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41 望まない訪問者


「キルマー先輩、満身創痍って奴っすね」

「ビトくん……なんでここに来たんだ?」


 エルを待っていた筈なのに、予想外の訪問者が現れ驚く。



 ちょっとがっかりしたが、失礼な話なので、その気持ちは引っ込める。

 相変わらず黒髪オールバックに、緑と紫のオッドアイという印象深い容姿をしている後輩だ。ヘススくんといい、オレの今の同室者はオレ以外随分と特徴的だな。



「そんなの、同室の先輩のお見舞いに来たに決まってるじゃないっすか―」

「それはどうも……」


 にかーっと笑って見せる後輩に、少し居心地の悪さを少し感じてしまう。


 ……いや、お見舞い来てくれた後輩にめっちゃ失礼な話なんだけどよ。

 自身の現同室者兼後輩だというのに、すっかり存在ごと頭から抜けていた。

 朝とか少し励ましてくれたのに、今日しっかり彼を認識したのが今な気がする。


「いやあキルマー先輩、今回は災難でしたねぇ……」

「うん、まぁでもなんとかなったし……」


 オリス様がぶっ壊した扉については何も話を触れずに続けるものだから、少し戸惑う。

 そういや、ゼーグも扉について何も言わなかったな。まあ、オレも聞かれたら返答に困るし、聞かないでいてくれたんだろ。



「そっすか、よく頑張ったすねぇ。というかなんで頑張れたんっすかねぇ……」

「なんでって、友達のことだし、なんか理不尽だなってムカついたしな」

「友達ね……やっぱ、あんた異常っすわ」

「うえ?」



 カラっとした声で、異常呼ばわりされたことに頭が追い付かねぇ。それでも咄嗟に注目は出来るのか、ビト君の笑顔が消えた顔が目に入る。


 

「友達ってだけで、あんなに自分が追い詰められてボコられても、耐えるって正気っすか?」

「ぇえ? いやまあやばかったけど、大衆の前だし殺されはしねぇだろって思ってたし」

「いやぁ……いかれてるっすわ」


 ため息まで吐かれて、言われも困るって。



「まあ、追いつめられて正しい判断は出来てなかったかもしれねぇけどよ。結果無事だったしまあ結果良しか?」

「結果良い人は医務室に居て、痛みに悶えてないんっすよ」

「うっ」


 正論だし何も言い返せない。さっきのゼーグとのやり取りを考えると、ビト君も心配してくれてたんかな。

 いやでも、過ぎたことはどうしようもねぇし。次はもう少し考えて動こうとは思うけどよ。


「……でも、痛みはなんかマシになってきたぞ」

「まあ……緑のお方が何かして下さったんすね」


 少しでも落ち着いて貰おうと自分が元気なことをアピールしてみれば、ビト君もそう返してくれる。


「おお、オリス様が多分色々ここに連れてきてくれたりして下さったからな」


 早期治療って大事なんだなって思う。とんでもない激痛が最初したけど、今は少しマシに感じる。


 いや、慣れて麻痺ってるだけか? 

 でも、なんにせよオリス様が吹っ飛ばされたオレを受け止めてくれて、早めに医務室に連れてきて治療してくれたのには変わらねぇか。


「それだけじゃ多分ないっすけど、まあいいや今回はこれで済みました。で、次はどうすんすか?」

「つ、つぎ?」


 急に予想外の質問をされ、オレの目はきっと丸くなってる。


「そっ、次っすね。先輩、あんた今のままだとまた巻き込まれるっすよ」

「巻き込まれるって……何に?」


 左右違った瞳は真剣そのもので、彼の軽い口調でさえもそれを軽減してくれやしない。

 でも巻き込まれるって急になんだよ。気のせいか、ダックスと姿が被る。全然見た目違ぇのにな。




「それはボクから説明させてもらいますよ」


 背の高いビト君の後ろから、三つ揃いのスーツを着た背の低い紫の瞳をした少年が出てくる。


 おそらく、ずっとビト君の後ろにいたんだろうな。

 でも気づけなかった。それほど、気配を消してた。



「なるほど、ビト、あなたの言う通り彼は随分とお人よしみたいですね」



 ビト君に微笑みかけるその仕草は、見た目の年齢に対して大人びていた。スーツも様になってる。


 おそらくオレと同い年かそれ以下の年齢だ。

 国立軍学校の制服は着ていないから、部外者だ。今日は武闘大会があったから観覧者ってとこか。

 それに左耳にピアス、貴族だ。しかも淀みのない真紫の宝石のものだ。これと同じ色のピアスをオレは一度だけ近くで見たことがある。入学式の受付でヴァルファ様のを見た。


「はじめまして、カイ・キルマー。ボクはウルド・ロッツ・ハイドフェルド、紫系統の公爵家の三男っていったら分かるでしょう」


 真っ黒の髪と真っ白な肌が対比してる。

 瞳の色は付けているピアスよりは少しピンクよりの紫色だ。

 左目下に泣きぼクロがあって一見大人っぽいが、顔の造形自体はまだ幼い。そりゃそうだ。名前の通りならこの子はオレより年下だ。


 ウルド様、今年の入学式で会った紫の公爵子息、ヴァルファ様の弟の筈だ。

 筈だけど一見した雰囲気が全然違う。ヴァルファ様が清廉な感じに対して、なんつーか、警戒心がわく。髪型結構アシンメトリーだからかな。


「分かりますけど……私のような下々のものに何か?」


 思考がうまく働かない。

 公爵家の子息、そんな大層な人物が自分みたいなぺーぺのところに、試合前のイルシオン様みたいに偶然会うなら万一あっけど、わざわざ来るわけねぇだろって思う。偶然会うのもおかしいけどな。


 ビト君はおそらく……妹の公爵令嬢ヴァイオレット様に仕えている関係で、一緒にいんのか?



「そんな警戒しなくて大丈夫です。ボクはただ君にエルラフリート・ジングフォーゲルの危険性を伝えにきたんです」



 顔が反射的に引きつりそうになるのを必死に抑える。

 警戒しなくて大丈夫って、むしろ警戒すんだろ。



 冗談じゃねぇや。

 またエルのことで、お貴族様が外野からねちねち絡んでくんのか。その流れはもうやっただろう。いい加減にしろや。



「気に食わないって顔ですね。でも考えてみて、あなたはジングフォーゲルと関わってから大変な目に遭ってばかりじゃないですか」



 さぞ親切ですよと微笑むその姿が気に食わねぇし。分かってねぇなって思う。


 馬鹿だな、オレはエルに出会う前から禄でもない目に遭ってんだよ。


 そんで、その原因は被害者側じゃなくて加害者側、つまり貴族側にあんだ。

 今回の件だって、きっかけはエルの存在だったかもしれねぇよ。でも、原因じゃねぇよ。原因は、悪いのは


「それはエルに絡んできた連中のせいで、エルのせいではないでしょう」



 エルのせいじゃねぇよ。だって、エルにはオレを傷つけようだなんて一切思ってねぇし、むしろ自分のせいだとそうじゃないのに背負い込んで苦しんでんだ。

 なんでそうなるんだよっていつも思ってた。でもさ、きっとこういうことなんだ。


「そうですか、ぼくはあの悪人に人がまた狂わされるのはもう見たくないんですが」

 眉を下げて哀れな存在を見るような紫の瞳からは、暖かさを感じない。

 どこまでも冷え切っている。



 エルラフリート・ジングフォーゲルを悪役にしてくる奴がいんだな。



 あいつ、特別だから、考えが読みにくいから、勝手に解釈されて勘違いされやすいんだ。



 オレだって、あいつのこと全然分かってないさ。でもよ、やっぱ思うよ。

 あいつ、そんな悪い奴じゃねぇって。


「貴方はエルの何を知っているというんですか……」

 我ながら低い声が出た。




「何って、あんま詳しいことは言えないですけど。生きるべきとこであの女は生きてないです」


 女


 その単語に耳を疑った。

 目の前のこいつは、紫の公爵家の三男はエルの生物学的な性別を知っているのか⁉


「なんでそれを……」

「ふぅん、貴方も知っているんですか……なぁんだ、てことは体で堕とされでもしましたか」


 目の前が真っ赤になったと思った。


 それは侮辱だ。

 オレへのでもあるけど、何よりエルという存在に対して、生き方に対しての侮辱だ。

 そんな発言できるような奴をオレは信用しねぇよ。ふざけんじゃねぇ。


 あいつの性質を知ってる奴からじゃあまず出ない言葉だ。

 だって、エルは性的なことが大嫌いだ。その手のことをしでかす奴は徹底的に叩き潰すくらいに。そんで性別っていう概念に対して必死に足掻いてる。


 なんならオレと仲良くし始めた理由も、過去のトラウマを持っているオレは、絶対にそういう過ちをしないのもあるからだとも少し思ってる。

 オレ自身もエルの見た目から狙われる側だからこそ最初声をかけたのもある。

 他の奴らにゃ理解できねぇきっかけかもしれねぇけど、でもそれは絶対に自分の中で譲れねぇ感覚だったんだ。


 相手が絶対に自分の譲れないものを、許せないものを、侵害して来ないという確信。


 それほど、過去の傷が疼くんだ。


 今のはその傷を抉るような言動だ。



 オレより年下の癖して、大人の汚い部分を煮詰めたような嘲笑いを浮かべる紫のクソガキをオレは睨みつける。


「あんた、オレを心配しに来たんじゃないんだろ。あんたからはエルへの悪意しか感じねぇ! っあ……」



 出てしまった言葉が不敬なのが分かった。間違っているのも分かっていた。

 オレは平民で、目の前にいる少年は公爵子息で不敬を働いちゃいけない相手だった。


 でも反射的に出た。許せなかった。


 謝罪の言葉を口に出すべきなんだろうが、それも出したくねぇ。


 オレの動揺している様子に、紫の子息は落ち着いた様子で目を細める。


「本当に親切心なんですけどね……まあでも悪意が滲み出る程、ボクはあいつを憎んでますよ。

 あいつの方が死ぬべきだったって思ってますよ」


 でも様子に対して吐き出された内容は苛烈で、とんでもなく苛烈で。どうしてそんな苛烈な感情がエルに向けられてんだよって思う。



 死ぬべき、なんて酷いことをいうもんだ。

 なんか因縁があんのかもしれねぇが、人の生死をなんだって思ってやがるこのクソガキは。



 てめぇみてぇな奴がいるから、あいつはいつも自分を責めて、追い詰めちまうんだ。


 荒れ狂う心中が外にこれ以上でないように、ベットのシーツを握りしめる。



「口の利き方がなってないですが今回は不問にしてあげますよ。あと別のお客さんがいらっしゃったので、ボクはここまでで」



 口の利き方がなってねぇのはどっちだよ。

 オレも平民として間違ってるさ、でもてめぇは人として間違ってんだろ。


 てめぇが今やってんのは、オレを引き離して、あいつを独りになることを誘導してんだろ。流石に分かるさ。

 だからこそ、ぜってぇ従ってやんねぇ!



 オレもさ、こう色々あったら、雰囲気以外でもあいつが只の平民なんかじゃねぇってのは察するさ。

 詳しいことは分かんねぇけどよ。まだまだ分からないことばっかだけどよ……。


 それでも、綺麗に一礼して、ビト君を引き連れて去っていく憎たらしい後ろ姿を見て、

 とんでもねぇクソガキに「次回なんてねぇよバァカッ‼」と怒鳴りつけたくなるのだ。


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