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第15話「頭取と行員、銀行の地下に二人だけの秘密基地を作りました」


第15話です。


前回、青嶺中央銀行本店の地下五階にある使われていない区画を見つけた創と璟瑶。


今回は、その場所を本当に「二人だけの秘密基地」へ変えていきます。


ソファ。

テレビ。

冷蔵庫。

簡易キッチン。

本棚。

そして二人分のマグカップ。


普段は何万人もの行員を率いる頭取なのに、家具選びになると誰よりも楽しそうな璟瑶。


「ソファは大きい方がいい」

「一緒に映画を見たい」

「一緒に寝たい」


と、恋人としての本音もどんどん出てきます。


もちろん銀行の経費を私的に使うことはせず、仕事と恋愛の線引きはしっかり守る二人。


そして完成した秘密基地で映画を見ていたはずが――。


なぜか、そのまま二人で翌朝を迎えることに。


銀行では「頭取」と「行員」。

地下五階では「璟瑶」と「創」。


二人だけの新しい居場所が完成する回をお楽しみください。



 青嶺中央銀行本店、地下五階。


 六桁の暗証番号は「452114」。


 その番号を知っているのは、欧陽璟瑶と宮嶋創の二人だけだった。


 銀行内では「宮嶋さん」と「頭取」。


 抱き締めることも、手を繋ぐことも、キスすることもできない。


 だから璟瑶は、使われていない地下区画を、二人が仕事のあとに恋人へ戻れる秘密基地にしようと考えた。


◇◇◇


 翌日の業務終了後、創が再び地下五階へ行くと、璟瑶はすでにタブレットで家具を選んでいた。


「昨日の今日なのに、もう選んでるの?」


「一晩あれば十分よ。まずソファ、テーブル、テレビ、冷蔵庫、簡易キッチン、本棚」


「本気だ……」


「それから二人分の食器とマグカップ」


「マグカップは絶対なんだね」


「創と一緒にコーヒーを飲みたいから」


「家でも飲めるだろ?」


「銀行でも飲みたいの」


「ここも銀行だけどね」


 さらに璟瑶は、二人で横になれる場所も欲しいと言い出した。


「だから、ここは銀行だって!」


「地下五階よ」


「その言葉は免罪符じゃないから!」


 創は、この区画を私物化して問題にならないかと確認した。


「建物は銀行の施設だから、設備変更や安全管理に必要な手続きは守るわ。私的な家具や備品は、銀行経費を使わず私費で用意する」


「コンプライアンス意識だけ妙に高い秘密基地だな」


「当然でしょう?」


「そもそも秘密基地を作っていいのかが、一番大切なんだけど」


「そこは、これから確認するわ」


「そこを最初に確認して!」


 創が突っ込むと、璟瑶は少し視線を伏せた。


「でも、創と二人でいられる場所が欲しいの」


「……それを言われると弱いな」


「でしょう?」


 自分の言葉が創に効くと分かっている璟瑶は、楽しそうに笑った。


◇◇◇


 勤務中、二人はそれぞれの仕事に集中した。


 創は法人営業第一部で、企業訪問、財務分析、面談記録の作成に取り組む。


 璟瑶は頭取として、経営会議や役員会、全国地域銀行との連携、中国・東アジア事業を動かしていた。


 しかし業務が終わり、人目を避けて地下五階へ入ると――。


「お疲れさま、創」


「お疲れ、璟瑶」


 二人の距離は一気に縮まった。


 床へ図面を広げ、ソファやテレビ、冷蔵庫、本棚などの配置を考える。


「創は何を置きたい?」


「財務分析や銀行実務の本かな」


「真面目ね。遊ぶものは?」


「ゲームや映画とか」


「映画は絶対に観たい」


「そんなに?」


「創と一緒に観たいの。秘密基地だから」


「四十五歳の頭取が言うと、かわいいな」


「……もう一回言って」


「調子に乗るから嫌」


「創」


「はいはい。かわいいです」


「よろしい」


 璟瑶が選んだソファは、二人で使うには大きすぎるものだった。


「どうしてこんなに大きいの?」


「こうやって、くっついて映画を観るから」


 璟瑶は実演するように創の腕へ身体を寄せ、その肩へ頭を預けた。


「今、実演する必要ある?」


「分かりやすいでしょう?」


「まあね」


 問題は、休憩用のベッドだった。


「創と一緒に寝たいの」


「直球すぎるって!」


「夜遅くなったときに、普通に休むだけよ」


「それならソファでいいだろ?」


「たまには、ここで一緒に朝を迎えたいの」


 話し合いの結果、大きなベッドは却下。代わりにリクライニングスペースと、二人でも横になれる折り畳み式のデイベッドを置くことになった。


「二人で使えるわね」


「最初から、それが目的だったんだろ?」


「ばれた?」


「全部分かってるよ」


◇◇◇


 数日後。


 何もなかった空き部屋は、大きく姿を変えていた。


 大きめのソファと低いテーブル、大型テレビ、本棚、小型冷蔵庫、簡易キッチン、電子レンジ、コーヒーメーカー。


 棚には二人分の食器と、創用、璟瑶用のマグカップが並んでいる。


 収納には『創』『璟瑶』というラベルまで貼られ、部屋着やタオル、歯ブラシ、充電器などが用意されていた。


「普通に生活できそうだな」


「最低限よ」


「最低限の基準が頭取なんだよ」


 冷蔵庫には水やお茶、コーヒー、ジュース、そして璟瑶のプリンまで入っている。


「これ、食べたら怒る?」


「怒るわ。名前を書いておく」


「二人しかいないのに?」


「確認は大切でしょう?」


「俺の得意分野を、変なところで使わないで」


 部屋の奥には、二人分の毛布と枕を備えた休憩スペースがあった。


 それを見た創が苦笑する。


「本当に楽しそうだね」


「銀行の中では、私はずっと頭取でいなければならないから」


 璟瑶は創の前へ歩み寄り、その胸元へ指先で触れた。


「創の前でも、銀行にいる限りは頭取。でも、ここだけは頭取でなくていいでしょう?」


 創は璟瑶の手を取った。


「ここでは、ただの璟瑶だよ」


「もう一回呼んで」


「璟瑶」


「もう一回」


「璟瑶」


「……嬉しい」


 創も銀行では一日中、彼女の名前を呼べない。


 だからこそ、この場所で呼び合う名前は特別だった。


◇◇◇


 二人は、この場所へ顧客情報や案件資料を持ち込まず、勤務時間中には使わないと決めた。


 完成祝いとして二つのマグカップにコーヒーを淹れ、ソファへ並んで座る。


「数時間前まで『頭取』と呼んでいた人が、今は隣にいる。変な感じだな」


「今は?」


「璟瑶」


「よろしい」


 璟瑶は創の腕へ抱きついた。


「これがしたくて作ったんだろ?」


「まだ映画を観てないわ」


 二人は照明を落とし、恋愛映画を観始めた。


 十分後には璟瑶が創の肩へ頭を乗せ、二十分後には腕を絡め、いつの間にか胸元へ寄りかかっていた。


「映画、本当に観てる?」


「観てるわよ」


「俺の方が見られてる気がする」


「気のせい」


 映画の中で主人公たちがキスをすると、璟瑶が創を見つめた。


「映画ではキスしてる」


「だから?」


「私たちも、完成記念に」


「何でも記念にするね」


「嫌?」


「嫌じゃない」


 璟瑶は創へ顔を近づけた。


「んっ……」


 唇がゆっくりと重なる。


 一度離れたあとも、璟瑶は創から離れない。


「んっ……ん……」


 二度目は先ほどより長く、濃厚なキスだった。


 映画の音声だけが流れる部屋で、創は璟瑶の腰を抱き寄せる。ようやく唇を離したときには、大切な場面が終わっていた。


「映画、見逃したんじゃない?」


「あ……」


「何のために観てるんだよ」


「創が隣にいるから仕方ないでしょう?」


「俺のせい?」


 二人は笑いながら映画を最後まで観た。


◇◇◇


 映画が終わったのは午後十一時過ぎだった。


「今日は、ここで寝ない?」


 璟瑶が休憩スペースを見ながら尋ねる。


「まだ帰れるよ」


「完成した最初の日くらい、ここで朝を迎えてみたいの」


 部屋着、歯ブラシ、毛布、枕。


 必要なものは最初から揃っている。


「最初から泊まるつもりだった?」


「半分くらいは」


「半分は思ってたんだ……」


「駄目?」


 創はため息をつきながらも頷いた。


「今日だけだからね。ただし明日は通常どおり出勤。一緒には出ない。時間もずらす」


「もちろん。ここを出たら、頭取と宮嶋さん」


「ここでは?」


「創と璟瑶」


「それならいいよ」


 結局、二つあるデイベッドの一つへ、二人分の毛布を持ち込んだ。


「別々に寝るんじゃなかった?」


「創、寒いわ」


「空調は効いてるけど」


「心が寒いの」


「絶対、その台詞を言いたかっただけだろ?」


「隣へ行ってもいい?」


「最初からそのつもりだったくせに」


 少し狭いデイベッドへ並んで横になり、璟瑶は創の腕へ抱きついた。


「秘密基地、作ってよかった?」


「思ったより楽しいよ」


「でしょう?」


「でも、銀行の地下で寝ることになるとは思わなかった」


「提案した私も、少し不思議な感じがするわ」


 二人は顔を見合わせて笑った。


「おやすみ、創」


「おやすみ、璟瑶」


「最後に一回だけ、キスしてもいい?」


「一回だけね」


「んっ……」


 短い口づけを交わし、二人は寄り添ったまま目を閉じた。


 青嶺中央銀行本店の地下最深部。


 そこには、ソファ、テレビ、冷蔵庫、本棚、二つのマグカップ、そして二人の寝息があった。


 銀行では頭取と行員。


 この場所では創と璟瑶。


 二人だけの秘密基地が、ついに完成した。


◇◇◇


 翌朝、午前六時。


 最初に目を覚ましたのは創だった。


 一瞬、どこにいるのか分からなかったが、自分の腕を抱き枕のようにして眠る璟瑶を見て、昨夜のことを思い出す。


「……頭取」


 反応はない。


「璟瑶」


「……ん……」


 名前で呼ぶと、璟瑶が僅かに反応した。


「銀行の中なのに、完全に恋人だな」


 やがて璟瑶が目を開ける。


「……創?」


「おはよう」


「おはよう……」


 周囲を見回し、ようやく自分たちが地下五階にいることを思い出した璟瑶は、毛布へ顔を隠した。


「私たち、本当に銀行で朝を迎えたのね……」


「今さら恥ずかしがるの?」


「少しだけ」


「提案したのは璟瑶だろ?」


「あと五分、このままでいたい」


「駄目。頭取が遅刻したら大変だよ」


「三分」


「起きてください、頭取」


「ここでは頭取じゃない」


「じゃあ起きて、璟瑶」


「……はい」


 二人は秘密基地で、初めての朝の準備を始めた。


 ただし扉を出た瞬間から、再び「宮嶋さん」と「頭取」へ戻らなければならない。


 果たして二人は、何事もなかったようにいつもの顔へ切り替えられるのか。


 地下五階で迎えた最初の朝は、二人が想像していた以上に危なっかしく始まろうとしていた。



最後までお読みいただき、ありがとうございました。


今回はついに、青嶺中央銀行本店地下五階の秘密基地が完成しました。


何もなかった空き区画に、


ソファ。

テーブル。

テレビ。

小型冷蔵庫。

簡易キッチン。

本棚。

休憩スペース。

二人分のマグカップ。

それぞれの私物スペース。


が加わり、少しずつ「創と璟瑶の場所」へ変わっていきました。


特に今回、普段の頭取からは想像できないほど秘密基地作りを楽しむ璟瑶の姿も見どころだったと思います。


仕事中は誰よりも厳しく公私を分ける。


けれど仕事が終わって地下五階へ来れば、


「創」

「璟瑶」


と呼び合える。


二人にとって、この秘密基地は単なる休憩場所ではなく、「頭取と行員」から「恋人同士」へ戻るための特別な場所になりました。


そして完成初日。


映画を一本見るだけのつもりが、気づけば午後十一時過ぎ。


最後にはまさかの、


「今日、ここで寝ない?」


という璟瑶の提案によって、二人は銀行の地下で一夜を過ごすことに。


翌朝、創の腕を抱き枕のようにして眠っていた璟瑶。


しかし地下五階を出れば、また二人は「頭取」と「宮嶋さん」に戻らなければなりません。


次回、第16話。


秘密基地で初めて迎えた朝から始まり、二人は何事もなかったようにそれぞれの職場へ。


さらに21階の社員食堂では、創・黒瀬・琴葉のすぐ近くに璟瑶たち役員陣が現れることになり――。


誰にもバレてはいけない社内ラブコメは、さらに危険になっていきます。


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