第21話「監督、ボールが来る前に走るんですか?」
福岡ユナイテッドの練習場。
選手たちが集まると、古賀はボールを一つ持ってきた。
「今日は、ちょっとした遊びをしようか」
白石が首をかしげる。
「監督、また何か始まるんですか?」
「うん。次にボールが行く場所を当てる遊びたい」
「ボールが行く場所?」
城戸も不思議そうに聞き返した。
「そう。ボールが来てから動くんじゃなくて、来る前に動くとよ」
古賀は選手たちを二つのグループに分けた。
片方は攻撃側。もう片方は守備側。
「攻撃する人は、自由にパスを回してよかよ。守る人は、次に誰にパスが出るか考えてみて」
相川が腕を組んだ。
「監督、具体的には何を意識すればいいのでしょうか?」
「うーん。誰がボールを持っとるかだけじゃなくて、その人がどっちを向いとるか、仲間がどこにおるかを見るとよ」
「なるほど……」
「予想が当たったら大成功。外れても、またやればよか」
練習が始まった。
攻撃側がテンポよくパスを回す。
守備側の白石は、ボールを持った選手に勢いよく走り込んだ。
「よし! 奪うぞ!」
しかし、相手は簡単に横へパスを出す。
「あっ!」
白石が慌てて追いかける。
その隙に、別の選手へパスが通った。
「白石、ボールばっかり追いかけとるぞ」
古賀が笑いながら声をかける。
「だって、ボールを取らないといけないじゃないですか!」
「そうやね。でも、ボールが行ってから走ったら、ちょっと遅かろう?」
白石は少し考えた。
「じゃあ、どこに行くか先に考えるんですか?」
「そうたい」
今度は岩永が守備に入った。
相手がボールを持つ。
岩永はすぐには飛び出さなかった。
相手の体の向き、足の位置、味方の立ち位置を見る。
「次は右だな」
相手が右へパスを出そうとした瞬間、岩永が一歩前に出た。
パスコースに足を出す。
ボールが岩永の足に当たって、外へ転がった。
「おおっ!」
白石が声を上げた。
「今の、読んだんですか?」
「体の向きで何となくな。ボールを蹴る前に、どこへ出したいか見えた」
古賀は嬉しそうにうなずいた。
「そうそう。相手の顔や体も見てみるとよかね」
次は神崎が守備に入った。
攻撃側の選手がボールを持つ。
神崎はボールだけでなく、周りの選手の動きを見ていた。
一人が前へ走る。
もう一人が中央へ寄る。
神崎はその動きを見て、空いた場所へ先回りした。
パスが出る。
神崎がカットした。
「よし!」
神崎が小さく拳を握る。
相川はその様子をじっと見ていた。
「……なるほど」
相川の頭の中で、練習の意味がつながり始めていた。
ただ相手のパス先を当てるだけではない。
相手の選択肢を予測し、味方と連動してパスコースを消している。
これは、チーム全体で相手を特定の場所へ追い込む守備だ。
相川は思わず古賀に尋ねた。
「監督。これは、相手のパスコースを限定する練習なんですね?」
「ん? まあ、そうなるとかな」
「さらに、ボールを奪う場所をチーム全体で共有することにもつながります」
「へえ。難しい言い方するねえ」
古賀は笑った。
「みんなで先回りしたら、楽しかろうと思っただけたい」
最後は、全員での実戦形式になった。
攻撃側は自由にパスを回す。
守備側は、誰か一人がボールを追いかけるのではなく、互いの位置を確認しながら動いた。
岩永が中央をふさぐ。
神崎が横のパスコースを消す。
白石が相手の逃げ道を限定する。
攻撃側の選手が困ったように周囲を見渡した。
「出すところがない!」
その瞬間、パスが出る。
神崎が一歩先に動いていた。
「もらった!」
ボールを奪う。
神崎はすぐに顔を上げた。
白石が走り出している。
相手の守備陣形が整う前に、神崎から鋭いパスが通った。
「白石!」
「よっしゃあ!」
白石はそのままゴールへ向かい、シュートを放つ。
ネットが揺れた。
「ナイスゴール!」
選手たちが拍手する。
白石は笑顔で神崎のもとへ駆け寄った。
「キャプテン、今の見てました?」
「見てたよ。奪う前から走り出してたな」
「はい! 神崎さんが取ると思ったんで!」
神崎は笑った。
「俺も、白石が走ると思ってたよ」
古賀は二人を見て、満足そうにうなずいた。
「よかねえ。みんなで先回りできたけんね」
練習後、相川が古賀の隣に立った。
「監督……今日の練習、守備だけではありませんでしたね」
「そう?」
「相手のパスを予測して、チーム全体でコースを消す。そして奪った瞬間には、もう攻撃が始まっている。守備と攻撃が一つにつながっていました」
古賀は少し考えてから答えた。
「え? ボール取ったら攻めるやろ?」
相川は言葉を失った。
その横で、神崎が笑っていた。
「先生らしいですね」
白石も大きくうなずく。
「明日もこの遊び、やりましょうよ!」
「よかよ。でも、今日はもう終わり。早く帰って、ご飯食べて寝らんとね」
選手たちは笑いながら片づけを始めた。
福岡ユナイテッドのサッカーに、また一つ新しい武器が加わろうとしていた。
それは、誰か一人の読みや技術ではない。
仲間の動きを信じ、次に起こることをみんなで考える力だった。




