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第100話「もう一度、君と結婚する――秘密を知る人だけの小さな結婚式」


第100話です。


今回は、法的にはすでに夫婦となっている創と璟瑶が、大切な人たちの前で改めて誓いを交わす結婚式のお話です。


退院後すぐではなく、産後の回復を優先しながら準備を進め、仕事や双子との生活も続けてきた二人。


そして迎える、秘密を知る人だけの小さな結婚式。


創がもう一度、璟瑶を妻として選ぶ日です。



 双子の退院から、約一週間後。


 東京都世田谷区。


 成城の新居… 午後のリビング。


 宮嶋創・二十一歳と、欧陽璟瑶・四十五歳は、久しぶりに静かな時間を過ごしていた。


 息子も娘も眠っている。


 帝王切開による出産から、まだ日が浅い。


 璟瑶の身体は順調に回復しているものの、完全に元へ戻ったわけではなかった。


 だから、何も急がない。


 まずは母体の回復。


 そして、双子との生活を安定させる。


 それを最優先にしていた。


『なあ』


「何?」


『結婚式、やっぱりしたい?』


 璟瑶は創を見る。


「創は?」


『俺は、したい』


 即答だった。


 璟瑶が少し笑う。


「じゃあ、する」


『そんな簡単に?』


「私たち、結婚した時から普通じゃなかったでしょ」


『それは、そうだけど』


「大勢は呼ばない。秘密を知っていて、本当に来てほしい人だけ」


『小さな式?』


「うん」


『いいな』


 創は左手を見る。


 仕事が休みの今日は、薬指に4℃ BRIDALのシンプルなプラチナリングがある。


 璟瑶の左手にも、同じ指輪が輝いていた。


 二人は、すでに法的な夫婦である。


 指輪も、すでに交換している。


 それでも創は言った。


『もう一回、指輪を交換したい』


 璟瑶は少し黙り、やがて柔らかく笑った。


「いいよ」


 ◇◇◇


 数日後。


 東京都内にあるホテル・グランセレスティア東京。


 一般客とは接触しない専用入口に、送迎車が到着した。


 創は運転免許を取得したばかりだが、この日は運転しなかった。


 産後の妻と新生児二人を乗せ、慣れない道を走る必要はない。


 安全を優先し、送迎を手配していた。


 後部座席には、璟瑶と双子。


 その隣には、水城絢乃・三十一歳がいる。


「頭取、ゆっくりで大丈夫です」


「分かってる」


「階段も極力使いません」


「水城」


「はい」


「今日は秘書?」


「半分は結婚式のお手伝いです」


『もう半分は?』


「頭取が無理をしないように監視します」


『お願いします』


「創」


 璟瑶が睨む。


 だが、創も水城も気にしなかった。


 ◇◇◇


 専用打ち合わせ室。


 担当プランナーの有坂美月・三十四歳が、三人を迎えた。


「担当いたします、有坂美月です。本日はご体調を最優先に、短時間でご案内いたします」


「ありがとうございます」


『お願いします』


 有坂は事前の希望を確認する。


「少人数での完全貸切。外部には一切非公開。お子さま二名も参加。新婦様はご出産後のため、長時間の立位を避ける。こちらで間違いございませんか?」


「はい」


「承知いたしました」


 最初に案内されたのは、チャペル・ルミエール。


 白を基調とした空間に、淡い木目が組み合わされている。


 正面の大きな窓から、柔らかな自然光が差し込んでいた。


 最大四十名ほど入れるが、少人数でも広すぎる印象にはならない。


 創は祭壇を見つめる。


 ここに自分が立つ。


 扉が開き、ウェディングドレス姿の璟瑶が歩いてくる。


 その光景を想像した。


『ここ、いい』


「私も」


 少し後ろに立つ水城も、何も言わずに微笑んでいた。


 続いて案内されたのは、小規模な会食に使えるセレスティア・サロン。


 専用入口、控室、個室があり、一般客との接触を最小限にできる。


「予約情報へアクセスできるスタッフも、必要最小限に限定します。招待客名簿は非公開。スタッフによるSNS投稿や、写真の広告利用も行いません」


 璟瑶が確認する。


「招待客にも、SNSへの投稿禁止をお願いできますか?」


「ご案内文へ明記いたします」


『写真を撮るのは?』


「個人的な撮影は可能です。ただし、外部公開は禁止といたしましょう」


『お願いします』


 隣の個室には、ベビーベッドを二台置ける。


 授乳、おむつ替え、調乳に必要な設備も用意できるという。


『式の途中で二人が泣いたら?』


「泣いていただいて大丈夫です」


『本当に?』


「赤ちゃんですから」


 水城が笑う。


「宮嶋さん、病院でも同じことを言われませんでしたか?」


『言われました』


 璟瑶も尋ねる。


「二人とも泣いたら、式は止める?」


「止めても、続けても構いません。決められた進行にご家族を合わせるのではなく、ご家族に合わせて進行いたします」


 創は、その言葉が気に入った。


『ここにしよう』


「うん」


 ◇◇◇


 日程は、退院から約一か月後。


 出産から数えれば、約一か月半後。


 高峰澪奈の許可が得られることを条件とし、璟瑶の体調次第では延期できる契約にした。


 長時間立たない。


 披露宴ではなく、短時間の会食にする。


 途中で自由に休憩でき、双子の都合を最優先する。


 そうして、家族に無理のない小さな結婚式が決まった。


 ◇◇◇


 式までの間も、二人の日常は続いた。


 創は、青嶺中央銀行本店の法人営業第一部で働く。


 東央精密製作所への融資は、まだ正式審査中だった。


「宮嶋。設備が動いたからといって、すぐ売上になるわけじゃない」


 相沢拓也が資料を指す。


「売上の立ち上がりが四か月遅れた場合、運転資金がどこまで持つか、もう一度確認しよう」


『はい』


「次の訪問で、東条社長にも確認するぞ」


『分かりました』


 創は相沢とともに東央精密製作所を訪れ、東条信之社長、小田切昌弘と面談した。


 製造現場へ入り、設備の設置場所や生産工程も確認する。


 机の上の数字だけでは分からない、人の動きと現場の実態を見る。


 少しずつ、法人営業の銀行員として前へ進んでいた。


 仕事が終われば、夫と父親へ戻る。


 ミルクを作り、おむつを替える。


 哺乳瓶を洗い、息子と娘を抱き、寝かせる。


 その合間に、結婚式の招待状を確認した。


 ◇◇◇


 一方、璟瑶も短時間のリモート勤務を続けていた。


 ある日の午前十時。


 成城の書斎。


 画面の向こうに、水城と劉川景仁がいる。


「本日は午前三十分、午後二十五分です」


「少ない」


「十分です」


「少ない」


 劉川が穏やかに言う。


「頭取、昨日も同じ会話をしました」


「昨日は午後二十分だった」


「本日は五分増えています」


「……」


 璟瑶は納得していない。


 それでも、決められた時間には従った。


 久世宗一郎が国内全体。


 黒崎忠彦が法人金融。


 早乙女慶一と陳高明が市場・海外・東アジア。


 西園寺香織が地域銀行。


 御子柴泰成が人事。


 各担当が案件を整理し、璟瑶には最終判断が必要なものだけを上げる。


「頭取、終了時間です」


「あと五分」


「終了です」


「三分」


「終了です」


「一分」


「終了です」


「水城、厳しくなった?」


「以前からです」


 その時、書斎の外から息子の泣き声が聞こえた。


 続いて、娘も泣き始める。


 劉川が微笑む。


「頭取、お母さんの時間です」


 璟瑶も小さく笑った。


「はい」


 オンライン会議を終了する。


 ◇◇◇


 招待客は、本当に限られた人だけにした。


 両家の両親と姉妹、親族。


 久世、御子柴、早乙女、黒崎、劉川、水城。


 創の上司である桐生雅人。


 幼馴染の瀬川航平と同級生の小野寺結衣。


 父・和久の友人である片桐正臣。


 そして、花乃家の女将・花村千鶴。


 もちろん、息子と娘も参加する。


 ◇◇◇


 ある平日の午後。


 創は東央精密の修正版資料とともに、一通の封筒を桐生の机へ持っていった。


『桐生さん』


「何だ?」


『修正版です』


「置いておいてくれ」


『それと、これを』


 桐生が封筒を見る。


「招待状?」


『俺と璟瑶の結婚式です』


 桐生は反射的に周囲を見た。


「ここで名前を言うな」


『すみません』


「式をするのか?」


『はい。小さな式です』


 桐生は招待状を見つめる。


「俺が行っていいのか?」


『来てほしいです』


「新郎側が少ないから、人数合わせか?」


『違います』


 創は即答した。


『俺が銀行で一番世話になっている上司だからです』


 桐生は少し黙った。


「分かった。出席する」


『ありがとうございます』


「ただし、この招待状を机に置きっぱなしにするなよ」


『もちろんです』


 桐生は招待状を引き出しへしまった。


「改めて、おめでとう」


『ありがとうございます』


 ◇◇◇


 衣装合わせ。


 創はタキシードを着て、鏡の前に立った。


『自分じゃないみたい』


 水城が答える。


「宮嶋さんです」


『分かってます』


 次に、璟瑶がウェディングドレスへ着替える。


 産後の身体へ負担をかけないよう、締め付けが少なく、軽くて動きやすいものを選んだ。


 カーテンが開く。


 創は声を失った。


「創?」


『……綺麗』


「それだけ?」


『ほかの言葉が出ない』


 少し離れた場所で、水城の目が潤む。


 有坂が笑う。


「水城様、本番前です」


「分かっています」


 ◇◇◇


 式の前には、高峰レディースクリニックで産後診察を受けた。


「傷口も問題ありません。回復は順調です」


「ありがとうございます」


「ただし、結婚式で無理をしないこと」


「はい」


「長時間立たない。途中で休む。体調が悪ければ中止する」


「はい」


 澪奈は創を見る。


「宮嶋さん」


『はい』


「無理をしそうになったら止めてください」


『任せてください』


「創」


「無理、仕事、長時間の式、抱え込み。全部です」


『全部止めます』


「創」


 璟瑶だけが、不満そうだった。


 ◇◇◇


 そして。


 退院から約一か月。


 出産から約一か月半後。


 土曜日のホテル・グランセレスティア東京。


 一般客も、報道機関も、青嶺中央銀行の多くの行員も知らない。


 秘密の結婚式が始まる。


 ◇◇◇


 午前九時十二分。


 招待客が専用入口から到着する。


 全員が事前に守秘事項を確認していた。


 SNSへ投稿しない。また写真を外部へ公開しない。


 新婦の身元、創の勤務先、双子の存在を口外しない。


 これは、秘密を知る人だけの結婚式だった。


 ◇◇◇


 新郎控室。


 タキシード姿の創を、幼馴染の瀬川航平が見つめる。


「創。本当に結婚してたんだな」


『してる』


「俺、今日初めて奥さんを見るんだけど」


『うん』


「名前は?」


『もうすぐ分かる』


「年齢は?」


『もうすぐ分かる』


「仕事は?」


『もうすぐ分かる』


「お前、何も教えないな」


『だから今日、来てもらった』


 小野寺結衣も呆れたように笑う。


「友達が結婚していたのに、ここまで何も知らなかったの、初めて」


『ごめん』


「まあ、今日全部分かるんでしょ?」


『うん』


「楽しみにしてる」


 ◇◇◇


 新婦控室。


 璟瑶はウェディングドレス姿で、鏡の前に座っていた。


 そばには水城。


 後ろには母・美智子、妹の雪瑶と玲瑶、由美子、奈緒子がいる。


「お姉ちゃん、綺麗」


「ありがとう」


「本当に結婚式をするんだね」


「うん」


 美智子が娘を見る。


「璟瑶」


「何?」


「幸せ?」


 璟瑶は鏡の中の自分を見つめ、静かに笑った。


「うん。すごく」


 美智子には、その答えだけで十分だった。


 ◇◇◇


 控室の近く。


 花村千鶴が創へ声をかける。


「創君。結婚式に呼んでくれて、ありがとう」


『こちらこそ、来てくれてありがとうございます』


「やっと奥さんに会えるのね」


『はい』


「ずっと秘密だったから、気になってたのよ」


『すみません』


「事情があるんでしょ。もう聞かない」


 その時、開いた扉の向こうに、ウェディングドレス姿の璟瑶が見えた。


 千鶴の動きが止まる。


 その顔を、何度もニュースや新聞で見たことがある。


「……創君」


『はい』


「奥さんって、まさか……青嶺中央銀行の欧陽頭取?」


『はい』


「……本当に?」


『本当です』


「転職先の頭取?」


『はい』


「あなたの奥さん?」


『はい』


「双子のお母さん?」


『はい』


 千鶴は額を押さえた。


「情報量が多すぎるわよ!」


『すみません』


「頭取だなんて、普通は思わないでしょ!」


『俺も、最初は知りませんでした』


「あなたが言うな!」


 だが、やがて千鶴の表情が柔らかくなる。


「創君」


『はい』


「おめでとう」


『ありがとうございます』


「秘密は守る。花乃家でも誰にも言わない」


『お願いします』


「今度は、奥さんと一緒に食べに来なさい。双子も大きくなったら連れてきて」


『絶対に行きます』


 ◇◇◇


 午前十時五十分。


 チャペル・ルミエール。


 招待客が着席する。


 人数は少ない。


 しかし、全員が二人の人生に深く関わってきた人たちだった。


 双子は会場近くの専用スペースにいる。


 泣けば、すぐに対応できる。


 創は祭壇の前に立った。


 銀行の採用面接より、仮免試験より。


 卒業検定や本免学科試験よりもずっと緊張していた。


 音楽が流れ… 扉が開く。


『……』


 欧陽崇岳・七十二歳にエスコートされ、ウェディングドレス姿の璟瑶が現れた。


 産後の身体へ負担をかけないよう、ゆっくり歩く。


 一歩、また一歩。


 創と璟瑶の視線が重なる。


 崇岳は創の前まで来ると、娘の手を創へ預けた。


「創君」


『はい』


「頼んだよ」


『はい』


 創は強く頷いた。


 璟瑶が隣へ並ぶ。


『綺麗』


「衣装合わせでも言ったでしょ」


『何回でも言う』


 ◇◇◇


 進行は短く、必要な時だけ立つ形に調整されていた。


 二人はすでに法律上の夫婦である。


 今日は婚姻届を出す日ではない。


 それでも、大切な人たちの前で、もう一度お互いを選ぶ。


 創は璟瑶を見つめた。


『欧陽璟瑶さん』


「はい」


『俺は、あなたともう結婚しています』


 会場に小さな笑いが起きる。


「知ってます」


『でも、今日、もう一度みんなの前で言いたいです』


 創は一度息を吸う。


『楽しい時も、苦しい時も、仕事で悩む時も、二人の子どもに同時に泣かれて、どうしていいか分からなくなる時も』


 璟瑶が少し笑う。


『俺は、璟瑶の隣にいます』


『頭取だからじゃない』


『二十四歳年上だからでもない』


『俺が好きになった、璟瑶だから』


 璟瑶の目が潤む。


『これからも、夫として、父親として、一緒に生きていきます』


『もう一度、俺の妻でいてください』


 璟瑶は真っ直ぐ創を見る。


「はい」


「もう一度、創の妻になります」


 今度は璟瑶が誓う。


「宮嶋創さん」


『はい』


「私は、銀行では頭取です」


「多くの人の仕事と生活に責任を持つ立場です」


「でも、家に帰れば、あなたの妻で、息子と娘の母親です」


「私は、そのどちらも大切にします」


「そして、一人で全部を背負わず、創を頼ります」


『それ、絶対に守って』


 会場に、また小さな笑いが起きる。


「創も一人で背負わないで」


『はい』


「二人で、夫婦として」


「父親と母親として」


「四人で生きていきます」


「だから、もう一度、私の夫でいてください」


『はい』


『もう一度、璟瑶の夫になります』


 ◇◇◇


 指輪交換。


 使うのは、新しい指輪ではない。


 二人がこれまで身につけてきた、4℃ BRIDALのプラチナリング。


 創は璟瑶の左手を取り、薬指へ指輪を通す。


『もう一度、よろしく』


「こちらこそ」


 今度は璟瑶が創の左手を取り、同じ指輪をはめる。


「おかえり」


 創は一瞬、目を見開いた。


 仕事から帰宅し、外していた指輪を戻す時。


 いつも璟瑶が言う言葉だった。


 創は笑う。


『ただいま』


 水城の目から涙がこぼれる。


 劉川は隣で微笑み、久世も穏やかに見守っていた。


 美智子と恵美子も、涙を拭っている。


 ◇◇◇


 誓いのキス。


 創が少し緊張する。


「創。今さら緊張?」


『みんなが見てる』


「夫婦でしょ」


『そうだけど』


 創は璟瑶の頬へ触れ、静かに唇を重ねた。


 一度離れ、もう一度だけ短く重なる。


 長すぎない。


 しかし、二人の気持ちを確かめるには十分なキスだった。


 唇が離れた瞬間、チャペルが拍手に包まれる。


 黒崎が小さく呟く。


「本当に宮嶋なんだな……」


 早乙女が笑う。


「まだ言っているんですか」


「だって、頭取だぞ」


 桐生も頷く。


「私も最初は驚きました」


 御子柴が口を挟む。


「私は結婚を知った後、双子のことは出産当日に知らされました」


「御子柴さん、まだ気にしているんですか」


 久世に聞かれ、御子柴は答える。


「少し」


 ◇◇◇


 その時。


 会場の近くから、小さな声が聞こえた。


「ふぇ……」


 続いて、もう一つ。


「ふぇぇ……」


 創と璟瑶が同時に振り向く。


 息子と娘が目を覚ましたのだ。


 有坂が微笑む。


「お二人からも、お祝いですね」


『泣いてるだけ』


「いいの。今日はそれで」


 二人には、まだ結婚式の意味は分からない。


 それでも、いつか今日の写真を見る日が来る。


 外には公開されない。


 四人の家族だけに残る、大切な記録になる。


 ◇◇◇


 挙式後。


 セレスティア・サロンで、小さな会食が始まった。


 派手な余興も、長い進行もない。


 家族や友人、秘密を知る銀行関係者が、食事をしながら話す。


 それだけで十分だった。


 璟瑶は座って過ごし、必要なら途中で休憩する。


 双子のための個室も用意され、授乳やおむつ替えもすぐにできた。


 ◇◇◇


 会食の途中。


 瀬川航平と小野寺結衣が、創のもとへ来る。


「創。俺、まだ混乱してる」


『何が?』


「お前の奥さん、青嶺中央銀行の頭取だぞ?」


『うん』


「うんじゃない」


 結衣も笑う。


「中学生の頃、創君が将来、銀行の頭取と結婚するなんて、誰が想像するの?」


『俺も想像してない』


「しかも二十四歳差で、同じ銀行で、双子までいる」


『うん』


「情報が一つずつ強すぎるんだよ」


『ごめん』


 結衣が、少し離れた場所にいる璟瑶を見る。


「でも、幸せそう」


 創も妻を見る。


『うん。幸せ』


 そして、二人へ念を押す。


『ただ、まだ周りには言わないで』


「市役所でも言わない」


「俺も、同級生にも友達にも言わない」


『ありがとう』


「いつか公表するのか?」


 創は少し考えた。


『今は分からない』


『今は、家族を守りたい』


「分かった」


 ◇◇◇


 花村千鶴も、創のもとへ来る。


「創君。最後にもう一回だけ聞いていい?」


『はい』


「本当に、欧陽頭取が奥さん?」


『本当です』


「もう何回聞いた?」


『たぶん五回』


「だって、信じられないのよ!」


 千鶴はため息をつく。


「でも、本当におめでとう」


『ありがとうございます』


「奥さんと双子を大切にしなさい」


『はい』


「それから、自分も」


『俺も?』


「二十一歳で、仕事をして、夫と父親もしているのよ。あなたが倒れたら困るでしょ」


『はい』


「今度、四人で花乃家へ来なさい。ちゃんと食べさせるから」


『お願いします』


 ◇◇◇


 別のテーブル。


 宮嶋和久と、友人の片桐正臣が話していた。


「和久。お前の息子、すごいな」


「何が?」


「結婚相手が頭取で、二十四歳差で、双子までいる」


「俺も最初は驚いた」


「もう慣れたのか?」


「息子の妻だからな。頭取でも、家では創の妻だ」


 正臣が少し笑う。


「父親してるな」


「お前も、市民生活部長が結婚式ではしゃぎすぎだ」


「いいだろ。めでたいんだから」


 二人も笑う。


 和久は、少し離れた場所にいる創を見る。


 いつの間にか、息子は夫になり、父親になった。


 その隣には妻がいて、孫が二人いる。


「正臣」


「何だ?」


「来てくれて、ありがとうな」


「当たり前だ」


 ◇◇◇


 最後に、写真を撮る。


 まずは、創、璟瑶、息子、娘の四人。


 次に両家の家族。


 そして、招待客全員。


「皆様、こちらをお願いします」


 有坂の声に合わせ、シャッターが切られる。


 その写真は、青嶺中央銀行の社内報には載らない。


 SNSにも、ニュースにも、新聞にも載らない。


 成城の家にある、家族のアルバムだけに残る。


 秘密の結婚式を証明する、たった一枚の集合写真だった。


 ◇◇◇


 午後。


 式が終わった後。


 控室。


 創はタキシード姿のまま、璟瑶の隣に座っていた。


 双子は二人とも眠っている。


 招待客が帰り、部屋は静かになった。


 創は左手の指輪を見る。


 朝まで身につけていたものと、同じ指輪。


 それなのに、今は少し違って見える。


『なあ』


「何?」


『結婚したな』


「前からしてる」


『知ってる』


「婚姻届も出したし、双子までいる」


『それも知ってる』


「じゃあ、何?」


 創は妻を見る。


『もう一回、結婚した』


 璟瑶が笑う。


「うん」


 二人は左手を並べる。


『これからも、よろしく』


「こちらこそ」


 璟瑶が創の肩へ寄りかかる。


 創は妻の身体を静かに支えた。


 夫がいて、妻がいる。また父がいて、母がいる。


 そして、息子と娘がいる。


 ◇◇◇


 翌週。


 月曜日。


 午前八時五十六分。


 青嶺中央銀行本店の十八階にある法人営業第一部。


『おはようございます』


「おはよう」


 創は、いつも通り仕事へ戻った。


 黒瀬も琴葉も、週末に結婚式があったことを知らない。


 まして、花嫁が青嶺中央銀行の頭取だったことも知らない。


 桐生が創の席へ来る。


「宮嶋」


『はい』


「週末はお疲れ」


『ありがとうございました』


「今日から仕事だ」


『はい』


「東央精密から追加回答が来ている」


『確認します』


「結婚式が終わったからって、浮かれるなよ」


『浮かれてません』


「今、左手を見たな?」


『……』


「勤務中だから指輪はしていないのに、薬指を確認しただろ」


『癖です』


 桐生が笑う。


「仕事へ戻れ」


『はい』


 ◇◇◇


 同じ頃。


 成城の新居。


 璟瑶は書斎から、短時間のオンライン会議へ参加していた。


 画面の向こうには水城と劉川。


「本日は午前三十分、午後三十分です」


「増えた」


「体調が安定していますので、少しだけです」


「ただし、延長はありません」


「分かってる」


 水城が尋ねる。


「結婚式のお疲れは残っていませんか?」


「大丈夫。昨日はほとんど休んだ」


「それなら安心しました」


 少し間を置き、水城が微笑む。


「頭取。改めて、おめでとうございます」


「ありがとう」


 劉川が資料を開く。


「では、青嶺FGの経営会議案件から始めます」


「お願いします」


 璟瑶は、少しずつ頭取へ戻っていく。


 同時に、妻と母親としての時間も守っていく。


 ◇◇◇


 午後七時三十六分。


 成城の新居。


 創が帰宅する。


『ただいま』


「おかえり」


 手を洗い、着替えてからリビングへ入る。


 璟瑶は息子を抱き、娘はベッドで眠っていた。


 創が、勤務中に外していた指輪をケースから出す。


 璟瑶は創の左手を取り、昨日のチャペルと同じように、薬指へ指輪をはめた。


「おかえり」


『昨日も同じこと言ったな』


「昨日は結婚式。今日は家」


『そっか』


 創は笑う。


『ただいま』


 そして、璟瑶の指輪へそっと触れる。


『もう一度、俺の妻でいてください』


「昨日、誓ったでしょ」


『確認』


「確認は?」


『ゴールじゃない。入口』


「そう」


 璟瑶が笑う。


「はい。もう一度、創の妻でいます」


 その直後。


「ふぇぇ……!」


 息子が泣く。


「ふぇ……!」


 娘も続く。


 二人は顔を見合わせた。


『来た』


「来たね」


『俺が息子』


「私は娘」


『無理しないで』


「分かってる」


 創は息子を抱く。


 璟瑶は座ったまま、娘をそばへ寄せる。


 四人の、いつもの夜が始まる。


 結婚式が終わっても、生活には哺乳瓶、おむつ、夜泣き、仕事、睡眠不足がある。


 そして、笑顔もある。


 結婚式は一日… 夫婦の生活は、これから何十年も続く。


 婚姻届を出した日… 二人は一度目の結婚をした。


 そして今日。


 秘密を知る大切な人たちの前で、もう一度お互いを選んだ。


 宮嶋創・二十一歳。


 欧陽璟瑶・四十五歳。


 二十四歳差と銀行員と頭取。


 夫と妻、父と母。


 まだ誰にも公には言えない夫婦。


 それでも二人は、胸を張って誓った。


 もう一度、あなたを選ぶ。


 そして、これからも何度でも、同じ人を選び続ける。



 ――第100話・一旦完。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。


第100話では、創と璟瑶が「もう一度」夫婦になりました。


二人が交換したのは、新しい指輪ではなく、これまでの夫婦生活を共にしてきた4℃ BRIDALの結婚指輪。


そして花村千鶴や創の幼馴染・同級生たちにも、ついに璟瑶の正体が明かされました。


それでも秘密は、信頼できる人たちの中だけ。


結婚式が終われば、待っているのは銀行の仕事と双子の育児、そして四人で過ごすいつもの生活です。


100話という大きな節目を迎えましたが、創と璟瑶、そして息子と娘の物語はまだ続いていきます。


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