第十七話 宇治平野の戦い
京は鬼頭家に支配された。
略奪、暴虐、殺戮――鬼頭義仲の軍勢によって都は地獄と化し、朝廷は存亡の危機に立たされる。だがそのとき、東国から一人の英雄が現れた。
名は蔵馬有恒。
魑魅魍魎の大群を単独で退ける武勇を持つ若武者は、天下を揺るがす戦乱の中心へと躍り出る。
皇紀一八二八年 九月中旬
京は乱暴狼藉に晒されていた。それは東国の雄牛、鬼頭家の家人らによるものであった。彼らは村落で飯を奪って食うことが当たり前の者どもであり、野良犬のような気性の荒さがあった。そんな者どもが京で野放しにされれば、飯や家財は奪われ、女は慰み者とされたのちに子供共々拐われるのである。太安の京は篁家によって地獄に変えられたと思われたが、京の人々はまだ地獄を知らなかったようである。意味もなく、暴力が振るわれ、人が死ぬ。良家の娘も街中で身ぐるみを剥がされ陵辱されることが、日常茶飯事となったのである。人が餓死し、骸や汚物が溢れるなど、僻地の日常。地獄とは鬼頭家がもたらす様な、あからさまな弱肉強食。つまるところ、悪意や理不尽といった、人がもたらす不条理が満ちる世界のことを指すのである。
九月某日の朝議に於いて、式部丞力石実朝は、緑奥守鬼頭義仲に対し、詰問した。
「朝敵となった清和氏でありながら、緑奥守としての任を召し上げられないままでいられた恩を、仇で返すのか! 貴殿は朝廷の臣なれば、京を荒すなど笑止千万!」
その怒気は、派閥を超えた朝廷の総意そのものであった。義仲と同じ派閥である権大納言有栖川具篤も、同様の思いであった。
義仲は応えた。「褒美が足りねば有るところから奪う他ありませぬ。もっと寄越されよ」という欲望に満ちた言葉に、貴族らは呆れかえった。
これでは篁家の方がマシであったかもしれない。そういう元も子もない考えが、貴族のみならず、京の住民のすべてに満ちていた。
実朝はそこに勝機を見出した。
同月中に実朝は動いた。上皇の宣旨でもって義仲を正式に征夷大将軍に任命し、西へ逃れた朝敵篁家の討伐を命令したのである。
やがて義仲が出兵した直後の十月九日、上皇は清和朝頼を赦免し朝敵から一変、国司恵我守、五条守に任命し、十月十四日には臣下として上洛するよう要求したのである。つまりこれは、鬼頭家という鬼を、京から祓えという意味であった。事実上、鬼頭家をも朝敵に認定したにも等しい宣旨に義仲が気付いたときには、すでに為す術はない。義仲は近畿にて篁是重率いる篁家と交戦し、上洛できない状況となっていた。
「このままでは……京を朝頼に奪われる!」
京には金道、金平親子を残していた義仲であったが、鬼頭の家人の数は少なく、朝頼の手に掛からずとも、その接近を知った誰かによって殺されることは十分に有りえる。検非違使でさえ掌握できておらず、検非違使を使った貴族が天誅を下そうと逸ることも考えられるため、今すぐにでも上洛しなくてはならないと、義仲は考えた。
「吉清よ、ここは其許に託す故、俺様は光雪を伴って京へ向け今日の内に出立する。数百の供廻りも同行させるが、異論ないか」
「異論ござり申さず。某ならば、三千足らずでも、貴族武士の本拠地を陥すなど赤子の手をひねるが如し。我が殿のご武運をお祈り申し上げ候」
「しからば、謀った貴族のクズどもを蹴散らし、すぐさま従わぬ検非違使を斬って、数日のうちに検非違使を掌握する。これで以って京の守りを固め、我らの足場を固めて参る。しばしの別れじゃ、吉清よ!」
「しからば、これにて!」
義仲は数百の家人を連れて東北へ進み、京へ向かった。しかし検非違使はすでに力石実朝ら徳仁上皇派の命令によって京の西門、南門を固く閉ざしており、義仲の侵入を拒んだ。御味方の危機に我慢がならなかった義仲は荒れくるった戦いぶりをみせ、強引に西門を破り、内裏宮へ攻めのぼった。
そのころ内裏宮では、右大臣菊小路詩麻呂が徳仁上皇と茶を煎じ、穏やかな時を過ごしていた。
「いつから麻呂たちは、帝を天子様とお呼び奉ることになったか。そも、天子様は内裏様。其は、この内裏宮の主であったからでおじゃる」
「竹仁は、余の子なれども余の子にあらずや。正室、篁紀子の子であり、ひいては篁家の子であった。この内裏宮は皇室の屋敷から、篁家の屋敷へと変わってしもうた。それ故、余は皆の者へ、帝を内裏と呼ぶことを禁じた」
「篁家が退いてもなお、鬼頭の山猿が京を荒らしつづけておる現状は、穏やかならずや。ちと手荒な真似をしてでも、義仲や吉清を除く猿仲間を、今このうちに殺すほかあらしゃいませぬな」
義仲は検非違使を振りきって内裏宮へ突入した。血だらけの義仲や光雪をはじめとした武士の姿に、徳仁上皇と右大臣詩麻呂は戦慄した。京のみならずこの内裏宮ですら、もはや皇室の穢れなき御心が靖られる神聖な場所ではなかったのである。
「京へ招いておいて……役目を果たせば次は朝敵たる朝頼を招くとは、言語道断。悪党……痴れ者……弱者が」
義仲は右大臣詩麻呂、徳仁上皇は、鬼頭義仲本人の手によって首を刎ねられた。刀をひと振りしただけで、朝廷きっての上流貴族や治天の君であっても、その体は下民となんら変わりない切れ味で、一刀両断された。
結果として政敵を排除した具篤であったが、彼は喜ぶことはできなかった。義仲と顔を合わせて以降、謎の発疹により、体は弱っていた。千の針で体を刺されたかのように、赤く、そして酷く痛む。具篤は、長く苦しむ毒に、犯されたように感じていた。
義仲もまたこの頃、京の南側からやけに、刺されるような不快感に襲われるようになっていた。
「南……陰陽寮がある。まさか俺様は……本当に人ならざるものになってしまったのか……?」
それはまるで、眩しすぎる真夏の太陽。全身が爛れる程の業火。義仲は、日に日に強まるその不快感から逃れようと、京を飛びだしていた。
京の東側にある宇治平野に陣を築き、戦に備えることで、自らの行いがあくまで戦備えであると己へ言いきかせた。
同月中に、西方で篁家と交戦していた足利吉清は、戦果を挙げて義仲の許へ帰参した。彼が挙げた首級は、篁宗季側近の小藪藤孝のものであった。どうやら宗季と共に逃れる途中ではぐれたところを、討ちとったようである。
しかし今は、その手柄に褒美を与えることもできないのである。
「まずはこれをうち果たさねば。清和朝頼めを……!」
このとき、清和家勢は畿内へ侵入し、京の鬼頭家を滅ぼそうとしていた。鬼頭家勢は雄牛の旗を翻らせ、意気揚々と鬨の声をあげており、不退転の意志を見せつけていた。そのため有恒は威勢よく声を張り上げ、誰が清和の長かを、この一戦で決する覚悟を見せつけた。
清和家勢の帥は、鬼の子蔵馬有恒であり、その副将は河内炎龍重永、甲武新羅丞吉光であった。
「方々! 我が兄上清和朝頼の進退、この一戦にあると心得よ!」
有恒の言葉で全軍の士気はうなぎ登りとなった。
「突撃じゃ!」
有恒は自ら先頭を走った。帥が先陣を切るなど、少数の小競り合いならいざ知らず、千を越す大勢での合戦では、前代未聞であった。周囲の武士らを圧倒するその吶喊に、後方にて馬上から眺める吉光は笑い、重永は冷静に危ぶんだ。帥が死ぬとなれば、勝てる戦も勝てなくなる。だが重永の憂いは間もなく、霧のように晴れた。
「まるで矢を見切っておるかのようじゃ。誰も後へ続くべくもなく、あいや杞憂であったか」
有恒の鬼神の如き活躍によって、その名は天下に轟くこととなった。正に万夫不当、抜山蓋世の勇。有恒の働きに、鬼頭家勢の帥たる義仲は憤激した。だが更に憤激したのは、側近の足利吉清であった。
「武芸に武芸で応えるは武門の習い。殿、お止めあそばされるな! この吉清が鬼を……あの人外を討ちとってご覧にいれまするぞ!」
吉清は馬廻りさえ振りほどき、単騎で駆けだした。数騎の馬廻りがあとから続くも、有恒の後を追った弓騎兵によって窮地に立たされる。
「やぁやぁ我こそは! 東国武士団棟梁清和為長が一弟氏邦が嫡男、義忠の子、足利義鷹が次男、足利吉清なるぞ!」
「やぁやぁ我こそは! 東国武士団棟梁清和為長直系、清和朝頼が一弟、蔵馬遮那王有恒じゃ! 腕に覚えあらば、一騎打ちにて雌雄を決しようぞ!」
「二言はないな! !」
「ござり申さず……!」
有恒の背後にいる弓騎兵の矢が飛来しなくなったため、吉清は吶喊した。狙うは有恒の首ただ一つである。
「放て」
有恒の冷たい一言により、吉清は矢によって蜂の巣となった。落馬した惨たらしい姿の屍を馬で踏みつけ、有恒は進撃した。
義仲は冷静さを失い、無謀な全軍突撃を行った。右腕であり伴廻りの筆頭であった正妻の巴御前の静止は届かず、彼女は有恒の刃によって一刀両断され、その首が飛ぶ瞬間を目撃した義仲は激高するも為す術なく、雑兵の矢を額に受け、倒れた。
義仲の背後へ迫ろうとしていた吉光の手勢から主を守ろうと奮戦していた光雪であったが、義仲の額が矢で射抜かれる姿を見て、もはや抵抗をやめた。
「そこに御座すは甲武吉光とお見受けいたす。主を失いて、もはや戦うこともない。主に最期のご奉公仕る姿、とくとその目に焼きつけられよ。これぞ……武士の誉ぞ!」
光雪は自ら刀を口に咥えて、馬から飛びおりた。そして刀が頭を貫き、無惨な死を遂げたのである。
その死に様を見た吉光は「お見事」と呟くのみであった。
戦を制した有恒は、深追いを積極的に行って鬼頭家の武士を大勢討った。京の眼前にてそれを行うことで、京に救う邪悪な鬼を完膚なきまでに叩きのめしたことを、これでもかというほど印象付けたのである。
京には清和家の早馬にて戦況が即座に伝えられた。鬼頭義仲を討ちとったのは、東国武士団棟梁の実弟、蔵馬有恒であるという事実が、朝廷にひびき渡った。
かつて寺に預けられた無名の子供が、いまや京を救う正義の侍として上洛を果たそうとしているのである。その話は瞬く間に京中へと広がり、貴族のみならず人々でさえも、有恒の上洛を受けいれた。
三日後、桃紅城より届いた朝頼の許可によって、遂に有恒は京の東門を叩いた。そしてその日の夜には京へと入り、清和朝頼の名代として歓待を受けた。
その堂々たる振るまいと、その配下の武士らが乱暴狼藉を働かぬようよく統制する帥の姿によって、額を隠す怪しげな装いであっても、人々は彼を訝しむことはなかった。
朝廷は、清和朝頼を初めとした面々が朝廷を救うと信じることにした。いや、そう盲信する他なかった。いやそれすらも正しい表現ではない。公家衆の派閥は今、混沌としていた。上皇徳仁派は旗印を失い、また望仁親王は後ろ盾となる鬼頭家を失った。また望仁親王は病を得ており、中継ぎで即位をさせるにも適さない状況であった。このままでは、天子はこの世でただ一人、竹仁帝ということになる。朝廷が偽帝と看做す帝のみが唯一の帝というのは、朝廷の面目に関わる問題である。
困った公卿らはあれこれ考えた末に、これまで仏門に帰依していた上皇徳仁の弟、成仁を直ちに還俗、践祚させ、清和朝頼が篁家と偽帝を排除すると考えることにしたのである。
成仁は徳仁の双子の弟であったため、迂闊に京にて放置すればいつか皇位継承の火種となるからと、幼少の砌から仏の道を歩むこととなった者で、還俗して一人の人間として生きることは、そこらの子供よりも経験がないことであった。そのような者を、人間世界の位を極めし貴族の長として君臨させることに、多くの貴族は心配の色を隠せなかったが、断腸の思いでこの案を通すしかなかった。
後ろ盾となる清和朝頼は、朝儀に参内し、その威風堂々たる姿を見せつけた。それは貴族らを大いに安堵させた。「この若者は田舎の山猿とは異なる」と、一人の貴族が言ったのである。
「左大臣力石卿は、某が獣ではないことをよくご理解あそばされておられる由。真、喜ばしきことなり」
「懸念があったのか、棟梁よ」
「元は朝敵と看做された身。其が撤回なされたとは言えども、所詮は東夷と貶され、義仲の如く煙たがれるやも知れぬと懸念しており申した」
「懸念無用ぞ。そちはもはや、朝廷の臣に戻った。右大臣火野卿、それから権大納言有栖川卿もだな、そちの父君を帝のため挙兵した忠義の士として、朝敵の汚名を払うことに同意した。清和宗家は、まごうことなきそちの家系ぞ」
「あ……ありがたき幸せにござりまする……! 恐懼して、御礼申し上げ候……!」
涙を流し声を震わせる朝頼は、無礼にならぬ様に慌てて目を拭った。ようやく、常に曇っていた世界が、鮮やかに色づいた。
朝儀を終えて見つめた京の風景は、活気があり、木枯らしさえも風流に見えた。命が蘇った気分であった。
「重永よ」
「ここに」
「我が父も、この景色を眺めたのであろうか」
「実にも。そして義朝様と異なり、その傍らには我らがおりまする。清和家は、更なる隆盛を遂げまする」
「有恒は用意しておるのか」
「すでに出陣せん勢いにござりまするぞ。我らにはすぐに、新たに践祚おなりあそばす成仁親王様から篁家討伐の勅命が下りましょう。この重永も、有恒様らと共に、西国へ攻めいる所存」
朝廷は急ぎ篁家と偽帝を討伐するべく、用意を整えていた。
還俗した成仁親王はひと月の内に践祚し、清和朝頼を征夷大将軍に任命、西国の朝敵篁宗季を初めとした賊軍の討伐と偽帝竹仁の捕縛、そして三種の神器の奪取を命令した。
【三種の神器】とは、初代帝神武が橿原京にて即位した際に用いた【八咫鏡】【草薙剣】【八尺瓊勾玉】であり、これは正当な天皇の証として即位の儀式に欠かすことのできない神器であった。しかしこのとき三種の神器は篁家の手にあり、これをとり返さなければ、後の歴史で正当は誰か、誤った認識がなされる恐れがあった。
今上帝成仁は三種の神器なき即位に対し、苦し紛れの解釈をした。「先例に倣い、朕は神器なくとも即位したことを祖神にご報告し、賊より神器を奪還することを、約束する」。それはつまり、古の先帝継体の先例を指し、あくまで自らが正当であることを強調した即位を行ったのである。
朝頼は父の御霊に、篁清季の代わりとしてその嫡男宗季の首を必ずや奪い、墓前に添えることを約束した。それから、惜しくも数ヶ月前に病没した母の墓にも手を合わせた。
「憎き篁家、必ずや滅ぼしてみせまするぞ……母上!」
母が清季の世話になっていたことなど、今や知る由もないのである。
十一月
有恒は奉勅し、西進した。篁家を滅ぼそうというのである。
「兄上はこの有恒めを帥にして下さった。そればかりか、譜代の家来衆をお預け下さったのじゃ。その信頼に胸が高鳴るのを抑えられぬ。兄上……必ずや我らが悲願を果たしましょうぞ……!」
有恒らが京を出たるとき、同じく京を離れる者がいた。その者の顔は有恒らとは対照的に、覇気の失せた顔であった。
「もはやあの鬼を追いやることはできぬ。時代は変わったのだ。もう私のような、陰陽師の出る幕はなかろう」
京を離れた陰陽頭土御門道陽は朝廷へ暇乞いをすることもなく、すべての官職を捨て、二度と京へは戻らない覚悟であった。
陰陽師という下級貴族は、本来ならば上流、中流貴族の為に占い、方角や吉日を伝えることを役職としていたが、太安京の時代になってから二百余年経つと、京内にて起きた不可解な事件や出来事を調べ、人ならざる気配を放つ者をその呪力で詮議し、貴族同士の呪詛を専門とした検非違使のように、治安を守る御役目も担うようになった。
当初それは陰陽療内にて分業化されていたが、この土御門道陽が現れて以降は、ほぼ単独でそれをなし遂げるようになり、ほぼ御役目の独占状態となっていた。
そして京中に被害をもたらした朱雀上皇の祟りを祓うなどし、京中でのその信頼は歴代陰陽師の中で頂点に登った。
貴族である以上は彼もまた誰かの家礼である。主家の篁家が義朝を丁重に葬り反乱を鎮めるよう治天の君に上奏したことも、この道陽の進言があってこそであった。しかし今となっては、主家が帰ることはなくなった。六芒星の力を義仲にて使い果たした今、更なる呪力を放つ清和家の鬼に、もはや打つ手は残っていなかった。例え完全なる六芒星の力をもってしても、蔵馬有恒を滅ぼすことはできたろうか。その確信が持てぬ程に、有恒の存在は強大であった。
「ここで、晴耕雨読な余生でも送ろうか」と、呑気なことを考えていたとき、彼の前にあの男が現れた。「貴様のせいで檻の中にて腐る羽目になった。俺と決着を付けるのだ、道陽よ」と語る男は、呪禁師の芦名道陰であった。
「とっくに朽ち果てておると思うておったが、生きておったか」
「御託は良い、俺は貴様を倒さねば、次へ進めぬのじゃ」
「もう貴様が進む次などありはせぬ。我らは歳を取りすぎた。語ろうぞ、我が宿敵よ」
「語ることなどなにもない!」
「だが語るのじゃ。決闘ならば、その後でべんべんと付き合うてやろうぞ。我らには、語る時が必要ぞ」
道陰は向かい合うように座した。
呪禁師とは、朝廷に仕えずその呪力で式神を使役し、悪さを働く者のことである。悪さといえどもそれは朝廷の目線によるものの見方で、道陰は故郷に居たころ、飢饉に苦しむ民のために貴族の蔵を襲ったり、それでもなお武士を使い納税を迫る貴族らを呪詛にて殺めるなどという、決して独善的とはいえない働きをしていた。すべては、故郷の人々に人門の暮らしをさせるためであったが、朝廷はそれを認めなかった。
彼の代わりに、両親の首が刎られた。見せしめに三日三晩その首は晒された。道陰の親類は村八分に遭い、彼は居場所を失って、故郷を出た。
身を寄せたのは山賊の群れであった。民を殺し物を奪う。貴族と自分のどちらがより悪どいかなど、考えることもなかった。仕方がなかったのだと、思いこもうとした。
そんな彼の運命を変えたのは、師匠加茂宿禰との出会いであった。険しい修行を経て神通力の体得を目指す修験道の開祖にして、陰陽道を極めし超人であった。心の底から力の及ばぬ敵として立ちはだかった彼から、生き方を学ぶべく師事した。数年の修行の果てに宿禰から、数百年に及ぶ指導者としての生涯の中で、最高の逸材を京へ送ったという話を聞かされた。
「道陰よ、そなたのその才、かの者と引けを取らぬ。弟弟子として、兄弟子の壁を越えてみよ。その後陰陽道で天下を統べることができると、広く民に証明せよ」
その命令に従い、道陰は上洛し、やがて道陽を見つけた。紫色の服を身に纏う男ただ一人だけ、周囲に式神を侍らせていた。何食わぬ顔で京の朱雀大通りを闊歩しており、道陰はこの男を悪人だと感じた。
式神は、見える人には見える。そして主人が悪用し、祓われる憂き目に遭う。だから、普通は式札の中に隠し、持ち歩くのである。
道陰は道陽へ白昼堂々勝負を挑むも、舌先三寸で交わされ、我慢の限界を迎えてやがて襲いかかったが、それすらも颯爽と交わされた。それ以降、毎日の様に道陽に絡むも相手にされず、遂には民草から通報され、気狂いとして検非違使に捕らえられた。
檻に入れられた道陰を訪ねた道陽は「この土御門道陽の弟子となるならば命を助ける。共に、南の山に住む鬼を祓おう」と誘ったこともあったが、それを道陰は「鬼祓いなどしても出世はできず、こき使われるのみ。この芦名道陰、そなたを打倒し、新たな強者として陰陽頭になることで、我が師の望む陰陽の時代を築けるのだ。目上の貴族の手先として働くなど手緩い真似はせず、そなたが為せば良いものを……!」と吐き捨てる始末で、共闘などあるはずもなかった。
益々の名声を手にし、日の下を堂々と歩く道陽に対し、暗い牢で腐るだけの日陰者の自分。道陰は御役目を果たすべく式神を用いて刑部省の者どもや検非違使を殺して脱獄し、朱雀大通りにて道陽の前に立ち塞がり、勾陳と騰蛇という龍の式神を顕現した。あまりに強すぎる呪力から、その姿は他の小さな式神とは異なり、京の人々の目にも写るほど、ハッキリと現れていた。
「戦え道陽、それが運命ぞ!」
帝の許しもなく京に式神を顕現することは禁忌。それをすれば呪禁師として、死後も黄泉の国へ向かわず現世を永久に彷徨う罰が待っている。それは、式神を結界内にて顕現すれば、京の結界を壊し、荒ぶる悪神である荒御魂や、魑魅魍魎や鬼、天狗の様な魔の者を京へ呼びよせることになりかねないほどに危険な行動だからである。道陽はここで道陰を完全に打倒することを決心した。
「呪禁師、芦名道陰。ここで封じる!」
道陽は貴人、天后という二柱の神を顕現した。煌めく光の粒は見る人の心を落ち着かせ、やがて桃色の暖かい輝きは敵意や悪意を和らげ、それが緋色に変わり万物を包みこむと、瞬く間に、荒ぶる二柱の龍と調和し、戦意を奪った。
諦めきれない道陰は天空を顕現し、その黄色い砂の粒のような体で緋色の光を覆うと、二柱の龍は再び闘志を燃やし、道陽へ襲いかかった。
しかし道陽がギリギリの所で自らの周りに張った簡易の結界によりそれは防がれ、逆に動きを止められた所を、道陽の術によって圧縮されるように祓われた。
式神を、式神ではなく自らの呪術で祓うなど、前代未聞のことであった。道陰は、「勝てない」と思った。心が敗れたのである。
その一瞬の心の波長を道陽は見逃さず「勝った」と呟き、貴人による淡いさざ波のような暖かくも涼しく、穏やかにして激しい癒しの風によって、天空ともども道陰をふき飛ばした。
再び牢獄に繋がれた道陰の檻には、強力な呪力が秘められた式札が貼りつけられ、式神が入れない結界も張られた。
去りいく道陽に道陰は尋ねた。
「何故、貴族の手下となるか麒麟児よ!」
ふり向きざま、道陽は答えた。
「これが最も良きこと故。その一切は、次また会う時に教えよう」
それが、二人がここで邂逅するまでの最後の言葉であった。
過去を振りかえった道陰は思い出したように、「その一切について、俺は考えた。だが分からず、やがて考えることを止め……またそなたをうち破ることばかり考えるようになったのだ。教えよ、何故、無用な貴族をうち払い、陰陽の道で国を鎮護する政を行わんのか」
「時すでに遅しであったのだよ。そも、陰陽道は、中華よりもたらされた多くの学問を統合し、この秋津洲で発達した。中華より参った式神は、なにもかもを神として受けいれる秋津洲の神道において、当然の如く受けいれられた。だが、陰陽道が確立されるよりもはるか前に誕生した仏の道が、すでにこの秋津洲で国の鎮護の御役目をになっておったのじゃ。そしてその仏は、式神よりももっと数が多く、力が強かった。陰陽道の出る幕はなかったのじゃ」
「それはいつの話しか。俺は学がない故なにも知らぬ」
「五百年も昔の話よ。中華を含む海の向こうの西方世界で生まれ発展した仏の道は、国を治めることに適していた。故に、五百年も昔にこの秋津洲にも入って参った。神を尊ぶ一族と、仏を受けいれる一族の争いの果てに仏は受けいれられ、賢人たる聖徳太子は仏の道を学問としても活用し、同じ知識を持った上で中華へ人をやり、新しい技術や学問をもち帰った。その成果もあり、国を支えるのは仏の御役目となったのじゃ」
「されば……されば何故、我らが師宿禰様は、無理難題を俺に押しつけになられたのか……?」
「あの御方は数百年も生きており、神通力を持つ存在。言うならば人外。仏の力の強さやその世界の大きさ、複雑さを、理解できなかったのであろうな」
「俺は……叶わぬ思いを抱いておったのか。仏など……俺の前に現れてはくれなかった。俺は仏など信じぬぞ」
「私も仏は信じぬが、信じる者と、信じるに値するほどの奇跡は幾度も起きた。式神と異なり、仏は人の心を救うのだよ。私は仏に救われようとは思わぬが、これよりは仏の力が益々と強くなるぞ」
「そうなのか道陽よ」
道陽は六壬神課と呼ばれる占いを行い、盤上の結果を道陰に見せた。
「東より、新たなる力が世を大きく変えるとあるな」
「左様。よいか道陰よ、蔵馬有恒という鬼は、東から現れた。やがて西へ流れるとあるが、その後現世が良く転じるとは現れていない。むしろ、厄が再び西から現れるとある」
「これはどういう意味じゃ……?」
「我らは推察することしかできぬ。私は、武の力が、秋津洲を変えるのだと考えておる。つまりは……武士の世が始まる。貴族の世は陰り……秋津洲は生まれ変わる」
「その時、陰陽道はどうなるのか」
「居場所はなくなるであろうぞ。秋津洲中に御座す帝は、八百万を束ねる祀事の長にして、仏の力で国を鎮護する政の長でもある。一方、本地垂迹のように仏も神も同じものとして受けいれ、愛宕大権現や八幡大菩薩などを崇め奉る東国の武士。やがて神仏が、互いの世界を守ろうと争いだすぞ」
「もはや我らは……太刀打ちできぬのか。廃れるしか……ないのか」
滅びいく陰陽道の運命を前に、道陰の覇気は遂に陰りを見せた。
「刹那の時、夢を見よう」
道陽は呪力を込めた式札から、思業式神を顕現した。思いを式神として形にする術であり、この式神に囲まれながら二人は、太古の昔に思いを馳せ、ありとあらゆる人ならざる存在が跋扈していた無秩序にして自由な世界に、身を寄せた。




