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43 緑の保護者


 鈴の音、

 反射的に緑のテウタテスが来たのかと、身をすくめてしまう。


 試合の最後はオレを場外にたたき出してくれたみてぇだけど、散々いたぶられたんだ怖ぇし、警戒はするし、正直今も苦手だ。


 会いたくねぇ。

 つーかなんで、さっきから一番顔が見たいエルには会えねぇんだ。


 動揺と恐怖で体が震える。でももう逃げんのはやめたんだ。息を一度深く吸って、呼吸を整える。両手で掛け布団をぎゅっと握りしめる。


 大丈夫、緑のきんきら頭は黄の貴族みたいに感情が読めねぇ奴でもないんだ。



「お前が、カイ・キルマーか」 


 だが、現れた人物はきんきら頭では無かった。


 緑がかった黒髪は、今エルを探してくれてるゼーグと同じ髪色だったが、彼より大分小柄だったし、何より蔓上の顔の痣は見覚えがある。


 まあ驚くことに、そんな痣の持ち主も二人心あたりがあるが、今回はその二人のうち喋ったことのない人物だった。



「ヴァルダー様……」


 シャムロック・トルンプフ・ヴァルダー、侯爵子息だ。

 レトガー家とは別だが、緑の侯爵家であることには間違いない。

 オレの二つ上で、去年卒業した先輩でもある。今日の大会の最初にも不遜な挨拶をしていた。



「何故こちらの名前を呼ぶことになる? 『はい』か『いいえ』で完結に答えろ」

「はひっ!」


 ギロリと灰色の瞳で睨みつけられ、慌てて答える。

 噛んでしまったことに、恥ずかしさを感じ体の温度があがるが、ヴァルダー様は無表情で何を考えているのか分からない。


 うげぇ、もしかしてきんきら頭より苦手なタイプが来ちまったか?

 いやでも人を一時の情報だけで判断すんのは浅慮だろ。つーか、緑ならレトガー兄弟みたいに良い貴族かもしんねぇし。


 そう! そういやテレル様だって、最初こんな感じだったし。なんならエルに何かしたか疑われて一瞬敵視されたし。


 大丈夫大丈夫、そう自分に何度も言い聞かせていると、



 リンとまた鈴の音が聞こえた。


 それと共に、ヴァルダー様の頭が扇のようなものでぺしんと叩かれる。


 叩かれた彼はというと、無表情ではなくなり、少し驚いたような間抜けな顔になったと思うと「すみません」とその扇の持ち主に謝った。


 が、扇の持ち主は納得がいかないのかオレの方を指し示す。


 レースや透かし模様が異様に細かい緑が基調の扇と、レトガー兄弟と同じ色の髪が妙に鮮明に目に映る。


「いきなり訪れた上に、失礼な挨拶をした。申し訳ない」

「いえ」


「自分はお前の言う通りシャムロック・トランプフ・ヴァルダーだ。

 そしてこちらにいらっしゃるのが、

 シグリ・レトガー・シュトックハウゼン様だ」


 指し示されたのは、平均身長より低めのヴァルダー様より更に背の低い少女だった。



 でも背筋をぴんと伸ばして、こちらを真っすぐ見てくるせいか弱弱しさは一切感じない。

 そりゃそうか、公爵令嬢が平民のオレに対して何を気負うことがある。


 レトガー、同じ姓を持つということは、レトガー兄弟と血が近いのだ。

 事実、レトガー兄弟はこの方と従妹関係にある。


 でも、そんなの知らずとも似ていた。

 目の形が、髪色が、背丈が、何より凛としつつもどこか柔らかい雰囲気は、テレル様やオリス様を真ん中にした感じだ。


 ただ勿論令嬢らしく、長い髪は手入れされているのかまっすぐとしているし、首元のチョーカーは勿論、所々細やかなお洒落をしてる。よく分かんねーけどな。

 でも、今まで見てきた令嬢よりは硬質な感じの、少し軍服モチーフのドレスは緑系統だなあって実感する。


 けどやっぱ遠目でみるより、まとう雰囲気が分かって、レトガー兄弟に似てるってのが何より先に来る。そのせいか、あんま警戒心がわかねぇ。


 まあ、こちらを見てくる瞳の緑がかった灰色はヴァルダー様にそっくりだけどな。

 配下4家から結婚相手をとる仕組みだから、多少世代が離れていても似るもんだな。今のところ、きんきら頭をのぞけばみんな低身長だしな。


「分かっているとは思うが、緑系統のトップのシュトックハウゼン家のご令嬢であらせられる。くれぐれも無礼な真似はしてくれるな」

「はぁ……はい!」


 どうしても気の抜けた返事になってしまい、ヴァルダー様の視線が鋭くなり、すぐに言い直す。


 緑の公爵令嬢がそんな怒らなくていいのよと言いたいのか、ヴァルダー様の背中を軽く叩くが、今のはオレに非がどちらかとある。


 けど今日だけで上級貴族全色コンプリートしそうなんだ。もう偉い人に会って驚く云々の段階通り越して、放心状態に近ぇ。

 普通こんな平民が侯爵家以上の人間に遭遇することはねぇからな。おかげで現実味が全くねぇ。




「それで、その、公爵令嬢様がオレみたいなぺーぺーに何の用でしょうか? あと、その、そこらへん木片散らばってて危ないと思うんで、もう少し部屋の中入りません?」


 もうてんぱって、頭に浮かんだことが全部口に出るんだが。


 だが、後半の内容はヴァルダー様も同意見なのか、二人とももう少し医務室の中に入ってくる。


「なんでここは扉が壊れてる? 襲撃でもあったのか?」


 んまぁ、それは思うよな。普通扉が砕け散ることなんかまずねぇもん。でも、その犯人はあんたらのよく知ってる人なんだが。緑系統の上級貴族は交流が多いってこと知ってんだからな。


「えっと……オリス様が勢いあまって壊しちゃいましたね」

 若干の気まずさを感じながら、そう真実を伝えるとヴァルダー様は苦虫を潰したような顔をした。


「……あいつなら、やりかねないな」


 扉壊す信頼性ってなんだよ。

 でも公爵令嬢はそれはオリス様の印象が悪くなると思ったのか、ぶんぶんとヴァルダー様に首を横に振ってみせる。


「……最近はやってなかったですけどね。まあ久しぶりです。読めないですね」

 ため息交じりのヴァルダー様の言葉に、少しほっとしたように公爵令嬢は首を縦に振る。


 オリス様の扉壊しは、気象現象かなんかかよ。


 つーか、緑の公爵令嬢喉怪我して以来、喋れないって聞いてたから、静かな人だと思ってたけど、挙動を見る限り、あんま大人しい印象は受けない。

 むしろ感情豊かだな。


 それがあるからか、ヴァルダー様との意思疎通が完璧だ。

 まあ、ヴァルダー様もよくさっきの首振りだけで、「最近はやってない」って意味で捉えたな、どうすりゃそうなんだ。


「ったく、オリスの奴も借りを作りやがったな」

「あ、いや、確実にオレの方がオリス様には借りというか、恩義がたくさんあるんで。というか世話になりっぱなしなので。あの方は凄い上人格者なので」


 オリス様の評価が下がっちゃいけないので、オレは慌ててそうまくしたてる。


「身分気にせず構うのはあいつの趣味みたいなもんだからな」

「……じゃあその素敵な趣味にオレは救われました!」


 どこかうんざりしたようなヴァルダー様の物言いに少し驚きを感じた。


 けど、オレはあえて気づかないフリをしてそう笑って見せる。

 彼の背後で少し眉を下げる緑の令嬢の姿を見たから。


 なんかヴァルダー様はオリス様に思うところがあるのかもしれねぇけど、身内でギスギスしてるところ見たら悲しいだろ。なんとか別の人の話にずらしてみっか。


「あとその兄弟のテレル様も素敵な方ですよね!」


「は?」



 やばい触れちゃいけないとこ触れたっぽい。

 オリス様とテレル様は兄弟だけど割と真逆っぽいから平気だと思ったのに……。


「お前相当な変人だな……」


 なんでヴァルダー様は少し後ずさるんだよ。


 そんなおかしいことオレ言った? 

 緑の公爵令嬢も目をまん丸にしてるし。



 が、オレが困惑している間に、緑の令嬢はオレにつかつかと近寄ると、オレの左手をがっと握りしめる。


「へ?」


 力強っ。


 

 つーか、公爵令嬢が平民の異性にこんなに気安く接触していいのか? 

 いや気にしてるオレがキモいのか? 

 いやでも、ヴァルダー様が額に手をやってるのを見るとやっぱまずいのか。


「シグリ様は……本当にレトガー家のあの二人が大好きですね」

 諦めたように、でも優しい声でヴァルダー様は緑の令嬢に向けて言う。

                                   

 なんか最初はヴァルダー様のことを怖いとか、表情読めない高貴な人って印象だったけど、この一瞬でこの人ぶん回されてる人なんだなってのが分かった。


 多分さ、オレの言葉じゃこの人は意見を全く変えないだろうけど。

 緑の令嬢の言うことならほとんどのことを肯定すんだろう。今のレトガー兄弟に関する評価の話だけでもそれが少し分かる。




 そんな男二人を全く意に返さず、お前はよく分かってるとばかりに緑の公爵令嬢シグリ様はその握った手をぶんぶんと振る。


 というか声が出ないの忘れてんのか、口の動き的にもその手のことを口にしてる。聞こえはしねぇけど。多分そう。


「テレルが平民から褒められるの珍しいから、嬉しかったんですか……良かったですね」



 ああ、声は優しいけど、眉間にめっちゃ皴寄ってんなぁ。

 それでもこの人は、緑の令嬢の意見を否定するようなことはしないのだろう。


 圧倒的な忠誠心からなのか、もっと別の感情なのかからなのかは、分からない。

 でも、とにかく微妙な空気感だなあ。



 オレもさ、レトガー兄弟には恩もあるし、恩が無くてもそれぞれの人格や生き方を尊敬してる。正当に評価されるべきだって思ってる。

 逆にヴァルダー様のことは、最近卒業してった関わりのない上級貴族の先輩ってだけだ。


 でも、こうやって人間らしく何かと葛藤してる姿を見ると放っておけねぇんだ。

 目の前で目を輝かせてる緑の令嬢も、彼が落ち込むのを望んでないだろうしな。


「シュトックハウゼン様は緑系統の方が大好きなんですね。そりゃそうだ素敵な方ばかりですもんね」


 ヴァルダー様と緑の令嬢の顔をどちらも見てから、オレはそう考えた上の言葉を口にする。



 そうなのそうなのとばかりに、首を縦に振る緑の令嬢はとても誇らしげで、可愛らしいなって思った。


 本当に自分の系統や、配下の家の人間を愛しているのだと思った。

 なんとなくレトガー兄弟が個性は違えど淀みが無いのは、上にいた人がこういう人だったのがあるのだろう。


 令嬢が自慢する対象がレトガー兄弟から緑系統全体に広がったことで、ヴァルダー様の表情がほんの少し和らぐ。


 まあでも、こんな眩しい人だから、その人に好かれたいっていう思いで関係性が拗れてんのかもしれねぇけど。それは当人の問題じゃねぇな。



 なんつーか複雑な人間模様を感じ取ってしまったなって思ってると、オレの視線に気づいたのかヴァルダー様はすぐにしかめっ面に戻る。



「……テウタテスみたいな奴もいるがな。シグリ様、今回はその件で訪問しに来たんですよね」




 テウタテス、

 きんきら頭の名前が出た瞬間、緑の令嬢はオレから手を放し、背筋を伸ばし、真剣な顔になる。



 そうしてスカートの前で扇子を持った手ともう一方の手を重ねてから、頭を下げた。



「え?」


 流れるような行動に呆気にとられる。




 公爵令嬢が、

 平民の、

 会ったばかりの、

 オレに、

 頭を下げてる

 ………………なんで?




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