第16話「社員食堂で頭取と相席!?――家でも地下五階でも一緒に食べてますけど」
第16話です。
今回は、地下五階の秘密基地で初めて朝を迎えた創と璟瑶が、再び「頭取」と「行員」に戻って一日を始めます。
そして昼休み。
創・黒瀬・琴葉の同期三人が21階の社員食堂で食事をしているところへ、まさかの璟瑶、久世副頭取、御子柴専務、長谷部人事担当役員たちが登場。
しかも璟瑶は、わざわざ黒瀬に席を譲ってもらい、創の隣へ。
昨日は地下五階で一緒に映画を見て、同じ場所で朝を迎えた恋人。
けれど周囲から見れば、ただの「頭取」と「若手行員」です。
そんな二人が、テーブルの下でこっそり恋人繋ぎまでしてしまい――。
黒瀬と琴葉に見つかりそうになっては離し、また食事が始まれば繋ぐ。
誰にも知られてはいけない二十四歳差の恋人同士による、少し危険な社員食堂ラブコメをお楽しみください。
午前六時十五分。
青嶺中央銀行本店の地下五階。
完成したばかりの秘密基地で、宮嶋創と欧陽璟瑶は初めての朝を迎えていた。
「創、あと五分だけ」
「さっきも五分って言っただろ」
「なら三分」
「減らせばいいわけじゃないから」
璟瑶は、まだ創の腕へ抱きついたままだった。
「もう一回だけ抱き締めて」
「昨日から何回抱き締めたと思ってるの?」
「数えてないから、もう一回」
創は呆れながらも、璟瑶の背中へ腕を回した。
「満足?」
「少しだけ」
「仕事へ行きますよ、頭取」
「ここでは頭取じゃない」
「じゃあ起きて、璟瑶」
「……はい」
二人は着替えを済ませ、秘密基地を出る前に昨日決めたルールを確認した。
扉の外では頭取と行員。
勤務中の私用連絡は禁止。
一緒に出ず、時間をずらす。
「全部正解ね」
「自分たちで決めたルールだけどね」
璟瑶は扉を開ける直前、創の袖を掴んだ。
「最後に、朝の分」
「一回だけだよ」
「うん」
「んっ……」
短く唇を重ねる。
離れた瞬間、璟瑶の表情が恋人から頭取へ変わった。
「それでは宮嶋さん。本日も業務に励んでください」
創も姿勢を正す。
「承知しました、頭取」
二人は十数分の間隔を空けて地下五階を出た。
◇◇◇
午前八時二十分。
創は何事もなかった顔で、法人営業第一部へ出勤した。
「昨日の面談記録、修正版を見たぞ」
教育担当の相沢拓也が声をかける。
「どうでしたか?」
「企業側の発言と、宮嶋自身の所感を分けて書いた方がいい。午前中に直してくれ」
「分かりました」
午前中は、相沢と既存取引先のオンライン面談へ参加した。
「設備の納期が三か月遅れるのであれば、融資実行時期も再調整が必要になる可能性があります。詳細は担当の相沢からご案内します」
面談後、相沢が頷いた。
「今の確認はよかった。自分に決裁権がないことを理解して、断定しなかったのも正解だ」
「勝手な回答はできませんから」
「若手ほど、すぐ答えなければと焦りやすい。分からないことを勝手に答えないのも、銀行員の仕事だ」
創は少しずつ、法人営業担当者として成長していた。
◇◇◇
正午、同期三人は二十一階の社員食堂へ集まった。
創は日替わり定食、黒瀬颯真は唐揚げ定食、水無瀬琴葉は焼き魚定食を選ぶ。
「黒瀬、毎回がっつりしたもの食べてない?」
「午後も働くからな」
「俺たちも働くよ」
「宮嶋は若いんだから、もっと食べろ」
「また年齢で決める!」
食堂は混雑しており、三人は大テーブルの端へ並んで座った。
左から琴葉、創、黒瀬。
配属後の仕事について話しながら食事を始める。
「三人とも別部署になったけど、昼は一緒に食べられるな」
「同期だからですね」
「その言葉、本当に便利だな」
そのとき、食堂入口付近の空気が変わった。
欧陽璟瑶が、久世副頭取、御子柴専務、長谷部人事担当役員、榊原取締役、二人の秘書とともに入ってきた。
「役員が全員揃って社員食堂なんて珍しいですね」
琴葉が驚く。
創も璟瑶を見つめた。
今朝まで地下五階で自分の腕へ抱きつき、キスまで交わした女性が、今は完全な頭取の顔で歩いている。
(切り替えが完璧すぎる……)
◇◇◇
食堂が混雑していたため、役員たちは創たちと同じ大テーブルへ座ることになった。
そこで璟瑶が黒瀬へ声をかける。
「黒瀬さん。差し支えなければ、宮嶋さんの隣へ座らせていただけますか?」
「はい! もちろんです!」
黒瀬が一席移動した。
左から琴葉、創、璟瑶、黒瀬。
向かい側には、副頭取や専務たちが座る。
(何をしてるんだよ、璟瑶……!)
創は心の中で叫んだ。
「宮嶋、お前、頭取の隣なんてすごいな」
「俺が選んだわけじゃない!」
少し声が大きくなる。
「宮嶋さん。食堂内では、もう少し静かにしてください」
「……申し訳ありません」
周囲から小さな笑いが起きた。
「若いですね」
「まだ二十一歳ですからな」
御子柴と久世にまで年齢を話題にされ、黒瀬と琴葉は笑いを堪えていた。
◇◇◇
食事が始まると、二人の肩が僅かに触れた。
それだけで創の身体が固くなる。
さらにテーブルの下で、璟瑶の左手が創の右手へ触れた。
「……!」
創が横を見る。
璟瑶は何食わぬ顔で副頭取の話を聞いている。
しかし、その指は創の指の間へ入り、しっかりと恋人繋ぎをした。
(ちょっと待って! ここ社員食堂だぞ!)
創は右手を使えず、箸を止めるしかない。
「宮嶋君。また箸が止まっています」
琴葉が気づいた。
「ちょっと考え事をしてただけです」
「食えよ」
黒瀬にも言われ、創が手を離そうとする。しかし璟瑶は、さらに強く握ってきた。
飲み物を取るときだけ手を離し、置けば再び指を絡める。
創は隙を見て急いで食べるしかなかった。
「宮嶋、右手どうした?」
「何でもない!」
「怪我したのか?」
「してないって!」
黒瀬がテーブルの下を見ようとした瞬間、二人は同時に手を離した。
「……何もないな」
「だから言っただろ!」
頭取本人は涼しい顔で尋ねる。
「何のお話ですか?」
「何でもありません、頭取!」
「声が大きいですね」
「すみません!」
創は再び周囲から笑われた。
◇◇◇
久世副頭取が創へ話しかけた。
「法人営業第一部へ配属されたそうですね。業務はいかがですか?」
「まだ学ぶことばかりですが、先輩方に教えていただき、企業訪問や財務分析を経験しています」
「法人営業は数字だけでなく、企業を見る仕事です。焦らず経験を積みなさい」
「ありがとうございます」
御子柴専務からも、研修中に評価された丁寧な確認を続けるよう助言された。
璟瑶は何も口を挟まない。
配属にも研修評価にも介入せず、今も一人の頭取として座っている。
「宮嶋さん。配属後の業務はいかがですか?」
「順調です、頭取!」
「……声が大きいですね」
また注意される創を見て、黒瀬が余計なことを言った。
「宮嶋は、頭取の前だといつもこうなんです」
「そうなのですか?」
璟瑶が創を見た。
「私が怖いですか?」
「違います!」
即答が早すぎた。
「ほら、反応がおかしい」
「確かに」
「二人ともやめて!」
璟瑶は笑いそうになるのを必死で堪えていた。
昨夜一緒に映画を観て、同じ地下五階で朝を迎えた恋人へ「私が怖いですか」と尋ねている。
この場で真相を知るのは、二人だけだった。
◇◇◇
役員たちが黒瀬や琴葉と話し始めた隙に、璟瑶は再びテーブルの下で創の手を握った。
(また!?)
創が指先で離すよう伝えても、璟瑶は握る力を強める。
今度は創も諦め、自分から指を絡ませた。
二人の視線が一瞬だけ重なる。
銀行では頭取と行員。
しかしテーブルの下だけは、創と璟瑶だった。
その様子を知らない琴葉が、創の顔を見た。
「宮嶋君、顔が赤いですよ」
「社員食堂が暑いんじゃないですか?」
「私は普通だけどな」
「人による!」
璟瑶も平然と口を挟む。
「体調が悪いのであれば、地下二階の健康管理センターを利用してください」
「大丈夫です、頭取!」
(あなたが原因だろ!)
もちろん、そう言えるはずがない。
だが琴葉は、少し考えるように創を見つめていた。
「宮嶋君は、頭取に対して緊張しているというより……意識しすぎているように見えます」
創の心臓が跳ねた。
テーブルの下で、璟瑶の手にも力が入る。
「頭取が最終面接官だったからです!」
「反応が速いですね」
「本当にそれだけです!」
黒瀬は笑いながら、頭取を目の前にすれば緊張するのも当然だと助け舟を出した。
琴葉も、それ以上は追及しなかった。
しかし創は、彼女の観察力に注意しなければならないと感じた。
◇◇◇
食事を終えた璟瑶は、三人へ告げた。
「配属先が違っても、同期のつながりは大切にしてください。ただし、業務上共有してはいけない情報まで話さないように」
「はい」
先ほどまでテーブルの下で創と恋人繋ぎをしていたとは思えない、完全な頭取の表情だった。
役員たちが去ると、黒瀬が大きく息を吐いた。
「頭取、副頭取、専務たちと同じテーブルで昼飯なんて疲れたな」
「確かに緊張しました」
琴葉も同意する。
「でも頭取は、宮嶋君のことを少し気にかけていましたね」
「配属後の三人を確認していただけだよ」
「確かに、それが自然ですね」
創は何とか誤魔化し、二人と別れて法人営業第一部へ戻った。
一人になったエレベーターで、自分の右手を見る。
「何やってるんだよ、俺たち……」
◇◇◇
四十二階の頭取室へ戻った璟瑶も、秘書たちが退出したあと、自分の左手を見つめていた。
「創ったら、あんなに顔を赤くして……」
もし黒瀬や琴葉が、あと少し早くテーブルの下を見ていれば、二人の関係は知られていたかもしれない。
「次はやめよう……たぶん」
頭取である自分にも、まったく自信はなかった。
◇◇◇
夕方、業務を終えた創のもとへ、璟瑶からメッセージが届いた。
『今日、地下五階へ来る?』
『今日は帰る』
『どうして?』
『昨日泊まったから』
『今日は泊まらなくていいわ。反省会をするの』
『社員食堂で手を繋いだ件?』
『そう。でも反省する前に、少しだけ抱き締めたい』
「それ、反省会じゃないだろ……」
創が返信すると、すぐに返事が届いた。
『恋人会』
創は思わず笑った。
銀行では頭取と行員。
地下五階では、創と璟瑶。
危険で面倒だが、二人には楽しい秘密の日々だった。
しかし創は、まだ気づいていなかった。
水無瀬琴葉の胸に生まれた、小さな違和感に。
『宮嶋君は、本当に頭取へ緊張しているだけなのだろうか』
まだ疑いと呼べるほどではない。
それでも、完璧に隠してきた二人の関係へ、初めて誰かの意識が向き始めていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、21階の社員食堂を舞台にしたラブコメ回となりました。
創・黒瀬・琴葉がいつものように同期三人で昼食を取っていたところへ現れた、青嶺中央銀行の役員陣。
そして何より驚きだったのは、璟瑶自身が黒瀬へ、
「宮嶋さんの隣へ座らせていただいてもよろしいですか?」
とお願いし、本当に創の隣へ座ってしまったこと。
表向きは、
「宮嶋さん」
「頭取」
としか呼び合わない二人。
しかしテーブルの下では、誰にも見えないようにしっかり恋人繋ぎ。
飲み物を取る時には離し、黒瀬や琴葉が覗こうとすれば即座に離し、安心したらまた繋ぐ。
かなり危険なことをしているのに、頭取本人が一番楽しんでいるようにも見えました。
創としては、
「昨日、地下五階で一緒に映画を見ていた人なんだけど」
「家では普通に隣でご飯を食べているんだけど」
と思いながら、必死に普通の若手行員を演じています。
そして今回、少し気になるのが琴葉。
まだ二人の秘密に気づいたわけではありません。
ただ、
「宮嶋君、本当にただ緊張してるだけなのかな」
という、ほんの小さな違和感を抱き始めました。
一方で、璟瑶本人も社員食堂での恋人繋ぎについて、
「次はやめよう」
と思いながら、
「……たぶん」
と付け加えてしまうあたり、今後も完全には自制できなさそうです。
次回からは、創が法人営業第一部で本格的な法人案件へ挑戦していきます。
若手銀行員・宮嶋創が、初めて自分の力で企業と向き合うことになる重要な仕事回へ進みます。




