第14話「監督、俺たちが作った野菜です!」
北九州ヴァルカンFCとのダービーから数日。
福岡ユナイテッドの練習場には、いつも通り選手たちが集まっていた。
だが、この日の古賀誠一は、いつもの練習着ではない。
帽子をかぶり、長靴を履いている。
「先生……」
神崎蓮が呆れた顔で言った。
「今日、練習は?」
「するばい」
「その格好で?」
「畑の練習たい」
「畑に練習ってあるんですか?」
「あるよ」
古賀は笑った。
「今日は初収穫たい」
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福岡ユナイテッドで始めた堆肥作り。
竹害対策で出た竹を細かくした竹パウダー。
籾殻。
米ぬか。
地域の野菜くず。
そして、学校給食から出た調理くず。
それらを混ぜ合わせ、みんなで堆肥を作った。
その堆肥を使って、クラブの小さな畑で野菜を育てていた。
そして今日。
ついに初めての収穫の日を迎えた。
「おお……」
古賀が畑の前で立ち止まる。
赤く色づいたトマト。
つやつやしたキュウリ。
葉の間から顔を出す野菜。
「できたねぇ」
神崎たちも畑に入ってくる。
白石健太がトマトを手に取った。
「これ……俺たちが作ったんですよね?」
「そうたい」
「なんか、すげえな」
城戸隼人も嬉しそうに野菜を眺める。
「最初、あんなゴミみたいだったのに……」
「ゴミじゃないとよ」
古賀が笑う。
「土に戻せば、ちゃんと役に立つもんになるけんね」
カルロスが赤いトマトを見つけた。
「センセイ!」
「ん?」
「トマト!」
「トマトたい」
「食べていい?」
「まだ洗っとらん」
「……残念」
選手たちが笑った。
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しばらくして、収穫した野菜がコンテナいっぱいになった。
白石が持ち上げる。
「結構ありますね」
「重いやろ?」
「これくらい余裕ですよ」
そう言いながら白石は二つ目のコンテナを持ち上げる。
岩永恒一も黙って運ぶ。
カルロスは両腕いっぱいに野菜を抱えていた。
「いっぱい!」
「カルロス、潰さんごとね」
「オーケー!」
ところがカルロスが歩くたび、トマトが一つ、二つと落ちる。
「あっ」
「カルロス!」
全員が笑った。
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野菜を車に積み込む。
神崎が尋ねた。
「先生、これどこに持っていくんですか?」
「子供食堂たい」
「子供食堂?」
「うん」
選手たちが顔を見合わせる。
「まずはクラブで売るんじゃないんですか?」
「最初の野菜やけんねぇ」
古賀は野菜を見ながら言った。
「まずは、困っとる人に食べてもらおう」
相川真司も少し意外そうな顔をした。
「……なるほど」
「野菜は食べてもらって、初めて野菜たい」
相川は黙って頷いた。
古賀にとっては、それだけのことだった。
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子供食堂に到着すると、子どもたちが選手たちを見つけた。
「サッカー選手だ!」
「白石選手!」
「カルロス!」
「すげえ!」
白石が少し照れながら手を振る。
「今日はサッカーじゃなくて、野菜を持ってきました」
「野菜?」
古賀がコンテナを開ける。
「トマトにキュウリ。みんなで作ったとよ」
子どもたちが覗き込む。
「これ、どうやって作ったの?」
古賀が説明する。
「竹を細かくしたやつや、籾殻、米ぬか。それに野菜のくずや給食の調理くずを混ぜて、堆肥にしたと」
「給食の残りから?」
「そうたい」
「じゃあ、ゴミから野菜ができたの?」
「ゴミじゃなかとよ」
古賀は笑った。
「誰かにとっていらんもんが、別の誰かの役に立つこともあるとたい」
子どもたちは、少し不思議そうに野菜を見つめた。
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その日の昼。
子供食堂のスタッフが、収穫した野菜を料理してくれた。
トマトはサラダに。
キュウリは浅漬けに。
ほかの野菜も料理に加えられた。
「いただきます!」
子どもたちの声が響く。
選手たちも一緒に食卓を囲んだ。
白石の隣に座った男の子が、トマトを一口食べる。
「おいしい!」
白石が笑う。
「ほんと?」
「うん!」
「じゃあ、もっと食べろ」
すると男の子がトマトを一つ持ち上げた。
「お兄ちゃんも食べる?」
「俺?」
「うん」
白石は少し驚いたあと、笑った。
「じゃあ、一緒に食べようか」
「うん!」
二人でトマトを食べる。
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少し離れた場所では、神崎が古賀を見ていた。
「先生」
「ん?」
「嬉しそうですね」
古賀は子どもたちを見ながら笑っている。
「そりゃ嬉しかよ」
「ダービーで勝った時より?」
「うーん……」
古賀は少し考えた。
「どっちも嬉しかねぇ」
そして、畑から運んできた野菜を見る。
「でも、自分たちで作ったもんを、誰かが喜んでくれるのは……特別たい」
神崎は何も言わず、笑った。
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食事が終わると、子どもたちが選手たちのところへ走ってきた。
「サッカーしよう!」
「やっぱり来たか」
白石が笑う。
カルロスも立ち上がる。
「サッカー!」
古賀が手を叩いた。
「よし。ただのサッカーはせんばい」
「え?」
「今日は遊びたい」
古賀が倉庫からペットボトルを持ってくる。
そして地面に並べた。
「サッカーボウリング!」
「やったー!」
子どもたちは大喜びだった。
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子どもたちは、ペットボトルから十メートルほどの場所にボールを置く。
「ここから?」
「そうたい」
一人目の子どもが蹴る。
ボールは真っ直ぐ転がり、ペットボトルを二本倒した。
「やった!」
「ナイス!」
選手たちが拍手する。
すると古賀が選手たちを見る。
「プロは、こっち」
指差した先は――。
ハーフコートほど先。
「……遠っ!」
白石が思わず声を上げる。
子どもたちが大笑いする。
「プロなのに!」
「うるさいな!」
白石も笑った。
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白石が助走を取る。
「よし……」
蹴る。
ボールは勢いよく飛んだ。
しかし、ペットボトルの横を通り抜ける。
「あー!」
子どもたちが笑う。
「白石選手、外した!」
「マジかよ!」
白石が頭を抱える。
続いてカルロス。
「ボク、得意!」
思い切り蹴る。
ドンッ!
ボールがペットボトルに直撃。
一本が大きく飛んだ。
「センセイ!」
「ん?」
「強すぎた!」
古賀は笑った。
「カルロス、ペットボトル壊したら弁償たい」
「ええっ!」
「自販機でジュース買ってきんしゃい」
子どもたちが爆笑する。
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城戸は何度も挑戦していた。
一回目は右。
二回目は左。
三回目は少し浮かせる。
四回目は、力を抜いた。
「……あ」
ボールがペットボトルの真ん中へ転がっていく。
一本、二本、三本。
「やった!」
城戸が思わず拳を握る。
子どもたちが歓声を上げる。
「今の!」
城戸が嬉しそうに笑う。
「狙った場所に行った!」
古賀が頷く。
「そうたい」
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古賀は子どもたちを見ていた。
子どもたちは、誰にも「正しい蹴り方」を教えられていない。
それでも、
「もっと右!」
「強くしたら飛ぶよ!」
「今度は曲げてみよう!」
と、自分たちで試している。
一人の子どもが、ペットボトルの端を指差した。
「ここ狙ったら、いっぱい倒れるんじゃない?」
「やってみよう!」
子どもたちは笑いながら何度も蹴る。
古賀がぽつりと言った。
「……そうか」
相川が隣に立つ。
「何か気づきました?」
「子どもは、正解を知らんけん、いろいろやってみるねぇ」
「はい」
「プロも、もっと遊んでよかとやないかな」
相川が古賀を見る。
「遊び……ですか?」
「うん」
古賀はペットボトルを見ながら続けた。
「同じ場所に蹴るんじゃなくて、どこに落としたら面白いか。どこに蹴ったら仲間が取りやすいか」
神崎も話を聞いていた。
「仲間が取りやすい場所……」
「そうたい」
古賀はボールを拾う。
「遠くに蹴ることが目的じゃなか」
ペットボトルを指差す。
「どこに落とすかたい」
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神崎が黙って考える。
そして、ふと口にした。
「先生……これって、試合でも使えませんか?」
「ん?」
「相手に押し込まれて、前に出られない時。ロングキックをただ前に蹴るんじゃなくて……」
神崎がピッチを想像する。
「相手のいない場所に落とす」
古賀が頷く。
「そうたい」
「そこに白石が走る」
「うん」
「カルロスが拾う」
「うん」
「城戸が二次ボールを拾う」
「それたい」
相川の目が変わった。
「……なるほど」
古賀が笑う。
「ボウリングと一緒たい」
「ボウリングと?」
「ピンがどこに立っとるか見て、倒しやすいところに投げるやろ?」
神崎が笑った。
「サッカーでも相手を良く見て困る場所にロングキックして味方を助けたらいいって事ですね」
「そうたい」
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夕方。
子どもたちと選手たちは、最後まで笑いながらボールを蹴っていた。
畑には、まだ収穫を待つ野菜が残っている。
その横には、自分たちで作った堆肥。
その堆肥から育った野菜を、子どもたちが食べた。
そして今度は、その子どもたちと選手たちが一緒にサッカーをしている。
古賀は畑を眺めながら、ぽつりと言った。
「ちゃんと繋がっとるねぇ」
神崎が聞く。
「何がですか?」
古賀は笑った。
「土と、野菜と、人たい」
少し離れたところで、城戸がもう一度ボールを蹴る。
ペットボトルが三本倒れた。
「やったー!」
子どもたちの歓声が響く。
古賀も笑った。
その日の「遊び」が、やがて福岡ユナイテッドの新しい武器になることを、まだ誰も知らなかった。




