第二一話 穢れと魑魅魍魎
復讐だけを支えに生きてきた有恒は、呪術と死者の国・緑奥で、緑奥藤咲氏の中将、大伴望久と語らう。酒を酌死者と語る巫女、八岐大蛇の伝説、滅びた毛野国、そして「客神」と呼ばれる人ならざる者たちの歴史。
生と死の境界が曖昧な土地で、有恒は初めて自らの存在そのものと向き合うことになる。鬼であり、人でもある己は何者なのか。そして、帝すら覆しかねないひとつの危うい思想が、その胸に芽生え始める――。
有恒は緑奥の地で、大伴望久と出会った。望久と、酒を酌み交わし、緑奥のことを聞いた。ここは呪術が盛んな土地であり、人々は生と死の狭間、その曖昧な境界線を綱渡りするように生きている。魑魅魍魎は、この緑奥国の山岳部、かつて義仲が支配した土地から盛んに発生していた。未だ人が飼い慣らせぬ土地が、命なくして害を成す存在を産むのである。
巫女やイタコが肉体を失くした者を降霊させ、生者とその者の間に立って、会話をさせるのである。この土地では、死の概念が、他所とは異なる。死もまた人生の一部であり、終わりではないのである。
その摩訶不思議な思想が、有恒の心に刺さった。命のやり取りだけが、復讐と自己の存在価値のすべてであった有恒にとって、死の向こう側の世界という概念は、彼を否定するものでありながら、また魅力するものでもあった。
「信じぬやも知れぬが、某は須弥山へ参ったことがありまする。それを知ればこの世で味わうことができる幸福や快楽など、一夜の内の幻覚にも等しいと思える」
「信じましょう。人はこの世の理を、未だ理解してはおりませぬ。否定する道理など、ありますまい。して……何故かようなことを申されたのですか」
「須弥山は、死の世界であると、登った当初は考えており申した。なれども、この現世よりも、全てが生き生きとしておりました。生きとし生ける物すべてが……最高の姿で、ただ生きておったのでござる」
有恒は立ち上がり、夜風に当たって火照りを冷ましながら、器の酒を飲みほした。そして再び、話しはじめた。
「今まで殺した敵は皆、その須弥山へ登ったのでござりましょうか。死後の世界たる幽世とは即ち、須弥山のことなのでござりましょうか」
「その問いは、坩堝にハマっておるが故の問いにござりましょう」
「それは如何様な意味にござりましょうか」
「この現世は広い。緑奥は秋津洲にあり、秋津洲は大陸の端の島にある。大陸は、我らを見下ろす華国が支配するも、果てしない海や空、大地を支配しきることはなく、その大半は未だ未知が広がっております。少なくとも、某はそのように、華国の書物や僧侶から学んでおりまする。その何処に、須弥山はあるのでしょうなぁ……須弥山の中に幽世があるのか、あるいはその逆か。あるいは、その他にも人が行けぬ場所があるのやも知れませぬ。生者が行けぬ場所が……」
「地獄も……あるとお考えか」
「否定はできませぬ。それだけにござりまする」
「某は、海の向こうを知らぬ。この秋津洲は北も、南も、東も西も、海に囲まれておりまする。海の向こうを知れば、地獄を信じられるやもしれませぬ」
「この世こそ、地獄ではござりませぬか」
「ならば死んだ者は何処へ参るのか。某は、敵が幸福な須弥山のような場所へ行き、某や、某の御味方どもが地獄のような場所へ行くことが、許せぬのでござる」
「それは本音でござろう。御辺は正直な御方と、お見受けした。悟りを開くまで、その真実を知ることは叶いませぬ。そしてこれは私見にござるが……それは、死ぬよりも困難なものにござりましょう。ただ、地獄も須弥山もあると信じ、どちらが自らの黄泉の国となるか、間違いを犯さぬように生きるほか亡きものと、心得まする」
「御辺は、愚僧よりも信心深うござるな」
「土地柄にござる」
そう言うと望久もまた器の酒を飲みほし、「夜は長い。座られよ」と言い、また酒を注いだ。有恒もまた着座しなおし、酒を注いでもらい、飲みはじめた。
望久は緑奥の歴史を話した。
かつてこの地には、毛人と呼ばれる蛮族がおり、彼らの国は毛野国と呼ばれていた。秋津洲を治める当時の皇室は四道将軍と呼ばれる四人を各地の制圧に派遣する国家事業のまっただなかにあった。
元々、大王と称していた帝であったが、この頃には華国の古典から引用し、東の神を意味する天皇と名を改めていた。大和を中心とした大王家の支配地がある島々は、須らく皇室が統治する支配地であるとして、この制圧事業を行っていたのである。
この毛野国もまたその勢力拡大事業の一環として、攻めた。平定は、皇室の尊厳のために、必要不可欠なことであった。それは皇紀一四一九年、約四百年前という太古の昔の出来事であった。
当時の皇室は、隼人族をはじめとした健児と呼ばれる武力集団を主力の軍勢としていた。だが彼らの力は、毛人の前に歯が立たなかった。毛人らは土蜘蛛に跨り、地の利を活かした突撃を繰りかえす蛮族なのである。またこの地は元より呪いの力が強く、毛人らは呪いの力を逆手に取り、災いを遠ざけることで、呪いの力や土蜘蛛のような魔の者と共存していた。神の力が及ばないというのは、朝廷方の誤算であった。出雲の国や吉備国、筑紫島は最終的に、天照大御神の直系である朝廷に、祖先の英霊が力を貸すことで平定してきたのである。また誤算は、他にもあった。隼人族ら健児もまた、力で屈服させられた異人であり、朝廷のために血を流し苦しむこと、そして自らと同じ苦しみを目の前の毛人に与えることに、抵抗があったのである。
「内裏はあなたがたを土人と呼び蔑む。毛人の皆様も、いずれ我らと同じく、戦で血を流す存在として使い捨てられる」
「長く抗えば、長く苦しむ。隼人族も、その他の諸族も、我らと同じ。生まれこそ違えども、共に抗う友です」
幾年も続く戦の中で、隼人族ら健児や毛人らは、互いに心を通わせるようになった。強大な力で秋津洲を照らす朝廷に敵わずとも、同じく抵抗の意志を持つ同志として、彼らは戦いの最中に交わり、そして死んでいった。
混血した集団は、朝廷にまつろわない民を意味する蝦夷として、激しい攻撃が続けられた。それは、この毛野国の地を八百万の神々の光で清めようという、もはや絶滅させるまで終わらない戦いとなることを意味していた。
貴族軍人である大伴氏は朝廷の命で鎮守府を開き、鎮守府将軍の権限で、隼人族ら健児を率いて戦を続けた。それは、若い健児にとっては、毛野国の呪力を帯びた同胞との殺しあいを強制されていることに当たり、簡易的に形成されてしまった蠱毒の儀式は、彼らの怒りや苦痛を増幅させ、土地を穢した。
やがて生まれたものが、魑魅魍魎である。八百万の神々のように、大小様々な存在が生まれ、時には人に害を成しながらも時として土蜘蛛のように共存する。すぐさま魑魅魍魎は、この土地を代表する存在となった。
そして八岐大蛇が、この現世、人の時代に、現れたのである。それは神々の世界に現れる邪神、荒御魂であると思われていた。しかし、八百万が根付かないこの毛野国にて、八岐大蛇は確かに現れたのである。
魑魅魍魎は神か、穢れか。その問いに答えはない。だが今にまで続く答えを探求する旅路にて、手助けとなる存在もまた、この戦いの中で姿を現した。
客神である。
それは人の姿をした、別の何かである。時には獣や虫、得体の知れないものとして現れるが、いずれにせよ、それは彼らの本当の姿ではない。だが本当の姿ではないとも、言いきれない。客神は、生きとし生ける者の中にある神性が、その者の生物としての本質を凌駕した結果の姿である。が、それと同時に、死後に現世から消えかけている魂が、そう呼ばれることもあった。
客神の中には、オシラサマ、ゴンゲサマと呼ばれる存在が、毛野国の至るところ、様々な時代に幾度となく現れた。
人とは、魑魅魍魎である。そして、神である。そう語る賀茂宿禰という男は、自らの強力な呪力を用い、魑魅魍魎を飼い慣らす呪術を学問として体系化させた。更なる進化を目指し、彼らは山伏として人里を離れて修行を行う修験者となった。彼らもまた客神とされ、人智を超えた存在となり、彼らが育み脈々と受け継いでいった呪術の知恵が、やがて八岐大蛇を鎮めた。
そしてこの呪われた大地に再び草木が生え、人が広く住むことができる土地に戻っていった。それから彼らはその技術を秘匿し、呪術や土蜘蛛らと共存していた毛人はここに消滅し、毛野国は大多数の蝦夷と、少数の修験者の国となった。
客神という概念を知った有恒は、自らがそれに当てはまると思った。人であり、人ではない。そして鬼は魑魅魍魎であり、魑魅魍魎ではなく、人の果ての姿であるとも言える。自分は一人ではないと思った。どういう意味か、すぐには解せなかった。兄やその仲間が敵対したせいか。きっとそうだ。鵄錦がいようとも、帝が御味方であろうとも、自分は鬼であり、純粋な人間ではない。気にする必要も無いと飲みこんでいたその事実が、兄や武士らとも決別によって、心の内側の奥深いところから、悲しみの洪水によって湧き上がって来てしまったのであろう。だがそれは必然であり、幸運である。こうして、緑奥にたどり着いた今、遥か古の世界では自らと同じ曖昧な存在が溢れ、人であり人でない存在など、なんら不思議なことではなかったということを、誰よりもありがたく、理解することができたのである。
しかし、有恒の脳裏に、ひとつの理論が出現した。過去は不思議な存在ではなかったという事実は、やはり今は、不思議な存在であることを証明してしまっている。
帝は一体どうなのであろうか。
帝は、八百万の神々の祖先天照大御神の直系でありながら、自らも現人神であるという。
半鬼半人である自らも、帝と同様に、特別な存在、金烏や大乗と呼ぶことができる存在なのではないか。
今、この秋津洲を支配しているのが帝であるから、その血や威光、権威はあまねく秋津洲を照らし、誰もがひれ伏してきた。古の世界においては、華国の皇帝にも、同じ天子の称号を使用することを認めさせるほどの存在感を放っていた。つまり八百万の神々は、秋津洲という島々だけに根付く神々ではなく、他の人々や神々のように、大いなる存在として世界に認められたということなのである。
しかし帝の一体どこが、そんなにも特別なのであろうか。
四百年の昔に行われた古の戦が、魑魅魍魎を、祓うべき悪しき存在であると定義づけたにすぎたのではないか。そうであるならば、この有恒自身も、帝に並び立つ、特別な存在、即ち天子と呼ばれるに相応しい存在なのではないか。
有恒の中に、帝でさえいつかは滅ぼすことが出来るのではないかという、にわかな正当性を感じた。力はある。古の魑魅魍魎らの復讐という大儀があるならば、いつかはその行動も、正しい行動であったと認められるような気がしたのである。
しかし、なぜであろうか。どうにも、いますぐ行動に起こそうという気が起きなかった。わからない。わからないが、なぜだか、今までのように即断できないのである。
そして、理由に気づく。それは、有恒の関心を引いた話に由来していた。
「八岐大蛇が起こした大津波によって命を奪われた死者が、客神として現れたというお話しをもう一度聞かせてはくれませぬか」
「このお話は、なかなかに理解しづらいが、心を引く。其は、某も同じでござる」
それは、八岐大蛇が暴れていたころの話である。
八岐大蛇が起こした大津波は毛野国の海辺の村や集落を多く飲みこみ、一瞬にして大勢の命を奪った。それは非情なことである。意味も、大義もない、厄災の犠牲となったのである。
そうして数えきれないほどの命が波に攫われ大海へ流されたことを、受け止めきれない人もまた数知れず。人々は夜な夜な、愛した人が助けを呼んでいるのではないかと思い、あるいは、死んでいても良いから、せめて亡骸だけでもと思い、またあるいは、最後に客神の霊として、お別れがしたいと思い、海辺を彷徨った。
ここに神はいない。だが、救いはあると信じたかった。そうしたとき、妻を亡くした男が一人、妻の姿を見た。妻は木綿の着物を身にまとい、その姿はまるで、出会ったばかりの頃のような艶やかで美しい、少女の姿であった。貧乏をさせてしまい、いつもボロボロな布切れを着せてしまっていた男は、それが妻であると悟り、どこか肩の荷が降りた。涙も、怒りもない。ただ美しく、儚さを感じた。
別れを告げようと声をかければ、妻は、笑った。しかしその側には、見知らぬ男がいた。それはやはり、この世の人ではないことが、直感的に分かった。思い返せば、その男は妻の初恋の人であり、戦でとうに死んだ男であった。
二人は、現世から離れ、本懐を遂げたのである。妻は現世に残した子供たちや夫である自分よりも、初めて心を奪われた男と結ばれることを選び、だからこそ、死していながら、こんなにも幸せそうなのである。
妻は死んだのである。その事実だけが、ただ男にのしかかった。
「死者は必ずしも、現世と地続きの存在ではないと、某は解釈致しましてござる。つまりは、現世を生きるための衣を脱ぎ捨て、より、真の姿、言うなれば本心のみで形作られるむき出しの魂が、はだける。それが、死であるように聞こえましてござる」
「随分と、深読みをなさる。この望久、かようなことにまで思いを馳せることは叶わなんだ」
「其は、褒めすぎというもの」
「いいや、有恒殿。その考えは、ただ学ぶ者には思い至ることができぬ、才ある証拠にござろう。よろしいか有恒殿、某は、古の毛野国の蝦夷とは異なり、仏の道さえも学んでおりまする」
「其は、某も同じでござる」
「実にも。仏は、この秋津洲よりも進んだ大陸の考えを含んでおりまする。故に普通は、その考えに縛られ、ただ成仏する前の霊魂がもたらした悲劇であ ると感じ、嘆くにとどまりしょうぞ。さりながら御辺は、仏僧でありながら、死の意味を問いなおしておられる。人は皆……死を恐れておりまする。分からぬ故に恐れるが、その先を知ることなど、未だかつて起きてはおりませぬ」
「実は、都で篁清季が隠し持っておった書物に、釈迦如来が語る、輪廻という概念が記されておりましてござる。死は終わりではなく、苦しい人生が再び始まる区切りに過ぎぬと記してござりました」
「苦しい人生が始まる区切りとは……救いのなきことよ……」
「死が終わりではないのなら、某は何のために、命を張って、敵を討伐して参ったのか。某は今まで……良き生き方をしたものは極楽浄土へ参り、悪しき生き方をしたものは奈落の底、地獄へ落ちたのだと信じており申した。なれども釈迦如来は死後の世界を認めておりませなんだ。討った敵や……討たれた御味方、母上や父上が、皆ひとしく再び生まれおちたのであれば、ただただ虚しく思えてまいりまする」
「この世は地獄……終わりを告げる末法の時代であるとは、言い得て妙よのう……。有恒殿は、死を理解できぬ故、こうして、生と死がおり混ざる緑奥の歴史に興味をお持ちなのでござりまするな」
「死が終わりでは無いならば、現世での栄光も、幸福も、ひとときの目眩のごときものに過ぎぬと、思わされてしまうのでござる。力が抜けてしまいまする。全ての努力も、死によって奪われいつかは自らのものではなくなり、再び別の誰かとして同じ苦労を行うなどと……」
「釈迦如来とて、悟ったのは真理のひとつに過ぎませぬぞ、有恒殿。その証拠に、我らの周りには、釈迦如来がおられた天竺にはない、魑魅魍魎がおりまする。本地垂迹は、八百万の神々と仏を同一のものであると解釈したものの、魑魅魍魎や、仏の教えでは救われぬ事象が数知れませぬ。釈迦如来とて、万能と呼ぶのは過言であると申せましょう」
「仏の道も、時や場所によって、意味や解釈が変わり、再び仏が生まれ出ることもあれば、消えて忘れ去られることもあるのでござりましょうな。……消えた緑奥の神々としての魑魅魍魎。毛野国の終わりや緑奥国の誕生についても、教えて頂きたく」
「喜んで、お話致しましょうぞ。まだ、夜は長うござる」
八岐大蛇が鎮められたのち、蝦夷を率いる英雄が現れた。その名は阿弖流為。
大伴氏は、八岐大蛇が暴れる傍ら、毛野国と朝廷の支配地の境目に、城を築いた。鎮守府を開いたのである。彼は鎮守府将軍として、未だ朝廷にまつろわず敵対を続ける蝦夷を滅ぼすべく、再度侵攻を開始した。
呪術を失い、魑魅魍魎によって住処を奪われた蝦夷にとって、武具兵糧が揃う軍の攻勢は防ぎきれないものであった。阿弖流為の求心力と、圧倒的多数の蝦夷という兵力差をもってしても、形成は覆すことができなかった。阿弖流為は捕縛され、また多くの蝦夷が俘囚という扱いを受けた。それは穢多非人にも似た扱いであり、最悪の身分である。勇敢で仲間思いな蝦夷は、戦に敗れたことで、僅かな富、故郷、仲間、そして尊厳に至るまで、その全てを奪われたのである。
俘囚は仲間と分断され、それぞれが太安京を中心とした街へ送られ、労働に従事させられることとなった。
戦ののち、この毛野国は大きく変化した。
戦の最中に山中にて修験者と出会った副将軍安倍氏はそこで呪術に魅せられ、修験道を極めるべく動いた。
朝廷は毛野国を解体したのちに将軍らに帰京を求めた。だが副将軍安倍氏の強い反対を受けた将軍大伴氏は、鎮守府による魑魅魍魎退治、つまり事実上の鎮守府による同地の統治を要求したのである。
朝廷は条件付きでそれを承認した。蝦夷の俘囚ら、そして大半の健児らを鎮守府から切りはなしたことで、反乱の可能性は低いと考えたためである。
朝廷は名無しの城を緑奥城と名付け、皇紀一四六四、実に四五年にも及ぶ長き戦は収束した。
朝廷の八百万の神々を毛野国へ広める御役目を担った安倍氏であったが、彼はそれを怠り、呪術会得への修練に励む中で、ついに修験道の開祖賀茂宿禰と邂逅した。
賀茂宿禰は、常夜と現世を往来する客神であると、人々は噂した。賀茂宿禰の指導によって安倍氏は呪術を会得し、その子孫は賀茂宿禰と共に修験道を発展させた陰陽道を始めた。安倍氏から分家した土御門氏は、のちに朝廷に仕える貴族となった。
それは、陰陽道が独自に発展したことの証左であり、それは同時に、安倍氏ら鎮守府が、この毛野国に八百万の神々を根付かせる時が訪れなかったことの証左でもある。
戦の集結から一年と経たずして、鎮守府将軍大伴氏は病没した。副鎮守府将軍安倍氏は昇進を拒み、閉府した。しかし安倍氏は、毛野国の穢れが太安京まで及ばぬよう、結界を張り、盾となった。蠱毒の穢れは、侵略者である朝廷に狙いを定め、それはまるで太安京を蝕む剣のようである。安倍氏は修験者と呪術を秘匿し守るため、盾という名目で、朝廷にそれらが悟られないようにしたのである。
話を聞き終えた有恒は、どっとため息をついた。やはり、帝など小物である。臣下の小細工に騙され、八百万の威光が及ばない穢れた土地の、呪術や魑魅魍魎という、秋津洲を根底から覆しなけない脅威に対する警戒をやめてしまったとは実に愚かであるように思えた。
「望久殿、魑魅魍魎とはなんでしょう。考えれば考えるほど、分からないという思いが増える一方にござりまする」
「答えが分かるものなど、おりますまい。魔の者であることは確かなれども、生者か死者か、命などないのか、神か、はたまた……。確かなのは、その大半が人の敵であるということのみにござる」
「魑魅魍魎は何処から沸いてでるのでござろうか。この有恒、其が無性に知りとうござる」
「毛野国は、緑奥のみならず隣接する一部の東国も、その故地にござる。よろしいか有恒殿、勇猛果敢な武士が今日まで数百の年月、数えきれぬほどの魑魅魍魎を祓ったのは何故か、それは、陰陽道の大家が同じだけの歳月を費やしてその正体を暴こうとしてもなお、暴けなかった故にござりまする」
「毛野国は、緑奥と一部の東国に跨るほど大きかったのでござりまするな。先刻の、信心深さは土地柄というお言葉の重み、ようよう理解致し申した」
「救われたいのは民草も武士も、貴族も帝も同じこと。死は怖い。分からぬ故、怖い」
日が昇ろうとしていた。望久は、少しだけ酔いが回ったようであるが、有恒はそうではなかった。
「寝所へ戻るがよかろう有恒殿、数日お休みになってから、望衡様と軍議をなさるが良い」
「少し、酔い覚ましに散歩を致しとうござる」
「左様か、伴の者を」
「いえ、不要にござる。遊山をして参りまする」
「遊山とは……いやはや、お元気だ」
望久と別れた有恒は、鵄錦を叩き起こして、緑奥城の中にある山を登った。ここで法眼に会えなくとも、修験者に会えれば、それで良かった。ここで会えないならば、緑奥中の山々を歩きまわる覚悟である。
天狗の法眼もまた、自らと同じく、魑魅魍魎である。被差別民によって生まれた、故郷を同じくする友である。皆等しく、客神なのである。




