第13話「先生、佐伯さんが全然ボール触れません!」
後半開始。
選手たちがピッチへ戻っていく。
前半は、福岡ユナイテッドも北九州ヴァルカンFCも譲らなかった。
スコアは0―0。
だが、古賀誠一の頭の中には、すでに答えがあった。
「先生、どうします?」
神崎蓮が聞く。
古賀は少し考えた。
「ボールば、いっぱい動かそう」
「……それだけですか?」
「うん。それだけたい」
神崎は笑った。
「分かりました」
そのやり取りを聞いていた相川真司は、思わず苦笑する。
しかし、古賀の意図は分かっていた。
前半、福岡は佐伯との競り合いに対応していた。
佐伯が競る。
水野が拾う。
そこからヴァルカンが前進する。
ならば――。
そもそも、その形を作らせなければいい。
⸻
後半開始。
福岡は、いきなり大きく広がった。
神崎が中央。
城戸隼人が右の内側。
白石健太が右サイドいっぱいに開く。
カルロス・リマは左へ。
岩永は後方でボールを受ける。
「広がって!」
古賀が叫ぶ。
岩永から神崎。
神崎から城戸。
城戸から白石。
白石から神崎。
そして一気に逆サイドのカルロスへ。
ヴァルカンの選手たちが横へ走る。
「寄せろ!」
高瀬恒一監督が叫ぶ。
しかし、ボールはもう反対側。
水野恒一が中央から走ってくる。
神崎がワンタッチでかわす。
城戸へ。
城戸は前を向かず、また神崎へ戻した。
神崎が左へ。
カルロスが受ける。
「センセイ、これでいい?」
古賀は大きく頷いた。
「よか!」
ボールは止まらない。
人が動く。
そして、ヴァルカンの選手たちが動かされる。
⸻
水野の表情が少しずつ険しくなっていった。
前半までなら、ボールがこぼれれば水野が拾えた。
しかし、今は違う。
福岡はボールを失っても、すぐに近くの選手が寄る。
そして奪った瞬間には、すでに次のパスコースが用意されている。
「くそっ……!」
水野が神崎へ寄せる。
神崎はワンタッチで城戸へ。
城戸が白石へ。
白石がカルロスへ。
カルロスが中央へ戻す。
水野は何度も左右に振られる。
相川がベンチで呟いた。
「……水野を走らせています」
古賀はピッチを見ながら、
「困っとるねぇ」
と笑った。
「監督、狙ってますよね?」
「うん?」
「水野を動かしているんですよね?」
「いやぁ……みんなが空いとるところにおるだけたい」
相川は頭を抱えた。
「またそれですか……」
⸻
そして、決定的な場面が来た。
ヴァルカンがようやくボールを奪う。
「前へ!」
高瀬監督が叫ぶ。
CBが顔を上げる。
前方には佐伯がいる。
「佐伯!」
ロングボールを蹴ろうとする。
しかし――。
佐伯の周囲には岩永だけではなかった。
神崎が戻っている。
城戸も中央へ絞っている。
白石も戻っている。
佐伯が叫ぶ。
「ここだ!」
しかしCBは蹴れない。
佐伯へ出しても、その後ろに福岡の選手がいる。
落としたボールを拾う場所がない。
その一瞬の迷いを、カルロスが見逃さなかった。
「センセイの言った通り!」
カルロスが寄せる。
ボールを奪った。
「よか!」
古賀が立ち上がる。
福岡が再び攻撃へ。
⸻
後半15分。
相川が時計を見る。
「……佐伯が、まだボールにほとんど触っていません」
スタッフが確認する。
「本当ですね」
「前半とは明らかに違う」
相川は古賀を見る。
「監督」
「ん?」
「これ、佐伯を抑えているんじゃないですよね?」
「うん」
「ボールを渡していない」
「そうたい」
相川は思わず笑った。
「……それを、そんなに簡単に」
ピッチでは佐伯が両手を広げていた。
「ここだ!」
しかしボールは右へ。
佐伯が走る。
今度は左へ。
また走る。
そして中央へ戻る。
それでもボールは来ない。
「早く入れてくれ!」
佐伯が叫ぶ。
だが、ヴァルカンは前へ蹴ることができない。
福岡がボールを持ち続ける。
佐伯の最大の武器である空中戦。
その武器を使う機会そのものを、古賀は消していた。
⸻
後半25分。
福岡が完全に試合の主導権を握った。
神崎が中央。
城戸が右。
白石が外。
カルロスが左。
岩永が後ろ。
ボールの周りに、常に複数の選択肢がある。
「広がって!」
古賀が叫ぶ。
城戸が受ける。
水野が寄せる。
城戸は神崎へ戻す。
神崎がカルロスへ。
カルロスがドリブル。
白石が裏へ走る。
スルーパス。
白石が抜け出した。
「打て!」
シュート!
GKが弾く。
惜しい!
しかし、ヴァルカンはもう後ろへ押し込まれていた。
⸻
その直後、水野がボールを奪った。
「取った!」
一気に前へ走る。
神崎が追う。
水野が身体を入れる。
「来い!」
神崎も食らいつく。
二人が並走する。
水野が笑った。
「お前ら、強いな!」
神崎も笑う。
「そっちこそ!」
水野が前へ出ようとした瞬間――。
城戸が戻ってきた。
「困っとる人がおったら、助ける!」
城戸が身体を入れる。
ボールがこぼれた。
神崎が拾う。
「ナイス、城戸!」
古賀がベンチから叫んだ。
「それたい!」
⸻
後半30分。
福岡の攻撃。
神崎が中央で受ける。
城戸が右。
白石がサイド。
カルロスが左。
ヴァルカンが左右に揺れる。
神崎が縦へ。
城戸が受けた。
一人かわす。
カルロスへ。
カルロスがワンタッチ。
白石が裏へ抜ける。
「行け!」
スルーパス。
白石が抜け出した。
GKと一対一。
右足を振り抜く。
ゴール!
福岡ユナイテッド、先制!
1―0。
白石はそのままベンチへ走った。
「監督!」
古賀を見る。
「仲間を助けるために走りました!」
古賀は満面の笑みだった。
「そうたい!」
⸻
しかし、ヴァルカンは諦めない。
「まだ終わってない!」
高瀬監督が叫ぶ。
ヴァルカンが前へ出る。
そして、ようやく佐伯へボールが入った。
「来い!」
佐伯が身体をぶつける。
岩永が競る。
佐伯が頭で落とす。
だが――。
その落下地点には神崎がいた。
「またか!」
佐伯が叫ぶ。
神崎がボールを奪う。
佐伯は悔しそうに振り返った。
古賀は静かに頷いた。
止めたんじゃない。
触らせない。
それが今日の答えだった。
⸻
後半40分。
福岡が右サイドでFKを獲得。
相川が古賀を見る。
「監督。セットプレー、行きますか?」
「うん」
神崎がボールを置く。
岩永、カルロス、城戸がゴール前へ。
白石はファーへ。
古賀は選手たちを見る。
「みんな、練習した通りね」
「はい!」
神崎が助走に入る。
キック。
低いボールがニアへ飛ぶ。
岩永が飛び込む――。
と思わせて、触らない。
ヴァルカンの守備が一瞬乱れた。
その後ろから城戸が走り込む。
「ここだ!」
右足を振り抜く。
ゴール!
2―0。
城戸が拳を握った。
「入った……!」
神崎が抱きつく。
「ナイス!」
古賀も笑っている。
「練習したけんねぇ」
相川が頭を抱えた。
「監督、そこはもっと喜びましょうよ!」
「いやぁ、練習した形ができてよかったねぇ」
⸻
そのまま試合終了。
福岡ユナイテッド、2―0。
ダービー初勝利。
そして――。
佐伯は、ほとんど何もさせてもらえなかった。
試合後、佐伯が古賀のもとへ歩いてきた。
「監督……」
「ん?」
「次は負けません」
古賀は笑った。
「いいばい」
少しだけ間を置く。
「でも、次はお互いJ1に上がって戦うばい」
佐伯はニヤリと笑った。
「望むところです」
少し離れたところでは、神崎と水野が笑いながら話している。
「お前ら、本当に強いな」
「そっちこそ。めちゃくちゃ走るな」
二人は固い握手を交わした。
高瀬監督も古賀の前に立つ。
「古賀さん。完敗です」
古賀は慌てて手を振った。
「いやいや。みんなでサッカーしただけですよ」
相川はその言葉を聞き、静かに笑った。
佐伯を止めたわけではない。
水野を潰したわけでもない。
ただ――。
佐伯に、ボールを渡さなかった。
そして最後は、練習してきたセットプレー。
古賀誠一にとっては、どこまでも「普通」のことだった。
だがその普通が、また一つ、J2の強豪を攻略した。




