鍵17 黄の公爵令嬢の想定外
「私が怪我してもそれは私の責任です! だから存分に暴れて下さい! 私もそうしますので!」
躊躇する緑のアルフレッド公爵子息を、そう怒鳴りつけた平民の少女にわたくしの口角は自然と上がってしまうの。競技場全体が、少女を異端者として見るが、フェイス・エヴァンズは揺らがない。
ええ、そうよ。わたくしはこれを求めていたのよ。
周囲の視線を気にもせず、対戦相手を真っすぐ捉える彼女の姿に、わたくしディスティル・クラ―・ディプロマティーは歓喜する。
男の顔なんてものは、窺うものじゃなくて、面食らわして叩き潰すものなのよ。
いえ、男に限らず願いを持つものは人の顔色を窺ってては何も成せないわ。
行儀いいだけで終わったら、つまらないし、変わらないもの。
だから、わたくしは物理的には最強である令嬢、シグリ・レトガー・シュトックハウゼンに落胆したの。
物理的に男を御せるという、女の身ではなかなか難しいものを生まれながら持っていながら、その才能をドブに捨てたから。
その上、女として戦うことすらも本心では嫌がってて、周りの顔色伺ってばかりで、碌な決断もせずにいるから目障りだった。だから、邪魔だって教えてあげた。
そうしたら、反撃もせずにそのまま沈んでいった。失望というか、絶望したわ。
この国の女たちは、たとえ上に立つ存在であろうと、飼いならされているのだと。
だから、今の光景は最高だわ。あのシグリの弟が、平民の女の意志に面食らっている。
緑の公爵子息はフェイス・エヴァンズの言葉にしばらく言葉を失っていたが、我に返ったのか「思いっきり暴れていいの!?」と大好物を見つけた獣のように目を爛々と輝かせる。
この決勝戦は、緑の公爵子息アルフレッド・レトガー・シュトックハウゼンとフェイス・エヴァンズ対緑の侯爵子息オリス・ドロッセル・レトガーとそのペアの対決。
そして緑の侯爵子息は戦闘馬鹿。本心では、オリス様相手に暴れまわりたいに決まっているの。それを、ペアが女の子だからという理由で制約をかけていた。
だが、その理由自身が暴れろと言ったの。
「良いに決まってます!」
少女の再度の応答が合図かのように、シグリ嬢の弟は試合場の地面を思いっきり踏みつけて、全壊させる。
そう、全壊。衝撃で数多の瓦礫が衝撃で浮く。
そして、その浮いた瓦礫を足場にして、アルフレッド卿はオリス卿との距離を詰めに行く、ただオリス卿も浮いた瓦礫をぶん投げて早々に近寄らせない。
流石、身体能力以上の緑系統。
わたくし達黄系統が真っ向からの衝突を絶対に避けるのは、生来の性分もあるけれど、この緑系統の理不尽までの強さを知っているからだ。流石、あのヒトデナシでさえ緑系統は王族の次に天に愛されたんじゃないかと評するだけある。
だからこそ、緑系統の人間がそれを抑えているのを見ると苛立つのだ。
どんなものも黙らせることの出来る圧倒的な力を持っていながら停滞するのなら、わたくしにその力を寄越せと、叶わない願望を抱いてしまうから。
そんな願望は抱きたくないわ。わたくしはわたくしの方法で、己の一番の願いを叶えるのだから。わたくしはわたくしの力があるのだから。
競技場の視線は皆、緑の公爵家と侯爵家の人間の戦闘に集まっている。
ええ、それは当然だわ。だって、こんな強烈なもの見とかないとって思うのは当然だわ。
でもね、名前すら覚える価値のないオリス卿のペアの男、貴方は見惚れてる場合じゃないのよ。フェイス・エヴァンズ、彼女は既に彼の背後に居る。
彼女の言葉を忘れたのかしら? あの子はペアの公爵子息に暴れろと言い、自分もそうすると言ったのよ。
そして、その姿こそが、わたくしが見たい存在、わたくしが見るべき存在なのよ。
振り向いて剣を構えようとするがもう遅い、懐に潜り込んだ彼女が下から蹴り上げて昏倒させる。
その様子に拍手を送りたくなるが、それをやめる。まだ、彼女の戦いは終わってないもの。
彼女は倒れた男の模擬刀を奪うと、そのまま投げる。アルフレッド卿に必死に応戦しているオリス卿に向かって。
素晴らしいわね。わたくしの期待以上に彼女は暴れてくれる。
流石オリス卿それに気づいて避けるが、避ける一瞬の隙をアルフレッド卿が逃す訳がない。右手でオリス卿の腹部を殴りつけた。
オリス卿は、そのまま吹っ飛んで競技場の壁に叩きつけられたが、まだ負けではない。意識はあるし、彼は立とうとする。
しかし、アルフレッド卿は左手から、模擬刀が放たれた。そのままそれはオリス卿の真横の石の壁に突き刺さる。
流石緑の中で一番バケモノじみている方ね。系統のオリス卿を相手にしながら、片手でフェイス・エヴァンズが投げた武器を回収していたのだ。
ぴしり、壁に亀裂が入る。そして、その亀裂がきっかけで壁の一部が崩落する。
試合場は出入り口以外は壁に囲われているが、その壁の向こうは通路だ。壁が崩落し、向こう側の通路が見えている。そして、その通路にオリス・ドロッセル・レトガーの体が出た。
片や気絶、片や場外、アルフレッド卿とフェイス・エヴァンズの勝ちだ。
瞬間、湧き上がる歓声と、審判の勝利宣言。だが、アルフレッド卿はお気に召さなかったようだ。
「エヴァンズ、ぼくには手助けなんてしなくていいんだよ。おかげで楽に勝てちゃったじゃん」
あら、相変わらず傲慢ね。
怒っている訳でも、彼女に敵意を向けている訳でもないから、今回わたくしは何もしないでおくけれど。もし、フェイス・エヴァンズに手を出そうものなら、少し悪戯してあげようかしら?
「手助けしたんじゃありません。私もそうしますと宣言したでしょう?」
ああ、最高だわ! フェイス・エヴァンズ!
今日の武闘大会は、色々な人間が無茶苦茶な行動をして、色々壊していったのを見たけど、貴方はその中でも一際凄いわ!
わたくし、貴方のようになりたいの。貴方方のように無茶苦茶で想定外なことをしでかしたいの!
貴方やカイ・キルマーのような異端の反逆者が増えていって欲しいの。従順な存在も、歯車のような存在じゃいけないの。この国を予想外の方向に引っかき回していって欲しいの!
だって、そうでもしなきゃ計算の内に入ってしまうもの!
試合後の拍手だけでその感動を彼女には伝えるには足りないと思い席を立つ。周囲の令嬢がこちらに合わせて立とうとするが、下がるように示せば、また座った。
黒の高いヒールで歩くが、足音は消す。己が目立つ存在だと知っているし、意図的に目立つ振る舞いをすることもあるが、今は周りの目に触れないように振る舞う。
が、あることでそれが少し揺らぎそうになったし、興奮が急に沈静化されていく。
同じようなことをしている同族、兼今日ここに居たらおかしい人物がいたから。弟のイルシオンはもうノアに連れて帰らせるように命じたが、正直、イルシオンよりもこの会場に居てはいけない人物ね。
夕焼けに反射する明るい黄金の髪、白磁の肌に、バランスが完璧な身体、後ろ姿だけでも物語に出てくるような美青年なのに、そいつはいつも通り人々の視界の背景になっていた。溶け込んでいた。
そいつは私に視線を向けられたことに気づいたのか、振り向く。
真っ青という言葉しか似合わない色の、青い瞳。いつ見てもビスクドールのガラスの眼球のようだ。
左耳にはある花を模した青い宝石。神殿付近の水辺に咲く美しい花、ルラキ、その色を、その形をつけていい人物は、この国で3名しかいない。他にも、身にまとっている真っ白な礼服や、黒いマントの布地は上質なうえ、汚れが無い。
こんな目立つ見た目をしながら、こんな軍学校にそぐわない恰好をしながら、こいつは極限まで存在感を消している。
だからこそ、私からの視線にすぐに反応した上、視線を向けてきたのが私だと分かった途端、納得したような顔をしたのだけれど。
「ディスティル、久しぶりだね」
「何故、ここにいるんです? ツィルベルト殿下」
悪びれる様子もなく、王族らしからぬ仕草でへらへら手を挙げてみせるこの国の第一王子、ツィルベルト・エメリッヒ殿下を私は咎める。
「今日はみんな勢ぞろいだからね。そんな日に城に閉じこもって職務なんてやってられないよ。ほら、私のお妃候補だって勢ぞろいだし」
が、どこと吹く風ね。そうやって爽やかに微笑んで見せる。
相変わらずふざけた男ね。
適切な場面で適切な性格を演じることも出来る器用さを持っているのに、突拍子なことをたまにするの。そしてその際にも平常なの。いっそ自由を求めている少年だったら、扱いやすいのに。
それに、お妃候補は勢ぞろいではないでしょう。
紫の公爵令嬢ヴァイオレットが来ていないのだから。
そもそもシグリ嬢は元お妃候補、赤の公爵には子息子女がいないのだから、お妃候補はわたくしとヴァイオレット嬢しかいないでしょう? それで片方この場にいないのに、勢揃いって……まあでも、この王子の戯言なんてまともに受け取る必要はないか。
「ここは国立軍学校、第二王子派の緑と紫の系統のテリトリーです。貴方が単独で来るべきとこではないのです」
それよりは、黄の公爵令嬢として、しっかりこの行動を咎めなければ。
「今はたまたま案内人がいないだけさ。それに青の系譜の私が国内で危険な目に遭うと思うか?
父上は悪名高いあの第一王妃と浅慮な第二王妃の凄惨なやり取りがあっても、なお生き残った。
私はあの悪妃が目の前で毒で死んでいくのも、泣きも、笑いすらもせずただ眺めていただけだった。そういう運命なんだって」
「そんなことをおっしゃるものではありませんよ」
心底不思議そうに、笑い話かのように、他に聞かれたらとんでもないゴシップになるようなことを軽々しく優しい声で言い放つ。そんな第一王子に私は呆れるしかない。
「事実を言っただけさ」
事実だったら、猶更口にしてはいけないのですよ。一応、第一王妃レーヴェ・キスリング・ディプロマティーは病死ということになっているのを忘れてる訳でもあるまい。
それに、母親が目の前で毒殺されて死んでいったのに、何も思えなかったという話を口にするのは、なんて酷いのかしら。
彼のことを非難しているのではない、私の叔母でもあるその人は悪妃と評される程、凄まじい人だったらしいから。
まあうちでは、その人の生家なだけあって、そんな話はしないけれど。殿下の教育にも携わったわたくしの父上に至っては彼女については語らない。
「事実を述べただけでそんな顔しないでくれよ。だから君が想像しているような懸念もないから。あ、聞こえてもないよ」
観客席の真後ろの通路でそんなことを言われても、普通は説得力が無い。けれど、わたくし達は黄系統の血が入っているの。彼が嘘を吐いてないのは分かっている。
というか、聞こえてないことは最初から分かっているの。聞こえている状態にしていたら、こんな落ちついて話している場合ではないわ。
「貴方はもう少しこの国の王子としての自覚を持ってください」
「持ってるよ。ここ数代の王族の中で私が一番適性があると思うよ」
そう言う王子の感情は読めないわね。逆光の中でも微笑みを浮かべているのは分かるのだが、決して心中は表情通りではないのでしょうね。
王族としての適性、それは確かに彼にあるのでしょう。文武共に、天才的に出来る訳ではないが、周りに言いたい放題されない程度の秀才ではあるもの。が、重要なのはそこじゃない。
ツィルベルト王子が、王族として適性があるのは、安定感があるからなの。
彼は決して、周囲の人間に騙されない、流されない。いつも相手の本質を見抜き、見抜いた上で適切に対応する。甘言にも、情にも飲み込まれない。
でなければ、わたくしみたいな苛烈な女を目の前にしておきながら、こんな飄々としてはいないでしょう。
「……冗談なのに笑ってくれないの?」
「今の振る舞いはともかく、わたくしも王としての適性はツィルベルト殿下はお持ちだと思っているので」
そうわたくしはこの年上の青年が王になることは疑わない。第二王子がいようと、第二王子派閥があろうと、この第一王子が失脚する未来が見えない。同時に権力にしがみついたり、溺れたりするイメージもない。
ただ淡々と、目の前の道を歩くように、王子としても王としても責務を果たして、この世を去っていくのだろうという予感がある。
だからこそ、わたくしはこの男の王妃になりたいの。
彼の母親と、わたくしの父親が兄妹で血縁関係が近い分、難色が周囲から示されることは間違いない。現時点でもちらほら批判する声を聴く。それでも、わたくしはツィルベルト殿下の妃になりたい。
それは決して彼を愛してるだなんて、可愛らしい理由からじゃないわ。
そんな理由でその座を目指したら発狂すること間違いないわね。そんな理由ではなくて、この男の隣で王妃という座につけば力を得られるからだ。
きちんと勢力争いに勝ったうえでわたくしが王妃になったとき、目の前の金髪の青年はよっぽど国に実害が出ない限り干渉して来ない。そして、わたくしは国には害を与える気はない。
とっても都合がいい、利用相手なのだ。
そう思われてることも、彼はきっと知っている。知ったうえでも彼はわたくしを敵視もしないし特別肩入れもしない。
「そう……今日の試合見ててさ思ったんだ。今は私や父上みたいなのが王族だけど、祖先である初代国王は、きっと今日の試合で出てきた平民たちのような性質だったろうなって」
「王族の権威を落とすような発言を安易に王子がしないで頂けません?」
しかし、こういう突拍子の無いことをたまに口にする。
こちらに対して何かアプローチをするっていった感じではなく、研究者が仮説を話すノリでそうするのだ。
これは私だけにしか聞こえてないにしろ、色々と問題かしら。思考回路がどうなればこういった意見が口から出てしまうの。
「たとえ話だよ。君も今日の平民の行動には目を輝かせていたからね」
「……今日の試合で出てきた平民ってまとめてますが、何人いると思ってます?」
図星をつかれてしまい一瞬返答をよどんだが、すぐにその動揺を隠すように言葉が出る。
「さあ? でも、私の昔の友人のことを君は甚く気に入っただろうね」
「友人? 殿下に平民の友人がいらっしゃるのですか?」
そもそも平民じゃなくても友人がいらっしゃるんですかと口にしそうになる。
だって、この従弟が他人と友達として仲良くしている姿が想像できないのだ。喧嘩している姿も想像できないけれど、それ以上に心から人を信頼し仲良くしている姿を想像できない。というか友人を求める心があるように見えない。
本題からずれるので飲み込む。
「昔ね。今はもう友人じゃないかな。二度と会う気がないしね」
……やっぱり、相手の方が違和感を感じて拒絶されたパターンになったのね。
一時期、この王子が他人の感情を見てプライベート時間でも真似して擬態している時期もあったけれど、関われば関わるほど、やっぱりボロが出てしまったのでしょうね。
なんというか人間相手じゃないのだ。
その上、こちらと敵対してもくれない。ただ訳も分からない生物が横にいるのだ。それはきっと恐ろしい。
ツィルベルト・エメリッヒに関しては、彼がこちらを観察するように、こちらも彼を観察するのが丁度いいのだ。決して理解だなんてしようとも、されようともしてはいけない。それをしようとすれば、底なし沼に沈む。
「誰ですか?」
「フェイス・エヴァンズ」
予想外の名前に、わたくしは持っていた扇を床に落とした。




