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45 緑の令嬢からのお願い

 オレがヴァルダー様の方に視線を向けた意味を察したのか、彼は更に眉間に皴を作る。

 なんでそんな嫌そうな顔すんだよ。


「2つ目は今お前だけが読んでその後は速攻目の前で燃やせ。

 それはシグリ様がお前だけに伝えたいことだそうだ」


 それはつまり……オレと緑の公爵令嬢だけの秘密ってことか。


 なるほど、それはヴァルダー様が嫌がる筈だ。

 

 でも、なんだろう? 緑の公爵令嬢がオレにだけ伝えたいことって。


 だって、公爵令嬢が平民のオレに何を伝えたいって言うんだ。

 全く見当もつかねぇよ。

 きんきら頭のことなら、別にヴァルダー様に隠す必要もない。


 公爵令嬢の意味不明な行動に、オレはこれからどんな秘密を共有されるのだろうとどぎまぎする。

 でも、緑の公爵令嬢の顔を見てそんな恐れはふっとんだ。



 亜麻色の髪をしたその少女は、緑がかった灰の瞳をした少女が――オレ以上に不安そうだったから。


 平民のオレ相手なのに、

 何かを思いつめたような、でも覚悟を決めたように力んでしわくちゃになった封筒を両手で渡してきた。


 見ていたらもっと不安を煽られる様子かもしれねぇが、オレはなんつーかそんな一つ上の少女を見てからは、すっと封筒を受け取り、そのまま中身を確認した。



 パッと見、さっきの契約書とは違って書き損じがある。


 でも雑さは感じない。

 むしろ書き損じは、彼女の本気を示してるといえた。

 何度も書き直して、見直して、伝えたかったことなのだ。その文字の強さから、この内容が今回彼女がオレを訪問した理由なのだろうと思った。


 心して読み始める。



『カイ・キルマー様


 今回の件は申し訳ありませんでした。

 あとこんなタイミングで申し訳ないのだけれどお願いがあるの。』



 出だしが謝罪な上、お願い。

 公爵令嬢から、平民の少年への言葉にしては、随分と下出なものだ。命令だって出来る筈なのに。


 しかも、大貴族な令嬢なら、大抵のものは手に入るし、かなえられる筈だ。平民のオレなんかに頼むことなんて無い筈だ。




 そんなふうに、怪訝に思っていると、見慣れた名前の綴りが目の端に入って、一気に引き込まれる。


『私は、昔エルラフリート・ジングフォーゲルに救われたことがあるの』


 え……エルだ。



 ついに緑の公爵令嬢までも、

 エルラフリート・ジングフォーゲルの名前を出した。



 やっぱりあいつの周りには大貴族が絡んでる。

 貴族の因縁がどうしても絡んでしまう。



 でも――でもっ! この人のは、話題に出し方に棘を感じない。

 むしろ暖かい。


 

『あの子はそんなことをしたつもりじゃなかっただろうけど、誰に何を言われようが私はあの子によって救われたの。』



 あぁ……ああ、そうだよな。やっぱ、あいつ悪い奴じゃねぇよな。


 公爵令嬢を救って、無自覚ってどんな状況だよっていう突っ込みはあるけれど、

 それでもやっぱあいつは悪い奴じゃねぇんだよなって、それを分かってる人もいるんだよなって安堵する。




 でも、その安堵もつかの間、

 

『だけど逆に私はあの子を救えはしなかったの。今もきっと救えないの。

 あの子はずっと苦しんでるの。』


 緑の公爵令嬢レベルでもどうにも出来ない事情が………………エルにはあるんか。




 上級貴族が絡んでのか、緑系統とは敵対する系統が関わってんのか、どっちかは分からねぇが。

 公爵令嬢レベルでもどうしようも無かった事情を、平民のオレがどうにか出来る気がしねぇよ。


 まあ泣き言口にしてたって何も話は進まねぇし、今回の大会でやるだけやってやるって、何もしねぇ方が苦しいって分かったから、それでも考えた上で動くけどよ。

 でもよ、それはオレ目線での話だ。


 緑の令嬢はこの手紙の冒頭でオレに『お願い』があると書いていた。

 公爵令嬢は自分と平民の持っている力の差の大きさは知っているだろう。緑の公爵令嬢に出来てオレに出来ないことはたくさんあるが、その逆は無いように思える。


 それなのに、公爵令嬢は平民のオレに何を願うというのだろう。




 ひと際、何度も書き損じた痕がある段落に入った、

 書くことに躊躇したのかインクだまりがある。


『我儘なのは承知だけど、

 カイ・キルマー、貴方という人物を信用して期待して頼みたいの。


 あの子の良い友人でこれからもいてあげて。』


 そのインクだまりのあとには、そんな綺麗で清廉な願いがつづられていた。




 秘密な筈のその内容を口に出しそうになり、口元を抑える。

 秘密なのは何らかの事情があってのことだ。緑の公爵令嬢の思いを不意にするな。


 まるで………………まるで、母親が息子の友人にかけるような言葉だが。

 日常会話で語られるような軽々しい感じではなく、とてつもなく重かった。


 不満があったとかではない。

 むしろ、その逆だ。納得もいったし、その重さがむしろ心地良かった。

 その手紙の内容は、オレのここ最近の出来事で出来た暗い感情の穴を埋めていくのだ。

 



 ああ、それは、()()()()()()()()だし、

 たとえ頼まれなくたって()()()()()()()()ことだ。




 でもここ最近………………、

 エルと一緒にいるのはよくねぇって、エルから離れるべきだって、

 悪意だろうが、善意だろうが、散々言われてさ、

 理解できなくって、悲しくって、許せなくって、受け入れられなくって、

 そんなオレとエルが友達でいることは否定されるべきなのかよって思ってたからよ。



『私はあの子の幸せを願っているの。

 契約書には書けなかったけど、私はあの子の為にも力を貸すわ。

 困ったときはオリスから相談してくれたら私も対応するわ。』



 エル自身のことも、

 特別だからとか、ヤバい奴だとか、

 散々周りもだし、それ以上にエル自身が、

 エルラフリート・ジングフォーゲルを、オレの大切な友人を否定してみせるからよ。



 最近ずっと嫌な思いをしてたんだ。

 子供じみた感情かもしれねぇけど、そうだったんだよ。



『エルラフリート・ジングフォーゲルには貴方という素敵な友人が必要な筈だから。

 貴方方の人生に私は助力したい。


 シグリ・レトガー・シュトックハウゼン』




 だから、緑の公爵令嬢様、ありがとう。

 オレとエルが友人でいることも、

 あいつ自身のことも、

 肯定してくれてありがとう。認めてくれてありがとう。



 ああ、良かった………………ちゃんとエルにも味方がいた。



 正直この手紙を、オレは燃やしたくない。

 出来ることなら持っていたかった。


 あいつに、

 エルに見せてやりたかった。

 でも、多分それは何らかの事情があってやってはいけないのだ。


 考えるにさっきの契約書も、

 オレへの謝罪だけじゃなくてさ、この手紙のこともあって必要なものだったのだろう。


 なら、オレに出来ることは、燃やす前に、この手紙の内容を目にも心にも焼き付けることだろう。


 かっぴらいた両目がまた熱くなって、涙を出そうとしてくるが、視界が滲んだら鮮明に令嬢の手紙が見えなくなるので耐える。



 誰も話さない医務室の中で、オレはその手紙を読み込んだ後、

 アルコールランプの火で燃やした。

 跡形もなく、全部、綺麗に燃やした。



 そうしてから、契約書の入った封筒をしっかり持ってからベッドから降り、

 燃やした手紙の送り主に向かって跪く。




 ぼろぼろになった体で、そんなことをしたら当然激痛が駆け巡るし、怪我も悪化するだろうが、今回はそれも覚悟済みだ。


 緑の公爵令嬢も慌てて、ひざまずかないでというように手でベッドを指し示したり、うずくまっている体勢をやめるように身振り手振りで伝えてくる。


 でも大嫌いな痛みを必死に堪えて、取り繕ってでも、

 オレはこのシグリ・レトガー・シュトックハウゼンという人物に、今宿った暖かい感情と、覚悟を伝えたかった。



 ――オレに今出来る、最大の手紙の返事をしたかったのだ。



「シュトックハウゼン公爵令嬢様! 

 お、オレ、友達を大事にします! 

 だから、ありがとうございます」



 上手く伝わるか分からない。拙ぇ言葉だ。


 手紙の内容を知らないであろう、ヴァルダー様はなんだこいつっていうような目で見てくるが、肝心なのは手紙の主に伝わるかどうかだ。



 あいつの名前を出して礼は言えないけど、

 言えない理由をオレはよく知らないけど、

 それでも緑の公爵令嬢がオレに送ったあの手紙に対して、オレは全力でこたえる気であるのだ。



 そのまま深く頭を垂れていると、「シ、シグリ様?」と動揺したヴァルダー様の声が聞こえた。



 顔を上げれば、緑の公爵令嬢が泣いていた。

 眩しい夕焼けに照らされるその顔は、泣いていたが晴れやかで、綺麗だった。



『あなたでよかったわ』


 そう言ってくれた気がした。


 ああ、オレの返事はちゃんと伝わったんだ。なら、よかった。

 なら。よかったよ。


 安心して気が緩んだせいか、跪いている体勢から崩れて倒れこみそうになり、とっさに右腕を床につくが、


「いっ!」


 右腕も負傷中なもんだから痛みで奇声を上げてしまう。

 ああもう、オレって奴は肝心なとこで決まんねぇ。でも、いってぇ! とにかくいってぇ!


 つーか、まずい……自分でこりゃベッドに戻れねぇ。

 なんかこの体勢からどう動けるか分かんねぇ。


 痛いやら、情けないやら、パニックやらでオレが涙目になってると、急に目の前に棒付きのキャンディーが差し出された。


 え、オレ、ガキ扱いされてんのかと動揺するが、

 その差出してる人物、緑の令嬢はどうぞというように微笑んでくるものだから、逆らえず咥える。


 ヴァルダー様が「シグリ様⁉」と声を上げたが、もう遅い。


 甘ったるい味が口の中に広がる。

 今まで食べたことのない味だ。いや、ほんの少しあるかも、前にオリス様からもらった飴玉と同じ味だ。でも、その時より味が強い。


 だが、その鮮烈な味とは反対に、痛みが引いていく。な、なんだこりゃ……。


「シグリ様、平民相手に流石に神殿から賜ったものを分けるのはやりすぎです」


 し、神殿。なんつーキャンディ持ってんだ。


 まあでも大貴族なら神殿と太い関係持ってんもんな。


 でも、痛みが引くなんってすげぇな。

 滅茶苦茶高い痛み止めとか、やべぇ薬とかで、感覚鈍ったりとか、眠くなったりすることもあるらしいけど、それすらねぇ。むしろ目は冴えてる。怪我の痛みだけが無くなってる。


 痛みが無くなったのはありがてぇけど、正直なんか怖ぇわ。

 なんつーか、平民のオレが食べちゃいけねぇもんだったんじゃねぇのか。


「……今回だけですよ。

 キルマー、お前も余計なことを言ったりするなよ」


 当然、ヴァルダー様の念押しには千切れるかってくらいの勢いで首を縦に振った。



 相変わらず緑の令嬢は、そんなふうにする必要はないのよって様子だが、

 やっぱヴァルダー様は正しいよ。





 オレは平民で、この方々は貴族だ。


 オレは階級差がしっかり決まっているこの国で、この学校で生きている。

 なら、それを忘れちゃいけねぇ。それを認識したうえで上手に生きていくべきだ。


 何も出来ねぇ理由じゃなくて、上手く生きるための知識や感覚にすんだ。


 恐怖で理解を止めるんじゃねぇ。知るんだ、色々なことを。


 そうすりゃあ、困難にだって上手く立ち回れる。

 エルに関わる得体の知れないとんでもねぇ問題にも手が届くようになる。



 幸運なことに、

 目の前の緑の令嬢やオリス様達のように、

 オレの存在のことを好意的に捉えてくれてる貴族に、オレは出会えてる。


 そのおかげで今まで、

 色々と取り計らって貰ったり、

 助けられたりしてもらった。

 オレが今、まあある程度ボロボロとはいえど無事でいるのも、その方々のお陰だ。


 そんでそんな方達は、さっきの契約書といい、その人柄といい、これからもオレのことを助けようとしてくれんだろう。期待してくれてんだろう。


 だからこそオレはよく考えて行動しなくちゃいけねぇ。

 その評価に見合うべき行動をするべきだ。

 助けてもらうことを当たり前にしちゃいけねぇ。


 優しい方々からの恩恵をただの甘やかしにしない為にも、

 平民のオレが、正体不明のエルの抱える問題から、あいつを解放する為にも、

 オレはオレなりに出来ることをしていきたい。



 そんで、オレはオレの願いである、友達との平穏な日常の為に生きていたい。




 平民の少年、カイ・キルマーとして、

 オレはオレの大切な人達との平穏(守りたいもの)の為に、

 オレなりの生き方で抗っていきてぇんだ!



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