42 考察
医務室は窓も空いているし、扉は壊れているしで、非常に開放的な状態となっている。
その影響で怪我人のオレに日がだんだんと落ちてきたせいか少し冷たくなった風があたる。
オレ以外誰もいないし、競技場から離れているから人の気配もあまりない。
静かで、冷たいこの部屋で、今日ずっと不安定だったオレの感情の高ぶりや、思考の混乱が急に落ち着いていく。
「やっぱ、エルのやつどっかの貴族の血縁者なんかなぁ……」
流石に、ただの平民で別に鋭くもないオレだが、その線を強く疑い始める。
今までもうっすらとは思ってたけどな、
なんとなく最後の最後でその線をどうにか否定しようとしていた。
今回の赤の貴族の執拗な絡み方、紫の公爵子息の関与、オリス様やダックスのエルへの対応……流石にエルが貴族と何の絡みもない普通の平民だっていうには無理がある。
それに、顔が整っていること、勉学が出来ること、所作の綺麗さ、金銭感覚といい、エルの持つ要素は圧倒的に貴族側の要素が強い。
でもだからといって別の世界の住人だって、貴族だったんだって簡単に結論を出せるかというと違う。
別にエルが貴族だろうとオレとしてはまあいいんだ。
今はもう少し前のオレとは違って、オリス様やテレル様とも関わってきたことで、貴族だからといって友達になれねぇとは思わねぇ。
怖くない、良い貴族だっていんのは分かってる。
だけどよ、エルは貴族として扱われるのを望んでねぇ。
だって、多分エルは、『普通の平民の少年』でいたがっている。自分の正体を隠している。
あいつは、オレを眩しそうにみるんだ。綺麗だっていうんだ。
最初は何故だか分からなかった。
最近は、オレを美化することで己の価値を認めないようにしてるって思っていた。
今でもその気はあるなと思ってるけど、それ以上にエルは『普通』や『平民』『少年』という要素に憧れが強いのだと思う。
だから、エルを平民じゃないって言いきるには強い抵抗がある。今まで貴族関係のことを自分の中で否定し、あいつを平民だって言い聞かせてたのもそれが理由だ。
けど残酷なことだけどよ、あいつは『普通の平民の少年』にはなれねぇんだ。
だからこそ、エル自身が一番、自覚して苦しんでいるんじゃねぇか?
時々、オレに見せる暗い表情もそれが出た結果だ。
いつだって、事実がどこまで付き纏ってくるから。
どこまで隠しても、あいつにはなんらかの事実から逃げられない。
今回だって、あいつの何かが貴族の連中が行動する理由になった。
性別のことだって、さっき紫の子息が把握して『女』として生きないことを批判していた。逃げられねぇんだ。
そりゃそうか、貴族なんかは特に性別での役割が明確になってんだから。
性別だけじゃねぇ、所属する系列の色や家柄なんかでも役割が固定化されてる。
一見、自由奔放そうなオリス様だって、
意思が強そうなテレル様だって、
緑系統の侯爵子息として生きなくてはいけないって縛られている雰囲気があった。
悪い噂がそこまでねぇ緑系統だってあんな拗れてんだ。
貴族の事情は、立場は、そう簡単にどうでもいいと、関係ねぇと捨て置ける事情じゃねぇ。
それ抜きで、エルのことをどうにか助けようとしたって上手くいかねぇ気がする。だって苦しんでいる事情を見ない振りしたって悪化するだけだろ。
今回は、たまたま緑のテウタテスの気分が変わったおかげで、なんとなくオレも無事だったが、次もそう上手くいくとは限らねぇ。
まあ最初からオレには何も出来ねぇと諦めるのも違ぇけど。
それでも……無謀に突っ込んでいくのは流石に避けた方がいい。
余裕があるときには、きちんと情報精査して戦略考えねぇと。
エルの奴はなんとなく、オレに自分のことを深く知られんのは怯えてる節があるから、オレがまた無理に暴くのは違う気がする。
今のあいつだと、オレがきいたら全て吐き出して雲隠れしそうだ。それは勘弁だ。
エルを助けたいのに、肝心なエルを追い詰めちまったら本末転倒だ。
エルは緑系統の人間ではねぇ気はすんだ。
だって、あんな面倒見がいい人達が揃っといて、放置するとは思えねぇし、距離感的になんか違ぇと思う。
一番怪しいのは、赤系統。
エル編入当初にエルを襲いかけた赤の貴族が退学扱いになってたり、今回赤のマイスター侯爵子息が絡んできたりしてっからな。
その場合侯爵家の隠し子とかか?
でも隠し子だとしたら、エルがその身体機能からして家から出させて貰えなそうだけどな。
だって、現当主は身内の不審死や幽閉が噂されるくらい冷酷だ。
生物学的に女の隠し子なんて、政略結婚に利用されんに決まってんだろ。
それがねぇってことは、もう少し遠めの血縁者とかか。いや、それだとしたらもう少し扱いが酷くなる気がする。
なんつーか、赤の貴族にしてはエルへの扱いは中途半端にぬるいんだ。
で、さっき紫の公爵子息ウルドがあいつの生物学的な性別を知っていたことから、紫の系統も怪しい気がする。
けど、紫系統でもそれはそれで、規律やルールに厳しいから、エルの身体的にある程度自由な身でいることは難しいと思う。『生きるべきとこであの女は生きてないです』って言ってたけど、紫の公爵子息レベルがそれを強制できないっていうのは、他系統関係だろ。
そうなると、今のところ何の関与もしてねぇ黄の系統も逆に怪しく感じる。あそこ亡き第一王妃の噂以外あんまないから。なんつーか、外部から見た時の情報が少ねぇんだ。
……おう、なんとなくエルが貴族関係なのは分かるけど、どこの系統かとか、どのレベルの家関係かとか、どんな関係性かはわっかんねぇや。
だからといって、直接エルに聞くのはなしだし、ダックスやレトガー兄弟に聞いても教えて貰えない気がする。
あとそこの3人が詳しい事情まで知ってるとは限らねぇしな。
紫の公爵子息ウルドは事情を知ってそうな雰囲気があったがこっちから接触は出来ねぇし……関わりたくねぇ。あと絶対情報に偏りが出る。
となると……地道にオレは情報を探って繋げていくしかねぇか。
多分、下手にオレが知っていると判明すると困ったり、貴族様がオレの排除を検討する可能性だってあるだろう。
うん、地道に自分だけで探ろう。
エルには絶対に知られないようにな。
でも、現時点で確実に分かってることが一つある。
平民のオレじゃあ肝心な時に、貴族に対抗できる力がねぇ。
それは致命的だ。
今回の大会でそれは何度も実感した。
自分で全力で望むことの為に抗うこともそりゃ必要だったし、今回気づけて良かったさ。
けど、それだけでいつまでもどうにかなる訳じゃねぇ。
今の時点で、赤の侯爵子息と紫の公爵子息がエルに関してオレに口を出してきている。
あいつらが本気を出して、オレを排除しようと思えば簡単に出来る。
どういう訳か二人とも今は強硬手段はとらずに、オレがオレの意思でエルとの関係性を断つことを望んでいるようだけどな。
それがいつまで続くか分からねぇし、他の奴だって出てくる可能性もある。
あ、つーか、明らかに紫側のビト君がオレと同室じゃん。うえぇ、厄介にも程があんだろ。
別にビト君自体を嫌いになった訳じゃねぇけどよ、エルのことをこれ以上悪く言われようもんならキレるわ。
悪く言う理由が例え本気でオレへの心配だとしても、普段のエルを見ていてオレに害をなすって思うのかって問いただしちまう。
そしてその内容が、あのウルドって言う紫の公爵子息に情報が行く可能性がある。
年下の少年に向かっての感想じゃねぇと思うが、あの紫の瞳をした小柄な少年程、言葉に憎悪が滲んでいる奴は今まで会ったことがねぇ。
明確にエルという人物を傷つけようとする意図がある。
でも、オレにはあいつに本気を出された場合に、対抗する手段がねぇ。
さっきだって、少し言い返した後に、間違いだってなった。
それは事実で、それほどオレとあの少年の差は大きい。持っている力が圧倒的に違う。そりゃそうだ。身分社会が明確にある国なんだから。
でも、オレはその対抗する手段を、手に入れねぇといけねぇ。
いや対抗まではいかなくていいか、相手を潰してぇ訳でもねぇしな。ただ、エルとあいつのような害意からすり抜けられる手段が必要なんだ。
オリス様に相談してみるには、ちょっと難しい問題だしな。
だって、オリス様は侯爵家で、公爵家子息には逆らえないだろう。それに、緑と紫は仲が良いんだ。
オレのせいで不和を齎すことになっちゃあ問題だ。他の人間関係や勢力図を壊してぇんじゃない。
商隊の仲間のズーハオとかに相談してみるか?
あいつ確か「勢力争いとか、謀略、策略は詳しい方だぜ」って言ってたしな。なんでそんなん詳しいか聞いたことあっけど「やりすぎて島流しされたからな」って返されて深堀すんのやめたけどな。
そんなふうに、がらんどうで冷たく暗い医務室で思考を巡らせているところに、
リン
鈴の音が聞こえたのだ。




