第20話「監督、人力車で走力アップするんですか?」
田主丸の空き家には、今日も地元の人たちが集まっていた。
神崎が作った麹を使った料理を囲みながら、白石は子どもたちとゲームをしている。
そこへ、一人の男性が訪ねてきた。
「古賀さん、ちょっとお願いがありまして」
地元の観光関係者だった。
近々、地域の観光イベントで人力車を使った案内を企画しているらしい。しかし、イベントを盛り上げるための協力者が足りないという。
「人力車ですか?」
古賀が聞き返す。
「ええ。選手の皆さんにも参加していただけたら、地域の人たちも喜ぶと思いまして」
古賀は少し考えたあと、笑顔で答えた。
「よかですよ。みんなに聞いてみます」
その話を聞いていた城戸が、突然顔を上げた。
「監督! 僕、観光案内ならできます!」
「おお、城戸。できるとね?」
「はい! 僕、観光が好きなんです。福岡の名所とか、結構知ってますよ」
普段は控えめな城戸が、珍しく身を乗り出している。
古賀は嬉しそうに笑った。
「じゃあ、今日は城戸先生に任せようか」
「先生はやめてくださいよ!」
周囲から笑い声が起きた。
イベント当日。
選手たちの姿を見た地元の人たちが歓声を上げた。
「本物の選手やん!」
「福岡ユナイテッドが来てくれたと?」
選手たちは、クラブのエンブレムが入ったオリジナルの法被を着ていた。背中には大きく福岡ユナイテッドの文字。胸元にはエンブレム、袖には田主丸の文字が入っている。
小柳も同行し、写真や動画を撮影していた。
「これ、絶対に公式SNSに載せます! チームの宣伝にもなりますよ!」
白石は法被の裾を引っ張りながら苦笑いした。
「俺たち、サッカー選手ですよね? なんか祭りの人みたいですよ」
「よかたい。似合っとるばい」
古賀は笑って答えた。
まずは、経験豊富な人力車の担当者から説明を受ける。
人力車の引き方、乗客への声かけ、曲がるときの注意点。選手たちは真剣に耳を傾けた。
「急に走り出したり、止まったりしないでくださいね。乗っている方が安心できるように、周囲をよく見てください」
選手たちは担当者の指導のもと、交代で人力車を引くことになった。
相川はその様子を見ながら考えていた。
「人力車を引く動作は、脚力だけでなく体幹や姿勢の維持にも関係します。ペース配分も必要ですね」
「走力アップにもなるんですね!」
白石が反応する。
古賀は選手たちに声をかけた。
「ただ速く走ればよかってもんじゃなかよ。乗っとる人が安心できるように走らんとね」
「でも、走力アップが目的ですよね?」
「そうたい。でも、乗っとる人が怖かったら観光にならんやろ?」
白石は少し考えた。
最初の乗客を乗せたのは、白石だった。
「よし、行きますよ!」
勢いよく引き始めた白石に、担当者が声をかける。
「もう少しゆっくり。最初は滑らかに動かしましょう」
「あっ、すみません!」
白石は速度を落とした。
その後ろでは、城戸が観光案内を担当していた。
「この辺りは季節によって景色が変わるんですよ。春もきれいですし、秋もおすすめです!」
乗客から質問が出ると、城戸は嬉しそうに答える。
「それなら、こちらの道もおすすめです。地元の人しか知らない景色が見られるんですよ」
普段の練習では控えめな城戸が、生き生きと話している。
白石は人力車を引きながら驚いた。
「城戸って、あんなにしゃべるんだな」
神崎も笑う。
「サッカー以外にも、得意なことがあったんだな」
城戸は少し照れながらも、次々と観光客に田主丸の魅力を伝えていった。
何組かの乗客を案内した頃、選手たちも人力車に慣れてきた。
しかし、古賀は選手たちにもう一つ声をかけた。
「乗っとる人の顔も見てみらんね」
「顔ですか?」
「楽しそうにしとるか、怖がっとらんか。相手のことを考えて動くんたい」
選手たちは乗客の様子を確認しながら、無理のない速度で進むようになった。
疲れた選手がいれば、仲間が交代する。案内役も周囲の安全を確認する。
相川は、その様子を見ていた。
「走力だけじゃない。状況判断、周囲を見る力、仲間との連携も必要になる。これはサッカーにも通じますね」
「そうたい。みんなで助け合ったらよかたい」
古賀は当たり前のように答えた。
イベントは大盛況だった。
法被姿の選手たちと人力車の写真は、小柳によって公式SNSに投稿された。
「監督! すごい反響です!」
「そうね?」
「福岡ユナイテッドを知らなかった人からも、試合を見に行きたいってコメントが来ています!」
小柳は嬉しそうにスマートフォンを見せた。
観光客の中にも、選手たちに声をかける人がいた。
「今度、試合を見に行くよ!」
「ありがとうございます!」
城戸も笑顔で頭を下げた。
「また案内したいです。まだ紹介したい場所がたくさんあります!」
イベント終了後。
選手たちは心地よい疲労を感じながら、空き家の前に集まっていた。
白石が相川に尋ねる。
「結局、走力は上がったんですか?」
「一度の活動で走力が上がったとは言えない。ただ、脚力や体幹への刺激にはなった。それ以上に、周囲を見る力やペース配分を意識できたのは大きいと思う」
「なるほど……」
古賀は選手たちを見回した。
「みんな楽しそうやったし、田主丸のことも知ってもらえた。よかったばい」
城戸が手を挙げる。
「監督、次は別の観光ルートも案内したいです!」
「おお、楽しみやね」
白石が慌てて口を挟んだ。
「えっ、また人力車引くんですか!?」
みんなが笑った。
古賀は法被の背中にあるチーム名を見つめた。
「サッカーも、地域も、みんなで盛り上げていかんとね」
その言葉に、選手たちは笑顔でうなずいた。




