番外編①「あいつは昔から変わらない――小野寺結衣と瀬川航平が語る、宮嶋創の保育園から高校まで」
番外編(1)です。
今回は、結婚式をきっかけに連絡先を交換した小野寺結衣と瀬川航平の二人が、休日の喫茶店で創の昔を振り返ります。
保育園、小学校、中学校、そして高校。
二人それぞれの視点から見えてくるのは、今の創にもそのまま残っている「昔から変わらない部分」です。
宮嶋創・二十一歳。
青嶺中央銀行。
法人営業第一部。
銀行員。
そして、青嶺中央銀行頭取・欧陽璟瑶の夫。
生まれたばかりの男女の双子を育てる父親でもある。
そんな現在の創を知った二人がいた。
小野寺結衣。
瀬川航平。
二人は創の同級生と幼馴染として、互いの顔は知っていた。
しかし、大人になってから連絡を取り合う関係ではなかった。
それが、創と璟瑶の秘密の結婚式をきっかけに変わった。
◇◇◇
結婚式を終えた後。
ホテル・グランセレスティア東京。
専用ロビー。
招待客が少しずつ帰り始める中、結衣がスマートフォンを取り出した。
「瀬川君」
「ん?」
「連絡先、交換しない?」
「俺と?」
「今日の写真、創君に送るでしょ。重複したら大変かなって」
「ああ、なるほど」
二人は連絡先を交換した。
その時はまだ、数日後に喫茶店へ集まり、創の昔話だけで二時間も話すことになるとは思っていなかった。
◇◇◇
結婚式の翌日。
日曜日。
午後零時十四分。
航平から結衣へメッセージが届いた。
――昨日はお疲れ。
――写真、創に送っても大丈夫なものだけ整理してる。
結衣も返信する。
――私も。
――外部には絶対に出せないね。
――当たり前。
――それにしても、俺はまだ信じられない。
――何が?
――全部。
――創の奥さんが頭取。
――二十四歳差。
――男女の双子。
――その結婚式に俺たちが呼ばれた。
――情報量が多すぎる。
結衣は画面を見ながら笑った。
――でも、創君は昔から創君だったよね。
少しして、返事が来る。
――それ、すごく分かる。
――今度、昔の創の話をしない?
――航平君は保育園から知ってるんだよね?
――知ってる。
――じゃあ、答え合わせしよう。
――何の?
――宮嶋創という人間が、いつからあんな感じだったのか。
結衣は思わず吹き出した。
――たぶん、昔から。
――俺もそう思う。
こうして翌週の土曜日、二人で会うことになった。
◇◇◇
土曜日。
午後二時三分。
都内。
昔ながらの雰囲気が残る喫茶店。
市役所の市民課で働く結衣が先に到着し、窓際の席で待っていた。
「ごめん。待った?」
「五分くらい」
「それは待たせてるな」
「大丈夫」
航平が向かいへ座る。
結衣は紅茶。
航平はアイスコーヒーを注文した。
「改めて考えると、俺たち何をしに集まったんだ?」
「創君の昔話」
「本人はいないのに?」
「本人がいたら話しにくいでしょ」
「確かに」
結衣は少し笑った後、真剣な表情になる。
「始める前に、一つだけ決めよう」
「何?」
「結婚式で知ったことは、絶対に外で話さない」
航平はすぐに頷いた。
「もちろん。欧陽頭取のことも、双子のことも、創が結婚していることも」
「創君が自分から話すまではね」
「分かった」
「じゃあ今日は、私たちが知っている昔の創君だけ」
「どこから始める?」
「保育園」
「そこは俺しか覚えてないぞ」
「だから聞きたいの」
航平は記憶を探し、ゆっくり話し始めた。
◇◇◇
保育園時代――一番古い宮嶋創。
「創と最初に会ったのは、たぶん四歳くらい」
「そんな前から?」
「細かいことは曖昧だけど、創が昔から確認する奴だったのは覚えてる」
「四歳から?」
「四歳から」
遠足の日。
先生が園児たちへ尋ねた。
「水筒、持ちましたか?」
周囲の子どもたちは一斉に答える。
「持った!」
しかし、創だけはリュックを開けた。
中の水筒を目で確認し、きちんと閉めてから答えた。
『持った』
結衣が吹き出す。
「今と全然変わってない」
「だろ?」
「銀行でも、毎日確認してそう」
「絶対してる。免許を取る時も、確認が多すぎるって言われてただろうな」
「想像できる」
しかし、慎重なだけの子どもではなかった。
「俺が園庭で転んで、膝を擦りむいたことがあった」
「航平君、泣いたの?」
「四歳だからな」
「そこは否定しないんだ」
「できないからな」
創は泣いている航平を見ると、すぐに先生を呼びに行った。
そして戻ってくると、航平の前にしゃがんだ。
『先生、呼んだから』
『ここから動かないで』
『大丈夫?』
「四歳で?」
「四歳か五歳」
「そこは曖昧なんだ」
「二十年近く前だから仕方ないだろ」
航平は笑いながらも、その時の創を覚えていた。
「創って、優しいというより、困ってる人を放っておけないんだと思う」
「それ、分かる」
「自分から目立とうとはしない。でも困っている人を見つけると、結局関わる」
「そうだね」
航平は、結婚式で見た創と璟瑶を思い出す。
「頭取とどうやって知り合ったのか知らないけど、最初も欧陽さんが何か困ってたんじゃないか?」
「ありそう」
二人は知らない。
雨の夜。
ATMで困っていた璟瑶を、創が助けたことを。
けれど、その推測は限りなく正解に近かった。
◇◇◇
小学校低学年――慎重すぎる男子。
「私が創君をはっきり覚えているのは、小学一年生から」
「最初は三人とも同じクラスだったな」
「うん。最初は大人しい子だと思ってた」
「実際、大人しいだろ」
「仲良くなったら、思っていたより話すでしょ」
「それは分かる」
入学して間もない頃。
先生が翌日の持ち物を黒板へ書いた。
「連絡帳、筆箱、国語と算数の教科書を持ってきてください」
創は全て連絡帳へ書き写した。
だが、先生が黒板を消そうとした時、手を挙げた。
『先生』
「何ですか?」
『算数のノートはいらないんですか?』
「明日はまだ使いませんから、大丈夫ですよ」
『分かりました』
それでも翌日、創のランドセルには算数のノートが入っていた。
「私が『いらないって言ってたよ』って聞いたの」
「何て答えた?」
『使うかもしれないから』
「一年生で?」
「一年生で」
「創らしいな」
放課後、三人で自転車に乗って遊んだ時も同じだった。
航平が横断歩道を渡ろうとすると、創が止める。
『待って』
「車、来てないって」
『ちゃんと見ろよ』
「見た」
『右、左、もう一回右』
「教科書かよ」
『事故になるよりいいだろ』
結衣が笑う。
「昔から安全確認ばかり」
「好きなんじゃなくて、心配性なんだよ」
「それも今と同じだね」
◇◇◇
小学校高学年――間違いを見つける力。
「五年生で、班の新聞を作った時も覚えてる」
「ああ、社会科の?」
「そう。私と創君が同じ班だった」
模造紙を使った新聞が完成し、全員が終わったと思っていた。
しかし、創だけは端から文章を読み直した。
『ここ、漢字が違う』
「え?」
『あと、この数字も資料と違う』
確認すると、本当に二か所間違っていた。
「それ、今の仕事そのままじゃん」
「そうなの。だから銀行員だと聞いた時は納得した」
「相手が頭取なのは?」
「全く納得できなかった」
「俺も」
二人は同時に笑った。
◇◇◇
中学校――問題が起きた時、先に考えること。
中学校へ進むと、クラスも部活動も別れ、新しい友人が増えた。
それでも、廊下で会えば話し、時間が合えば一緒に帰った。
「中学生になってから、創君は将来を考え始めた感じがした」
「ああ。二年生の職業調べだな」
「銀行について調べてた?」
「調べてた。俺に『銀行は金を数えるだけじゃない』って説明してきた」
「中学生の創君が?」
「企業へ融資したり、住宅ローンを扱ったりするって」
「その頃から金融に興味があったんだ」
「まだ銀行員になると決めてはいなかったけどな」
結衣にも、忘れられない出来事がある。
「中学二年の時、提出物を家に忘れたの」
「市民課の小野寺さんが?」
「今の仕事は関係ないでしょ」
「それで?」
「学校に着いてから気づいて、『最悪』って言ったら、創君が聞いたの」
『家にあるの?』
「あるけど、もう怒られる」
『まだ間に合うなら、先生に話して、昼までに持ってきてもらえば?』
「私は怒られることしか考えてなかった。でも創君は、どうすれば間に合うか考えてた」
「昔からそうだよ。問題が起きたら、怒ったり慌てたりする前に、どうするかを考える」
「ただし、自分のことになると考えすぎる」
「それも昔から」
二人は同時に頷いた。
◇◇◇
高校時代――銀行員になると決めた日。
三人は同じ高校へ進学した。
毎年同じクラスではなかったが、関係は続いていた。
高校三年の春。
航平は、創から進路について相談を受けた。
「帰り道で、創が言ったんだ」
『俺、銀行を受けようと思う』
「大学は?」
『大学も考えたけど、先に働きたい』
「どうして銀行?」
『中学の時から興味があった』
「高卒で入れるの?」
『高卒採用があるところを探す』
「本気?」
『本気』
航平は、当時の創の横顔を覚えている。
「創って、決めるまでは慎重なんだけど、決めた後は意外と変えないんだよ」
「分かる。決断するまでが長い」
「でも、決めたら最後までやる」
創は東都共栄銀行を目指し、履歴書、筆記試験、面接の準備を始めた。
結衣も、放課後に面接練習を終えた創と会ったことを覚えていた。
『練習、どうだった?』
『駄目だった』
『先生は褒めてたって聞いたけど』
『本番で同じ質問が出るとは限らない』
航平が笑う。
「創だな」
「十八歳で、ほとんど今の創君が完成してる」
「たぶん、もっと前からだろうな」
◇◇◇
十八歳――最初の銀行。
やがて創は、東都共栄銀行への就職を決めた。
「俺は本人から聞いた」
『受かった』
「それだけ?」
「それだけ。俺が『銀行員じゃん!』って言ったら――」
『まだ入ってない』
「って返された」
「細かい」
「だろ?」
高校の卒業式。
三人は制服姿で一枚の写真を撮った。
結衣がスマートフォンから、その写真を探し出す。
「これ」
「うわ、懐かしい」
中央に創、片側に結衣、反対側に航平。
三人とも十八歳で創は、少しぎこちなく笑っている。
「三年前なのに、ずっと昔みたい」
「今の創が二児の父親だからだろ」
「この時、誰が想像したと思う?」
「何を?」
「三年後、創君が別の大手銀行へ転職して、そこの頭取と結婚して、双子のお父さんになること」
「誰も想像しない」
「私たちが結婚式へ出ることも」
「本人だって想像してないだろうな」
「絶対にしてない」
◇◇◇
少しの沈黙。
喫茶店に静かな音楽が流れる。
航平はアイスコーヒーのグラスに触れながら言った。
「創は変わったけど、変わってない」
「どういうこと?」
「保育園で俺が転んだ時、先生を呼びに行った」
「うん」
「小学校では、横断歩道を何度も確認した」
「うん」
「中学校では、問題が起きたら解決方法を先に考えた」
「うん」
「高校では、銀行へ行くと決めて準備した」
「うん」
「今は、奥さんと双子を守るために、仕事をして、免許まで取った」
結衣は黙って聞く。
「たぶん全部、同じなんだよ」
「守りたいものができたら、そのために自分ができることを一つずつ増やしていく」
「創は昔から、そういう奴だった」
結衣が小さく笑う。
「確かに」
◇◇◇
今度は結衣が話す。
「私も結婚式で思ったことがある」
「何?」
「創君、欧陽さんの隣にいる時、すごく自然だった」
「俺も思った」
「頭取だと分かった時は驚いた。でも二人で話している時は、頭取と部下じゃなかった」
「普通の夫婦だったな」
「創君、普通に『璟瑶』って呼んでた」
「二十一歳が、四十五歳の大手銀行頭取を名前で呼ぶ」
「言葉にするとすごいね」
「だから絶対に外で言うなよ」
「分かってる。創君の周りにも言わない」
「俺も言わない」
◇◇◇
航平が、ふと思い出したように尋ねた。
「ところで、結衣」
「何?」
「昔、創のこと好きだった?」
「……何でそうなるの?」
「小学校の頃から、結構見てたみたいだから」
「同級生だったから」
「一度も?」
「航平君は、創君のこと好きだった?」
「俺? 意味が変わるだろ」
結衣が笑う。
「幼馴染としてなら好きでしょ?」
「それなら好きだよ」
「私も。同級生として好き」
航平も笑った。
「だから結婚式に呼ばれて、嬉しかった」
「私も。大人になってから、こうして昔の友達と話すとは思わなかった」
「創のおかげだな」
「本人はいないけど」
「いないから話せる」
◇◇◇
午後四時。
話し始めてから、二時間近くが過ぎていた。
「創君の話だけで二時間」
「本人に知られたら嫌がりそう」
「絶対に『何を話したの?』って確認する」
「内容は秘密にする?」
「それが一番気になるやつだな」
二人は笑った。
店を出る前、結衣のスマートフォンに創からメッセージが届く。
――昨日は来てくれてありがとう。
――写真もありがとう。
――結衣と航平に来てもらえて、本当に嬉しかった。
――それと、昨日話したことは内緒でお願いします。
航平にも、同じ内容が届いていた。
「ほら。確認が来た」
「本当に変わってない」
二人はそれぞれ返信する。
結衣。
――分かってるよ。誰にも言わないから安心して。
航平。
――何回確認するんだよ。絶対に言わない。
数分後。
――ありがとう。
創から返事が届く。
航平は、続けて送った。
――ところで今日、結衣と会ってた。
すぐに既読がつく。
――何で?
――お前の昔話。
今度は返信まで少し時間がかかった。
――何を話した?
結衣と航平は顔を見合わせる。
「来た」
「予想通り」
航平が返信する。
――秘密。
――気になる。
結衣も送る。
――保育園から高校まで。
――長くない?
航平。
――お前、昔から変わってないって話。
結衣。
――何度も確認するところ。
航平。
――慎重なところ。
結衣。
――困っている人を放っておけないところ。
航平。
――一度決めたら、最後までやるところ。
しばらく返信が来ない。
「止まった」
「照れてるんじゃない?」
「創君が?」
「たぶん」
一分後。
創から届く。
――恥ずかしいから、もうやめて。
二人は同時に笑った。
◇◇◇
保育園、小学校、中学校、高校。
そして、二十一歳になった現在。
創を取り巻く環境は、大きく変わった。
制服を着ていた少年は、スーツを着て青嶺中央銀行で働いている。
東都共栄銀行へ入った十八歳の新人は、今では法人顧客と向き合っている。
友達へ『横断歩道をちゃんと見ろ』と言っていた少年は、運転免許を取り、妻と息子と娘を守ろうとしている。
その妻が、二十四歳年上の中国人女性頭取になる未来など、誰も知らなかった。
保育園の創も… 小学生の創も… 中学生の創も。
高校生の創も、結衣も、航平も知らなかった。
それでも二人には、一つだけ分かったことがある。
宮嶋創は、人生が大きく変わっても、根本はほとんど変わっていない。
何度も確認する。
慎重に考える。
困っている人を放っておけない。
一度決めたことは、最後までやり抜く。
そして、大切な人ができれば、その人のために自分ができることを一つずつ増やしていく。
それは、保育園の頃から変わらない。
宮嶋創という人間だった。
――番外編①・完。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、結衣と航平の視点から創の保育園時代から高校卒業までを振り返りました。
確認を欠かさない慎重さ、困っている人を放っておけないところ、そして一度決めたことを最後までやり抜くところ。
銀行員となり、夫となり、双子の父親になっても、その根っこは昔からほとんど変わっていません。
結婚式で再びつながった二人だからこそ語れた、少し懐かしい創の思い出でした。




