第17話「田主丸から、声援を」
静岡ブルーウェーブ戦から数日後。
福岡ユナイテッドの練習場。
練習を終えた選手たちが引き上げていく中、古賀はグラウンドの端でボールを片付けていた。
そこへ相川がやってくる。
「監督、お疲れさまでした」
「お疲れさん」
古賀はボールを拾いながら、ふと思い出したように言った。
「なぁ、相川さん」
「はい?」
「次のホームゲーム、田主丸から応援に来る人おると?」
「もちろんいますよ」
「でもさ」
古賀は少し考える。
「田主丸からここまで来るの、大変な人もおるやろ」
相川は頷いた。
「そうですね。特に高齢の方は、試合を見たくても移動が難しい方もいます」
「だったらさ」
古賀が顔を上げた。
「公民館で見られるようにしたらよか」
「……公民館?」
「うん」
古賀は何でもないことのように続ける。
「大きな画面を置いて、みんなで応援するったい」
相川が目を丸くする。
「パブリックビューイングですか?」
「それたい」
「でも、先生はスタジアムですよ?」
「そりゃそうたい」
古賀は笑う。
「俺は仕事やけん、スタジアムにおらんと」
「ですよね」
「でも、応援したい人までスタジアムに来る必要はないやろ」
相川はしばらく黙った。
そして、ゆっくり笑った。
「……いいですね」
「やろ?」
「クラブとして、やってみましょう」
◆
数日後。
田主丸の公民館。
地域のスタッフや福岡ユナイテッドのスタッフが大きなスクリーンを設置していた。
「こんな大きい画面、初めて見たばい」
「ちゃんと映ると?」
「大丈夫ですよ」
椅子が並べられていく。
高齢のサポーター。
農家のおじちゃん、おばちゃん。
そして――田主丸FCの子どもたち。
「ここ、俺たち座っていい?」
「もちろん」
「やった!」
古賀の息子の陽太も友達と一緒にやって来た。
「陽太!」
「ん?」
「今日はお前の父ちゃん見られるぞ!」
「別にいつも見てるし」
そう言いながらも、陽太の顔は嬉しそうだった。
◆
試合開始。
スクリーンに福岡ユナイテッドの選手たちが映し出される。
「神崎選手きた!」
「白石!」
「カルロス!」
田主丸FCの子どもたちは大騒ぎ。
そして選手紹介が終わる。
最後にベンチが映った。
古賀。
一瞬、子どもたちが静かになる。
「……あ」
「監督おったばい!」
「古賀監督だ!」
「監督ーーー!」
公民館が一気に沸いた。
陽太の友達が肩を叩く。
「陽太! お前の父ちゃん映っとるぞ!」
「知っとるって!」
陽太は照れながらスクリーンを見る。
そこには、いつもの父親がいた。
腕を組み、ピッチを見つめている。
「父ちゃん、試合なのに家にいる時の顔しとる」
陽太が笑う。
◆
一方、スタジアム。
古賀は当然、公民館のことなど知らない。
「神崎、もう一歩前!」
「白石、今ばい!」
「近い人が助けてあげて!」
いつものように選手たちへ声をかける。
その姿がスクリーンに映る。
「監督また立った!」
「走れって言ってる!」
「先生、めっちゃ真剣!」
田主丸FCの子どもたちは大興奮。
その中で、一人の少年が呟いた。
「俺も監督みたいになりたい」
別の子が笑う。
「サッカー選手じゃなくて監督?」
「うん!」
その言葉を聞いた周りの大人たちが笑った。
◆
前半。
福岡が先制する。
「入ったーーー!」
公民館中から歓声が上がった。
おじいちゃんも立ち上がる。
「よっしゃ!」
隣のおばあちゃんも拍手する。
「福岡、強かねぇ」
田主丸FCの子どもたちは飛び跳ねている。
「監督すげー!」
「福岡すげー!」
「俺もプロになる!」
陽太も笑っていた。
ふと隣を見る。
昔から田主丸FCを応援してくれていた地域のおじいちゃんが、嬉しそうにスクリーンを見ている。
「あのちっちゃかった神崎君がこんなに逞しくなって。こうやってまた神崎君を見られるなら、ええな。」
「うん」
陽太が答える。
「父ちゃんが言い出したんだって」
「古賀監督が?」
「そう」
おじいちゃんは少し笑った。
「……あいつらしいな」
◆
後半。
試合は接戦になる。
福岡が苦しい時間帯。
スクリーンには古賀が映る。
「近い人が助けて!」
神崎が走る。
岩永がカバーする。
白石が戻る。
カルロスも守備に入る。
田主丸FCの子どもたちが叫ぶ。
「先生がいつも言ってるやつだ!」
「みんなで助けてる!」
そして福岡がボールを奪う。
カウンター。
白石が走る。
スタジアムから歓声。
公民館からも歓声。
そして――
ゴール。
「うおおおおお!」
公民館が揺れるほどの歓声が上がった。
◆
試合終了。
福岡ユナイテッドの勝利。
公民館でも大歓声。
「勝ったー!」
「先生勝った!」
すると、一人の田主丸FCの子どもが立ち上がった。
「せっかくみんな集まったんだから、あれやろう!」
「何?」
「そろばん踊り!」
「いいね!」
誰かが音楽を流す。
最初は子どもたちだけだった。
しかし、
「わしもやるばい」
おじいちゃんが立ち上がる。
「私も!」
おばあちゃんも続く。
農家のおじちゃんも参加する。
気がつけば、公民館いっぱいの人が輪になっていた。
子どもも。
大人も。
お年寄りも。
みんな笑っている。
久留米名物のそろばん踊りが、公民館いっぱいに広がった。
◆
その頃。
試合を終えた古賀のスマホに、写真が送られてきた。
「……ん?」
画面を見る。
大きなスクリーン。
そこに映っている自分。
その前で大騒ぎする田主丸FCの子どもたち。
そして、その後ろでは――
みんながそろばん踊りを踊っている。
古賀は思わず笑った。
「……楽しそうで何よりばい」
横から相川が覗き込む。
「監督、人気者ですね」
「そう?」
「はい」
古賀はもう一度写真を見る。
「……田主丸、元気そうでよかった」
相川は静かに頷いた。
「先生が作ってきた場所ですからね」
「俺じゃなかたい」
「え?」
「みんなが作った場所たい」
古賀はスマホをポケットにしまった。
◆
公民館では、まだ踊りが続いている。
陽太が友達と並んで踊っている。
「お前の父ちゃん、すげぇな!」
陽太は少し照れながら答える。
「……まぁな」
その顔は、いつもの「普通のおじさん」と思っていた父親を見る目とは、ほんの少しだけ違っていた。
福岡ユナイテッドは、スタジアムだけにあるクラブではない。
田主丸の公民館にも。
地域の人たちの暮らしの中にも。
そして、古賀が25年間育ててきた子どもたちの心の中にも。
少しずつ、そのクラブの輪が広がっていた。
――田主丸から、声援を。




