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44 謝罪と契約書

 


 公爵令嬢の謝罪なんて、とんでもねぇ状況を飲み込めねぇ。

 助けを求めるようにヴァルダー様に顔を向ける際にも、うっかりこのおかしな光景を指さして指摘しそうになる。

 が、公爵令嬢に対して指さしはいけないだろうって気づいて、自分も両手をベッドの上で揃える。



「シグリ様は責任感が強い方でいらっしゃる。そのため、此度のテウタテスの暴挙を謝罪したい。あの馬鹿が迷惑をかけた」


 あまり乗り気ではなさそうだが、ヴァルダー様もそう説明してから、オレに頭を下げる。


 どんな顔すりゃいいんだ、オレは。

 いたたまれねぇにも程があるわ。


 平民のオレが、上級貴族に謝罪されたって、恐縮するし。

 そもそもこの方々が謝っている問題は、本来この方たちは関係ねぇだろ。


「頭を上げて下さい。あの試合のことは、あなた方が責を負う必要はありません。……それに無茶苦茶だったけど違反ではないですし」


 後半付け足した言葉は自分でもあまりしっくりは来ないが、でもそれ以上にこの二人からの謝罪をやめさせたかった。


「同意だが、シグリ様は納得がいっていない。緑系統として制御できていないのは問題だとな」


 そんなん責任負ってたらキリがねぇだろって一瞬思ったが、

 上級貴族が配下の貴族の行動に責任を持つのが階級社会なのだろう。


 目の前にいるこの二人は、

 ちゃんとした貴族が故に、

 いやそれ以前にちゃんとした人間であるが故に、

 オレに謝罪をしている。


 その覚悟を貴族のことをよく分かっちゃいないオレが簡単に否定するのもきっと違う。


 貴族ってだけで、強権をふるったり、理不尽な真似をする奴もいるさ。

 こちらを無機質な目で見てくる奴もいるさ。


 だけど……こうやって上に立つものとして、責任感を持って誠実であろうとする立派な人もいるんだ。


 オリス様やテレル様みたいに、目の前のこの方々のように、尊敬すべき素晴らしい人もいんだ。

 そんな人だからこそ、オレも誠実に思いを伝えたい。


「それを仰るなら、緑系統の責任もあるなら、オレには恩もありますから。

 同じ緑系統のレトガー様達には散々お世話になっていてむしろ恩を返せねぇくらいなんです!」


 またヴァルダー様の前でレトガー兄弟の名前を出してもいいのだろうかとも少し頭をよぎったが、そう言った。


「それにテウタテス様だって、最後の最後で、多分ですけど、なんか思い直してあえてオレを場外に吹っ飛ばしたんです。

 だから、だから顔を上げて下さい! むしろ緑系統の貴族がここまで優しい方が多いのは、良心を平民に向けて下さるのには、ありがとうございますってオレはお礼を言いたいんです」


 本心だ。心の底からの言葉だ。おべっかに思われるかもしれねぇけど、本気なんだよ。




「平民の癖に貴族に対して評価するなど、随分と生意気だな。お前はただ話を聞いて、指示が出れば従え」




 顔を上げたヴァルダー様がそういうものだから、オレの心臓は縮み上がる。

 急転直下にも程があるが、そんな不満は抱かない。

 だって正しいから。



「す、すみません……色々差し出がましいことを言いました」


 もう最近色んな貴族に遭遇して、色々感覚狂ってたけど、あんまオレが貴族に対して平民のオレ側がごちゃごちゃ言うのはよくねぇことだった。

 貴族側にとってだけじゃなくて、オレ側にとってな。つーか、オレ側の場合下手打て死ぬぞ。


 なんなら、赤の侯爵子息になあんな舐め腐ったこと言って、オレはなんで殺されてねぇのって感じだしな。


 いやでも……あいつの場合は、殺したいならとっくにそうしてるって思ったのもあっけどよ。

 あーもう、最近感覚狂ってどうしようもなくなってんなあ。


 紫の公爵子息にもさっき若干ムカつくけど釘刺されたしな……うん、やべぇ。

 てかどうしよう、ヴァルダー様を怒らせちまったかな?



「身の程を弁えておけよ。

 レトガー兄弟は特殊事例で、シグリ様が特別慈悲深いんだ。

 だが……責任だけではなく、恩も上の影響とするのはいい」


 呆れたようなヴァルダー様の言葉にこくこくと首を縦に振る。



 ヴァルダー様の後ろで、顔を上げた亜麻色の髪をした令嬢が「気にしないでいいのよ」とでも言うように、眉を下げながら笑う。



 が、今のはわりとヴァルダー様の感覚が正しいので、その感覚を忘れずにいきたい。

 だって身分社会の中でオレは生きてんだ。言葉だけで済んでるうちに従っとけ。むしろ今の忠告は親切だろう。


 なんだかんだ今のところただ実力行使されてねぇだけだからな。


 反感買いすぎて、本気で対応されたら平民のオレじゃ貴族に敵わねぇんだ。



 貴族から反感を買わず、不敬だと思われず、かつエルのことを調べて、エルが抱えてる問題を取り除く……高難易度にも程がある。


 でも、やらないといけねぇし、そのためにもオレは平民としての立場をしっかり認識したうえで上手く立ち回っていかねぇといけねぇ。

 怖気づくって訳じゃねぇよ。上手いやり方を見つけんだ。

 じゃねぇと、色々やりきる前にオレの身が危ういし、オレだけなら済めばいいが、オレの周囲も危うくなる。それは駄目だし、エルに苦しめるネタを増やすだけだ。


 


「謝意だろうが、感謝だろうが、こちらの気の済むようにする。故にお前に二つ資料を渡す」


 でもオレの反応はどうでもいいというように、ヴァルダー様はてきぱきと話を進めていく。



 手にしている一通の封筒は緑色が基調だが、ところどころ金の模様が入っている。金で描かれているのは竹だ。


 竹は緑系統を象徴する植物だ。

 紫は紫陽花、赤は薔薇、黄は向日葵、そしてこの国と王族を象徴するのは、ルラキというこの国にしか咲かない青い花。

 なんか他の系統が全部花なのに、緑系統だけ微妙に違うんでよく覚えてる。



「一つ目は今、内容を読み上げてお前に渡すからサインして来るべき日まで保管してろ」


 緑系統の紋章のある封筒に、サインってそれは正式な文書ってことだ。

 たかが平民のオレに対して、緑系統の貴族がそれを渡すというのだ。



 オレが事態を飲み込む前に、ヴァルダー様は粛々と封筒に入っていた用紙を広げる。


「これは契約書だ。

もしカイ・キルマーの身が危機に陥った際や、助けを求められた際には、緑系統や国、天を害すものでないかつ法に抵触しないと判断した場合は、シグリ・レトガー・シュトックハウゼン様の名をもとに緑系統の人間が助力する」

「え……いや、その、オレそのへ、平民で」




 さっきあんな忠告しといて、これ以上オレの感覚を狂わせるようなことをして、どうしてぇんだこの人は。

 行動や言動がさっきと今とで矛盾してんだわ。



 平民の凡人に公爵令嬢の名を使ってまで、助力してもらえる権限なんて、そんなとんでもないもん、なんつーか、恐れ多すぎで怖いわ。

 悪いこととかに使うつもりはねぇけど、まともに使おうとしたって間違えることだってありそうだ。



 あたふたとし始めたオレに、やかましいというように緑の貴族の少年はその契約書をベッド脇のサイドテーブルにべしんと置いた。


「安心しろ。そんなむやみに使用できるものではない」


 灰色の瞳はテレル様とはまた違った厳しさを持っていて、それにもはらはらする。

 安心しろっていう顔してねぇんだよな。


 でも、その指の先の文言を見て、少しオレの気持ちが落ち着く。


「身の安全や生活の保障が出来なくなった場合に限るとか詳細は書いてあるから。お前がむやみに緑系統の人間をあごで使える契約ではない」


 なるほど、オレが本当に窮地に陥ったときに、ほんの少し助けるよーっていう内容か。

 そんくらいならと、少しほっとする。



 ……そんくらいってものではねぇんだけどな。

 大貴族が平民相手に助ける契約を結ぶってのは相当おかしいことだ。

 ノブレス・オブリージュってやつなのかもしれねぇけど、それにしたって正式な文書の形に残すってのは異常だ。



「しかし、テウタテスの馬鹿はあごで使ってくれて構わない。そもそもあいつの件があったからこそ、シグリ様が責を感じ契約を結びたいと仰ったのだ。あいつが担うべき責だ。あいつならたとえ暴走したってうちで簡単に潰せる」


 ヴァルダー様もこの契約が不本意なのだろう。きんきら頭への恨みつらみが口に出てる。

 それでもご丁寧に、サインしやすいようにペンを渡してくれる。


 きっと彼は自分の心情に反しても、緑の公爵令嬢の望みを叶えることが大事なのだろう。



 一応、契約書なので全てに目を通したが、オレ側に不利益なことは特にない。

 やっぱり平民のオレにとってはとんでもねぇ恩恵だし、謝意だろうと本来緑の公爵令嬢がこんな契約を結ばなくたっていい筈なんだ。

 貴族側からしたらメリットどころかデメリットしかない話なんだよ。契約だなんて立場を近くする行為をしなくていい筈なんだ。




「さっさと署名しろ。シグリ様を待たせるな」


 公爵令嬢の署名の隣に、オレの名前なんて書いていいのだろうかと手が震える。

 そんなんだから優美な令嬢の文字の横に、オレの引きつった文字の署名が並んでしまった。その不釣り合いさが、この契約の異常さをさまざまと思い知らせてくる。


「お、お待たせしました。一家で餓死とか離散とかになりそうだったらご助力を願うかもしれません。ご厚意感謝させて頂きます」


 そうオレが礼を言えば、ヴァルダー様は署名したその契約書を緑の公爵令嬢に見せた後、何かを預かった後、封筒にしまった。

 そして医務室の棚にあったアルコールランプとマッチを持ってくると、火をつけ封蝋を溶かした。


 どろっと溶けた緑の封蝋を、ヴァルダー様はさきほど令嬢から預かっただろうであろう指輪のようなもので押印する。

 なるほど、指輪型の契約印もあんのか。


 すげぇ。緑系統を示す竹と、三日月があるってことは多分銀の月に、何の鳥かは分からねぇけど、鳥の姿。おそらく、緑の公爵令嬢個人の印だ。




 ……中身も外側もとんでもないその封筒を、オレはこれからの人生隠し持っとかねばいけねぇらしい。



 いや、令嬢もヴァルダー様も保管としか言ってねぇけど、公爵令嬢と平民との契約書なんざ無くしたり、公になったりしたら大事件だ。

 オレの名前も記載されているとはいえ、他人に盗まれ悪用される可能性だってある。


 大層なもの過ぎて、なかなかサイドテーブルにおかれたそれを取る気にはならねぇ。

 まあでも今は、蠟が固まってねぇから手にとらなくても許されるだろう。


 そんで、さっきヴァルダー様は二つ資料を渡すと言った。

 じゃあ、もう一つなんかある筈だ。



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