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中途半端な存在17‐1


 シグリ様と話したあと、ぼくはカイに会おうとしたが、彼がいると思った競技場近くの特設の治療所に姿はなかった。


 ヘススに探すことを依頼することも頭によぎったが、ヴァルダー卿がいる状況で動き回させるのは得策ではないと判断し、待機命令を出した。



 オリス様のことだ。カイをあの状態で放って置くわけがない。通常通りの場所に彼を連れて行かなかったのには、相応の理由があるのだろう。


 だからオリス様に試合後にカイの居場所を聞こうと思って、観客席に行ったが、彼は不在だった。

 随分と時間が経っていたようで、決勝戦が始まっていて、オリス様がそれに出場していた。



 その流れで最終試合を観戦したんだ。

 決勝まで上がったオリス様が誰と当たるかだなんて、この大会が始まる前から知っていたし、気になってもいたからね。


 緑系統の侯爵子息、アルフレッド・レトガー・シュトックハウゼンが出ているのだから優勝者になるのは分かりきっている。

 フェイスが彼のペアだということも知っていた。むしろ、そうなるように誘導した。

 一番目立って、一番強い彼の傍に居れば、フェイスの存在は薄くなるし、守られるだろうと思ったから。




 でも、その決勝戦でもフェイスは、鮮烈だった。

 いつだって、彼女は世界をひっくり返す。

 本人が想像している以上に、ぼくが想定できる以上に、彼女の存在は周囲に波及を齎す。



 母親似である緑の瞳でしっかり前を見据えるその姿は、格好良くて。

 初めてぼくが彼女に声をかけられた時から変わっていない。


「やっぱり、君は大人しくしてくれないよね……」


 乾いた笑いと共に感想が漏れでる。


 彼女の生き様は誰もが視線を向けずににはいられない。それが良い意味でか悪い意味でかは人による。

 でも皆、フェイス・エヴァンズという少女に何らかの強烈な感想を抱く。昔から、そういう存在なのだ。



 ぼくにとってカイもフェイスも、人を大切にし誠実である眩しい光の住人だが、この二人の性質は大いに違う。


 カイは視線を受けて人に馴染もうとするが、

 フェイスは視線を跳ね除け我が道を行く。

 どっちの生き方も、どっちの人柄も好きだよ。


 だけどね、二人ともぼくの想定出来る範囲で行動しやしないから、何が起こるか分からない。守れない……予想出来てもぼくじゃ、守れないか。



 カイさえも、ぼくの想定を超えた。超えさせてしまった。

 優しい普通の少年に無理させてしまった。

 裏切ってくれてよかったというか、裏切りですらないのだから、立ち向かわなくて良かったんだよ……。


 でも彼らの自由を奪いたい訳でもない。想定内で行動してくれなんて本当は願いたくはない。

 

 だけど、ぼくの周囲は彼らの自由が故の行動を邪魔に思う可能性が高いのだ。



 ぼくが、もし圧倒的な権力を持っていれば彼らを彼らのままで受け入れるように、周囲に強制出来たのにな。


 平民の少年じゃなくても、大貴族の令息なら、そうすることも……いや、無理か。

 だって、ツィルベルト・エメリッヒという第一王子も

 ウルド・ロッツ・ハイドフェルドという紫のハイドフェルド公爵家の三男も

 フェイスの友達だった癖にそうしなかったし、そう出来なかった。



 ぼくはウルド・ロッツ・ハイドフェルドというクソガキが嫌いだ。

 温室育ちの半端野郎の癖に、自分が正義だとばかりにこちらを断罪してこようとするのだから。

 ウルドという少(・)年(・)にだけはぼくを裁かせない。



 ツィルベルト・エメリッヒは多分理解していた。

 理解していたからこそ、フェイスと距離を取ったし、こちらにも何も言わなかった。

 それは正解だ。正解だからこそ、理解出来なかったし、己の中途半端さを思い知らされた。

 あいつは、王子としての立場をちゃんと守って、情を排除した。

 だから、フェイスに関して一切関与しなくなった。害しも、守りもしなかった。ぼくに対しても、怒りも悲しみも見せなかった。

 フェイスの件の前後ともども「こんにちは」と感情の読めない挨拶をしてきただけだ。


 その様子に何故か赤の公爵の姿が重なったが、流石に王子をあんな奴と一緒にするのは失礼だ。




 そして、そんな下らないことを考えている暇があるのなら、カイの居場所を聞かないと……でも、オリス様はあの試合終わりの感じからしてしばらく近づけそうに無いな。




 適当に歩き回ってみるかと思い直すと「お、おいっ」と声をかけられた。


 粗野のようにも取れるが、声の震えや刺さる視線が右往左往するのを感じるから、そんな警戒しなくてもよさそうだ。

 というか平気だと判断したから今まで反応してなかっただけだしね。ぼくに視線を向けてくる人間なんて腐るほどいるから、いちいち反応してたらキリがない。



 振り返ると、緑がかった黒髪の少年が、茶色の瞳を泳がせていた。

 ぼくはこの少年を知っている。おそらく少年もぼくを知っている。

 彼は、カイの元同室者兼友人のゼーグくんだ。


「こんにちは、なにか用かな?」


 そう返事すれば、彼はごくりと唾をのんだ。

 ……そんな、警戒されるのか。まあでも、ぼくもぼくでゼーグくんという、カイよりも更に普通の平民の少年が話しかけてきたのには驚いているけれど。

 髪は乱れているし、汗をかいているから、直近走りでもしたのかな?


「ジングフォーゲル、カイが面見せろってさ」

「うっ、うん? 今探してるとこ」


 急にぼく自身も望んでいることの催促が入って戸惑う。そんなぼくの様子にゼーグくんは一瞬眉間に皴を寄せる。なんか不快な反応をしてしまったかな。


「あいつ今、校舎の医務室いんぞ」

「えと、あの、ありがと」

「別に、カイにパシられただけだし」

「そっか」


 お前の為じゃないと堂々と告げられ、返答に困り愛想笑いする。

 喋り言葉の傾向はカイに似ているけど、喋り方の温度感はカイよりずっと一定の素っ気ない温度を保っているな。


 そんなぼくの戸惑っている様子を茶色の瞳が捉え続ける。それがなんかいたたまれずに視線を落とす。 

 見惚れてるとか、警戒されてるとか、そういう種類じゃない視線になんか耐えられない。


「お前、綺麗なだけじゃねぇんだな。ちゃんと人間だったのか」

「に、人間だよ……なに急に?」

「百戦錬磨の人たらしかと思いきや、人見知りの内気野郎か」

「人見知りの内気野郎……」


 初めて受けたその評価に思わず復唱してしまう。


「友達少ないだろ」

「まあ……フェイスは最初友達としてあったけど、今はロキ含めて妹分と弟分だし……友達ってはっきり言えるのはカイだけかもね」


 本当に小さい頃を除けば、そもそもぼくはあまり同世代の人間と関わる機会は少なかったからね。

 10歳以降でプライベートである程度関わったことがあるのは、フェイス、ロキ、フェンリール、デアーグくらいじゃないかな。


 でも、普通友達少なそうだって、深く関わったことのない相手に言うものかな?


「真面目に答えんなよ……つか、レトガー様方とは友達じゃないのか?」

「うん、友達だったら嬉しいけど、テレル様はただのクラスメイトだもの。オリス様に至っては顔見知り? 向こうもそう思ってるでしょ」

「うーわ……こいつ、ボクより人付き合い下手くそか」

「友達の定義は人によるからさ」



 ぼくなんかが、レトガー兄弟、あの二人の人格者の友達だなんておこがましいにも程がある。

 こういう理論だとカイならいいみたいになるけど、違くてカイがとんでもなく優しくお人良しだから、ぼくなんかでも受け入れてくれてんだよ。


「そういうとこだと思うぞ。ボクの同室なんて一度武器について話したら友達判定だぞ」

「すごいね」

 

 それもそれで極端だけどというようにゼーグ君は態度で示そうとするが、その前に食いつくように僕がその友達を賞賛したせいか、なんだこいつという目で見られる。


 誰を指しているか簡単に分かるから、つい素直に賞賛してしまったな。

 カイと目の前の少年の元同室者ブープ・シュミットのことだろう。

 カイは軍学校の中では、平民、貴族どちらにも顔を知られているが、ブープくんも平民生徒の中で彼のは顔を知らない生徒はいない。武器大好きで無邪気と好奇心の塊みたいな存在だ。

 やっぱりカイの友達なだけあって素敵な子だと思うよ。


「ちなみにお前にとって、友達って、カイって、どういう存在なんだ」

「穢してはいけない、憧れの存在、なんてね」

「……何だそれ」


 冗談めかして答えたものの、後ずさりされた。本音を口にしていたのがバレたかな。


 カイ・キルマーという存在はぼくの憧れだ。彼のような存在を眩しく思う、彼のような存在になれたらよかったと思う、彼のような存在はこの世に必要だと思う。


「ぼくはどこでも異端だからさ。普通の子に、普通に接して貰える機会なんて貴重だもの」

「は? カイが普通?」

「え?」


 ぼくがいつも思っていることに、異議があるようにゼーグ君が眉を顰めるので、今度はぼくが後ずさりしてしまう。


 が、


「カイが普通とかふざけんなよ」


 よっぽどぼくの発言が引っかかるのか、さっきまで空けようとしていたその距離を詰めて、人差し指をぼくにつきつけてくる。


「あいつ自身も自分は凡人だとか抜かしてやがるが、自覚ねぇだけで変人だし狂人だかんな。あいつを平民代表にされてたまるか」

「カイは普通でしょ」


 変人や狂人という言葉があまりにも、カイに不似合いで断言口調で否定する。


 変人や狂人に関しては、ぼくは今までの人生でたくさん遭遇しているんだ。

 そんな、ぼくだからこそ、カイは普通のまともな人間だと思う。カイが変人や狂人である訳が無い。


「普通じゃねぇよ。あいつはなんつーか、無自覚だけど、人間っつー存在を底抜けに信じてる。人間が大好きだ」



 頭を掻きながら、続けられた言葉に、ああそういうことならと、若干苛立ちも混じった否定が消えていく。


 良い意味合いなのに変人や狂人と言うセンスはよく分からないけど、カイが人間を大好きで信じているという言葉には激しく共感する。



「温室育ちって訳じゃねぇ、あいつの人生別に平和じゃねぇし、悪意にも多く触れてきた。ジングフォーゲルに会う前にだって一時期、人間不信になりかけてた」



 そうだね。いつも天真爛漫だから、忘れかけるけど、彼は別に何も痛みも苦しみも知らない訳じゃない。


 カイについては出会う前は情報しか知らないけど、

 黄の貴族による身近な先輩の被虐場面の強制観覧は勿論、

 その他にも直接的に平民が貴族レベルのクラスに入ったことによる嫌がらせも受けていた。

 今回の試合だって、デアーグや緑の異端者に絡まれて散々な目に遭った。

 彼の商隊のメンバーを見ても、世界の嫌な部分を見てきたのだと分かる。


 初めてぼくに話しかけた理由も、心配からだ。

 今は少し緩和したが、周囲の人間の視線に彼は怯えていた。誰かが傷つくことを異様に恐れていた。


 赤の中級貴族にぼくが狙われた時、倉庫の扉を開いた彼が、その明暗差からぼくを認識するまでの表情を、ぼくの目は捉えていた。


 恐怖と絶望に染まった顔、その顔を見た時に、ぼくはもう少しやり方を変えるべきだったと後悔した。


 カイ・キルマーという少年は、真っすぐで優しくて元気な少年でもあるが、世界の負の側面を知っているし、経験しているのだ。深い傷を抱えて生きているのだ。


 ぼくのように、意図的に隠している訳ではない。二面性がある訳ではない。

 傷も痛みも苦しみも、その善性や、明るさの原動力にしてしまえるのだ。


「それでもまた関わり始めたんだよ。何があいつをそうさせるのか理解できねぇけど、きっとそれはあいつの核なんだ。今日だって無茶苦茶してっけど、そういう奴なんだよ」


 うん、そうだね。

 ぼくにも、そこは理解できない。


 どうして君はそんな優しいままでいられるの。

 どうして君はそんな真っすぐでいられるの。

 どうして君はそんな明るい方へ向かっていけるの。

 どうして君はそんな誰かを信じられるの。

 どうして君は寸前のところで絶望しないで抗い続けるの。


 理解できないからこそ、真似できないからこそ、憧れるし、鮮烈で救われる。


 そして、そんな彼に色々隠している自分が、色々誤魔化している自分が、傷つけている自分が、情けなくて仕方ない。


 恩人であるシグリ様に肯定されようと、やっぱり心のどこかで「お前は彼の横にいるべきではない」という声がするんだ。


「だから、お前そんなしけた顔すんなよ。

 お前が異端だろうと、あいつもとんでもねぇ奴だから、あいつは本気でお前に笑ってほしくてあんな無茶したんだから」


 知ってるよ。知ってるよ。

 分かっていたんだよ。表面的にはぼくがカイを守っているようで、本当はぼくが彼に守られていたんだよ。ずっとずっと。


 だからこそ、ぼくはぼくが許せないし、嫌いだ。


 許せないけど……このまま顔を出さない理由にも、彼に『ありがとう』も『ごめん』も伝えない理由にも、ならないのだ。


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