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第19話「三十六階から始まる全国銀行ネットワーク――四十七都道府県全部に仲間がいます」


第19話です。


今回は、創が初めて本店36階から39階にある、青嶺FGの全国連携部門へ関わります。


全国地域銀行連携本部。

地方創生金融部。

47都道府県事業推進室。

地域銀行人材交流室。

グループ経営管理部。


そこで創が目にしたのは、北海道から沖縄まで四十七都道府県すべてにつながる巨大な地域銀行ネットワーク。


ただし、青嶺中央銀行が地域銀行を上から支配しているわけではありません。


地域銀行には地域銀行の強みがあり、青嶺中央銀行には巨大銀行だからこそ持てる資金力や海外金融、M&A、事業承継、デジタルなどの専門機能があります。


「誰が上か」ではなく、「どう組み合わせれば地域企業を最も支えられるか」。


創が初めて、「四十七都道府県全部に仲間がいる」という言葉の意味を実務として知る回です。


そして会議の最後。


資料の中に見つけた、


「地域銀行合同プロジェクト・若手派遣候補 宮嶋創」


の文字。


さらにその裏では、頭取や役員たちによる十名の候補者選定会議も進んでいて――。


創自身も知らないところで、次の大きな一歩が決まり始めます。



 午前八時十分。


 青嶺中央銀行本店、法人営業第一部・若手法人担当チーム。


「宮嶋君。今日の十時から、予定は空けてあるよね?」


「はい。グループ横断会議と聞いています」


 出勤して間もない宮嶋創へ声をかけたのは、チームリーダーの桐生雅人・四十二歳だった。


 法人営業一筋約二十年。穏やかな性格だが、数字の矛盾や説明不足には厳しい。部下に答えを教えるより、「なぜそう考えたのか」を自分の言葉で説明させる指導を好む。趣味は早朝のジョギングと歴史小説で、休日には妻と神社仏閣を巡ることも多い。


 桐生から渡された予定表には、


『地域企業支援・地域銀行合同プロジェクト事前連携会議』


 と記載されていた。


 参加部署は、法人営業第一部だけではない。


 全国地域銀行連携本部。


 地方創生金融部。


 47都道府県事業推進室。


 地域銀行人材交流室。


 グループ経営管理部。


「……参加部署、多くないですか?」


「青嶺フィナンシャルグループだからね」


「俺は何をすればいいんですか?」


「今日は基本的に聞くこと。ただし、感想だけで終わらないように」


 桐生の表情が少し真剣になる。


「地域銀行と青嶺中央銀行が一緒に企業を支援する時、法人営業担当者として何ができるのか。それを考えながら参加してきなさい」


「分かりました」


 そこへ、創の教育担当である相沢拓也・三十三歳がやってきた。


 明るく面倒見がよく、若手が失敗しても頭ごなしに叱らない。ただし、確認せずに独断で進めた時だけは厳しい。趣味はフットサルとラーメン店巡りで、取引先を訪問した帰りに評判の店を探すのが密かな楽しみだった。


「宮嶋、今日は三十六階へ行くんだって?」


「はい」


「迷うなよ」


「同じ建物ですよ?」


「本店は広いからな。それに三十六階から、雰囲気が変わるぞ」


「そんなにですか?」


「行けば分かる」


「黒瀬みたいな言い方ですね」


 創は笑った。


 しかし、その言葉の意味を理解するまで、それほど時間はかからなかった。


◇◇◇


 午前九時五十分。


 創を乗せたエレベーターが三十六階へ到着した。


 扉が開いた先には、大きな案内表示が並んでいる。


『全国地域銀行連携本部』


『地方創生金融部』


『47都道府県事業推進室』


 壁面モニターには、北海道から沖縄まで色分けされた日本地図が表示されていた。地域銀行の本店、主要拠点、連携案件の分布が一目で分かるようになっている。


「……すごいな」


「初めて来た?」


 声をかけてきたのは、全国地域銀行連携本部・連携企画チーム長の瀬戸口陽介・三十九歳だった。


 明るく社交的で、人の顔と名前を覚えるのが非常に早い。全国の地域銀行担当者数百人について、名前だけでなく所属や過去に関わった案件まで記憶している。


 趣味は鉄道旅行。地方出張と休日が重なると、私鉄やローカル線へ乗り、駅弁を食べながら車窓を眺めることを楽しみにしている。


「法人営業第一部の宮嶋創です。本日の会議で参りました」


「聞いてるよ。二十一歳、高校卒業後から銀行勤務。前職を含めて銀行実務は約四年」


「年齢まで知られてる……」


「参加者資料に書いてあるからね」


「ですよね」


「若いけど、支店実務の経験はある。今日は遠慮しないで、分からないことがあれば聞いて」


「ありがとうございます」


 瀬戸口は創を会議室へ案内しながら、今回関わる担当者を紹介した。


「最初は、地方創生金融部の三枝佳奈さん。三十五歳、地域企業支援課長代理」


「三枝です。よろしくお願いします」


「宮嶋です。よろしくお願いいたします」


 三枝佳奈は、落ち着いた口調とは対照的に行動が早い。自治体、商工会議所、地域企業を結びつける案件に強く、会議で決まったことはその日のうちに関係者へ連絡する。


 趣味は道の駅巡り。出張先でご当地調味料を買い集めており、自宅の棚には使い切れないほどの味噌や醤油、ドレッシングが並んでいるという。


「次は、47都道府県事業推進室の八神祐介さん。四十一歳、室長代理」


「よろしく」


「よろしくお願いいたします」


 八神祐介は非常に理屈っぽく、資料内に一つでも数字の矛盾があると必ず説明を求める。一見近寄りがたいが、部下が困っていると最後まで付き合う面倒見のよさも持っている。


 趣味は日本地図と城巡り。四十七都道府県すべてを私的旅行でも訪れていた。


「本当に全部行ったんですか?」


「二回以上行った県も多いよ」


「仕事の出張も含めて?」


「今言ったのは、仕事を抜いた回数」


「合計で何回行ってるんです?」


「数えるのをやめた」


 さらに紹介されたのは、地域銀行人材交流室主任の水原香澄・三十二歳。


 柔らかな話し方で相手の希望を丁寧に聞くが、出向や派遣の人選では極めて慎重になる。本人の経歴だけでなく、派遣先の文化や受入担当者との相性まで確認する人物だった。


 趣味はカメラ。地方出張では駅舎や昔ながらの商店街を撮影し、休日には小さな写真展を見て回っている。


「若手の派遣も水原さんが担当するんですか?」


「はい。人を動かす仕事ですから、簡単ではありませんけどね」


「大変そうです」


「でも、派遣された人が成長して戻ってくるのを見るのは楽しいですよ」


 最後は、グループ経営管理部・地域銀行経営支援担当部長の高峰慎吾・四十五歳。


 数字と時間に厳しく、無駄な会議や曖昧な報告を嫌う。一見すると怖そうだが、地域銀行側の事情を数字だけで否定することはしない。


 趣味は海釣り。海沿いの地域へ出張すると、会議が終わったあと釣具店を探すことがある。ただし翌日の仕事へ影響させたことは一度もない。


(全員、濃いな……)


 年齢も所属も専門分野も違う。


 だが、全員に共通している言葉があった。


 地域銀行。


◇◇◇


 午前十時。


「それでは、地域企業支援・地域銀行合同プロジェクト事前連携会議を始めます」


 瀬戸口の進行で会議が始まった。


 大型モニターには、日本全国の地図が映し出される。


「今回の議題は、地域企業への資金支援、事業承継、海外展開、DX支援について、青嶺FG内でどのように横断連携するかです」


 創は資料を開いた。


『青嶺FG全国地域銀行ネットワーク』


 東和創信銀行。


 日栄未来銀行。


 瑞央銀行。


 東嶺銀行。


 翠京銀行。


 桜都銀行。


 京星銀行。


 光京銀行。


 蒼都銀行。


 京浜栄信銀行。


 東雲中央銀行。


 そのほかにも、北海道から沖縄まで、四十七都道府県すべての地域銀行や連携拠点が記載されていた。


「瀬戸口さん」


「どうした?」


「これ、本当に四十七都道府県全部ですか?」


「全部です」


「一県も例外なく?」


「ありません」


 創は改めて日本地図を見つめた。


 青嶺中央銀行は、総資産約九十八・五兆円、単体従業員約二万五千人。青嶺FG全体では約六万七千人。国内有人店舗約三百二十五店舗、海外拠点約四十拠点を持つ。


 それだけでも十分すぎるほど巨大だ。


 しかし、その規模に加えて、全国の地域銀行とのネットワークがある。


(やっぱり、この銀行の規模はおかしい……)


「宮嶋君」


 八神が創へ声をかけた。


「今、青嶺中央銀行が地域銀行を全部支配していると思ったでしょう?」


「……少しだけ」


「違います」


 即答だった。


 画面が『地域銀行の独立性とグループ連携』へ切り替わる。


「それぞれの地域銀行には歴史がある。地域のお客様、自治体、商工会、地元産業との関係もある。東京の本店から一方的に『こうしろ』と指示すれば、地域銀行が長年築いてきた強みを潰すことになる」


 三枝も続けた。


「私たちより、地域銀行の方が圧倒的に詳しいことがあります」


「地域の企業ですか?」


「そうです。誰が次の社長候補なのか、どの会社同士につながりがあるのか、地域でどの産業が苦しくなっているのか。数字に表れる前の変化も、地域に何十年もいる銀行だから分かります」


 今度は高峰が、青嶺中央銀行側の支援機能を表示した。


 資金供給。


 共同融資。


 システム。


 専門人材。


 海外金融。


 外国為替。


 M&A。


 事業承継。


 デジタル金融。


 市場・リスク管理。


「反対に、地域銀行単独では対応しにくい案件もある。百億円単位の融資、海外進出、大型M&A、高度なシステム投資。そういう時に青嶺中央銀行や青嶺FGの機能を使う」


「地域銀行がお客様を青嶺中央銀行へ渡すわけではない?」


「違います」


「一緒に支援する?」


「その理解が近いですね」


 瀬戸口が頷いた。


「地域銀行が主役になる案件もある。青嶺中央銀行が主役になる案件もある。共同で進める案件もある。大事なのは、どちらが上かではありません」


「では、何が大切なんですか?」


「お客様にとって、どの組み合わせが最もよいかです」


 創はその言葉をノートへ書き留めた。


◇◇◇


 最初に紹介された事例は、北日本地域の食品メーカーだった。


 地元地域銀行とは二十五年以上の取引があり、前社長の時代から強い信頼関係を築いている。現在、その会社は海外輸出を検討していた。


「企業との関係や地域事情は、地元の銀行が担います」


 三枝が説明する。


「海外展開については?」


「青嶺中央銀行の海外法人営業部、外国為替部、国際金融部、中国事業部、東アジア事業部などをつなぎます」


「地域銀行は信頼関係、青嶺側は海外機能」


「そういうことです」


 次は、地方製造業の新工場建設案件。


 総事業費は約百八十億円。


「百八十億……」


 創は思わず呟いた。


 つい最近、一億円の設備融資で何日も悩んでいた。それに対して、目の前にある案件は百八十倍である。


「地域銀行一行だけで全額を融資するには、負担も信用リスクも大きい」


 高峰が説明する。


「だから青嶺中央銀行と協調融資を組む?」


「その通り。案件によっては他の金融機関も参加します」


 続いて、後継者不在に悩む老舗企業。


 地域銀行が経営者の事情を把握し、青嶺FGから事業承継やM&Aの専門人材を派遣する。


「ただし、最初から会社を売却する前提ではありません」


 八神が念を押す。


「親族承継、従業員承継、M&A。それぞれの可能性を確認します」


「経営者にとって一番いい方法を探す」


「そうです」


 創のノートは、次々と文字で埋まっていった。


◇◇◇


 昼前。


 地域銀行人材交流室主任の水原香澄が、人材交流制度を説明した。


「青嶺中央銀行と地域銀行の間では、短期研修、長期出向、合同プロジェクト派遣などを行っています」


 派遣は一方向ではない。


 青嶺中央銀行から地域銀行へ。


 地域銀行から青嶺中央銀行へ。


 双方の行員が、異なる現場で学ぶ制度だった。


「地域銀行から本店へ来る方は、何を学ぶんですか?」


「海外金融、大規模法人融資、IT、デジタル、M&Aなどです」


「青嶺中央銀行から地域銀行へ行く場合は?」


「地域企業との関係構築、現場営業、地方創生、地域産業。本店勤務だけでは分からないことを学びます」


「青嶺中央銀行側も、教えてもらう立場なんですね」


「当然です」


 水原は迷わず答えた。


「青嶺中央銀行が何でも知っているのなら、地域銀行と連携する意味がありません」


「……確かに」


「東京の本店から数字を見ただけで、地方企業のすべてが分かるわけではありません。地域へ行き、人に会い、工場を見て、町を歩く。そうして初めて分かることがあります」


 その言葉を聞き、創は東央精密製作所を思い出した。


 決算書だけを見ていた時、一億円はただの大きな数字だった。


 だが、工場へ行ったあと、その意味が変わった。


 設備を使う従業員。


 将来を考える社長。


 仕事を待つ取引先。


 地域についても同じなのかもしれない。


◇◇◇


 午後、会議は三十七階の47都道府県事業推進室へ移った。


 壁一面を覆う大型モニターには、日本全国の案件が表示されている。企業名などの詳細情報はアクセス権によって制限されているが、地域、業界、連携銀行、案件種別、進捗状況を確認できた。


「一日見ていても飽きないよ」


 八神が日本地図を見上げる。


「それ、八神さんだけじゃないですか?」


「失礼だな」


「趣味も日本地図でしょう?」


「仕事にも役立ってる」


 瀬戸口が笑う。


「八神さん、本当に昼休みも地図を見てるから」


 三枝も続ける。


「たまに城の場所を調べていますけどね」


「……それは趣味だ」


 創も思わず笑った。


 少し空気が和らいだあと、八神は富山県を指した。


「例えば富山県の企業が、東京の会社と取引を広げたい。中国へも輸出したい。しかし後継者問題も抱えている。一つの銀行、一つの部署だけで全部対応できると思う?」


「難しいです」


 八神が画面上へ線を引く。


 地域銀行。


 青嶺中央銀行法人営業部門。


 国際金融部門。


 外国為替部門。


 事業承継支援部門。


 M&A部門。


 デジタル金融部門。


「必要な人をつなぐ。必要な銀行をつなぐ。地域と本店をつなぐ。それがこのフロアの仕事です」


「四十七都道府県ネットワークというのは、ただ全国に支店があるという意味ではないんですね」


「そこを理解してくれたなら、今日来てもらった意味があります」


◇◇◇


 午後二時。


 三十八階、地域銀行人材交流室。


 若手派遣、専門人材派遣、相互研修、地域銀行合同プロジェクトなどの制度について、水原が詳しく説明した。


「派遣には短期、半年、一年、プロジェクト単位など、いくつかの形があります」


「どういう人が選ばれるんですか?」


「案件によります。営業成績や資格だけでは決めません」


「ほかには?」


「基礎実務、顧客対応、報告・連絡・相談、コンプライアンス、環境適応力。地域銀行の方々と一緒に働けるかも重要です」


「青嶺中央銀行のやり方を押しつけないか?」


「非常に重要です」


 水原はさらに続けた。


「確認力も見ます」


「確認?」


「ミスを防ぐ力です」


「俺、それだけは前の銀行からずっと言われています」


「よい習慣ですね」


「地味ですけど」


「金融では、地味に見える力ほど重要ですよ」


 創は少しだけ嬉しくなった。


 東都共栄銀行で、三谷雅臣主任から何度も叩き込まれた確認。


 その習慣は、ここでも評価されていた。


◇◇◇


 午後三時。


 三十九階、グループ経営管理部。


 高峰慎吾が説明する資料には、各地域銀行の経営指標が並んでいた。


 収益。


 経費。


 自己資本。


 貸出金。


 預金。


 市場運用。


 信用コスト。


 システム投資。


 人員構成。


「数字が一気に増えましたね」


「ここからは少し覚悟してもらおうか」


 高峰は僅かに笑った。


「ただし、ここでも数字だけで地域銀行を評価しません。地域によって人口も産業構造も違う。都市部と地方へ、まったく同じ基準を当てはめることはできない」


「でも、経営の健全性は確認する」


「そう。地域銀行が長く地域を支えるために必要なことです」


 一日かけて、創は三十六階から三十九階までの四つのフロアを回った。


 夕方、最初の会議室へ戻ると、瀬戸口から感想を尋ねられた。


「正直に言うと、青嶺中央銀行が地域銀行を上から支援していると思っていました」


「最初はそう思う人も多いよ」


「でも違いました」


「どう違った?」


「お互いに、相手が持っていないものを持っています」


 三枝が頷く。


「地域銀行は地域を知っている。青嶺中央銀行には規模と専門機能がある。どちらかだけでは対応できない案件を、一緒に支援する」


「その通りです」


「だから……」


 創は大型モニターの日本地図を見た。


「四十七都道府県すべてに、仲間がいる」


 瀬戸口の表情が柔らかくなった。


「いい言い方だね」


「系列やグループという言葉より、俺にはその方が分かりやすくて」


「私も好きです」


 水原も微笑んだ。


 創は、この銀行を少しだけ好きになった。


 総資産が九十八・五兆円あるからではない。


 規模が大きいからでもない。


 異なる銀行、異なる地域、異なる人々を、一つのやり方へ無理に統一するのではなく、それぞれの強みを残したままつなごうとしている。


 その考え方が面白かった。


◇◇◇


「それでは、本日の会議は以上――」


 瀬戸口が締めようとした時、水原が新しい資料を配った。


「最後に、次回の地域銀行合同プロジェクトについてご説明します」


 創も一冊受け取る。


『地域銀行合同プロジェクト』


 目的は、地域企業支援、若手人材育成、地域銀行との相互理解。派遣された若手行員は、法人営業、事業承継、地方創生などの実地研修へ参加する。


 次のページには、若手派遣候補者が並んでいた。


「……」


 創の指が止まる。


『法人営業第一部・若手法人担当チーム』


『宮嶋創 21歳』


「…………俺?」


「はい」


 水原が平然と答えた。


「宮嶋創さんは、現在の若手派遣候補者の一人です」


「いつの間に選ばれたんですか?」


「研修評価、配属後評価、前職を含む勤務経験、コンプライアンス理解、確認力などを総合的に見ています」


「俺、まだ法人営業へ配属されて間もないですよ?」


「それも含めての候補です。高校卒業後から支店実務を約四年経験し、二十一歳という若さでありながら銀行業務の基礎がある。今回の育成目的と相性がよいと判断されています」


「候補は何人ですか?」


「最終比較対象は十人」


「実際に派遣されるのは?」


「第一陣は一名です」


「一人!?」


 創は資料を見つめた。


「だったら単純に考えて、選ばれる可能性は一割くらい?」


「抽選ではありません」


 八神が淡々と答える。


「ですよね……」


「評価項目と派遣先との適性で決めます」


 北海道、東北、北陸、関西、九州、沖縄。


 派遣先がどこなのかも、選ばれるのかも、まだ分からない。


 それでも創の胸には、僅かな期待が生まれていた。


 地域へ行き、その土地で暮らす人に会い、地域銀行の行員と一緒に企業を支援する。


 できることなら、自分の目で見てみたかった。


◇◇◇


 同日の午後四時三十分。


 青嶺中央銀行本店四十一階、特別役員会議室。


『地域銀行合同プロジェクト・若手派遣候補者選定会議』


 この会議には、青嶺中央銀行と青嶺FGの経営を担う重役たちが集まっていた。


 副頭取・久世宗一郎、五十七歳。


 国内法人金融と融資審査を長く経験してきた慎重派。普段は穏やかだが、信用に関わる問題には妥協しない。趣味は囲碁と歴史小説で、休日には妻と古寺を巡っている。


 専務取締役兼人事担当・御子柴泰成、五十五歳。


 人事、組織改革、コンプライアンスを統括する実務家。厳しい質問を投げかけるが、感情ではなく根拠を重視する公平な性格である。趣味はゴルフと落語鑑賞。


 人事担当役員・長谷部章一、五十四歳。


 人材配置や育成制度を長年担当し、行員の経歴だけでなく、現場での評価を細かく確認する。口数は多くないが、人を長期的に育てる視点を持つ。趣味はクラシック音楽とコーヒー豆の焙煎。


 取締役・榊原征司、五十二歳。


 法人部門とリスク管理部門の経験を持ち、案件の長所より先に弱点を見つける慎重な人物。ただし、若手の挑戦を頭から否定することはない。趣味は登山と写真撮影。


 全国地域銀行連携本部長・黒崎貴臣、五十一歳。


 地域銀行との交渉や共同事業を十年以上担当してきた。相手の立場を尊重する調整型で、地域銀行側からの信頼も厚い。趣味は郷土料理巡りで、全国各地の食文化に詳しい。


 地域銀行人材交流室長・篠宮孝臣、四十六歳。


 派遣制度と人材交流全体を統括する人物。派遣者本人の能力だけでなく、受入先の組織文化との相性を重視する。穏やかだが、人選には決して妥協しない。趣味は読書と温泉巡り。


 人事部からは、キャリア採用課長・白河芙美香、三十八歳も参加していた。


 創へ内定を伝え、三か月間の研修を見守った人物である。柔らかな雰囲気を持つが、採用と評価では私情を交えない。趣味は美術館巡りと紅茶で、休日には一人で企画展を訪れることが多い。


 そして、会議の中央には。


 青嶺中央銀行頭取・欧陽璟瑶、四十五歳。


 中国出身。青嶺FG副CEO、東アジア金融戦略統括も務める。冷静で判断が速く、日本語、中国語、英語を使いこなす。仕事では公平性と信用を何より重視する一方、私生活では意外に甘えたがりで、趣味は映画鑑賞、中国文学、料理。そして創と過ごす時間だった。


 だが、この会議室で彼女は創の恋人ではない。


 日本有数の巨大銀行を率いる頭取である。


 テーブルの資料には、十人の候補者が記載されていた。


 一人目は、法人営業第二部の神谷悠斗・二十八歳。


 大型法人営業経験があり、財務分析と顧客折衝力はともにA評価。冷静で責任感が強いが、慎重になりすぎる面もある。趣味はマラソン。


 二人目は、地域企業支援部の早川拓真・二十六歳。


 自治体連携と地方創生案件を経験し、地域適応力はA評価。初対面の相手ともすぐに打ち解ける明るい性格で、趣味はサイクリング。


 三人目は、中小企業金融部の杉原直人・二十九歳。


 前職も地域銀行で、法人融資経験は七年。審査基礎に優れた堅実な人物で、趣味は将棋。


 四人目は、事業承継支援部の小川美琴・二十七歳。


 後継者問題、相続、M&A初期相談を経験。相手の話を急かさずに聞ける性格で、対人調整力はA評価。趣味は料理と陶芸。


 五人目は、全国地域銀行連携本部の藤原健介・三十歳。


 すでに複数の地域銀行との共同案件を経験しており、調整力はA評価。社交的で判断も速い。趣味は旅行だが、今回の若手育成枠としては経験が豊富すぎる。


 六人目は、法人営業第二部の大庭颯太・二十四歳。


 法人営業二年目。行動力はA評価だが、財務分析はB評価。思い立つとすぐ動く積極的な性格で、趣味はバスケットボール。


 七人目は、地方創生金融部の長岡沙耶・二十五歳。


 自治体案件、観光支援、地域産業調査を経験。現地適応力はA評価。好奇心が強く、趣味は一人旅と御朱印集め。


 八人目は、海外法人営業部の瀬川航・二十七歳。


 英語力と外国為替の基礎に強く、将来の地方企業海外支援候補。論理的で物静かな性格。趣味は洋画鑑賞と英語圏の小説。


 九人目は、中小企業金融部の森川亮・二十六歳。


 融資案件、企業訪問、経営者面談を安定してこなす総合型。協調性が高く、趣味は野球観戦。


 そして十人目。


『宮嶋創 21歳』


『法人営業第一部・若手法人担当チーム』


『前職:東都共栄銀行・城東支店』


『銀行実務:約4年』


『キャリア採用研修評価:上位』


『確認力:A』


『コンプライアンス理解:A』


『顧客対応:A』


『財務分析:B+』


『法人営業経験:育成途上』


『環境適応力:A』


 璟瑶は資料にある創の名前を見た。


 昨夜、自宅で「彼女が頭取って大変だな」と笑っていた二十一歳の恋人。


 しかし、表情は一切変えない。


 御子柴専務が口を開いた。


「今回の派遣目的を改めて確認します」


 篠宮人材交流室長が答える。


「若手行員に、地域企業支援の現場を経験させることです。完成された専門家ではなく、地域銀行の方々から学びながら貢献できる人材を選びます」


 その基準に従い、候補者は絞られていった。


 藤原健介は、すでに地域銀行との連携経験が豊富であり、今回の育成枠を使う必要性が低い。


 神谷悠斗は優秀だが、現在担当している大型法人案件から外した場合の影響が大きい。


 大庭颯太は行動力に優れるものの、企業支援に必要な財務分析の基礎がまだ弱い。


 小川美琴は事業承継に強いが、第一陣の中心となる法人融資との適性がやや異なる。


 瀬川航の海外能力も魅力的だが、今回は国内の地域企業支援を学ぶことが目的だった。


 残ったのは五人。


 早川拓真。


 長岡沙耶。


 杉原直人。


 森川亮。


 宮嶋創。


「杉原君は適性だけなら非常に高い」


 長谷部が資料を見る。


「ただし、前職で地域銀行の現場をすでに経験している。今回の派遣による育成効果は、やや低くなります」


 杉原が外れ、残りは四人。


 早川は地方創生経験が強いが、現在進行中の自治体案件から外す影響が大きい。


 長岡は地域適応力が高いものの、別の観光再生案件への参加が内定している。


 森川は総合的に安定しているが、今回の派遣で特に伸ばすべき能力が明確ではない。


 そして。


「宮嶋君は最年少ですな」


 久世副頭取が資料へ目を落とす。


「二十一歳。ただし、銀行実務は約四年」


 白河が補足した。


「高校卒業後、東都共栄銀行・城東支店で預金、為替、諸届、後方事務、法人営業補助、後輩指導まで経験しています」


「確認力も高い」


 榊原が研修記録を確認する。


「実務演習では、振込金額の僅かな相違や、不自然な取引記録を発見していますね」


「一方で、法人営業経験は育成途上です」


 黒崎本部長が指摘する。


「それは弱点でしょう」


「しかし、今回の派遣目的を考えると、選定理由にもなります」


 篠宮人材交流室長が説明した。


「本店法人営業の方法が固まり切る前に、地域銀行の現場を経験できる。青嶺中央銀行のやり方だけが正解だと思い込む前に、異なる金融実務を学ばせられます」


 久世が頷いた。


「前職が別銀行だった点も大きいな」


 御子柴も同意する。


「異なる組織文化へ入り、適応した経験があります」


 水原香澄も、主任として会議へ同席していた。


「宮嶋さんは、自分の方法を他人へ押しつけるタイプではないと思います。研修中も、自分の得意分野以外では黒瀬颯真さんや水無瀬琴葉さんの意見を聞いていました」


「配属後は?」


「独断で進めず、桐生雅人チームリーダーや教育担当の相沢拓也さんへ相談していることが確認されています」


 この間。


 璟瑶は一度も、創を推薦しなかった。


「頭取はいかがですか?」


 久世から尋ねられる。


 創を選んでほしい。


 恋人としてなら、そう言いたかった。


 しかし、頭取として言ってはならない。


「今回の若手派遣について、私は個別候補者を推薦しません」


 璟瑶は静かに答えた。


「研修評価、配属後評価、現在の業務、派遣目的との適合性、受入地域銀行側の要望。それだけで判断してください」


「承知しました」


「私の意向を推測する必要もありません」


 恋人だから推さない。


 しかし、恋人だから落とすこともしない。


 宮嶋創という一人の行員として、公平に評価させる。


 それが璟瑶にできる唯一のことだった。


 十項目に及ぶ比較が続き、やがて御子柴専務が結論を口にした。


「第一陣の派遣者は、宮嶋創さんでいかがでしょう」


「異論ありません」


 久世副頭取が答える。


「私も賛成です」


 榊原取締役も頷いた。


「人事としても適任と判断します」


 長谷部人事担当役員が続く。


「全国地域銀行連携本部として、受入先との調整を進めます」


 黒崎本部長も同意した。


 最後に全員の視線が璟瑶へ向く。


「選定過程に問題はありませんね?」


「ありません」


「特定役員からの推薦は?」


「ありません」


「特別扱いは?」


「一切ありません」


「通常の評価基準による選定ですね?」


「はい」


 璟瑶は頷いた。


「では、正式な手続きを進めてください」


「承知しました」


 頭取として発したのは、それだけだった。


 しかし、心の中では。


(創。選ばれたのね)


 少しだけ嬉しかった。


 自分が何もしなかったからこそ、嬉しい。


 頭取の恋人だからではない。


 宮嶋創自身が積み重ねた評価によって、十人の中から選ばれたのだから。


◇◇◇


 午後六時。


 創は、自分が第一陣に決まったことをまだ知らなかった。


 エレベーターを待ちながら、候補者資料を見つめる。


「俺、本当に候補なんだな……」


「宮嶋さん」


 隣へ来た水原が尋ねた。


「今日一日、どうでした?」


「規模がおかしかったです」


「率直ですね」


「いい意味ですよ!」


「分かっています」


 二人は笑った。


 創は三十六階の日本地図を振り返る。


「四十七都道府県すべてに仲間がいる。その意味が、今日初めて分かった気がします」


「それならよかったです」


「もし派遣に選ばれたら、行ってみたいです。本店から資料を見るだけじゃなくて、その町へ行って、企業に会って、地域銀行の人たちと働いてみたい」


 水原は、もう決定しているとは言わなかった。


 正式通知前の人事情報だからだ。


「その気持ちを、覚えておいてください」


「はい」


 法人営業第一部へ戻ると、相沢が声をかけた。


「どうだった?」


「四十七都道府県すべてに、銀行の仲間がいました」


「それは知ってる」


「俺は今日、初めて実感したんです!」


 創は桐生と相沢へ、今日学んだことを話した。


 地域銀行は地域を知っている。


 青嶺中央銀行は規模と専門機能を持っている。


 どちらかが上に立つのではなく、互いに足りないものを補い合う。


「ちゃんと学んできたみたいだね」


 桐生が微笑む。


「それと、俺、地域銀行合同プロジェクトの候補者に入っていました」


「へえ」


「桐生さんが推薦したんですか?」


「私は候補を提出していないよ。人材交流室と人事が、これまでの評価から選んだんだろうね」


「十人から一人らしいです」


 相沢が笑う。


「なら十パーセントか」


「単純な抽選じゃないって言われました」


「ちゃんと学んでるな」


「そこじゃないです!」


 創も笑った。


 その時すでに、四十一階では第一陣派遣者として宮嶋創の名前が決定していた。


◇◇◇


 その夜。


 四十二階、頭取室。


 欧陽璟瑶は一人、窓の向こうに広がる東京の夜景を眺めていた。


 机の上には、処理済みとなった資料。


『地域銀行合同プロジェクト・第一陣派遣者』


『宮嶋創』


 璟瑶はスマートフォンを手に取った。


『今日もお疲れさま』


 ほどなく創から返信が届く。


『お疲れ。今日は36階から39階まで行ってきた』


 もちろん知っている。


 それでも。


『そうなの?』


 と返した。


『47都道府県全部に地域銀行の仲間がいた。知識では知ってたけど、実際に見ると規模がおかしい』


『失礼ね』


『褒めてる』


 璟瑶は小さく笑った。


『しかも俺、地域銀行合同プロジェクトの派遣候補に入ってた』


 指が止まる。


 結果は知っている。


 だが、正式通知前の人事情報を、恋人へ教えることはできない。


『そう』


『反応薄くない?』


『まだ候補なのでしょう?』


『うん。十人から一人』


『なら、選ばれるよう祈ってる』


『頭取の力は使わないでよ』


『使いません』


『知ってる』


 その短い言葉が、璟瑶には嬉しかった。


『もし選ばれたら、それは創自身の力だからね』


『その方がいい』


 やり取りを終えた璟瑶は、スマートフォンを伏せた。


「創」


 誰もいない頭取室で、小さく呟く。


「ちゃんと、自分の力で選ばれたわよ」


 それを本人へ伝えるのは自分ではない。


 人事部。


 全国地域銀行連携本部。


 法人営業第一部。


 正式なルートから伝えられる。


 それでいい。


 それが、二人の約束だった。


◇◇◇


 翌日、午前九時十五分。


「宮嶋君」


 桐生が創を呼んだ。


「はい」


「あとで会議室へ来てくれる?」


「何かありましたか?」


「人事部と全国地域銀行連携本部から連絡があった」


 創の動きが止まる。


「もしかして……」


「正式な話は会議室で」


「……はい」


 数十分後。


 会議室には、桐生雅人、相沢拓也、人事部の担当者、そして地域銀行人材交流室主任の水原香澄が待っていた。


「宮嶋さん」


「はい」


「地域銀行合同プロジェクトについて、正式にお話があります」


 創はまだ知らない。


 これが、自分にとって初めての地方出張となることを。


 そして、青嶺FGが全国四十七都道府県に築いた金融ネットワークの中へ、自分自身が飛び込んでいく始まりになることを。



最後までお読みいただき、ありがとうございました。


今回は、青嶺中央銀行本店36階から39階に広がる「全国地域銀行ネットワーク」が本格的に登場しました。


創にとって、これまでは知識として知っていただけだった四十七都道府県の地域銀行。


しかし今回、実際の会議へ参加したことで、その仕組みが単なる「系列銀行の一覧」ではないことを理解します。


地域銀行は、地元企業や住民、自治体、産業を深く知っている。


一方、青嶺中央銀行は、


資金。

システム。

人材。

海外金融。

外国為替。

M&A。

事業承継。

デジタル金融。

大規模融資。


といった巨大銀行ならではの機能を持っている。


どちらかが一方的に支えるのではなく、互いの強みを持ち寄って地域企業を支える。


その関係を知った創が、


「四十七都道府県全部に仲間がいる」


と感じたところは、今後の全国編へつながる大切な部分になりました。


そして後半では、地域銀行合同プロジェクトの若手派遣候補者選定会議も描きました。


候補者は十名。


経験豊富な行員。

地方創生に強い行員。

融資に強い行員。

海外業務に強い行員。


その中で創が評価されたのは、恋人が頭取だからではありません。


十八歳から約四年間積み重ねてきた支店実務。

キャリア採用研修での評価。

確認力。

顧客対応。

コンプライアンス意識。

環境への適応力。

そして二十一歳という若さと伸びしろ。


璟瑶自身も、


「私は個別候補者を推薦しません」


とはっきり線を引きました。


推さない。

落とさない。

ただ一人の行員として、公平に評価させる。


その結果、十名の中から第一陣として選ばれたのは――宮嶋創。


しかし本人はまだ、その正式な結果を知りません。


次回、第20話。


いよいよ人事と全国地域銀行連携本部から、創へ正式通知。


「頭取の彼氏」としてではなく、「青嶺中央銀行の行員」として、初めて地域へ向かいます。


四十七都道府県を巡る新しい物語の、本当の入口です。


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