第103話「夜中の二時、二人同時に泣きました――頭取夫妻の眠れない夜と初めての授乳」
第103話です。
今回は、創の金曜日の仕事と、璟瑶の自宅でのリモート勤務、そして双子を迎えた夜を描きます。
初めてじっくり見る授乳、夜中二時の同時泣き、そして眠気に負ける翌朝。
夫婦二人で支え合う、四人家族のリアルな一夜です。
金曜日、午後一時十二分。
青嶺中央銀行本店十八階、法人営業第一部。
週末が近づいているからといって、仕事が軽くなるわけではない。
宮嶋創、二十一歳は、東央精密製作所から届いた追加回答と資金繰り表を確認していた。
設備導入が三か月遅れた場合。
売上の立ち上がりが四か月遅れ、さらに安定稼働まで一か月を要した場合。
既存借入と新規借入の返済、据置期間、毎月のキャッシュフロー。
一億円の融資案件は、まだ正式審査の途中だった。
「宮嶋。午前中に直した資金繰り表は見たか?」
隣の相沢拓也が尋ねる。
『見ました』
「どう考える?」
『設備導入が遅れれば、設備代の支払い時期も一部後ろへ動きます。ただ、既存借入の返済は続きます』
「うん」
『売上の立ち上がりも遅れるので、支払いが先になるから資金繰りに余裕が出るとは判断できません』
「安定稼働までの一か月は?」
『その期間も含め、入金が遅れる影響をもう一度確認したいです』
「その考え方で整理しよう」
『はい』
そこへ直属上司の桐生雅人が来る。
「宮嶋。今日は何時までに一区切りつける?」
『十七時までに、追加回答と資金繰り表の対応関係を整理します。そのあと相沢さんに確認していただき、必要な部分を修正します』
「よし。金曜日だからと中途半端な状態で持ち越すな。ただし、終わっているのに無駄に残る必要もない」
『はい』
「月曜日にできることは月曜日だ」
『分かりました』
父親になったから、特別に早く帰してもらうわけではない。
頭取の夫だから、仕事が軽くなるわけでもない。
必要な仕事を終えたら帰る。
それだけだった。
◇◇◇
同じ頃。
午後一時三十分。
成城の新居では、欧陽璟瑶、四十五歳がダイニングテーブルの前に座っていた。
ノートパソコンの画面には、第一秘書の劉川景仁と第二秘書の水城絢乃が映っている。
「では、最後に海外拠点分だけ確認します」
「頭取。本当に最後です」
「分かってる」
「本日の予定時間は十四時までです」
劉川が時計を確認する。
現在、十三時三十八分。
「まだ二十二分ある」
「二十二分しかありません」
「水城、言い方が逆じゃない?」
「いいえ」
劉川が小さく笑う。
「水城さんに従ってください」
「劉川さんまで。二人とも私の味方でしょう?」
「頭取にきちんと休んでいただくことも、頭取を支える仕事です」
「……」
「反論はありますか?」
「ない」
「では、続けます」
◇◇◇
午後一時五十六分。
予定していた三件の確認が終わった。
「あと――」
「ありません」
「まだ何も言ってない」
「メールを確認するとおっしゃるつもりでしょう?」
「二件だけ」
「明日以降です」
「一件なら?」
「月曜日です」
劉川も水城に同意する。
「頭取、本日はここまででお願いします」
「はい」
「パソコンを閉じてください」
「そこまで確認するの?」
「閉じてください」
璟瑶は、二人に見えるようにノートパソコンを閉じた。
「閉じました」
「ありがとうございます」
「子ども扱いしてない?」
「産後の健康管理です。高峰先生からも無理をしないように言われています」
「分かってる」
「週末は仕事の資料を開かないでください」
「……はい」
「いま間がありました」
「開かない。約束します」
接続が切れる。
璟瑶は黒くなった画面を見ながら呟いた。
「二人とも厳しい」
その時、近くに置かれたベビーベッドから小さな声が聞こえた。
「ん……」
美玲が少し身体を動かしたものの、すぐに眠りへ戻る。
隣の悠真も眠ったままだった。
璟瑶はゆっくり立ち上がる。
「こっちの仕事は、休ませてくれないね」
◇◇◇
仕事を終えた璟瑶は、無理のない範囲で家事を始めた。
洗濯籠には創のTシャツや下着、靴下、タオルが入っている。その隣には、悠真と美玲の小さな肌着やガーゼ、おくるみがあった。
創のTシャツを広げ、その上に双子の肌着を並べてみる。
「……二人とも入りそう」
大人の衣類と比べると、赤ちゃんの肌着は驚くほど小さい。
璟瑶は少し笑い、洗濯機へ入れた。
重い物は持たない。
一度に全部やろうとしない。
少し動いたら座って休む。
退院は、完全回復を意味しない。
高峰澪奈から言われたことを守りながら、ゆっくり家事を進めた。
◇◇◇
午後二時四十三分。
哺乳瓶や朝に使った食器を洗っていると、美玲が泣き始めた。
「ふぇ……」
「はい。どうしたの?」
美玲を抱き上げ、おむつを確認する。
「こっちね。少し待ってね」
退院直後より手つきは落ち着いてきたが、まだ慣れたとは言えない。
おむつを交換して抱き上げた直後、今度は悠真が泣いた。
「ふぇぇ……」
「今度はお兄ちゃん?」
美玲を安全な場所へ寝かせ、悠真のおむつも交換する。
二人分を終えた璟瑶は、ソファへ腰を下ろした。
「二人って、本当に二人分ね」
当たり前のことを、毎日実感していた。
◇◇◇
午後三時二十分。
洗濯を終えた衣類を、少しずつ取り出す。
乾燥機を使える物と、干す物に分ける。
創のTシャツを干し、その隣に悠真と美玲の肌着を並べた。
夫の服。
息子の服。
娘の服。
大きさの違う三枚が、同じ場所で揺れている。
「家族……」
璟瑶は、小さく呟いた。
◇◇◇
午後四時五十分。
十八階では、創が資料の最終確認を続けていた。
『相沢さん。既存借入の返済額について、月次表と追加回答で表現が違います』
「数字は?」
『同じです。ただ、前提条件も同じなのか確認しておきたいです』
相沢は画面を見て頷く。
「いい。先方へ確認しよう。ただし、今日中の回答は必要ない」
『月曜日でも大丈夫ですか?』
「正式審査中だが、今夜中に結論を出す案件じゃない。質問だけまとめておけ」
『分かりました』
創は確認事項をメールの下書きへ整理して保存した。
午後五時十二分。
「宮嶋」
桐生に呼ばれ、創が顔を上げる。
『はい』
「今日やる分は終わったか?」
『終わりました』
「なら帰れ。月曜日は九時半から再確認だ」
『覚えています』
「お疲れ」
『お疲れさまでした』
◇◇◇
午後五時三十八分。
創は社員証をかざして本店を出た。
普通自動車第一種運転免許は取得したが、電車の方が便利な場所では公共交通機関を使う。
金曜夕方の電車は混んでいた。
つり革につかまり、スマートフォンを見ると、璟瑶からメッセージが届く。
《仕事、終わった?》
《終わった。いま電車》
《お疲れさま》
《悠真と美玲は?》
《いまは寝てる》
《いまは?》
《そこを確認しない》
創は画面を見ながら笑った。
《あとで起きるってこと?》
《双子だから》
《了解》
《帰り、気をつけて》
《うん》
乗り換えを一度して、最寄り駅へ到着する。
静かな住宅街を歩く創の足は、自然と少し速くなった。
帰りたい場所が、そこにあるからだった。
◇◇◇
午後六時四十七分。
玄関の鍵を開ける。
『ただいま』
「おかえり」
璟瑶がリビングから出てきた。
『二人は?』
「寝てる」
『いまは?』
「また言った」
『確認です』
「まず手を洗って」
『はい』
手洗いとうがいを済ませ、部屋着へ着替える。
リビングへ戻ると、璟瑶が専用ケースを開いた。
創が左手を差し出す。
璟瑶は、4℃ BRIDALのシンプルなプラチナリングを薬指へ戻した。
「おかえり」
『ただいま』
創は璟瑶の左手を見る。
『今日は一日してた?』
「家にいたから」
『いいな』
「明日は創も一日中できるよ」
『休みだから』
「うん」
◇◇◇
夕食中、創は干されている洗濯物に気づいた。
『洗濯したの?』
「少しだけ」
『重い物は持ってない?』
「持ってない」
『本当に?』
「創、取り調べ?」
『高峰先生から無理をするなって言われてるから』
「分かってる」
創は自分のTシャツを見る。
『俺の服も洗ったんだ』
「洗濯物だから」
『下着も?』
「夫婦でしょう?」
『……ありがとうございます』
「どうして急に他人行儀になるの?」
『何か恥ずかしい』
璟瑶が笑う。
「悠真と美玲のおむつも替えたよ」
『二人とも?』
「美玲を替えたら、悠真が起きた」
『交代制だ』
「そう」
『じゃあ、夜は俺がやる』
「二人でやる」
『明日は休みだから、俺がやるよ』
「私も母親です」
『でも、まだ産後だから』
「創。全部を一人でやろうとしない」
『……』
「一人で背負わないって、結婚式でも誓ったでしょう?」
『それ、璟瑶が言った言葉だよ』
「夫にも適用します」
『はい』
◇◇◇
午後八時二十分。
悠真が目を覚ました。
「ふぇ……」
『俺が行く』
「じゃあ、私は美玲を見ておく」
創は悠真を抱き上げる。
『悠真、父ちゃんだよ』
おむつを確認したが、汚れてはいない。
抱き方を整え、ゆっくり揺らす。
悠真は泣きながら、口を小さく動かしていた。
「お腹が空いたのかも」
『授乳?』
「たぶん」
創の表情に、少し緊張が浮かぶ。
病院でも授乳の場面には立ち会っていた。
けれど、助産師や看護師が出入りし、璟瑶も出産直後で余裕がなかった。
自宅で、最初から最後まで夫婦二人で支える授乳は初めてだった。
「創。そこへ座って」
『俺も?』
「授乳用のクッションを取って。悠真もお願い」
『分かった』
創はすぐにクッションを用意する。
『高さはこれで大丈夫?』
「もう少し上」
『こう?』
「うん。ちょうどいい」
璟瑶は悠真を受け取り、身体に負担の少ない姿勢を作る。
赤ちゃんの身体と口元の位置を整え、授乳を始めた。
創は隣へ座り、その光景をじっと見守っている。
妻の腕の中で、息子が一生懸命に母乳を飲んでいる。
『……すごい』
「何が?」
『本当に飲んでる』
「飲むよ」
『分かってるけど、こうして落ち着いて見ると、何かすごい』
「語彙力がなくなってる」
『だって、俺にはできないから』
「創には、創にできることがあるでしょう?」
『抱っこ』
「うん」
『おむつ交換』
「うん」
『ミルク』
「うん」
『寝かしつけ』
「それは、これから上達」
『まだ合格じゃないんだ』
「まだです」
創は悠真の小さな頭を見る。
『一生懸命だな』
「生きるためだから」
創は、その言葉を聞いて黙った。
飲む… 眠る、泣く。
この小さな身体にとって、そのすべてが生きるための大切な営みだった。
◇◇◇
授乳を終えると、創が悠真を受け取った。
『次は、げっぷ?』
「お願い」
肩へタオルを置き、悠真の身体を起こして背中を優しく支える。
『こう?』
「もう少し身体を起こして」
『これくらい?』
「うん」
しばらくすると、小さな音が聞こえた。
『出た』
「出たね」
『俺、いま、すごく嬉しい』
「げっぷで?」
『げっぷで』
璟瑶は声を立てずに笑った。
◇◇◇
午後九時七分。
今度は美玲が目を覚ました。
「ふぇ……」
『来た』
「次は美玲ね」
おむつを交換したあと、授乳の準備をする。
創は先ほどと同じようにクッションを整え、璟瑶の隣へ座った。
「創」
『何?』
「そんなに見る?」
『駄目?』
「駄目ではないけど」
『初めて、最初から最後まで見られたから』
「病院にもいたでしょう?」
『助産師さんたちが出入りしてたし、璟瑶も大変そうだったから』
「いまも回復途中だけどね」
『だから無理はしてほしくない』
「うん」
美玲は静かに母乳を飲み始めた。
『美玲は、悠真より静かだね』
「今日はね」
『日によって違う?』
「違うよ」
『双子でも?』
「別の人だから」
『そっか』
「悠真は悠真。美玲は美玲」
『うん』
創は、その言葉を心に留めた。
双子だからといって、すべてが同じではない。
二人は、それぞれ違う一人の子どもだった。
◇◇◇
午後十時十五分。
翌日は土曜日。
創は銀行が休みで、璟瑶にもリモート会議はない。
二人はソファに並び、短い自由時間を過ごしていた。
テーブルの上にはベビーモニターがある。
『眠い?』
「少し」
『寝る?』
「まだ」
『明日は休みだよ』
「だから、もう少し」
創は璟瑶の手を握った。
『今日、授乳してるところを見て、改めてお母さんなんだなって思った』
「今まで何だと思ってたの?」
『妻』
「それも合ってる」
『頭取』
「家では違う」
『俺の彼女』
「それは結婚前でしょう?」
『結婚しても彼女でいていいでしょ』
「夫がそう言うなら、いいけど」
『それから、悠真と美玲のお母さん』
「うん」
『全部、璟瑶なんだな』
「創も同じだよ。銀行員で、夫で、お父さん」
『三つだ』
「もっとある」
『何?』
「私より確認が多い人」
『それは役割じゃない』
◇◇◇
午後十一時二十八分。
夫婦は、眠る前に二人で確認した。
悠真と美玲のおむつ。
授乳の時間… 室温。
毛布の位置、ベビーベッドの柵。
『よし』
「確認した?」
『した』
「本当に?」
『一緒にしたでしょう?』
「そうだった」
二人はベッドへ入った。
璟瑶が創のそばへ寄る。
「おやすみ」
『おやすみ』
けれど、その夜は、そう簡単には終わらなかった。
◇◇◇
午前一時五十八分。
静かな寝室に、小さな泣き声が響く。
「ふぇ……」
創が目を開けた。
『……ん』
隣で璟瑶も目を覚ます。
「悠真?」
時計は、まもなく午前二時。
「ふぇぇぇ……!」
『悠真だ』
創が身体を起こした瞬間、もう一つの声が加わる。
「ふぇ……ふぇぇぇぇ……!」
「待って」
『まさか』
「美玲も起きた」
悠真が泣く… 美玲も泣く。
夜中の二時。
双子が、二人同時に泣き始めた。
◇◇◇
創はすぐにベッドを下りた。
『俺が悠真をやる』
「じゃあ、私は美玲」
『いや、璟瑶は寝てて』
「二人いるでしょう?」
『俺が順番にやる』
「二人とも、いま泣いてるよ」
『でも、璟瑶はまだ回復途中だから』
「創」
『大丈夫』
「創」
『明日は休みだから』
「私も休み」
『そうじゃなくて――』
「全部を一人でやらない」
創が黙る。
「結婚式で何て誓った?」
『二人で』
「そう。二人でやる」
『……じゃあ、俺が悠真』
「私は美玲」
『分かった』
◇◇◇
午前二時七分。
創は悠真を抱き、璟瑶は美玲を抱く。
『よしよし。父ちゃんいるぞ』
「大丈夫。妈妈もいるよ」
二人とも、まだ泣いている。
『おむつかな』
「確認しましょう」
悠真も美玲も交換が必要だった。
二人は並んで、それぞれのおむつを替える。
『悠真、これで大丈夫』
「少しきつくない?」
『え?』
創が確認する。
『……本当だ。直す』
「うん」
『ありがとう』
「二人で確認」
『はい』
◇◇◇
午前二時二十分。
おむつを替えても、二人は泣き止まない。
悠真が口を動かしている。
「お腹かな」
『時間的にもそうだね』
「悠真から授乳する」
『美玲は俺が抱いてる』
「お願い」
創が美玲を抱き、璟瑶は悠真を受け取った。
深夜の寝室は、最小限の照明だけがついている。
授乳が始まると、大泣きしていた悠真は少しずつ落ち着いていった。
創は美玲を抱いたまま、妻の様子を見る。
眠いはずだった。
身体も、まだ完全には戻っていない。
それでも璟瑶は、悠真の身体をしっかり支えている。
『璟瑶』
「ん?」
『大丈夫?』
「大丈夫」
『痛くない?』
「姿勢は大丈夫」
『クッション、もう一ついる?』
「それは大丈夫。でも、水が欲しい」
『待って』
創は美玲を安全に抱いたまま、手の届く場所にあるペットボトルを取り、璟瑶へ渡した。
「ありがとう」
『無理しないで』
「創もね」
◇◇◇
悠真の授乳が終わる。
創が悠真を受け取り、げっぷをさせる。
その間に、璟瑶は美玲を抱いて授乳を始めた。
創は悠真を肩に抱きながら、また妻と娘を見つめる。
「……また見てる」
『うん』
「飽きない?」
『飽きない』
「そんなに?」
『俺たちの子どもが、璟瑶から一生懸命に飲んでるんだよ』
「そうだね」
『不思議だな』
「私も最初は不思議だった」
『いまは?』
「必死。二人分だから」
『俺にできること、もっと言って』
「それなら、悠真のげっぷ」
『やってます』
「美玲が終わったら抱っこをお願い」
『はい』
「それから、私が無理をしようとしたら止めて」
『それは得意』
「でも、創が無理をしようとしたら私も止める」
『……はい』
「返事が小さい」
『はい』
◇◇◇
午前三時十二分。
悠真と美玲は、ようやく眠りについた。
創は二台のベビーベッドの柵を確認し、璟瑶は室温と毛布の位置を見る。
『よし』
「寝よう」
『うん』
二人はベッドへ戻った。
『いま何時?』
「三時十四分」
『一時間以上かかった』
「双子だから」
『何でもそれで説明できるね』
「便利でしょう?」
『眠い』
「私も」
創は目を閉じた。
数秒後、もう一度口を開く。
『璟瑶』
「何?」
『お疲れさま』
「創も」
『おやすみ』
「おやすみ」
◇◇◇
午前四時四十一分。
「ふぇ……」
『……』
「……」
二人は同時に目を開けた。
『どっち?』
「美玲」
『今度は俺が』
「授乳なら私」
『じゃあ、一緒に』
「うん」
眠れない夜は、まだ続いていた。
◇◇◇
翌朝、土曜日。
午前八時四十八分。
創はリビングのソファに座り、大きな欠伸をした。
『ふぁぁ……』
隣の璟瑶も、小さく欠伸をする。
「ふぁ……」
『眠い』
「眠い」
『何時間寝た?』
「分からない」
『俺も』
朝食はトーストとヨーグルト、温かい飲み物だけで簡単に済ませた。
今日は二人とも休み。
無理をする必要はない。
◇◇◇
午前九時三十七分。
悠真も美玲も眠っている。
創が洗い物をしようと立ち上がると、璟瑶に止められた。
「創、座って」
『洗い物が残ってる』
「あとでいい」
『でも』
「眠いでしょう?」
『璟瑶も』
「だから二人とも休むの」
『……』
「昨夜、言ったよね?」
『はい』
創は再びソファへ座る。
璟瑶も隣に座り、二人の肩が触れた。
◇◇◇
午前十時四十八分。
テレビはついているが、二人ともほとんど見ていなかった。
『ふぁ……』
「また欠伸」
『璟瑶もしてた』
「してない」
『五分前にしてた』
「見てたの?」
『隣だから』
「……眠い」
『寝る?』
「でも、二人が起きるかも」
『ベビーモニターがあるよ』
「そうだけど」
『起きたら、俺たちも起きればいい』
「それ、正しい?」
『たぶん』
創はソファの背もたれへ身体を預けた。
璟瑶は、その肩へ頭を置く。
『璟瑶、眠い?』
「眠くない……」
『絶対に眠い』
「創こそ……」
『俺は……』
創の言葉が途中で止まる。
数十秒後。
「創?」
返事はない。
見ると、創はすでに眠っていた。
「……早い」
璟瑶は小さく笑う。
けれど、やがてその目も閉じていった。
◇◇◇
午前十一時二分。
リビングは静かだった。
ソファでは、創と璟瑶が寄り添ったまま眠っている。
二人の左手には、同じプラチナリング。
その手は、互いに触れそうな距離にあった。
少し離れた場所では、悠真と美玲も眠っている。
四人全員が、ようやく同じ時間に眠っていた。
金曜日の昼。
創は十八階で、銀行員として東央精密の案件に向き合った。
璟瑶は成城の家で、頭取として短時間のリモート業務を行った。
仕事を終えれば、璟瑶は妻と母へ戻り、家事と双子の世話をした。
創も電車で家へ帰り、夫と父へ戻った。
そして午前二時。
悠真が泣き、美玲も泣いた。
創は一人で全部やろうとし、璟瑶に止められた。
璟瑶も一人で頑張ろうとし、創に支えられた。
授乳、おむつ交換。抱っこにげっぷ。
寝かしつけ… 何度もの確認。
二人で、一つずつ進めた。
銀行では、頭取と若手行員。
立場は大きく違う。けれど、この家の中では同じだった。
悠真と美玲の父親と母親。
眠れない夜は大変だった。
それでも、一人ではない。
泣き声も、疲労も、喜びも、二人で分けられる。
それが、四人家族になった創と璟瑶の新しい日常だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
悠真と美玲が同時に泣いた深夜二時。
創も璟瑶も「自分がやる」と頑張ろうとしますが、最後は二人で協力することを選びました。
銀行では頭取と若手行員でも、家では同じ父と母。
眠れない夜も含めて、少しずつ家族になっていく四人を次回も描いていきます。




