から調べ直すのではない。
「今年、何が変わったのかを確認する」
「それです」
宮坂はゆっくり頷いた。
「青嶺中央銀行は、非常に強い銀行です。資金力、海外拠点、専門部署、システム、人材。私たちにはないものを数多く持っています」
「はい」
「しかし、青嶺中央銀行だけが正解なのではありません」
「……はい」
「瑞央銀行だけが正解でもありません」
「はい」
「お客様に何が必要なのか。そこから方法を選ぶんです」
小野寺も創へ尋ねる。
「宮嶋君は、ここへ何をしに来た?」
「地域銀行合同プロジェクトで――」
「そうじゃなくて。青嶺中央銀行の若手行員として、瑞央銀行へ何をしに来た?」
創は、派遣前の説明会を思い出した。
『教えに行くのではありません』
『学びに行くんです』
「……学びに来ました」
「そう」
「でも俺、どこかで思っていたのかもしれません。青嶺中央銀行のやり方を持ってくれば、もっとよくできるって」
「自然なことだよ」
「でも、違いました」
藤堂が尋ねる。
「何が違った?」
「俺は教えに来たんじゃない。教えてもらいに来たんだ」
「今さら?」
「うるさい」
「もう五日目だぞ」
「分かってる!」
「遅いなあ」
「二歳しか違わないのに先輩面するな!」
「瑞央銀行では俺の方が先輩です」
「それを言われると弱い!」
小野寺と白石が笑い、宮坂も穏やかに目を細めた。
「青嶺中央銀行へ戻っても、瑞央銀行は青嶺中央銀行より遅れていた、とは報告しないでくださいね」
「言いません」
「反対に、瑞央銀行の方が正しかった、とも言わないでください」
「はい」
「規模が違う。地域が違う。お客様が違う。歴史が違う」
「だから、仕事の進め方も違う」
「そういうことです」
創は深く頷いた。
◇◇◇
同じ頃。
東京・大手町。
青嶺中央銀行本店四十二階。
欧陽璟瑶もまた、頭取として一日を始めていた。
欧陽璟瑶、四十五歳。
中国出身。青嶺中央銀行頭取にして、青嶺FG副CEO、東アジア金融戦略統括。冷静な判断力と語学力、国内外の金融実務に精通した視野を持つ一方、現場の小さな違和感を軽視しない。仕事では厳格だが、公平さを何より重視する。趣味は読書、映画鑑賞、中国茶。地下五階の秘密基地で創と過ごす静かな時間も、彼女にとって大切なものになっていた。
「おはようございます、頭取」
第一秘書の劉川景仁と、第二秘書の水城絢乃が予定を報告する。
「午前は通常決裁と市場報告。十時より信用リスク会議、十一時から中国事業部とのオンライン会議です」
「はい」
「午後は昨日に続き、本店内の現場視察を予定しています。融資審査第一部、金融犯罪対策部、総務部です」
「分かりました」
午前十時。
信用リスク会議。
「中小企業向け貸出の一部業種で、棚卸資産の増加が見られます」
担当役員の報告に、璟瑶はすぐ答えた。
「一律に業況悪化と判断しないでください」
「はい」
「季節要因、原材料価格の上昇、戦略在庫、販売不振。同じ在庫増加でも意味は違います」
「承知しました」
その頃。
遠く離れた瑞央銀行では、創がまさに同じことを学んでいた。
棚卸資産が三千万円増えた。
その一つの数字だけでは、良いとも悪いとも決められない。
なぜ増えたのか。
売れる在庫なのか。
滞留在庫なのか。
季節的に必要な在庫なのか。
数字の理由を確認して、初めて意味が分かる。
見ている企業も、立場も、扱う金額も違う。
それでも二人は、同じ銀行員として似た問いへたどり着いていた。
◇◇◇
午後一時。
融資審査第一部。
璟瑶は、部長の飛鳥井慎吾、四十九歳に迎えられた。
飛鳥井は法人審査一筋二十年以上。判断は慎重だが、単に融資を断ることを審査だとは考えない。営業部門と対立しても、企業の継続性と返済可能性を守ることを優先する。趣味は囲碁と古書店巡りだった。
調査役の柏木沙織、三十七歳。
製造業と物流業の財務分析を得意とし、論点整理が速い。理知的で率直だが、若手の意見を途中で遮らない。趣味はクラシック音楽とランニング。
中堅行員の川瀬雅也、三十四歳。
法人営業から審査部門へ異動して三年目。営業側の事情も理解できる調整役で、趣味はキャンプと料理。
そして若手行員の寺西陸、二十六歳。
審査部門二年目。慎重で責任感が強い反面、経験豊富な上司へ異論を述べることにまだためらいがある。趣味はフットサルと推理小説だった。
「最近、審査で負担になっていることは?」
璟瑶が尋ねる。
「資料量です」
飛鳥井が答えた。
「増えていますか?」
「案件によっては。必要性が明確とは言い切れない資料もあります」
「なら、見直しましょう」
柏木が口を開く。
「営業部門からは、審査が資料を要求しすぎると言われることがあります。しかし、資料が足りなければ判断できません」
「その通りです」
「難しいところです」
「だから、資料の枚数ではなく、何を確認したいのかを明確にしてください」
十枚必要なら十枚。
三枚で足りるなら三枚。
百枚集めたから慎重とは限らない。
創が朝倉醸造の案件で学んだことと、まったく同じだった。
「頭取、一つよろしいでしょうか」
寺西が緊張しながら尋ねる。
「どうぞ」
「若手でも、審査意見に疑問を出していいのでしょうか。何十年も経験のある上司が作った判断に対して、自分が間違っているのではないかと……」
「寺西さん。数字が合わなかったら?」
「確認します」
「理由が分からなかったら?」
「確認します」
「相手が部長でも?」
寺西が飛鳥井を見る。
飛鳥井は苦笑した。
「言っていいぞ」
「はい」
「役職が、数字を正しくするわけではありません」
璟瑶は静かに言った。
「気づいた人が、気づいた時に言ってください」
「分かりました」
創が六百万円の差異を発見したことを、璟瑶は知らない。
それでも。
二人は別々の場所で、同じ基本を守ろうとしていた。
◇◇◇
午後一時四十五分。
金融犯罪対策部。
次長の迫田孝志、四十四歳。
金融犯罪対策に十年以上携わる冷静な実務家で、疑わしい取引を見逃さない一方、現場へ過剰な萎縮を生まない運用を重視する。趣味は釣りと歴史番組。
主任の倉橋真琴、三十一歳。
海外送金と法人ネットバンキングのモニタリングを担当。分析力が高く、粘り強い性格。趣味はヨガと海外ミステリー。
専門行員の相原理恵、三十六歳。
AMLと制裁規制の専門家。厳密だが、複雑な制度を若手にも分かりやすく説明できる。趣味は美術館巡りと紅茶。
若手の小杉拓海、二十五歳。
大量のアラートを地道に確認する集中力を持つが、経験の浅さから判断に迷うことも多い。趣味はサッカー観戦とゲームだった。
「一日中アラートを見ていると、全部が怪しく見える時があります」
小杉が正直に言った。
「小杉」
迫田が止めようとする。
「謝らなくていいです」
璟瑶は小杉を見る。
「疑うことは必要です。しかし、疑うこと自体が目的になってはいけません」
「……はい」
「危険な取引を見つけることと、正常な取引を正常だと判断すること。その両方が必要です」
「分かりました」
確認は多ければよいわけではない。
厳しく疑えばよいわけでもない。
何のために確認するのか。
目的を見失えば、慎重さはただの負担へ変わる。
◇◇◇
午後二時三十分。
総務部。
課長の吉岡千尋、四十歳。
建物管理、防災、福利厚生など幅広い業務を統括し、問題が起きる前に動く調整型の管理職。趣味は園芸と街歩き。
主任の岩永真帆、三十四歳。
社員食堂や社内施設の運営を担当。現実的で段取りがよく、趣味は料理と旅行。
施設管理担当の大石健司、三十八歳。
設備、防災、備蓄品に詳しい実務家。寡黙だが頼りになり、趣味はDIYとキャンプ。
若手行員の桜井航、二十四歳。
福利厚生施設の管理を担当する三年目行員。小さな不便を見つける観察力があり、趣味は水泳とスマートフォンアプリの研究だった。
「昨日、社員食堂の混雑について意見を聞きました」
璟瑶が言うと、吉岡は少しだけ表情を固くした。
「すでに村上から報告を受けています」
「叱っていませんよね?」
「もちろんです」
「ならよかった」
岩永が説明する。
「利用時間を分散する方法を検討しています。ただ、法人営業の外出時間などもありますので、一律運用は難しいと思います」
「一律にする必要はありません。部署ごとに選択肢を作ってください」
「承知しました」
桜井も思い切って手を挙げた。
「頭取。地下四階のシャワー設備ですが、ジム利用後の時間帯に集中します。空き状況をアプリで確認できれば便利だと思います」
「総務部とIT部門で検討してください」
「本当にいいんですか?」
「改善案を聞くために来ています」
「はい!」
頭取だから、現場から報告が上がってくるのを待つ。
それだけではない。
自分から現場へ行き、小さな不便や違和感を拾う。
それも璟瑶が考える頭取の仕事だった。
◇◇◇
午後三時二十分。
総務部を出た璟瑶は、水城を先に戻し、一人で一般行員用エレベーターに乗った。
二十七階で四人の行員が入ってくる。
営業企画部の井上直哉、三十二歳。
明るく率直で、効率化への関心が高い。会議では遠慮なく意見を述べるが、少し口が先に動くところもある。趣味はフットサルと食べ歩き。
人事部の松平奈々、二十八歳。
若手研修の運営を担当し、慎重で気配り上手。趣味は映画鑑賞とパン作り。
融資審査第二部の森本悠、三十一歳。
冷静で現実的な審査担当。場を和ませる冗談も得意で、趣味は野球観戦とランニング。
データ戦略部の成田美咲、二十七歳。
データ分析と業務可視化を担当する好奇心旺盛な若手。思ったことを率直に尋ねる性格で、趣味は写真とカフェ巡りだった。
四人は、後ろに璟瑶が立っていることに気づかない。
「今日めちゃくちゃ疲れた」
井上が言う。
「まだ三時半ですよ」
「朝から会議が四つ」
「会議多いよな、うち」
「四十二階はもっと多そう」
「頭取って一日何件くらい会議してるんだろ」
璟瑶は黙って聞いていた。
「昨日から頭取、いろんな部署を回ってるらしいよ」
「俺のところには来なくていい。緊張するから」
「聞いたら普通に話してくれるらしいよ」
「いや、頭取だぞ?」
「人間でしょ」
「それはそうだけど」
さらに話題は、地域銀行への若手派遣へ移った。
「地方銀行って、システムも違うんでしょう?」
「青嶺のシステムをそのまま入れれば効率よくない?」
「そんな簡単じゃないだろ。規模も業務も違う」
「人事制度だって違うよ」
「青嶺方式の方がいいところもあるだろうけど」
「全部じゃなくて、使える部分だけ使えばいいんじゃない?」
「逆に、地域銀行の方が上手なところもありそう」
「企業との距離とか?」
璟瑶の目が、ほんの少し柔らかくなる。
今日、創が現地で学んだこと。
青嶺中央銀行の中にいる若手たちも、同じ問いを考え始めていた。
「でも今後、エレベーターでは後ろを確認した方がいいよな」
「何で?」
「頭取がいるかもしれない」
四人が笑う。
その直後。
二十四階で一人を降ろそうとした成田が、後方を振り返った。
「……え」
「どうしたの?」
成田は声を出せず、口の動きだけで伝えた。
「う、し、ろ」
三人も振り返る。
「……」
「……」
「……」
璟瑶は、にこりと笑った。
「こんにちは」
「頭取!?」
エレベーター内が一瞬で静まり返る。
「いつからいらしたんですか?」
「二十七階より前からです」
「ほぼ全部……」
「はい」
「申し訳ありません!」
「何がです?」
「会議が多いとか、四十二階にいるとか……」
「会議は多いですし、四十二階にもいます」
「エレベーターの後ろを確認するとか……」
「今後は確認した方がいいかもしれませんね」
「頭取!」
璟瑶が小さく笑う。
「冗談です」
四人はようやく息をついた。
「地域銀行についての意見は、悪くないと思います」
「え?」
「青嶺方式が効率的な部分もある。地域銀行の方が優れている部分もある。すべてを統一する必要はありません」
「はい」
「適切な方法を、適切な場所で使えばいいんです」
森本が感心したように言う。
「勉強になります」
「私も勉強中です」
「頭取もですか?」
「当然でしょう?」
成田が尋ねる。
「頭取になっても、勉強するんですか?」
「しなければ、私の知識は四十五歳の今で止まります」
「……」
「銀行も社会も変わるのに、私だけが止まるわけにはいきません」
「すごい……」
「それから、会議が多すぎる件ですが」
井上が固まった。
「必要のない会議が本当にあるなら、減らしましょう」
「え?」
「会議を開くことが目的になってはいけませんから」
「はい!」
四十一階。
扉が開く。
「では、お疲れさまです」
「お、お疲れさまでした!」
璟瑶が降り、扉が閉じる。
残された四人は、三秒ほど沈黙した。
「……終わった」
「お前、エレベーターに乗るたび終わるつもりか?」
「でも、怖くなかったね」
「会議、減るかもしれないぞ」
「そこ?」
「大事だろ!」
エレベーター内に、再び笑い声が戻った。
◇◇◇
午後五時十八分。
瑞央銀行本店。
朝倉醸造の資料整理を終えた創へ、小野寺が尋ねた。
「宮嶋君。今朝は青嶺方式で全部確認しようとしていたな」
「……はい」
「今は?」
「使えるところは使います」
「うん」
「瑞央銀行のやり方も使います」
「うん」
「というより、会社ごとに変えます」
宮坂が頷いた。
「正解です」
「銀行側の都合で方法を決めるんじゃなく、お客様に必要な確認をする。専門性が必要なら青嶺中央銀行へつなぐ。瑞央銀行だけで対応できるなら、無理に本店を巻き込まない」
「はい」
「地域銀行が蓄積してきた情報も尊重する」
「ただし、必要な裏付けは取ります」
「いいですね」
「確認することは、やめません」
「それでいいんです」
青嶺中央銀行は巨大だ。
総資産約九十八兆五千億円。
単体行員約二万五千人。
青嶺FG全体では約六万七千人。
国内外の専門部署と、四十を超える海外拠点。
圧倒的な資金力と機能を持つ。
しかし、大きいからすべて正しいわけではない。
一方の瑞央銀行は、一つの地域で何十年も企業を見続けてきた。
経営者。
従業員。
後継者。
農家。
商店。
土地。
道路。
町。
そこには、東京の本店が簡単には持てない情報がある。
「俺、最初は青嶺中央銀行の行員として、何か役に立たないといけないと思ってました」
創が言った。
「専門部署や大きな銀行の機能を紹介して、それで貢献しないとって」
「うん」
「でも、俺は教えに来たんじゃなかった」
「……」
「学びに来たんですよね」
「今さら?」
藤堂が茶化す。
「うるさい」
「五日目だぞ」
「分かってる!」
「遅いなあ」
「お前、二十三歳だろ。二歳しか違わないのに先輩面するな!」
「瑞央銀行では先輩です」
「それを言われると弱い!」
宮坂、小野寺、白石が笑う。
そして宮坂は、最後に静かに告げた。
「青嶺中央銀行へ戻って、瑞央銀行は遅れていた、と報告しないでください」
「言いません」
「逆に、瑞央銀行の方が正しかった、とも言わないでください」
「はい」
「違うんです」
「規模も」
「はい」
「地域も」
「はい」
「お客様も」
「はい」
「積み重ねてきた歴史も」
「はい」
「だから、やり方が違う」
創はゆっくり頷いた。
「分かりました」
ただ比較するのではない。
違いが生まれた理由を見る。
そのうえで、互いの強みをつなぐ。
それが、四十七都道府県に広がる地域銀行ネットワークの本当の意味だった。
◇◇◇
その日の夜。
ホテルの部屋。
創は、五日目の前半所感を入力していた。
『本日、長年取引のある地域企業の季節運転資金相談に参加した』
『当初、青嶺中央銀行本店での法人営業を基準とし、多数の追加資料や専門部署との連携を先に考えた』
『しかし瑞央銀行では、長年蓄積した取引履歴、地域産業の季節性、企業との日常的な接点を前提とし、今年何が変化したのかを重点的に確認していた』
『これは確認を省略することではない』
『何を確認する必要があるのかを明確にし、必要な情報へ絞り込む方法である』
創は一度、手を止めた。
そして続きを入力する。
『青嶺中央銀行の方法が間違っているわけではない』
『瑞央銀行の方法だけが正しいわけでもない』
『銀行の規模、企業との関係、地域性、案件内容に応じて、適切な方法を選ぶ必要がある』
『今回の派遣は、青嶺中央銀行から地域銀行へ何かを教えるためだけのものではない』
『自分自身が、地域銀行から学ぶための派遣でもある』
最後に。
『五日間で最も大きく変わったのは、自分の見方かもしれない』
誤字。
内容。
宛先。
添付資料。
一つずつ確認する。
「よし」
送信。
その直後、私用スマートフォンが震えた。
璟瑶からだった。
『終わった?』
『今日の前半は終わった』
『どうだった?』
創は具体的な企業名や案件情報を避けて答える。
『俺、青嶺中央銀行が正解だと思いすぎてたかもしれない』
『何か言われた?』
『教えてもらった』
『よかったじゃない』
『よかった?』
『自分の銀行だけが正しいと思って帰ってくるより、ずっといい』
『頭取がそれを言う?』
『頭取だから言うの』
続けて。
『青嶺中央銀行は完璧じゃないわ』
『自分の銀行なのに?』
『自分の銀行だからこそ、良くしていくのが私の仕事よ』
創は、その文章をしばらく見つめた。
自分の組織を大切にすることと、無条件で正しいと思い込むことは違う。
足りない部分を認めるからこそ、改善できる。
『今日も部署を回った?』
『回った』
『また一般エレベーターに乗った?』
少し間が空く。
『乗った』
『何かあった?』
『……』
『あったんだ』
『行員四人に、後ろに私がいると気づかないまま色々言われた』
『また!?』
『また』
『何を言われたの?』
『会議が多い』
『それは事実』
『創』
『すみません、頭取』
『今は彼女』
『じゃあ、璟瑶』
『よろしい』
創は一人、ホテルで笑った。
『地域銀行の話もしていたわ』
『へえ』
『青嶺方式が全部正解ではないって』
『……今日、俺が学んだことと同じだ』
『そうね』
『不思議だな』
『銀行員なら、いつか同じところへたどり着くのかもしれないわね』
創は少し迷ってから、素直な不安を送った。
『璟瑶』
『なに?』
『俺、ちゃんと学べてるかな』
返信まで、少し時間が空いた。
『学べていると思う』
『どうして?』
『最初より「分からない」が増えたでしょう?』
創の指が止まる。
『増えた』
『なら大丈夫』
『分かったつもりになるより、ずっといい』
初日。
瑞央銀行副頭取の榊田隆彦から言われた言葉を思い出す。
『五日間で地域金融を理解できる人間はいません』
『分からないことが増えれば成功です』
『本当に、分からないことが増えた』
『なら成功ね』
『うん』
『創』
『なに?』
『最後まで頑張って』
『うん』
『帰ってきたら?』
璟瑶からの返信は早かった。
『抱き締める』
『それだけ?』
『……』
『キスも』
『承認します』
『偉そう』
『頭取を相手にしていますので』
『地下五階では私の方が偉い』
『そんな規則はありません』
東京と地方。
遠く離れた二人が、それぞれの場所で笑う。
宮嶋創、二十一歳。
青嶺中央銀行法人営業第一部・若手法人担当チーム。
この五日間。
地域銀行へ教えたことより、教えられたことの方がはるかに多かった。
地域に根付くということ。
企業だけでなく、町を見るということ。
決算書の外側にある事情を知ること。
借りるリスクだけでなく、投資しないリスクも考えること。
一つの数字に違和感を覚えたら、立ち止まって確認すること。
そして。
確認すること自体を目的にせず、何を確かめたいのかを考えること。
青嶺中央銀行が、唯一の正解ではない。
瑞央銀行が、唯一の正解でもない。
答えは企業ごとに違う。
地域ごとに違う。
案件ごとに違う。
その答えを、企業や地域銀行と一緒に探していく。
それが銀行員の仕事であり、地域銀行合同プロジェクトの意味だった。
五日目。
創はようやく、地域金融の入り口へ立った。
しかし。
派遣は、まだ終わっていない。
瑞央銀行と青嶺中央銀行をつなぐ合同支援検討。
五日間で得た学びをまとめる成果報告。
現地担当者たちからの評価。
そして、東京への帰路。
宮嶋創が本当に問われるのは。
見て、聞いて、学んだことを。
青嶺中央銀行へ戻った後、どう仕事へ生かすのか。
その一点だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、「確認すること」と「確認しすぎること」の違いを創が学ぶ回となりました。
青嶺中央銀行のような大手銀行では、豊富な資料や専門部署を活用して客観的に分析する強みがあります。
一方、瑞央銀行には、
何十年もの取引履歴。
地域産業の季節性。
企業との日常的な会話。
地域そのものへの理解。
という別の強みがあります。
朝倉醸造への季節資金相談を通じ、創は「全部の資料を最初から集める」のではなく、「今年何が変わったのか」を見極める地域銀行ならではの考え方を知りました。
青嶺中央銀行が正解でもない。
瑞央銀行だけが正解でもない。
案件や地域に合わせて、必要な方法を選ぶ。
それこそが銀行員に求められる力なのかもしれません。
そして東京では、璟瑶も頭取として融資審査第一部、金融犯罪対策部、総務部を訪問。
役員からの報告だけではなく、現場行員の小さな疑問や不便にも直接耳を傾けました。
さらに今回もエレベーターでは、頭取の存在に気づかない行員たちによる本音トークが発生。
「頭取って会議ばかりしてそう」
「地域銀行派遣、面白そう」
「青嶺方式が全部正解じゃないんじゃない?」
そんな会話を本人に全部聞かれていたとは、誰も思っていませんでした。
創も璟瑶も、別々の場所で同じことを学んでいます。
立場が上でも。
大きな銀行でも。
学ぶことをやめてはいけない。
次回は、瑞央銀行と青嶺中央銀行、それぞれの強みを実際に組み合わせる段階へ。
地域銀行だけでは難しい支援を青嶺中央銀行へつなぎながら、地域銀行が主役であり続ける合同プロジェクトの本当の形が見えてきます。




