第3話「監督、俺の何を知りたいんですか?」
翌朝。
福岡ユナイテッドのクラブハウスに、古賀誠一がやって来た。
昨日の練習で使ったホワイトボードを眺めながら、相川真司に声をかける。
「相川さん」
「はい?」
「今日、選手と一人ずつ話してよか?」
「面談ですか?」
「うん」
相川は少し意外そうな顔をした。
「戦術の確認ですか?」
「いや」
古賀は首を振る。
「みんなのこと、まだよう知らんけん」
「……何を聞くんです?」
「好きなこととか、嫌いなこととか」
「それを聞いて、どうするんです?」
古賀は不思議そうな顔をした。
「知らんと、仲良くなれんやろ?」
「……」
相川は何も言えなかった。
この人は本当に、プロの監督なのだろうか。
⸻
最初に呼ばれたのは白石健太だった。
「失礼します」
「おう。座って」
白石が椅子に座る。
「よろしくお願いします」
「よろしく。白石、サッカー以外で好きなことある?」
「……え?」
「ゲームとか、漫画とか」
「ゲーム……です」
「何のゲーム?」
「最近はサッカーゲームばっかりです」
「やっぱりサッカー好きなんやね」
「まあ……」
いつの間にか二人はゲームの話で盛り上がっていた。
しばらくして白石が笑う。
「監督、サッカーの話しないんですか?」
「するよ」
「じゃあ、サッカーで一番楽しい時は?」
「ゴール決めた時です」
「そりゃそうたい」
古賀も笑う。
「じゃあ、一番悔しい時は?」
白石の表情が少し変わった。
「……自分が何もできなかった時です」
「そっか」
古賀は少し考える。
「白石、足速いやろ?」
「はい」
「じゃあ、その速さをもっと仲間のために使ったら、もっと楽しくなるかもしれんよ」
「仲間のため?」
古賀はホワイトボードに簡単な絵を描いた。
相手がボールを持っている。
その前には味方の選手。
そして、その後ろから白石が走っている。
「白石、足速いやろ?」
「はい」
「じゃあ、仲間が追いつけん相手を、白石が追いかけてあげよう」
「俺がですか?」
「そうたい」
「仲間が困る前に、先に行ってあげる」
白石が絵を見る。
「ボールを取れたら?」
「今度は、相手のゴールまで走ろう」
「……攻撃でも?」
「もちろん」
古賀は笑った。
「速い人は、相手から逃げるためだけに速いんじゃない」
「仲間を助けるために、一番先に行けるとたい」
白石は黙ってホワイトボードを見つめた。
「……やってみます」
「うん。楽しそうやろ?」
「はい」
⸻
次に入ってきたのは城戸隼人だった。
「城戸、緊張しとる?」
「……はい」
「俺も緊張しとるよ」
「監督も?」
「プロの監督、初めてやけん」
城戸が少し笑った。
古賀も笑う。
「最近、失敗したことある?」
「……あります」
「何?」
「この前の練習試合で、パスをミスして……それからボールを受けるのが怖くなりました」
古賀はすぐには答えなかった。
「そっか」
そして、静かに聞いた。
「失敗したってことは、ボールを受けようとしたんやろ?」
「……はい」
「じゃあ、挑戦したってことたい」
城戸が顔を上げる。
「失敗せん人は、何もせん人かもしれん」
「だから、また受けてみ」
「……また、ミスしたら?」
「また取り返せばよか」
古賀は笑った。
「サッカーは一回の失敗で終わらんけん」
城戸は小さく頷いた。
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続いて、カルロス・リマ。
「センセイ、メンダン?」
「そうたい」
カルロスが椅子に座る。
「日本の生活で困っとることある?」
「……日本語。ムズカシイ」
「そうか」
古賀は少し考えてから言った。
「じゃあ、俺もポルトガル語覚えんといかんな」
「センセイ、ポルトガルゴ?」
「ちょっとだけ」
古賀が知っている数少ないポルトガル語を口にすると、カルロスが大笑いした。
すっかり緊張が解けたところで、古賀が聞く。
「カルロスは、ゴールしたい?」
「ハイ!」
「じゃあ、みんなでカルロスをゴールさせよう」
「ミンナ?」
「そうたい」
古賀は胸を張る。
「カルロス一人でゴールせんでよか」
カルロスは何度も頷いた。
「センセイ……オモシロイ」
「そうか?」
「ハイ」
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最後に入ってきたのは岩永だった。
「俺に何を聞くんです?」
最初から警戒している。
「岩永は、何が嫌い?」
「……苦手なものならあります」
「何?」
「責任を背負うことです」
古賀が少し驚く。
「ベテランだから、副キャプテンだからって、若い選手のミスまで全部背負うのは……正直しんどいです」
古賀は黙って岩永を見る。
そして、
「じゃあ、一人で背負わんでよか」
「え?」
「チームなんやけん」
岩永が黙る。
「困った時は、みんなに助けてもらえばいい」
「……」
「俺もそうするつもりたい」
岩永が少し笑った。
「監督、それ少年団にも言ってたんですか?」
「うん」
「プロでも同じですか?」
「人間やけん、同じたい」
岩永は、初めて古賀をまっすぐ見た。
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最後は神崎だった。
「蓮は、何で俺を監督に呼んだん?」
「先生に福岡を育ててほしかったからです」
「俺じゃなくてもよかったんやない?」
神崎は首を振った。
「俺たちは、先生にサッカーだけ教えてもらったんじゃありません」
「……」
「皿洗いもした」
「したな」
「地域のゴミ拾いもした」
「した」
「農家の手伝いもした」
「したなぁ」
二人で笑う。
神崎は少し黙ってから言った。
「全部、今でも覚えてます」
「そうか」
「だから、このチームも強くしてほしいんです」
古賀は照れくさそうに頭をかいた。
「俺にできるかなぁ」
「できますよ」
神崎は即答した。
「俺たちが知ってますから」
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面談が終わった。
古賀が相川の隣に座る。
「みんな、いい子やね」
「監督、プロ選手ですよ」
「そうたい」
「でも面談で聞いたのは、趣味、悩み、好きなこと……」
「うん」
「それで、本当に選手を理解できるんですか?」
古賀は少し考えた。
「分からん」
「……またですか」
「でも、知ろうとせんよりはよかろ?」
相川は黙った。
その言葉を否定することはできなかった。
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午後の練習。
相手ボールになった瞬間だった。
白石が走り出す。
「白石!」
古賀が叫ぶ。
味方が追いつけない相手に、白石が一気に距離を詰める。
そして――
ボールを奪った。
「ナイス!」
白石はそのまま前へ走る。
相手ゴールへ向かって、一気に加速する。
「白石、速いね!」
古賀が笑う。
白石も笑った。
「監督に言われたんで!」
「何て?」
白石は走りながら叫ぶ。
「仲間が困る前に、先に行く!」
古賀は嬉しそうに頷いた。
その横で相川が戦術ノートを開く。
そして、ゆっくりと書き込んだ。
『白石のスピード=守備の回収+攻撃の推進力』
相川は白石を見つめる。
「……この人、本当に選手の特徴を戦術に変えていくんだ」
少し離れた場所では、古賀が選手たちに声をかけていた。
「よし! もう一回やってみよう!」
選手たちが走り出す。
古賀誠一の「普通の指導」が、少しずつプロのサッカーを変え始めていた。




