第18話「空き家を、もう一度」
福岡ユナイテッドの事務所。
相川は、先日の試合の写真を整理していた。
画面に映っているのは、スタジアムではない。
田主丸の公民館。
大きなスクリーンの前で、田主丸FCの子どもたち、高齢者、農家の人たちが肩を寄せ合って福岡ユナイテッドを応援している。
その中には、古賀の息子、陽太の姿もあった。
「思った以上に、地域の人たちが集まりましたね」
相川が言う。
隣で写真を見ていた古賀が、静かにうなずいた。
「うん」
そして、少し考える。
「でもなぁ……」
「どうしました?」
「田主丸だけじゃなくて、八女とかうきはにも、こういう場所があったらよかろうね」
「こういう場所?」
「誰でも気軽に寄れる場所たい」
相川は少し考えた。
「公民館みたいな場所ですか?」
「公民館でもよかけど……もっと気軽なところ」
古賀はそれ以上、説明しなかった。
その日の帰り道。
古賀は田主丸の町を車で走っていた。
ふと、古い家が目に入る。
「……あそこも空いとるなぁ」
庭には草が伸び、郵便受けには何日分もの郵便物がたまっている。
昔は人の声が聞こえていた家だった。
だが、住んでいた高齢者が施設に入り、その後、誰も住まなくなったらしい。
数日後。
田主丸FCの保護者からも同じような話を聞いた。
「最近、近所にも空き家が増えましたよ」
「そうねぇ。おじいちゃん、おばあちゃんが施設に入ったり、亡くなったりしてね」
「壊すにもお金がかかるし、そのままになってる家も多いです」
古賀は腕を組んだ。
そして、いつものように簡単に言った。
「だったら、使えばよか」
「……誰がです?」
「みんなで」
その言葉から始まった。
福岡ユナイテッドが、地域の空き家を交流拠点として使えないか。
サポーターが集まる。
子どもたちが遊ぶ。
高齢者がお茶を飲む。
試合の日にはパブリックビューイング。
田主丸FCの集会にも使う。
農家同士が農業の話をする。
子どもたちは宿題をする。
「これ、田主丸だけでやるんですか?」
相川が聞く。
「いや」
古賀は当然のように答えた。
「八女も、うきはも」
「かなり大きな話になりますよ」
「空いとる家があるなら、使えばよかだけたい」
相川は苦笑した。
「また先生の、その感じですか」
「何が?」
「難しいことを簡単に言うところです」
「簡単やろ?」
「それが難しいんですよ……」
最初の一軒は、田主丸だった。
地域の人たちが集まり、掃除を始めた。
古賀も雑巾を持つ。
「ここは雑巾掛けしよう」
「えー、俺たちも?」
田主丸FCの子どもたちが嫌そうな顔をする。
「自分たちが使う場所やけん」
「……じゃあ、やるか」
子どもたちは床を拭いた。
高齢者は窓を磨く。
農家のおじちゃんは庭の草を刈る。
大人たちは壊れた場所を直す。
少しずつ、家が生き返っていった。
そして完成した日。
「ここ、いいですね」
相川が中を見渡す。
そこへ白石がやってきた。
「うわ、結構広いじゃないですか」
「白石、何か思いついた?」
古賀が聞く。
白石は部屋を見回した。
そして真顔で言った。
「……ここ、ゲーム置いていいですか?」
「ゲーム?」
全員が振り返る。
「俺、ゲーム好きなんで」
「よかよ」
古賀は即答した。
「即答ですか!?」
相川が驚く。
白石はさっそく自分のゲーム機を持ってきた。
テレビを置き、サッカーゲームをつなぐ。
それを見た田主丸FCの子どもたちが大騒ぎした。
「白石選手とゲームできると!?」
「俺、絶対勝つ!」
「プロをなめるなよ」
白石が笑う。
すると古賀が一言。
「白石、ゲーム終わったら農作業も手伝ってね」
「……ゲームだけじゃダメですか?」
「ダメたい」
「ですよね……」
笑い声が部屋に響いた。
それからだった。
その空き家には、いろんな人が来るようになった。
昼間は高齢者がお茶を飲む。
子どもたちはゲームをする。
農家のおじちゃんたちは畑の話をする。
田主丸FCの子どもたちは宿題をする。
ある日、おばあちゃんが子どもに昔の田主丸の話をしていた。
「昔は、この辺も子どもがいっぱいおったとよ」
「今は?」
「少なくなったねぇ」
子どもは少し考えた。
「じゃあ、ここを子どもがいっぱい来る場所にしたらいいじゃん」
おばあちゃんは笑った。
「そうやね」
最初は別々だった人たちが、少しずつ話すようになった。
そして、その動きは田主丸だけでは終わらなかった。
「うちの地区にも空き家があります」
「うきはにも使ってない家がありますよ」
クラブに相談が入る。
相川が驚いた。
「先生……これ、どんどん増えてますよ」
「よかやん」
「え?」
「空き家が減って、人が集まる場所が増える」
相川は笑った。
「また始まりましたね」
「何が?」
「先生の『困っとるなら、みんなでやればいい』です」
一方、白石にも変化があった。
ゲームをしていた田主丸FCの子どもが、ふと聞いた。
「白石選手、プロになるにはどうしたらいい?」
白石は少し黙った。
「俺も昔は、自分が上手くなることばっかり考えてプロ目指してたな」
「そうなの?」
「ああ。でも監督に言われたんだ」
白石は笑った。
「速いなら、仲間を助けるために走れって。それ言われた時さプロにはなれたけど俺の考えちょっと間違ってたかなって」
子どもたちは黙って聞いている。
「一人で上手くなるより、みんなで上手くなったほうが楽しいし結局それが1番近道かもな」
その言葉を、子どもたちは覚えていた。
そして別の日。
「ゲーム終わったら掃除しようぜ」
「庭の草も取ろう」
「おばあちゃんのお茶、持っていこう」
古賀は何も言わなかった。
少し離れたところで、その様子を見ていた相川が聞く。
「先生……これも指導なんですか?」
古賀は首をかしげた。
「いや、普通たい」
「……またそれですか」
やがて、田主丸、八女、うきは。
三つの地域に、空き家を利用した交流拠点ができていった。
試合の日。
それぞれの場所で福岡ユナイテッドの試合を見る。
「田主丸、聞こえるかー!」
「八女も盛り上がってるぞ!」
「うきはも負けんばい!」
画面越しに声がつながる。
古賀は、いつものようにスタジアムのベンチにいる。
その本人が知らないところで、田主丸も、八女も、うきはも、同じ試合を見ていた。
そして試合終了。
福岡ユナイテッドの勝利。
「やったー!」
「勝ったー!」
子どもたちは大喜び。
そして一人が叫んだ。
「ゲーム大会やろう!」
「俺も参加する!」
白石が手を挙げる。
「白石選手には負けん!」
子どもたちが笑う。
その横では、おばあちゃんたちがお茶を飲みながら笑っている。
かつて誰も住んでいなかった家。
そこには今、人の声があった。
笑い声があった。
子どもの声があった。
地域の人たちが、自然に集まっていた。
空き家は、もう空き家ではなかった。
人が集まる場所になっていた。
スタジアムから帰る車の中。
古賀は田主丸の町を眺めながら、ぽつりと言った。
「家が空いとるなら、人が集まる場所にすればよか」
そして、いつものように。
それが特別なことだとは、思っていなかった。




