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田舎の農家のおっさん、Jリーグの名将になる  作者: やしゅまる


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19/22

第19話「キャプテン、麹を作るんですか?」

田主丸にある、再生された空き家。


 地域の人たちが掃除し、少しずつ手を入れていったその家には、今日も人が集まっていた。


 昼間から、おばあちゃんたちがお茶を飲んでいる。


 田主丸FCの子どもたちは宿題をしたり、ゲームをしたりしている。


 農家のおじちゃんたちは、畑の話をしていた。


 そして、その中心には相変わらず白石がいた。


「お前、そこじゃないって!」


「白石選手、そこにパス!」


「分かってるって!」


 テレビの前で、白石が子どもたちとサッカーゲームをしている。


 その様子を見ながら、古賀は笑っていた。


「ほんと、ゲーム好きやねぇ」


「好きですよ。俺の生きがいですから」


「生きがいは言い過ぎやろ」


「いや、大事ですよ」


 そんなやり取りをしていると、神崎が台所から顔を出した。


「先生」


「ん?」


「ここの台所、使っていいですか?」


「何すると?」


 神崎は、何でもないことのように答えた。


「麹作りです」


「……麹?」


 古賀が首をかしげる。


 その声を聞いて、相川も振り返った。


「キャプテン、麹作るんですか?」


「作りますよ?」


「……え?」


 白石までゲームの手を止めた。


「キャプテン、麹作るんですか?」


「うん」


「なんで?」


「好きだから」


 神崎はそう言って、持ってきた瓶を台所に並べ始めた。


 塩麹。


 玉ねぎ生姜麹。


 トマト麹。


 そして甘酒。


「……」


「……」


「……」


 三人が黙って瓶を見る。


 神崎が不思議そうな顔をした。


「何ですか?」


 白石が恐る恐る聞く。


「キャプテン、いつからそんなことしてたんですか?」


「昔から」


「知らなかった……」


 相川も瓶を眺める。


「サッカー以外の趣味があったんですね」


「ありますよ。俺だってサッカー以外も普通にしますよ」


「いや、知りませんでした」


 神崎は笑った。


「発酵食品、好きなんですよ」


 田主丸で育った神崎は、地元の野菜もよく知っている。


 近所の農家からもらった玉ねぎを手に取ると、


「この辺の玉ねぎなら、玉ねぎ生姜麹にするといいですよ」


「そんなに詳しいと?」


 古賀が聞く。


「田主丸ですから」


 神崎は当たり前のように答えた。


「そりゃそうか」


 古賀も笑った。


 その日の午後。


 台所では、神崎が麹を仕込んでいた。


 子どもたちも興味津々で覗いている。


「何作ってるの?」


「今日は新しいのを試してみる」


「何?」


「ブルーベリー」


「ジャム?」


「そう。でも、普通のジャムとはちょっと違う」


 神崎はブルーベリーを用意した。


 そこに米麹を合わせる。


 そして、バナナを加えた。


「なんでバナナ?」


 子どもが聞く。


「甘くなるから」


「砂糖は?」


「入れない」


「甘くなるの?」


「やってみよう」


 神崎は笑った。


 ブルーベリーの酸味に、米麹の甘み。


 そこへバナナの自然な甘さを加える。


 子どもたちは、完成を待った。


 そして、できあがったブルーベリー麹をパンに塗る。


「いただきます!」


 一口。


「……おいしい!」


「甘い!」


「もっと食べたい!」


 子どもたちが次々に手を伸ばす。


 その横から、白石も一口もらった。


「……」


 白石が黙った。


「どう?」


 神崎が聞く。


「……これ、めちゃくちゃうまいっす」


「だろ?」


「キャプテン、サッカー以外でもすごいんですね」


「いや、ただの趣味だって」


 古賀は笑いながら、子どもたちを見る。


「喜んどるなら、よかたい」


 その日の夕方。


 近所のおばあちゃんたちも台所にやって来た。


「神崎くん、これどうやって作ったと?」


「ブルーベリーと米麹とバナナです」


「砂糖は?」


「使ってないです」


「へぇ」


 おばあちゃんたちは興味津々だった。


 そこから、今度は昔の発酵食品の話が始まった。


「昔はね、こういうふうにしよったとよ」


「うちの家では、こっちを使いよった」


「へぇ……」


 神崎は真剣に聞いていた。


 田主丸のことを知らないわけではない。


 生まれ育った町だ。


 けれど、長く暮らしていても、知らない人の知恵はまだまだある。


「それ、今度やってみたいですね」


 神崎が言うと、おばあちゃんが笑った。


「じゃあ、一緒に作ろうか」


「お願いします」


 それから、台所に人が集まるようになった。


 農家から玉ねぎが届く。


 トマトが届く。


 季節の野菜も届く。


 神崎はそれを見ながら、


「これなら麹にできますね」


と笑った。


 古賀がその様子を見ていた。


「せっかくなら、地域の野菜でいろいろ作ったらよかろうね」


「いいですね」


 人が集まるようになった空き家。


 そこに今度は、地域の食材まで集まり始めた。


 そんなある日。


 クラブ事務所で、小柳がスマートフォンを見ながら笑っていた。


「神崎選手」


「はい?」


「これ、見てください」


 画面には、空き家で麹を作る神崎の写真。


 その投稿には、たくさんのコメントがついていた。


「神崎選手、麹まで作るんだ」


「料理できるの意外」


「子どもたちにも人気なんだ」


 そして、その中に一つ。


『発酵王子・神崎蓮』


「……」


 神崎の顔が固まった。


「何ですか、これ」


「発酵王子です」


「いや、見れば分かります」


 横で白石が笑う。


「いいじゃないですか、発酵王子」


「よくないよ」


 そこへカルロスがやって来た。


「ハッコウオウジ!」


「カルロスまで言うな!」


 事務所に笑い声が響いた。


 その日の夕方。


 再び空き家。


 子どもたちが神崎の周りに集まっていた。


「神崎選手、なんで麹って時間かかるの?」


「うーん……」


 神崎は少し考えた。


「すぐには変わらないからじゃないかな」


「?」


「でも、時間をかけたら、元の食べ物とは違うものになるだろ?」


 子どもたちは黙って聞いている。


「人も一緒だと思うよ」


「人も?」


「毎日練習しても、すぐには上手くならない。でも、少しずつ続けてたら、いつの間にか変わってる」


 神崎は笑った。


「だから、焦らなくていいんじゃないかな」


 その言葉を、子どもたちはじっと聞いていた。


 古賀は少し離れたところから、その様子を見ていた。


 何も言わず、ただ笑っている。


 夕方。


 台所には、たくさんの瓶が並んでいた。


 塩麹。


 玉ねぎ生姜麹。


 トマト麹。


 そして、ブルーベリー麹。


 白石が瓶を眺める。


「キャプテン、次は何作るんですか?」


 神崎は少し考えた。


「味噌でも作ろうかな」


 その瞬間、おばあちゃんたちが振り向いた。


「味噌なら私たちも手伝うよ!」


「本当ですか?」


「昔、作りよったけんね」


「じゃあ、お願いします」


 白石が呆れた顔をする。


「ここ、もうサッカークラブの施設じゃないですよね?」


 古賀が笑った。


「人が集まっとるなら、よかたい」


 台所から笑い声が聞こえる。


 誰も住んでいなかった家。


 そこには今、人がいる。


 子どもがいる。


 高齢者がいる。


 農家がいる。


 サッカー選手がいる。


 そして、麹までいる。


 古賀はその様子を眺めながら、いつものように思った。


「みんな楽しそうで、よかったばい」


 それだけだった。

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