第11話「監督、生ゴミで堆肥作るんですか?」
竹林整備から数日
福岡ユナイテッドの練習場では、いつものように選手たちが汗を流していた。
その一方で、古賀誠一は朝から隣町のうきはの農家を訪れていた。
「これ、全部捨てると?」
古賀が指差したのは、収穫を終えた野菜の葉や、傷がついて出荷できなかった野菜だった。
「そうですね。使い道がなかけん」
「もったいなかねぇ」
古賀は野菜くずを眺めた。
その時だった。
「古賀さん、学校のほうでも給食の調理くずが結構出るんですよ」
地域の関係者から聞いた言葉に、古賀の目が輝いた。
「給食も?」
「はい。もちろん、何でもそのままというわけにはいきませんけど」
「なるほどねぇ……」
古賀は少し考えた。
頭に浮かんだのは、この前切り出した竹だった。
「竹もある」
次に近所のライスセンターにある大量の籾殻を見る。
「籾殻もある」
そして米ぬか。
「米ぬかもある」
古賀は笑った。
「……これ、土に戻せるばい」
⸻
数日後。
福岡ユナイテッドのクラブハウスに、大きな資料を抱えた相川がやってきた。
「監督、本当にやるんですか?」
「やるばい」
「地域の植物性残さや、適切に分別された生ごみを堆肥化するプロジェクトですか」
「そうたい」
古賀がホワイトボードに書いた。
福岡ユナイテッド土づくりプロジェクト
「農家の野菜くず。施設や学校から出る調理くず。竹パウダー。籾殻。米ぬか」
古賀は一つずつ指差す。
「捨てるんじゃなくて、みんなで土に戻す」
相川が補足する。
「ただし、何でも入れていいわけではありません。肉や魚、油など、管理が難しいものは対象から外します。水分や原料のバランス、発酵温度なども管理する必要があります」
「なら、ちゃんと分ければよか」
「……」
相川が黙る。
「どうした?」
「監督、こういう時だけ妙に科学的ですね」
「農家やけんね」
⸻
翌週。
地域の農家、クラブスタッフ、そして福岡ユナイテッドの選手たちが集まった。
竹パウダー。
籾殻。
米ぬか。
選別された野菜くず。
それらを順番に混ぜていく。
白石がスコップを握った。
「これ、結構重いですよ!」
「そうやろ?」
「監督、これもトレーニングですか?」
古賀は即答した。
「もちろん」
「やっぱり!」
カルロスが大笑いする。
「センセイ、ナンデモ、トレーニング!」
「鍛えながら地域も助かる。よかろうもん」
岩永がスコップを持ち直した。
「確かに、普通にきついな」
選手たちは笑いながら堆肥を混ぜていった。
⸻
数日後。
「今日は切り返しするばい」
古賀の声に、選手たちが集まる。
発酵が進んだ堆肥をスコップですくい、反対側へ移していく。
白石が腕だけで持ち上げようとした。
「重っ!」
「白石」
「はい?」
「腕だけでやったらきつかよ」
「じゃあどうするんです?」
古賀は実演した。
足を踏み込む。
腰を回す。
身体を安定させる。
最後に腕で押し出す。
「足から動かすとたい」
相川が動きを見ていた。
「……これ」
「ん?」
「キックと同じですね」
古賀が笑う。
「そうたい」
「足だけで蹴ったら、強く蹴れんもんね」
相川は頷いた。
「下半身から体幹、上半身へ力を伝える」
「難しく言わんでよか」
古賀はスコップを持ち上げる。
「身体を一緒に動かす。それだけたい」
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午後。
練習場に大量のボールが並べられた。
「今日は何するんですか?」
白石が聞く。
古賀は笑った。
「キックで遊ぼう」
「遊ぶ?」
「そうたい。今日はいっぱい蹴り方を覚えるばい」
最初はインステップ。
次はインサイド。
そしてアウトサイド。
「どれが一番いい?」
城戸が答える。
「インステップじゃないですか?」
「違うとたい」
古賀はボールを指差した。
「その時に使いやすい蹴り方が、一番よか」
選手たちは次々に蹴り方を変えた。
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「次!」
古賀が小さな四角形を作る。
「鬼ごっこキック!」
右足だけ。
左足だけ。
アウトサイド。
浮き球。
指定された場所へボールを届ける。
失敗したら笑い、成功したら大喜びする。
カルロスが突然、アウトサイドで鋭いパスを通した。
「うまっ!」
白石が叫ぶ。
カルロスは嬉しそうに笑った。
「センセイ! オモシロイ!」
「サッカーは遊びながら覚えるのが一番たい」
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次は、竹で作った低い障害物。
「山を越えろ!」
城戸がボールを蹴る。
ふわっ。
高く上がりすぎた。
「飛びすぎた!」
古賀が笑う。
「今度はボールの下を、ちょっとだけ触る」
「ちょっとだけ……」
城戸がもう一度蹴る。
ふわり。
ボールが障害物を越え、そのままゴールへ入った。
「入った!」
「よかねぇ!」
城戸は嬉しそうに笑った。
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さらに、竹で作った人型のボードがゴール前に並べられた。
「今度は、直接狙えんようにする」
インサイドで曲げる。
アウトサイドで逆方向へ曲げる。
城戸がボールを蹴る。
壁の外側を回り込んでゴールへ。
「これ、試合で使えますね」
神崎が言った。
相川も頷く。
「相手の壁や守備位置によって、キックの選択肢を変えられる」
古賀は頷いた。
「そうたい」
「蹴る場所が一個しかなかったら困るけんね」
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その言葉を聞いた相川が、ふと気づいた。
「……監督」
「ん?」
「これ、セットプレーに使えますよね」
古賀が笑った。
「そうたい」
白石が振り返る。
「まさか……」
「フリーキックも練習するばい」
さらにコーナーキック。
速いボール。
高いボール。
ニア。
ファー。
グラウンダー。
一度戻してからクロス。
選手たちは何度も蹴り比べた。
「相手が困るように、こっちもいっぱい用意しとこう」
相川が笑う。
「監督、完全にセットプレーを仕込む気ですね」
「せっかく覚えたけんね」
白石はボールを抱えた。
「ロングスローもありますし、これ全部組み合わせたら結構怖くないですか?」
神崎が頷く。
「相手からしたら嫌だろうな」
古賀は満足そうに笑った。
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数週間後。
地域の畑に、完成した堆肥が運ばれていた。
子どもたちやサポーターも集まっている。
古賀が土を手に取る。
「生ごみだったもんが、土になった」
神崎が隣で頷いた。
「そして、この土から野菜ができる」
「そうたい」
小柳が畑を見ながら言った。
「この野菜、スタジアムで販売できません?」
「よかね」
神崎が笑う。
「子ども食堂にも使えますよ」
古賀の顔が明るくなる。
「なら、いっぱい作らんといかんね」
捨てられていたものが土になり。
土から野菜が育ち。
その野菜が人の食卓へ届く。
また一つ、古賀の「みんなで助ける」が地域に根を張り始めていた。
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その日の最後の練習。
白石がフリーキックの位置に立った。
「いきます!」
助走。
右足を振り抜く。
ボールは壁の上を越え、大きく曲がってゴールへ。
「入った!」
選手たちから歓声が上がる。
古賀も笑った。
「よかねぇ」
相川が聞く。
「監督、次はどんなキックを仕込みます?」
古賀は腕を組んで考えた。
「うーん……」
少し間を置いて。
「小柳さんから、お尻ば蹴ってもらおうか?」
「「「できません!!」」」
練習場に笑い声が響いた。
古賀は頭をかいて笑う。
「冗談たい」
堆肥を混ぜる。
竹を運ぶ。
ボールを蹴る。
野菜を育てる。
古賀にとって、それは全部つながっていた。
――身体も、土も、地域も。
一人で育てるんじゃない。
みんなで育てる。
それが、古賀誠一のサッカーだった。




