番外編②「まさか息子の嫁が頭取とはな――結婚式後、父親二人だけの飲み会」
番外編②です。
今回は結婚式から数日後、創の父・和久と、その友人である片桐正臣が二人で飲みに行った夜のお話です。
「まさか創君の奥さんが頭取だったとは――」
まだ驚きが抜けない正臣と、すっかり父親として二人の結婚を見守る和久。
男二人だからこそ話せる、結婚式の裏側と父親の本音です。
宮嶋創・二十一歳。
青嶺中央銀行の法人営業第一部。
銀行員。
そして、青嶺中央銀行頭取・欧陽璟瑶の夫。
二人の間には、生まれたばかりの男女の双子がいる。
二十四歳差の秘密の夫婦。
その真実を、結婚式で初めて知った人物がいた。
片桐正臣。
市役所の市民生活部長で、創の父・宮嶋和久の友人。
結婚式から数日が過ぎても、正臣の驚きは収まっていなかった。
◇◇◇
金曜日。
午後六時四十八分。
駅近くの小さな居酒屋。
仕事を終えた和久が暖簾をくぐると、先に来ていた正臣が手を上げた。
「和久、こっち」
「悪い。待ったか?」
「十分くらい」
「待たせたな」
「先に一杯やってるから、気にするな」
和久が向かいへ座り、生ビールを注文する。
正臣も、空きかけたグラスを上げた。
「俺も、もう一杯」
「早くないか?」
「今日は飲みたいんだよ」
「何かあったのか?」
「お前の息子だよ」
「……また、その話か」
「またとは何だ!」
和久は苦笑した。
◇◇◇
数日前。
ホテル・グランセレスティア東京。
正臣は秘密の結婚式で、初めて創の妻と対面した。
青嶺中央銀行頭取。
欧陽璟瑶・四十五歳。
しかも二人の間には、すでに男女の双子が生まれている。
その事実を知った正臣は、しばらく言葉を失った。
◇◇◇
生ビールが届く。
「改めて、創君の結婚に乾杯しよう」
「結婚式でも乾杯しただろ」
「いいじゃないか。もう一回だ」
「分かったよ」
二人はグラスを合わせた。
「創と欧陽さんに」
「乾杯」
一口飲んだ正臣は、すぐに身を乗り出す。
「和久。お前、どうして普通でいられる?」
「何が?」
「息子の嫁が、青嶺中央銀行の頭取なんだぞ?」
「知ってる」
「その反応だよ!」
「もう慣れたんだ」
「慣れるものなのか?」
「慣れる」
「俺なら半年くらい、毎朝思い出すぞ」
「俺も最初は驚いた」
「やっぱりそうだろ?」
和久は頷いた。
「二十四歳差と聞いて驚いた。中国人女性だと聞いて、さらに驚いた。その上、銀行頭取だった」
「情報量が多すぎる」
「それは俺も思った」
「反対しなかったのか?」
和久は少し考えてから答える。
「年齢差も、立場も心配した。創は二十一歳で、相手は四十五歳。同じ銀行の頭取と部下でもある」
「普通なら気になるよな」
「ああ。でも、会って考えが変わった」
「欧陽さんに?」
「頭取としてではなく、創の結婚相手として話した」
「どんな人だった?」
「いい意味で普通だった」
「普通?」
「創を年下だからと子ども扱いしていない。部下だからと支配もしていない。反対に、創も頭取だから言うことを全部聞くわけじゃない」
正臣は、結婚式での二人を思い出す。
「確かに創君、普通に『無理しないで』『休んで』って言ってたな」
「家では妻だからな」
「俺なら家でも『欧陽頭取』って呼びそうだ」
「それでは夫婦にならないだろ」
「創君は普通に『璟瑶』だもんな」
正臣は数秒黙った。
「改めて、すごいな」
「そこか?」
◇◇◇
刺身、だし巻き卵、枝豆、焼き鳥が運ばれてくる。
正臣は箸を取りながら、話題を変えた。
「そういえば和久。創君と俺が市役所で会ったこと、本当に知らなかったのか?」
「知らなかった。いつだ?」
「少し前だ。庁舎内を歩いていたら、見覚えのある若者がいた」
正臣は、以前に和久から写真を見せてもらったことがあった。
試しに声をかける。
「宮嶋君?」
青年が振り返った。
『はい』
「創君だよな?」
『……はい』
「俺、片桐正臣。お父さんの友人だ」
創は一瞬考えた後、思い出した。
『あ、片桐さん』
「覚えてる?」
『父から何度か名前を聞いています』
短い立ち話をしただけだった。
創が何の用事で市役所へ来たのか、正臣は聞かなかった。
成人した友人の息子を、細かく詮索する必要はないと思ったからだ。
「創君、礼儀正しかったぞ」
「そうか?」
「ちゃんと『父がお世話になっています』って言われた」
「家では言われたことないな」
「家で突然そんなことを言われたら怖いだろ」
「確かに」
二人は笑った。
「でも、あの時は結婚しているなんて思わなかった。まして、相手が頭取なんて――」
「今日、それを何回言うつもりだ?」
「まだ言わせろ。俺は結婚式で初めて知ったんだ」
「花乃家の千鶴さんも、かなり驚いていたな」
「ああ。控室から『聞いてない!』って声が聞こえた」
「結婚していることだけは知っていたらしい」
「相手が誰か知らずに式へ来たら、あれは驚く」
「お前も同じだろ」
「だから、まだ驚いてるんだよ」
◇◇◇
しばらくして、正臣が穏やかな声で言った。
「双子、かわいかったな」
和久の表情が柔らかくなる。
「ああ」
「男の子と女の子。一度に孫が二人増えた気分は?」
「まだ、じいちゃんと呼ばれる実感はない」
「頭取が義理の娘なのは慣れたのに?」
「そこを比べるな」
「二人とも抱いた?」
「ああ」
「どうだった?」
「軽くて、小さくて、怖かった」
「分かる。創君は?」
「だいぶ慣れてきた。おむつを替えて、ミルクを作って、夜も起きている」
「仕事へ行きながら?」
「ああ」
「大変だな。まだ二十一歳だろ」
「俺たちが二十一歳の頃、双子を育てながら銀行員はしていなかったな」
「当たり前だ」
正臣は少し真剣な表情になる。
「創君、無理していないか?」
和久はすぐには答えなかった。
「あいつは昔から慎重だ。でも、自分がやらなければいけないと思うと、頑張りすぎる」
「仕事も家庭も、両方きちんとやろうとする?」
「ああ。そこは心配している」
「欧陽さんは?」
「あの人も、一人で抱え込むタイプらしい」
「夫婦で似てるじゃないか」
「そこが困るんだ」
二人は苦笑した。
「だから、俺と恵美子も必要なら手伝う。欧陽さんのご家族もいる」
「二人だけで全部やらせない方がいいな」
「ああ。助けが必要なら、頼ってもらう」
◇◇◇
正臣は枝豆をつまむ。
「欧陽さん、もう仕事へ戻っているのか?」
「短時間のリモート勤務だけらしい」
「頭取だもんな」
「ただ、秘書の二人が厳しく止めている」
「結婚式にいた水城さんと劉川さん?」
「ああ」
「水城さん、泣いてたのに、欧陽さんが立ちすぎるとすぐ座らせてたな」
「仕事でも同じらしい」
「ある意味、頭取より強いな」
「そうかもしれない」
正臣は感心したように頷いた。
「創君たちは、周りに恵まれているな」
「直属の上司の桐生さんも来ていた」
「それに副頭取、専務、常務……」
正臣が途中で止まる。
「どうした?」
「考えてみれば、すごい結婚式だったな。市民生活部長の俺が、副頭取や専務と同じ会場で食事をしてた」
「結婚式だからな」
「その状況を作ったのが、お前の息子なんだぞ」
「原因みたいに言うな」
◇◇◇
二杯目。
三杯目。
二人は翌日の予定に響かない程度に酒を進めた。
正臣が、ふと尋ねる。
「創君と欧陽さんは、銀行では関係を完全に分けているんだろ?」
「ああ」
「欧陽さんは、創君の採用や配属、評価に関わっていない?」
「一切関わっていない」
「やっぱり、そこは徹底しているんだな」
和久は創から聞いていた。
採用。
配属。
給与。
評価。
昇進。
研修や選抜。
璟瑶は、その全てに介入しない。
銀行員・宮嶋創は、自分の力で進む。
それが二人の決めたルールだった。
「そこが曖昧なら、俺も心配した」
「頭取の夫だから得をするなんて、創君が一番嫌がりそうだ」
「その通りだ」
「普通の銀行員として認められたいんだろうな」
「ああ。だから俺も、仕事には余計な口を出さない」
「父親だな」
「当たり前だ」
◇◇◇
少し時間が経ち、正臣が声を落とす。
「和久」
「何だ?」
「この秘密、本当に俺が知っていていいのか?」
和久は正臣を見る。
「結婚式に招待されたんだ。創がお前に知ってもらっていいと思ったからだろ」
「……そうか」
「ただし、外では絶対に言うな」
「分かってる。市役所でも、部下にも言わない」
「家族にも?」
「話さない。俺があの結婚式へ出たことも、詳しくは言わない」
「助かる」
「ただ、一つ困ることがある」
「何だ?」
「これから青嶺中央銀行のニュースを見るたびに、『この人が創君の奥さんか』って思う」
和久が笑った。
「俺も最初はそうだった」
「やっぱり?」
「テレビで見ると、今でも少し変な感じがする」
「家では?」
「創の妻で、双子の母親だ」
「頭取じゃないのか?」
「頭取でもある」
「どっちだよ」
「両方だ」
「なるほどな」
◇◇◇
午後八時二十七分。
店内が混み始める。
正臣が、残った酒を一口飲んだ。
「創君、幸せそうだったな」
和久は静かに頷く。
「ああ。それが一番だ」
「相手が二十四歳上でも?」
「ああ」
「中国人でも?」
「ああ」
「銀行頭取でも?」
「ああ」
「双子の母親でも?」
「それは問題じゃないだろ」
「確かに」
和久はグラスを置く。
「創が自分で選んだ相手だ」
「もちろん、心配はしている」
「年齢差も、立場も、仕事も、育児も、これから大変なことはあるだろう」
「でも、結婚式で創の顔を見ただろ?」
「見た」
「あんな顔で笑っているなら、俺から言うことは、それほどない」
正臣が少し笑う。
「父親だな」
「だから父親だと言ってるだろ」
「昔のお前からは想像できない」
「それは、どういう意味だ?」
「そのままだ」
「正臣」
「何だ?」
「次はお前が払え」
「何でだよ!」
◇◇◇
午後九時二分。
二人は店を出た。
夜風が少し涼しい。
「飲んだな」
「お前が飲ませたんだろ」
「俺のせいか?」
「半分はな」
駅へ向かう途中、正臣が言った。
「今度、創君に会ったら伝えてくれ」
「何を?」
「結婚式に呼んでくれてありがとうって」
「自分で言え」
「次にいつ会うか分からないだろ」
「連絡先を知らないのか?」
「知らない」
「分かった。伝えておく」
「欧陽さんにも、お幸せにって」
「ああ」
数歩進んだところで、正臣がまた口を開く。
「それにしても、創君の奥さん、本当に頭取なんだな」
和久は額を押さえた。
「正臣。今日、何回それを言った?」
「十回くらい?」
「もっとだ」
「仕方ないだろ。結婚式から数日しか経ってないんだから」
「そのうち慣れる」
「本当に?」
「ああ」
「じゃあ、一か月後にまた飲もう」
「何のために?」
「俺が慣れたか確認する」
「確認?」
「そう。確認」
和久が笑う。
「創みたいだな」
「……やめろ」
「何が?」
「俺まで創君みたいになったように言うな」
「確認は大事だぞ」
「銀行員の父親が言うと説得力があるな」
二人は笑いながら駅へ向かった。
◇◇◇
同じ頃。
成城の新居。
創は息子を抱き、璟瑶は娘をそばへ寄せていた。
結婚式を終え、四人はいつもの生活へ戻っている。
創は知らない。
父・和久と、その友人・正臣が、居酒屋で自分の結婚について延々と語っていたことを。
けれど、和久が最後に語った言葉には、父親としての本音が全て詰まっていた。
相手が何歳でも。
どこの国の出身でも。
どんな肩書を持っていても。
大切なのは、息子が自分で選んだ相手の隣で、幸せそうに笑っていること。
そして、妻と二人の子どもを守りながら、四人で歩いていくこと。
父親にできるのは、必要な時に支えること。
それだけで十分だった。
――番外編②・完。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、和久と正臣の飲み会を通して、創の結婚を父親側から振り返りました。
何度も「創君の奥さんが頭取」と確認してしまう正臣に対し、和久にとって璟瑶はもう「頭取」よりも先に、大切な息子の妻であり双子の母親です。
年齢差や立場を越えて、創自身が選んだ相手と幸せに暮らしていること。
それを静かに見守り、必要な時には支える――そんな和久の父親としての本音が見えた番外編でした。




