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田舎の農家のおっさん、Jリーグの名将になる  作者: やしゅまる


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3/17

第3話「監督、俺の何を知りたいんですか?」

翌朝。


 福岡ユナイテッドのクラブハウスに、古賀誠一がやって来た。


 昨日の練習で使ったホワイトボードを眺めながら、相川真司に声をかける。


「相川さん」


「はい?」


「今日、選手と一人ずつ話してよか?」


「面談ですか?」


「うん」


 相川は少し意外そうな顔をした。


「戦術の確認ですか?」


「いや」


 古賀は首を振る。


「みんなのこと、まだよう知らんけん」


「……何を聞くんです?」


「好きなこととか、嫌いなこととか」


「それを聞いて、どうするんです?」


 古賀は不思議そうな顔をした。


「知らんと、仲良くなれんやろ?」


「……」


 相川は何も言えなかった。


 この人は本当に、プロの監督なのだろうか。



 最初に呼ばれたのは白石健太だった。


「失礼します」


「おう。座って」


 白石が椅子に座る。


「よろしくお願いします」


「よろしく。白石、サッカー以外で好きなことある?」


「……え?」


「ゲームとか、漫画とか」


「ゲーム……です」


「何のゲーム?」


「最近はサッカーゲームばっかりです」


「やっぱりサッカー好きなんやね」


「まあ……」


 いつの間にか二人はゲームの話で盛り上がっていた。


 しばらくして白石が笑う。


「監督、サッカーの話しないんですか?」


「するよ」


「じゃあ、サッカーで一番楽しい時は?」


「ゴール決めた時です」


「そりゃそうたい」


 古賀も笑う。


「じゃあ、一番悔しい時は?」


 白石の表情が少し変わった。


「……自分が何もできなかった時です」


「そっか」


 古賀は少し考える。


「白石、足速いやろ?」


「はい」


「じゃあ、その速さをもっと仲間のために使ったら、もっと楽しくなるかもしれんよ」


「仲間のため?」


 古賀はホワイトボードに簡単な絵を描いた。


 相手がボールを持っている。


 その前には味方の選手。


 そして、その後ろから白石が走っている。


「白石、足速いやろ?」


「はい」


「じゃあ、仲間が追いつけん相手を、白石が追いかけてあげよう」


「俺がですか?」


「そうたい」


「仲間が困る前に、先に行ってあげる」


 白石が絵を見る。


「ボールを取れたら?」


「今度は、相手のゴールまで走ろう」


「……攻撃でも?」


「もちろん」


 古賀は笑った。


「速い人は、相手から逃げるためだけに速いんじゃない」


「仲間を助けるために、一番先に行けるとたい」


 白石は黙ってホワイトボードを見つめた。


「……やってみます」


「うん。楽しそうやろ?」


「はい」



 次に入ってきたのは城戸隼人だった。


「城戸、緊張しとる?」


「……はい」


「俺も緊張しとるよ」


「監督も?」


「プロの監督、初めてやけん」


 城戸が少し笑った。


 古賀も笑う。


「最近、失敗したことある?」


「……あります」


「何?」


「この前の練習試合で、パスをミスして……それからボールを受けるのが怖くなりました」


 古賀はすぐには答えなかった。


「そっか」


 そして、静かに聞いた。


「失敗したってことは、ボールを受けようとしたんやろ?」


「……はい」


「じゃあ、挑戦したってことたい」


 城戸が顔を上げる。


「失敗せん人は、何もせん人かもしれん」


「だから、また受けてみ」


「……また、ミスしたら?」


「また取り返せばよか」


 古賀は笑った。


「サッカーは一回の失敗で終わらんけん」


 城戸は小さく頷いた。



 続いて、カルロス・リマ。


「センセイ、メンダン?」


「そうたい」


 カルロスが椅子に座る。


「日本の生活で困っとることある?」


「……日本語。ムズカシイ」


「そうか」


 古賀は少し考えてから言った。


「じゃあ、俺もポルトガル語覚えんといかんな」


「センセイ、ポルトガルゴ?」


「ちょっとだけ」


 古賀が知っている数少ないポルトガル語を口にすると、カルロスが大笑いした。


 すっかり緊張が解けたところで、古賀が聞く。


「カルロスは、ゴールしたい?」


「ハイ!」


「じゃあ、みんなでカルロスをゴールさせよう」


「ミンナ?」


「そうたい」


 古賀は胸を張る。


「カルロス一人でゴールせんでよか」


 カルロスは何度も頷いた。


「センセイ……オモシロイ」


「そうか?」


「ハイ」



 最後に入ってきたのは岩永だった。


「俺に何を聞くんです?」


 最初から警戒している。


「岩永は、何が嫌い?」


「……苦手なものならあります」


「何?」


「責任を背負うことです」


 古賀が少し驚く。


「ベテランだから、副キャプテンだからって、若い選手のミスまで全部背負うのは……正直しんどいです」


 古賀は黙って岩永を見る。


 そして、


「じゃあ、一人で背負わんでよか」


「え?」


「チームなんやけん」


 岩永が黙る。


「困った時は、みんなに助けてもらえばいい」


「……」


「俺もそうするつもりたい」


 岩永が少し笑った。


「監督、それ少年団にも言ってたんですか?」


「うん」


「プロでも同じですか?」


「人間やけん、同じたい」


 岩永は、初めて古賀をまっすぐ見た。



 最後は神崎だった。


「蓮は、何で俺を監督に呼んだん?」


「先生に福岡を育ててほしかったからです」


「俺じゃなくてもよかったんやない?」


 神崎は首を振った。


「俺たちは、先生にサッカーだけ教えてもらったんじゃありません」


「……」


「皿洗いもした」


「したな」


「地域のゴミ拾いもした」


「した」


「農家の手伝いもした」


「したなぁ」


 二人で笑う。


 神崎は少し黙ってから言った。


「全部、今でも覚えてます」


「そうか」


「だから、このチームも強くしてほしいんです」


 古賀は照れくさそうに頭をかいた。


「俺にできるかなぁ」


「できますよ」


 神崎は即答した。


「俺たちが知ってますから」



 面談が終わった。


 古賀が相川の隣に座る。


「みんな、いい子やね」


「監督、プロ選手ですよ」


「そうたい」


「でも面談で聞いたのは、趣味、悩み、好きなこと……」


「うん」


「それで、本当に選手を理解できるんですか?」


 古賀は少し考えた。


「分からん」


「……またですか」


「でも、知ろうとせんよりはよかろ?」


 相川は黙った。


 その言葉を否定することはできなかった。



 午後の練習。


 相手ボールになった瞬間だった。


 白石が走り出す。


「白石!」


 古賀が叫ぶ。


 味方が追いつけない相手に、白石が一気に距離を詰める。


 そして――


 ボールを奪った。


「ナイス!」


 白石はそのまま前へ走る。


 相手ゴールへ向かって、一気に加速する。


「白石、速いね!」


 古賀が笑う。


 白石も笑った。


「監督に言われたんで!」


「何て?」


 白石は走りながら叫ぶ。


「仲間が困る前に、先に行く!」


 古賀は嬉しそうに頷いた。


 その横で相川が戦術ノートを開く。


 そして、ゆっくりと書き込んだ。


『白石のスピード=守備の回収+攻撃の推進力』


 相川は白石を見つめる。


「……この人、本当に選手の特徴を戦術に変えていくんだ」


 少し離れた場所では、古賀が選手たちに声をかけていた。


「よし! もう一回やってみよう!」


 選手たちが走り出す。


 古賀誠一の「普通の指導」が、少しずつプロのサッカーを変え始めていた。

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