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田舎の農家のおっさん、Jリーグの名将になる  作者: やしゅまる


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9/15

第9話「監督、立つ場所だけで勝てるんですか?」  

福岡ユナイテッドのホームゲーム当日。


 ロッカールームには、試合前独特の緊張感が漂っていた。


 相川はホワイトボードの前に立ち、相手チームのフォーメーションを書き込んでいく。


「相手は4―4―2です。中央をかなり固めてくると思います。こちらがサイドにボールを出したところで、二人、三人と囲んでくる可能性が高い」


 神崎たちは真剣な表情で聞いていた。


 その横で、古賀は紙コップのコーヒーを飲んでいる。


「監督。何かありますか?」


 相川が尋ねた。


「うーん……」


 古賀はホワイトボードを見る。


 そして選手たちを見た。


「みんな、近すぎんごとね」


「……以上ですか?」


「あと」


 古賀が人差し指を立てる。


「困っとる人がおったら、助ける」


 神崎が笑った。


「先生らしいですね」


「いつも言っとるやろ?」


 白石も笑う。


「それで勝てるんですか?」


 古賀は少し考えた。


「ちゃんと助け合えば、勝ちやすくなるんじゃない?」


 相川は苦笑した。


「……まあ、そういうことにしておきましょう」


 選手たちが笑った。


     ⸻


 キックオフ。


 開始直後、相手は予想通り中央を固めてきた。


 神崎がボールを持つ。


 相手MFが一人、寄せてくる。


 すると白石が右へ開いた。


 城戸は左のハーフスペースへ。


 岩永は後ろに残る。


 カルロスは最前線。


 神崎が城戸へ。


 相手MFが追う。


 すると今度は白石が空いた場所へ入った。


「早い!」


 スタンドから声が上がる。


 だが、白石が速かったわけではない。


 動き出すタイミングが早かった。


 相手が動く前に、味方が次の場所へ移動している。


 相川はベンチで呟いた。


「……ボールを動かしているんじゃない」


 画面を見つめる。


「人の配置で、相手を動かしている」


 隣にいた古賀が頷いた。


「そうたい」


「監督、分かって言ってます?」


「何が?」


「……いえ」


 相川はため息をついた。


     ⸻


 前半18分。


 神崎が中央でボールを受ける。


 白石が右へ広がる。


 城戸が中央へ入る。


 相手の守備が右へ寄った。


 神崎が城戸へ。


 城戸はワンタッチで前へ。


 その瞬間――カルロスが中央へ走り込んだ。


「カルロス!」


 城戸のスルーパス。


 カルロスが抜け出す。


 GKと一対一。


 右足を振り抜く。


 ゴール!


「入ったぁぁぁ!」


 スタジアムが沸いた。


 カルロスは一直線にベンチへ走ってくる。


「センセイ!」


 古賀も立ち上がる。


「いいところにおったね!」


「イイトコロ!」


 カルロスは満面の笑みで古賀と抱き合った。


 神崎も笑っている。


「先生、今の『いいところ』って、ポジショナルプレーですよね?」


「そうなん?」


「そうなんです!」


「じゃあ、いいところにおったカルロスが偉い」


「そこですか!」


 ベンチが笑いに包まれた。


     ⸻


 一方、相手ベンチ。


 監督がホワイトボードを見つめていた。


「……なぜだ?」


 スタッフが答える。


「こちらが一人動くと、必ず別の選手が空いた場所に入っています」


「誰か一人が自由に動いているように見えるのに、全体が崩れない……」


 相手監督は首を傾げた。


「何をやっているんだ、あのチームは……」


     ⸻


 前半30分。


 相手のプレスが強くなった。


 神崎が一度ボールを下げる。


 岩永が受ける。


 相手FWが寄せてくる。


 古賀がベンチから叫んだ。


「もっと広がろう!」


「はい!」


 白石が外へ。


 城戸も少し下がる。


 神崎が中央へ。


 岩永から神崎。


 神崎から城戸。


 城戸から白石。


 ボールが次々に動いていく。


 相川は思わず立ち上がった。


「5レーン……」


 そして古賀を見る。


「監督、『広がれ』しか言ってないのに……」


 古賀は不思議そうな顔をした。


「広がったほうが、パスしやすいやろ?」


「……そうなんですけどね」


     ⸻


 後半。


 福岡ユナイテッドの動きは、さらに良くなっていた。


 神崎がボールを持つ。


 前に城戸。


 右に白石。


 左に味方。


 後ろに岩永。


 前線にはカルロス。


 どこへ出しても、必ず誰かがいる。


 相手が神崎に寄れば城戸が空く。


 城戸に寄れば白石が空く。


 白石に寄れば神崎が中央へ入る。


 相手が迷えば、カルロスが裏へ走る。


「どこでも出せる!」


 神崎が叫んだ。


 城戸が受ける。


 白石へ。


 白石から神崎。


 神崎がカルロスへ。


 カルロスがワンタッチで落とす。


 そこへ城戸。


「打て!」


 右足一閃。


 ゴール!


「2―0!」


 城戸が拳を握る。


「やった!」


 古賀はベンチから大きく拍手した。


「ナイスたい!」


 城戸が振り返る。


 その顔には、以前のような迷いはなかった。


     ⸻


 そして後半38分。


 相手が前がかりになった。


 福岡がボールを奪う。


 白石が右サイドへ走り出した。


 持ち前のスピード。


 一気に加速する。


 相手DFが追う。


 だが白石は、以前のように自分だけでゴールを狙わない。


 中央を見る。


 カルロスがいる。


 神崎も上がっている。


 白石はさらに走った。


 相手DFを二人、引き連れていく。


 そして中央へパス。


 カルロスがスルー。


 後ろから走り込んだ神崎がシュート。


 ゴール!


「3―0!」


 スタジアムが揺れる。


 白石が古賀のもとへ走ってくる。


「監督!」


「ん?」


「俺、ちゃんと仲間のために走れました!」


 古賀は笑った。


「うん。いい走りやった」


「ありがとうございます!」


「速いって、よかね」


 白石が笑う。


「はい!」


「でも、一人で速くても困るけんね」


「……はい!」


「仲間を助けるために使ったら、もっとよか」


 白石は大きく頷いた。


     ⸻


 試合終了。


 福岡ユナイテッド、3―0。


 スタンドから大歓声が起こる。


 選手たちは互いに肩を叩き合った。


 クラブハウスへ戻ると、相川は試合データを確認していた。


「ボール支配率、パス成功率、前進回数……かなり高い」


 神崎が画面を覗く。


「すごいですね」


「でも、一番すごいのはここだ」


 相川が試合映像を止める。


 そこには、神崎がボールを受ける直前に、白石と城戸がすでに次の場所へ動いている場面が映っていた。


「ボールを受けてから考えてない」


 相川が言う。


「受ける前に、次の場所を作っている」


 神崎が頷いた。


「ウォーキングサッカーで分かったんです」


 城戸も続ける。


「走れないなら、先にいい場所にいればいい」


 古賀が笑う。


「そうたい」


 相川が古賀を見る。


「監督」


「ん?」


「今日、ポジショナルプレーで相手を完全に崩しましたよ」


 古賀は少し考える。


「……みんな、ちゃんと広がったけんね」


「それだけですか?」


「それだけたい」


 相川は笑った。


「やっぱり、この人はすごい」


     ⸻


 その時だった。


 クラブハウスの外から、太鼓の音が聞こえてきた。


 カチカチカチカチ――。


 小柳が顔を出す。


「監督!」


「ん?」


「そろそろですよ!」


 古賀がニヤリと笑う。


「おう」


 そしてポケットから――そろばんを取り出した。


 神崎が頭を抱える。


「先生……」


 白石も笑う。


「やっぱりやるんですね」


 カルロスはすでにノリノリだった。


「ソロバン!」


 古賀が叫ぶ。


「勝ったけん!」


 選手たちが一斉に並ぶ。


 音楽が流れる。


 カチカチカチカチ。


 古賀が踊る。


 神崎も踊る。


 白石も。


 城戸も。


 岩永も。


 カルロスは誰よりも激しく踊っている。


「ソロバン!」


「ソロバン!」


 スタンドのサポーターまで手拍子を始めた。


 小柳はその光景をスマートフォンで撮影しながら笑う。


「またSNSでバズる……」


 相川は踊る選手たちを見ながら呟いた。


「ポジショナルプレーで3―0の完勝をしたチームが、試合後にそろばん踊り……」


 古賀が振り返る。


「相川くんも踊る?」


「私は結構です!」


「そうねぇ」


 古賀はそろばんを鳴らす。


 カチッ。


「じゃあ、俺らだけで楽しもうか」


 スタジアムに笑い声が響いた。


 その日、福岡ユナイテッドの選手たちは確信した。


 立つ場所が、仲間を助ける。


 そして――


 仲間を助けることが、チームを強くする。


 古賀にとっては、それだけの「普通のこと」だった。

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