第13話「三か月後の配属発表――頭取の彼氏ですが、自分の力で法人営業へ行きます」
第13話です。
約三か月にわたるキャリア採用者研修が終わり、ついに創・黒瀬・琴葉の正式配属が発表されます。
法人営業第一部へ向かう創。
中小企業金融部へ進む黒瀬。
個人営業企画部へ配属される琴葉。
三人は別々の部署へ進むことになりますが、ここまで一緒に研修を受けてきた「同期」としての関係は、これからも続いていきます。
そして今回の大きなポイントは、創の配属に璟瑶が一切関与していないこと。
頭取の恋人だからではなく、東都共栄銀行で積み重ねた約四年間の経験と、この三か月の研修評価によって掴んだ法人営業への道です。
後半では創の両親からの電話も。
そのすぐ隣には、まさかの青嶺中央銀行頭取が――。
仕事では徹底して公平。
家では二十四歳差の恋人。
そんな二人のラブコメと、創の新たな銀行員人生をお楽しみください。
青嶺中央銀行へ入行してから約三か月。
宮嶋創、黒瀬颯真、水無瀬琴葉は、預金、為替、法人融資、資産運用、財務分析、コンプライアンス、外国為替、事業承継など、数多くの研修を受けてきた。
創は東都共栄銀行で身につけた支店実務と確認する力。
黒瀬は京浜栄信銀行で培った法人融資の経験。
琴葉は日栄未来銀行で学んだ資産運用、相続、資産承継の知識。
三人はそれぞれ異なる強みを発揮してきた。
そして今日、ついに正式配属が発表される。
「この三か月間、お疲れさまでした」
人事部キャリア採用課長・白河芙美香が、三人を見渡した。
「本日の配属決定をもって、皆さんは人事部付研修員から、それぞれの正式所属へ異動します」
最初に呼ばれたのは琴葉だった。
「水無瀬琴葉さん。個人営業企画部です」
「承知いたしました」
「資産運用、相続、資産承継の経験と研修評価を総合した結果です。ただし、前職の商品知識をそのまま持ち込まず、青嶺中央銀行の個人営業全体を学んでください」
「はい」
続いて黒瀬。
「黒瀬颯真さん。中小企業金融部です」
「承知しました」
「法人融資の即戦力として期待しています。今後は、より大規模な案件や地域銀行との共同案件も経験する可能性があります」
「ぜひ挑戦したいです」
そして白河の視線が創へ向いた。
「宮嶋創さん」
「はい」
「法人営業第一部・若手法人担当チームです」
「……法人営業」
創は目を見開いたあと、深く頭を下げた。
「承知しました。ありがとうございます」
東都共栄銀行では法人営業資料の作成や訪問同行を経験したが、自分が主体となって企業と向き合った経験は少ない。
だからこそ、配属面談でも法人営業を希望していた。
「宮嶋さんを、完成された法人営業担当者として配属するわけではありません」
「はい」
「これまでの支店経験を土台に、青嶺中央銀行で本格的に法人金融を学んでもらいます」
企業を見るためには、決算書だけではなく、事業内容、経営者、従業員、取引先、設備投資、資金繰り、将来計画まで理解する必要がある。
「研修中に見せた慎重な確認姿勢と顧客対応経験、分からないことを曖昧にしない姿勢を評価しました」
「ありがとうございます」
創の胸に、三谷主任から教わった言葉が蘇る。
『九十九回正しくても、一度の間違いで信用を失うことがある』
東都共栄銀行で過ごした約四年間は、この巨大銀行でも自分の力になっていた。
「なお、三名の配属は、人事部、研修担当部署、受入部署の評価と人員計画に基づいて決定しました。特定の役員から、個別の配属指示は受けていません」
白河に特別な意図はなかった。
しかし創にとって、その言葉は重要だった。
頭取であり恋人でもある欧陽璟瑶は、配属に介入していない。
創自身の経験と研修評価、適性によって勝ち取った配属だった。
◇◇◇
説明が終わり、白河が退室すると、黒瀬が大きく息を吐いた。
「三人一緒の研修も終わりか」
「別々になると、少し寂しいですね」
「宮嶋、やっぱり寂しいんだろ?」
「少しだけです」
「同じ本店勤務ですし、社内チャットもあります」
琴葉は冷静だった。
「時間が合えば、社員食堂で一緒に食べましょう」
「琴葉さんが一番現実的ですね」
三人は笑い合った。
「宮嶋。法人営業で分からないことがあれば、一般論なら相談に乗るぞ」
「ありがとうございます、黒瀬さん」
「急に『さん』をつけるな。距離を感じるだろ」
「自分で年上だと言ったじゃないですか」
「同期なんだから、そのままでいい」
「便利ですね、同期って」
琴葉も微笑む。
「資産運用なら、私も一般的な相談には乗れます。その代わり、事務確認は宮嶋君に聞きます」
「まだ確認担当なんですか?」
「適材適所です」
三か月の間に、二人はただ同じ日に入行した人ではなく、本当の同期になっていた。
黒瀬は中小企業金融部。
琴葉は個人営業企画部。
そして創は法人営業第一部。
三人は、それぞれの強みを活かす新しい道へ進む。
◇◇◇
その夜、創の一LDKの部屋。
「ただいま」
「おかえり、璟瑶」
銀行では頭取と若手行員。
しかし、この部屋に入れば二人は恋人へ戻る。
創の隣へ座った璟瑶が尋ねた。
「今日、正式配属が発表されたでしょう?」
「法人営業第一部・若手法人担当チームだった」
「ええ」
「本当に俺の配属へ口を出してない?」
「していないわ」
「本当に?」
「創」
「はい」
「採用にも、研修評価にも、今回の配属にも関与していません。これからの評価、昇進、異動にも不自然な介入はしないわ」
「分かってる。でも、頭取が彼女なんて普通じゃないから、少し気になったんだ」
「それが創と銀行のためだからよ」
「ありがとう」
璟瑶は表情を柔らかくした。
「でも、どこへ配属されるのかは、ものすごく気になっていた」
「そこは気になったんだ?」
「恋人ですから。法人営業第一部と聞いたときは、大変そうだと思ったわ」
「頭取ではなく、普通の彼女みたいな感想だね」
「今は普通の彼女よ」
創が冗談を言う。
「それなら、頭取室直属にしてくれても――」
「却下」
「まだ最後まで言ってない!」
「恋人を頭取直属へ置いたら、どう見えると思う?」
「ものすごく怪しい」
「でしょう? 創は法人営業を自分の力で頑張りなさい」
「はい、頭取」
「今は頭取ではありません」
「注文が多いな」
笑いながら、二人の距離が自然に縮まった。
璟瑶が創の肩へ腕を回し、創も彼女の腰を抱き寄せる。
そのとき、創のスマートフォンが鳴った。
◇◇◇
「父さんからだ」
創が電話に出ると、父・宮嶋和久から新しい職場について尋ねられた。
その途中、璟瑶は悪戯っぽく笑い、創をソファへ押すようにして、その上へそっと跨った。
「……っ」
『創、どうした?』
「何でもない!」
璟瑶は声を出さず、創の胸元へ抱きついた。
『今日、正式配属が決まったんだろ?』
「うん。法人営業第一部の若手法人担当チーム」
『十八歳で東都共栄銀行へ入った頃は、窓口業務も分からないと言っていたのにな』
「最初は何も分からなかったからね」
『三谷さんから確認を教えてもらったんだろ?』
「うん。青嶺でも、それが評価されたよ」
『前の銀行で働いた四年間は、無駄ではなかったな』
「全然無駄じゃなかった」
璟瑶は創の胸へ抱きついたまま、父と話す彼の声を静かに聞いていた。
やがて母・宮嶋恵美子へ電話が代わる。
『ちゃんとご飯を食べてる?』
「食べてるよ。たまには作ってる」
実際には璟瑶が作る日もあったが、それを話せば誰と食事をしているのか追及される。
『彼女とはどうなの?』
創の手が止まり、璟瑶も顔を上げた。
「仲良くしてるよ」
『ちゃんと大切にしてる?』
創は目の前の璟瑶を見つめた。
「大切にしてるよ」
璟瑶の目元が嬉しそうに柔らかくなる。
『いつか紹介しなさい。年上なの? 日本人?』
「それは、また今度」
『ますます怪しいじゃない』
「めちゃくちゃちゃんとした人だから」
笑いを堪える璟瑶の頭を、創は優しく撫でた。
『仕事も恋愛も無理しないのよ』
「分かってる。また連絡するよ」
◇◇◇
通話を終えると、璟瑶が創を見つめた。
「私、変な人?」
「母さんが勝手に心配してるだけだよ」
「私は、ちゃんとした恋人?」
「頭取なんだから、ちゃんとしすぎなくらいだよ」
「そういう意味ではなくて」
「俺にとって、大切な恋人」
璟瑶は満足そうに微笑んだ。
「それから、電話中ずっとキスしたかった」
「分かってたよ。顔が近かったから」
「でも、ご両親に気づかれそうだったから我慢したの」
「偉いね」
「子ども扱いしないで」
電話は終わり、もう我慢する必要はない。
璟瑶は創の首へ腕を回し、ゆっくりと顔を近づけた。
「んっ……」
唇が重なる。
電話中に我慢していた分、長く濃厚な口づけだった。
創も璟瑶の腰を抱き寄せる。
「んっ……ん……」
一度離れても、二人はすぐにもう一度唇を重ねた。
ようやく離れると、璟瑶は創の胸元へ身体を預ける。
「これがしたかったの」
「分かりやすいな」
「創もしたかったでしょう?」
「まあね」
「正直でよろしい」
創は照れながら笑った。
◇◇◇
「そういえば、頭取室直属の話だけど」
「却下」
「早いって!」
創は冗談めかして続けた。
「何年か後、法人営業やいろいろな部署を経験して、誰が見ても俺なら頭取室の近くで働いても不自然じゃないと思える銀行員になったら?」
璟瑶は少し考えた。
「創だから、恋人だからという理由では絶対に駄目よ」
「分かってる」
「でも、自分の実力で経験を積み、正規の人事手続きを経て、頭取室付の特命担当や経営を補佐する立場に就いても不自然ではない人材になったなら……」
「なったなら?」
「いつか同じフロアで働けたらいいわね」
創の目が輝いた。
「約束してくれる?」
「人事の約束はできないわ」
「じゃあ、俺がそれだけの銀行員になったら、一緒に働きたいと思ってくれる約束」
璟瑶は小指を差し出した。
「それなら約束してあげる」
創も小指を絡める。
「自分の力で、誰にも文句を言われない銀行員になって、仕事では璟瑶の近くまで行く」
「ええ。そして私生活では、そのときも私の隣にいて」
「それなら約束できる」
「本当に?」
「うん」
創が笑う。
「仕事では頭取室付特命担当。私生活では秘書兼旦那」
「銀行に『旦那』なんて役職はありません!」
「辞令に書いたら面白そうだけど」
「人事部が倒れるわよ」
二人は声を上げて笑った。
法人営業第一部は、頭取の恋人だから与えられた場所ではない。
東都共栄銀行で過ごした約四年間、三か月間の研修、創自身の適性と努力によって掴んだ配属だった。
ここから創は、本格的な法人営業担当者として歩き始める。
そしていつか、誰の力も借りず、胸を張って欧陽璟瑶の近くで働ける銀行員になる。
二人は、その遠い未来の約束を小指で結んだ。
銀行では頭取と行員。
仕事では完全に公平。
しかし、この部屋では――。
「創」
「璟瑶」
二人はただの恋人だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、三か月間一緒に研修を受けてきた創・黒瀬・琴葉が、それぞれ別の部署へ進むことになりました。
宮嶋創は法人営業第一部・若手法人担当チーム。
黒瀬颯真は中小企業金融部。
水無瀬琴葉は個人営業企画部。
別々の道へ進んでも、三人はこれからも大切な同期です。
そして創にとって何より重要だったのは、今回の配属が「頭取の恋人だから」決まったものではないということ。
採用も。
研修評価も。
配属も。
璟瑶は一切介入していません。
創が東都共栄銀行で経験してきた約四年間と、青嶺中央銀行での三か月の研修。その積み重ねが、法人営業第一部への道につながりました。
一方、家へ帰れば二人は普通の恋人。
創が父・和久、母・恵美子と約二十分も電話している横で、声を出さずにずっと抱きついている璟瑶。
しかもキスしたいのに、創の両親に気づかれそうだから必死に我慢。
銀行では誰よりも冷静な頭取なのに、創の前ではまったく違う顔を見せてくれました。
そして最後には、いつか創が自分自身の実力で頭取室の近くまで辿り着くという、二人の小さな約束も。
「頭取室付特命担当兼旦那」なんて辞令はさすがに出ませんが、いつの日か創が誰にも文句を言われない銀行員へ成長し、仕事でも璟瑶の近くへ辿り着けるのか。
次回からは、正式配属後の新しい日々へ。
そして本店地下五階にある“使われていない場所”が、二人にとって大きな意味を持ち始めます。




