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田舎の農家のおっさん、Jリーグの名将になる  作者: やしゅまる


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22/22

第22話「監督、柔道部の女の子にドリブルを教わるんですか?」

 練習後。


 白石健太が、相川真司のところへやってきた。


「相川さん。ドリブルを教えてください」


「急にどうした?」


「もっと相手を抜けるようになりたいんです。スピードなら負けないんですけど、正面に立たれると抜けなくて」


 相川は少し考えた。


「速さだけでは抜けない相手もいる。相手の重心を動かして、逆を取る必要がある」


「重心……ですか?」


「まあ、説明するより映像を見た方が早い」


     ⸻


 数日後。


 田主丸の地域交流施設。


 福岡ユナイテッドの試合映像が、テレビに映っていた。


 施設を訪れた小柳美咲は、見慣れない女の子が画面をじっと見ていることに気づいた。


「あれ? ユナイテッドの試合に興味があるんですか?」


 女の子は少し驚いて振り返った。


「あ、はい。私、ファンなんです」


「そうなんですね。お名前は?」


「篠原美月です。大学二年生です」


 美月は画面に視線を戻した。


 ちょうど白石が相手選手と一対一になった場面だった。


 白石が右へ仕掛ける。


 相手が身体を寄せる。


 白石はスピードで抜こうとするが、相手に進路を塞がれてしまった。


 美月が小さく呟いた。


「今の、相手の足が動く前に仕掛けちゃってますね」


「えっ?」


 小柳が聞き返す。


「サッカー詳しいんですか?」


「いえ、私、柔道をやっているんです」


「柔道?」


「小学校二年生からずっと。大学でも柔道部に入っています」


 美月は少し照れくさそうに笑った。


「柔道だと、相手の重心や力の向きを見て、崩すタイミングを考えるんです。今の白石選手は、相手が動く前に自分から仕掛けていたので、守る側も対応しやすかったのかなって」


 その話を、後ろで聞いていた人物がいた。


 古賀誠一だった。


「それ、もう少し聞いてもよかですか?」


     ⸻


 古賀は美月から話を聞いた。


「相手を力で動かそうとしなくていいんです。相手の重心がどちらにあるか、どっちへ動こうとしているかを見るんです」


「ほう」


「相手が右に反応したら、左へ。動き始めた瞬間なら、少しの力でも崩せます」


 古賀は何度も頷いた。


「面白かねぇ」


「でも、サッカーとは違うと思いますよ」


「いやいや。身体の使い方は一緒たい」


 古賀は少し考えてから言った。


「今度、うちの選手にも教えてもらえんやろか?」


「えっ、私がプロの選手にですか?」


「うん。サッカーのことは、こっちで考えるけん。身体の使い方を教えてほしいんよ」


 美月は戸惑った。


 まさか、自分の柔道経験がプロサッカー選手の役に立つとは思っていなかった。


「私でよければ……」


「よか! 助かるばい!」


     ⸻


 練習場。


 白石たちが集められた。


「今日は柔道部の篠原さんに来てもらいました」


 相川が説明する。


 白石が首を傾げた。


「柔道部?」


 城戸隼人も不思議そうな顔をする。


「監督、柔道部の女の子にドリブルを教わるんですか?」


「そうたい」


「ドリブルですよね?」


「うん。まずはボールなしでやってみよう」


 美月が選手たちの前に立った。


「最初は、相手との距離を感じてください。無理に動かそうとしなくていいです」


 二人一組になり、向かい合う。


 一人がゆっくり左右へ動く。


 もう一人は相手の重心を見ながら反応する。


「白石さん、相手の肩だけを見ないでください。腰や足も見てください」


「こうですか?」


「はい。でも、追いかけすぎないで。相手が動き始めたところを見てください」


 何度か繰り返すうちに、白石の動きが変わった。


 相手が右へ体重を移した瞬間、白石が左へ動く。


「おっ!」


 城戸が声を上げた。


「今の、速かったですね!」


 相川が映像を使って補足する。


「ドリブルの解説でも、相手との距離、重心の移動、反応を引き出すことが重要になる。見せるための技じゃない。相手の足を止めて、前へ進むための技術だ」


 古賀が笑った。


「ほんなら、ボールを使ってみよう」


     ⸻


 白石がボールを持つ。


 目の前には岩永恒一。


「来い」


 岩永が構える。


 白石は右へ身体を傾けた。


 岩永の重心がわずかに動く。


 その瞬間――。


 白石は左へ切り返した。


「おっ!」


 岩永の足が一瞬止まる。


 白石がその横を抜けた。


「やった!」


 白石が笑う。


 城戸も挑戦する。


 カルロスも試す。


「センセイ! コレ、オモシロイ!」


 守る側の岩永は、何度も重心を揺さぶられて苦笑いした。


「これは守る方も大変だな……」


 美月は驚いていた。


 自分が柔道で学んできたことが、プロの選手たちのプレーにつながっている。


 古賀が声をかけた。


「美月さん、よか教え方やねぇ」


「いえ、私は柔道のことを話しただけです」


「それがよかとよ。みんな、それぞれ得意なことがあるけんね」


     ⸻


 練習の後。


 美月は田主丸FCの子どもたちにも、身体の動かし方を教えることになった。


「相手をよく見て、右へ行くふりをして、左へ動いてみよう」


 子どもたちは笑いながら挑戦する。


 やがて美月が提案した。


「音楽に合わせて、この動きをやってみませんか?」


 左右のステップ。


 重心の移動。


 最後にフェイント。


 簡単な動きをつなげると、ちょっとしたダンスになった。


 白石も城戸も一緒に踊る。


「なんか、試合前の応援にも使えそうですね!」


 小柳がスマートフォンで撮影した。


「これ、クラブのSNSに載せてもいいですか?」


「えっ、私もですか?」


「もちろん!」


 美月は恥ずかしそうに笑った。


 古賀は楽しそうに踊る子どもたちを眺めていた。


「みんな、上手になったねえ」


 相川が隣で呟く。


「まさか柔道からドリブルのヒントをもらうとは思いませんでした」


「柔道もサッカーも、身体を使うところは一緒なんやねえ」


 古賀は美月に向き直った。


「今日はありがとう。また教えてください」


「はい。私も楽しかったです!」


 サッカーの先生は、サッカー場の中だけにいるわけではない。


 今日も古賀は、また一人、新しい先生に出会っていた。

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