↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
田舎の農家のおっさん、Jリーグの名将になる  作者: やしゅまる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/15

第5話「初勝利は、みんなでそろばん踊り」

数日後。


 いよいよ、福岡ユナイテッドのリーグ戦が始まった。


 古賀誠一にとって、Jリーグ監督として初めての公式戦だった。


 試合前のロッカールーム。


 選手たちはいつもより静かだった。


 城戸は何度もスパイクの紐を確認している。


「監督……」


「ん?」


「やっぱり、緊張します」


 古賀は笑った。


「そりゃ緊張するたい」


「どうしたらいいですか?」


「いつも通りでよかろ」


「いつも通り……」


「昨日まで練習してきたことを、そのままやればよか」


 古賀は選手たちを見渡した。


「忘れ物したら、みんなで取りに行こう」


 白石が笑う。


「はい」


「ボール取ったら、みんなで前に行こう」


「はい!」


「困った人がおったら、近くの人が助ける」


 岩永が頷いた。


「それだけですか?」


「うん。それで十分たい」


 選手たちから笑いが起きる。


 相川だけは苦笑しながら戦術ボードを確認していた。


(本当にこれで行くんだな……)


 だが、不思議とロッカールームの空気は軽くなっていた。


 古賀が言っていることは、難しくない。


 だからこそ、選手たちは迷わなかった。


     ⸻


 試合開始。


 相手はJ2でも上位にいる強豪だった。


 序盤から福岡ユナイテッドは押し込まれる。


 相手のボール回しに対して、白石が一人で追いかける。


 だが、相手は簡単にかわしてくる。


 白石が焦ってもう一度飛び込む。


 ボールを奪われた。


「白石!」


 古賀の声が飛ぶ。


 白石が振り返る。


「忘れ物!」


 一瞬、白石の口元が緩んだ。


「……取りに行きます!」


 白石が走る。


 城戸も走る。


 神崎も中央から寄せる。


 岩永は後ろを確認しながら、相手の逃げ道を塞ぐ。


 相手選手が横へパスを出そうとする。


「そこ!」


 城戸がコースを塞いだ。


 ボールがこぼれる。


 神崎が拾う。


 スタンドから大きな歓声が上がった。


 相川はベンチから戦術ボードを見る。


(もう、完全に共通言語になっている)


 たった一言。


 ――忘れ物。


 それだけで、選手たちが同じ方向へ動く。


     ⸻


 前半は0―0。


 後半に入っても、試合は拮抗していた。


 そして後半二十五分。


 福岡ユナイテッドがボールを奪った。


「神崎!」


 古賀が叫ぶ。


 神崎が前を向く。


 城戸が中央を走る。


 白石が右サイドを駆け上がる。


 カルロスも中央へ走る。


 神崎から白石へ。


 白石が受けた。


 目の前には相手DF。


 さらに一人が中央から寄せてくる。


 白石は一瞬、シュートを考えた。


 だが、カルロスが中央を走っている。


 昨日の古賀の言葉が頭に浮かんだ。


 ――速い人は、仲間を助けるために走る。


 白石は自分で決めることをやめた。


 相手DFを引きつけるように、一気に中へ切り込む。


 二人のDFが白石へ寄った。


 その瞬間、中央が空いた。


「カルロス!」


 白石がパスを出す。


 カルロスが受ける。


「シュート!」


 右足を振り抜いた。


 ボールがゴールネットに突き刺さる。


「ゴール!」


「よっしゃあ!」


 カルロスが両手を上げる。


 そして古賀を指差した。


「センセイ!」


 古賀も両手を上げる。


「みんなで取った点たい!」


 福岡ユナイテッド、先制。


     ⸻


 しかし、試合はまだ終わらない。


 終盤。


 相手の猛攻が始まった。


 ゴール前にボールが入る。


 岩永が体を張ってブロック。


 ボールがこぼれた。


 城戸が拾う。


「忘れ物!」


 城戸が叫んだ。


「取りに行こう!」


 神崎が走る。


 白石も走る。


 カルロスも前へ出る。


 城戸が白石へパス。


 白石が一気に前へ駆け上がった。


 相手DFが追いかける。


 白石は中央を見る。


 城戸が走っている。


 カルロスもいる。


 白石は相手DFを引きつけてから、中央へパスを出した。


「城戸!」


 城戸が受ける。


 シュート。


 ゴール。


 2―0。


 城戸はその場に立ち尽くした。


「……入った!プロになって初めてゴール決めた」


 古賀がベンチから叫ぶ。


「挑戦した証拠たい!」


 城戸の目に涙が浮かんだ。


 仲間たちが駆け寄る。


 そして試合終了。


 福岡ユナイテッド、2―0。


 古賀誠一。


 Jリーグ監督として初勝利。


     ⸻


 試合後。


 選手たちが古賀を囲んだ。


「監督! 勝ちました!」


 白石が笑う。


「うん」


「監督、何か言うことないんですか?」


 古賀は少し考えた。


「今日は、みんな頑張ったけん……」


「はい」


「なんか、みんなでできることせん?」


 神崎が古賀を見る。


 そして、嫌な予感がした。


「……先生」


「ん?」


「もしかして、少年団でやってたあれですか?」


 古賀が笑った。


「そうたい」


 古賀はスタッフバッグを開けた。


 そして――。


 カチャッ。


 そろばんを取り出した。


 しかも一つではない。


 何本も入っている。


「…………」


 選手全員が固まった。


 相川が目を丸くする。


「監督……それは?」


「そろばん」


「それは見れば分かります」


「久留米のそろばん踊り、知っとる?」


 選手たちは顔を見合わせる。


「……知りません」


 古賀は何でもないことのように言った。


「じゃあ、踊ろうか」


「え?」


「勝ったけん」


 カルロスがそろばんを覗き込む。


「ソロバン?」


「そうたい!」


 古賀は楽しそうに踊り始めた。


 カチャカチャ。


 カチャカチャ。


「……」


 選手たちは完全に困惑している。


 白石が神崎に小声で聞く。


「これ……どうするんですか?」


「監督が言ってるから踊るしかないだろ」


 古賀が振り返る。


「皆はよ真似せんね!こうたい!」


 カチャカチャ。


 神崎が真似する。


「久しぶりすぎてちょっと忘れてますがこう?」


「そうそう!」


 岩永も仕方なく続く。


「こう……ですか?」


「上手!」


 城戸も笑いながらそろばんを動かす。


 カルロスは周りを見ながら、


「ソロバン……ダンス……」


 そして、


「カチャカチャ!」


 古賀が大笑いした。


「そうたい!」


     ⸻


 スタンドのサポーターたちは、最初こそ何が始まったのか分からなかった。


 しかし、ピッチで古賀が楽しそうに踊っている。


「みんなもやろう!」


 古賀がスタンドへ手を振る。


 サポーターたちはそろばんを持っていない。


 それでもタオルやフラッグを手に、見よう見まねで踊り始めた。


 笑い声がスタジアムに広がる。


 小柳はカメラを構えたまま呆然としていた。


「……何これ」


 それでも、カメラは止めなかった。


     ⸻


 翌朝。


 クラブ公式SNSに、試合後の動画が投稿された。


『初勝利! そして監督が突然そろばん踊りを始めました。』


 投稿直後からコメントが殺到する。


「何でそろばん?」


「監督かわいい」


「選手全員困惑してるの面白すぎる」


「カルロスのそろばん踊り最高」


「次の勝利でもやって!」


 小柳は画面を見ながら笑った。


「……これ、人気出るかも」


     ⸻


 数週間後。


 クラブのグッズ会議。


「そろばん……作りませんか?」


 東山社長が顔を上げる。


「そろばん?」


「はい。古賀監督の勝利後パフォーマンスが話題になっています」


 そこへ古賀が入ってきた。


「何の話?」


 小柳が説明する。


「公式グッズに、そろばんを作ろうかと」


「そろばんを?」


「はい」


 古賀は少し考えた。


「……売れると?」


「たぶん」


「じゃあ、福岡の子どもたちにも使えるように、ちゃんとしたそろばんにしよう!」


 そして笑う。


「福岡の皆、計算が上手くなるばい」


 スタッフから笑いが起こった。


 こうして完成した。


『福岡ユナイテッド公式そろばん』


 クラブカラーを取り入れた専用ケース。


 そこには小さく、


『忘れ物したら、みんなで取りに行こう。』


 と書かれていた。


 相川は完成品を手に取り、苦笑する。


「まさか……監督の思いつきが公式グッズになるとは」


 古賀は首を傾げる。


「そげん大げさなもんじゃなかろ」


 神崎が笑った。


「先生。それ、もう大げさですよ」


 その日から、福岡ユナイテッドの勝利後には――。


 選手たちとサポーターが、そろばんを手にするようになった。


 カチャカチャ。


 カチャカチャ。


 福岡ユナイテッドに、奇妙で温かい新しい文化が生まれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。