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田舎の農家のおっさん、Jリーグの名将になる  作者: やしゅまる


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12/15

第12話「先生、あいつら強すぎます」

ダービー前日。


 福岡ユナイテッドのクラブハウスに、いつもより重たい空気が流れていた。


 相川真司がホワイトボードの前に立っている。


「明日の相手は、北九州ヴァルカンFCです」


 モニターに、黒と黄色のユニフォームが映し出された。


「言うまでもありませんが……今まで、うちは一度も勝ったことがありません」


 部屋の空気が少しだけ沈む。


 古賀誠一は、腕を組んだまま映像を眺めていた。


「ヴァルカンは、J2でもトップクラスのフィジカルチームです」


 相川が映像を再生する。


 ロングボール。


 北九州のFW、佐伯恒一が競る。


 ドンッ!


 相手CBを身体で押さえながら、頭でボールを落とす。


 その先に水野恒一が走り込む。


 ダイレクトで前へ。


 もう一度ロングボール。


 佐伯が競る。


 落ちたボールを、また水野が拾う。


 そしてクロス。


 ゴール前へ飛び込んだ佐伯が頭で叩き込む。


「これがヴァルカンの基本形です」


 相川が映像を止めた。


「ロングボール。空中戦。セカンドボール。前進。そしてクロス」


 白石健太が眉を寄せる。


「佐伯って……そんなに強いんですか?」


「J2でもトップクラスです」


「空中戦?」


「ほぼ負けません」


 岩永恒一が腕を組む。


「実際、何度やっても厄介なんですよ。競り合っても身体を入れられる」


 古賀が画面の佐伯を見る。


「身体、でかいねぇ」


「はい」


「岩永より?」


「かなり大きいです」


「そうねぇ」


 古賀は少し考えた。


「でも、競り合った後のボールば拾えばよか」


 相川が振り返る。


「……セカンドボールですか?」


「そうたい」


 相川は頷いた。


「そこがヴァルカンの生命線です。佐伯が競って、水野が拾う。この二人の形を止めない限り、ずっと押し込まれます」


 古賀はホワイトボードに、丸を二つ描いた。


「この人が競る」


 佐伯の位置。


「この人が拾う」


 水野の位置。


 そして水野の前に、福岡の選手を何人か描いた。


「なら、落ちてくるところに先におればよか」


 相川が黙る。


「……監督」


「ん?」


「それだけですか?」


「それだけたい」


 選手たちから、苦笑が漏れた。


 しかし神崎蓮だけは真剣な顔で頷いていた。


「佐伯に競り勝てなくてもいい。次のボールを取ればいいってことですよね」


「そうたい」


 古賀は笑った。


「サッカーは一人でやるもんじゃなかけんね」


     ⸻


 翌日。


 ダービー当日。


 スタジアムは黒と黄色に染まっていた。


 北九州サポーターの大きな声援が響く。


「うわ……すごいですね」


 城戸隼人が呟く。


 カルロスがスタンドを見上げる。


「スゴイ……」


 古賀は笑った。


「よかねぇ。こういう試合は楽しかよ」


「監督、楽しんでる場合ですか?」


 白石が苦笑する。


「だって、こんな大勢の人がサッカー見に来てくれとるとよ」


 そして選手たちを見る。


「怪我せんようにね」


「はい」


「あと、困っとる仲間がおったら助ける」


 神崎が笑った。


「いつも通りですね」


「いつも通りたい」


     ⸻


 キックオフ。


 開始わずか三分。


 北九州がロングボールを蹴った。


 高く上がったボールの下に、佐伯が入る。


「来るぞ!」


 岩永が身体を寄せる。


 ドンッ!


 強烈な衝撃。


 佐伯が競り勝った。


 しかし――。


 ボールが落ちる場所には神崎がいた。


「拾った!」


 神崎が前を向く。


 スタンドがざわめく。


 相川がベンチから立ち上がった。


「今のです!」


 古賀は静かに頷いた。


「そうたい」


 だが、北九州もすぐに戻ってくる。


 水野が神崎へ猛烈に寄せた。


「速い!」


 神崎がかわそうとする。


 しかし水野が身体を入れた。


 ボールがこぼれる。


「取った!」


 今度は北九州。


 水野が前を向く。


「これがヴァルカンだ!」


 相手の高瀬監督が叫ぶ。


「セカンドを取れ!」


 北九州が一気に前へ出る。


 再び佐伯へ。


 ロングボール。


 岩永が競る。


 佐伯が身体をぶつける。


 岩永の身体が一瞬よろけた。


 佐伯が頭で落とす。


 だが――。


「取った!」


 今度は城戸だった。


 城戸が身体を張ってボールを拾う。


 古賀が立ち上がる。


「よか!」


 城戸はすぐに神崎へ預けた。


「神崎さん!」


「ナイス!」


 福岡が攻撃へ切り替える。


     ⸻


 しかし、ヴァルカンは強かった。


 何度もロングボールを入れてくる。


 佐伯が競る。


 福岡が二人目を置く。


 水野が拾いに来る。


 福岡も一人、二人と寄せる。


 それでも水野が身体を入れてボールを前へ運ぶ。


「くそっ!」


 岩永が叫ぶ。


 クロス。


 佐伯が飛び込む。


「危ない!」


 シュート――!


福岡のGKが横っ飛びで弾いた。


 スタンドから大歓声。


 古賀は息を吐いた。


「危なかったねぇ」


 相川が横で言う。


「だから言ったでしょう。あのチームは一度前進すると止まりません」


「そうねぇ」


「佐伯を完全には止められていません」


 古賀はピッチを見つめる。


 佐伯。


 水野。


 二人の位置を何度も確認する。


「……水野くんが、よう走るねぇ」


「はい。ヴァルカンの心臓です」


「なら」


 古賀は呟いた。


「水野くんが困るようにしたらよか」


     ⸻


 前半も半分を過ぎた。


 福岡は少しずつボールを保持できるようになってきた。


 神崎が中央。


 城戸が右。


 白石が大きく外へ開く。


 カルロスも左へ広がる。


 古賀がベンチから叫ぶ。


「広がって!」


 神崎がボールを右へ。


 城戸が受ける。


 白石が走る。


 ヴァルカンの選手が横へ動く。


 城戸から神崎へ戻す。


 神崎が逆サイドへ。


 カルロスが受けた。


「オー!」


 カルロスがドリブル。


 中央へ戻す。


 城戸が走り込む。


 シュート!


 惜しくもGK正面。


「惜しい!」


 古賀が笑った。


「よかよか!」


 相川も頷く。


「前半はほぼ互角です」


「そうねぇ」


 だが相川の表情はまだ険しい。


「ただ……佐伯にボールが入ると、一気に怖くなります」


 古賀はピッチを見る。


 佐伯の周りには、福岡の選手が集まっている。


 古賀が言った。


「止めんでよか」


「え?」


「佐伯くんを止めようとせんでよか」


 相川が古賀を見る。


「じゃあ、どうするんです?」


「ボールを佐伯くんに集めさせないようにしたらよか」


 相川の目が変わった。


「……」


「佐伯くんが強いなら、佐伯くんと喧嘩せんでよか」


 古賀は笑った。


「喧嘩する前に、ボールを別のところへ持っていけばよか」


 相川は、その言葉を聞いてピッチを見た。


 ヴァルカンは、佐伯を起点に攻撃する。


 なら――。


 佐伯を潰すのではなく、佐伯へ届くまでの道を消す。


 それが古賀の考えだった。


     ⸻


 前半終了。


 スコアは、


福岡ユナイテッド 0-0 北九州ヴァルカンFC


 ロッカールーム。


 選手たちは疲れ切っていた。


 古賀が入ってくる。


「みんな、よう走ったねぇ」


 返事をする余裕もない。


 古賀はホワイトボードに、大きな丸を一つ描いた。


 そして、その周りに小さな丸をいくつも描く。


「ボールの居場所をいっぱい作ろう」


 神崎が顔を上げる。


「……後半、変えるんですね」


「うん」


 古賀は頷いた。


「みんなが広がったら、相手も困るけん」


 相川はその言葉の意味を理解していた。


 佐伯を止める。


 水野を止める。


 そんな単純な話ではない。


 ヴァルカンが得意とする場所に、ボールを置かせない。


 そして福岡が得意とする場所を、もっと増やす。


 神崎が立ち上がった。


「先生」


「ん?」


「やりましょう」


 古賀は笑った。


「うん。みんなでやろう」


 前半、スコアは動かなかった。


 だが、古賀誠一の頭の中では、すでに後半のサッカーが始まっていた。


 ――佐伯を止めるんじゃない。


 ――佐伯に、ボールを渡さない。


 そして後半へ

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