表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
塩対応の幼なじみ、実は俺の黒歴史配信の限界オタクでした  作者: 宮城マコ
第二部 復活のKanatoと専属マネージャー
PR
35/35

第35話 復活の『Kanato』

 俺の六畳間の自室は、たった数日で完全に『配信用スタジオ』へと変貌を遂げていた。


「マイクのゲイン(入力音量)調整よし。カメラのホワイトバランスよし。……湊、ちょっとギター鳴らしてみて」

「お、おう。……」

「ストップ。低音の入力が少し割れてるわね。オーディオインターフェースのツマミ、もう二ミリ絞って」

「は、はい」


 パソコンのモニターを見つめる氷室雪乃は、普段の学校で見せる『氷の女王』の顔とも、俺に見せる『彼女』の顔とも違う、完全に『プロの現場監督』の目つきになっていた。

 機材のセッティングから配線、配信ソフトの細かい設定まで、彼女はマニュアルを見ることなく恐ろしい手際でこなしていく。


(本当にこいつ、高校生か?)


「画角のチェックするわよ。ギターのネックと、湊の手元から胸元にかけて……よし。これなら顔は絶対に映らないし、背景の生活感も映りこんでないわね」

「お前、なんでそんなに配信周りの機材とか知識あるんだよ……」

「当たり前でしょ。推しの動画を最高画質・最高音質で録画保存するために、機材のスペックからエンコードの知識まで猛勉強したんだから」

「お、おぅ……」


(……オタクの情熱って怖い)


 俺が感心して――半分ドン引きしていると、雪乃はモニター用のヘッドホンを外し、俺の方へと振り返った。


「いい? アカウント名は昔のまま『Kanato』を使うわよ。文化祭の動画バズからまだ日が浅い今が、絶好のタイミングよ」

「でも、急にやって誰も来なかったらどうするんだよ。なんの告知もしてないし」

「ゲリラ配信の方が『本物感』が出るのよ。それに、今のあんたのテクニックと音色さえあれば、どう転んでも勝手に火がつくはずよ。……あんたはただ、私を想って音を鳴らしてくれればいいの」


 雪乃のその力強い言葉と、俺のギターに対する絶対的な信頼が込められた瞳に、俺は思わず息を呑んだ。


「……わかった。そこまで言われちゃ、やるしかないよな」


 俺が深く頷くと、雪乃は満足げに微笑み、配信ソフトの『開始』ボタンをクリックした。


***


 画面の端にある『LIVE』の文字が赤く点灯した。

 事前の告知を一切していないゲリラ配信。画面の隅に表示される同時接続者数は、たったの『12人』だった。


(……まあ、当然そんなもんだよな)


 俺は少しホッとした。数千、数万の人間がいきなり見ているより、これくらいの過疎状態の方が、今の俺にはプレッシャーが少なくて助かる。

 カメラの死角であるベッドの上に移動した雪乃が、スケッチブックに極太のマジックで『適当にインストで弾いて』と書き、俺に見せる。


 俺は軽くコクリと頷き、愛用のストラトキャスターのネックを握り込んだ。

 文化祭での熱狂を思い出す。

 雪乃への重すぎる想いと翔太から託された信頼――すべてをぶち込んだ、圧倒的な奔流、暴力的なまでの魂の音色。


 俺は目を閉じ、ピックを弦に滑らせた。

 静かでメロディアスなアルペジオから、徐々にテンポを上げていく。

 俺のギターの音色だけが、静かな部屋に響き渡る。


 パソコンモニターの端で流れるコメント欄には、

 『お、始まった!緊張してる?』

 『え、普通に上手くて草』

 『初見です!おすすめから来ました』

 といった、ごく普通の反応がパラパラと流れるだけだった。


 だが、曲がサビに差し掛かり、俺は少しずつ音に感情を乗せ始める。

 誰かが公開した文化祭ライブの切り抜き動画でも度々登場する、俺特有の『手癖』を入れた高度なカッティングと、独特のスライド奏法を組み込んだ瞬間。


 コメント欄の動きが、ピタッ、と不自然に止まった。


(……ん? どうした?)


 俺が怪訝に思ってモニターをチラリと見た、次の瞬間だった。


『え!?』

『嘘だろ!?』

『今の運指、まさか』

『おい、この手癖って……』

『ちょっ、マジで本人!?』

『文化祭の神ギタリスト降臨!?』

『Kanato復活!?!?』


 止まっていたコメント欄が、突如として滝のような猛スピードで流れ始めた。


(うおっ!? なんだこれ!?)


 同接のカウンターが、チカチカと異常な速度で数字を更新していく。

 たった12人だった数字が、数十人、数百人、そしてあっという間に千人を突破した。

 おそらく、最初の十数人の中にいた耳の肥えたリスナーか、文化祭の動画から流入してきたファンが、SNSで『Kanatoがゲリラ配信してる!』とでも拡散したのだろう。


『本物だあああああ!』

『文化祭の動画から来ました!』

『神!! 神!!』

『音圧エグすぎ!』

『ずっと待ってた!!』


 滝のように流れるコメントと、増え続ける同接数。


(えっ、なんかすごい増えてるんだけど……どうすんだこれ!?)


 俺がパニックになりかけ、助けを求めるようにカメラの裏側にいる雪乃へ視線を向けた。

 すると、雪乃は素早い動きで新しいスケッチブックをめくり、バンッ! と俺の前に突き出した。


『そのまま弾け!!! 絶対止めるな!』


 俺は腹を括り、「ええい、なるようになれ!」とばかりに、さらにディストーションのペダルを深く踏み込み、限界まで音を歪ませてギターを弾き狂い始めた。


***


(アァァァァァァァァッ!! 湊の生音! 自室での本気のソロギター! 尊い! もはや致死量超えてる!!)


 カメラの死角となるベッドの上に陣取る私――氷室雪乃は、歓喜に打ち震えていた。

 私の指示通りに、カメラの枠内で最高のパフォーマンスを披露する私の推し(彼氏)

 モニターに映し出される、分厚い『タコ』ができた指先。汗ばむ首筋。

 そして、その圧倒的な音に魅了され、熱狂の渦に巻き込まれていく数千人のリスナーたち。


(ふふんっ! 見なさい有象無象ども! あんたたちが画面越しに必死に崇めているこの神様は、今まさに、私の目の前にいるのよ!)


 私の中の『オタク』としての欲望と、『正妻』としてのマウント欲が、これ以上ないほどに満たされていく。


『神すぎる』

『最高!』

『もっと弾いて!』


 滝のように流れる賞賛のコメント。

 それらすべてが、湊の才能を証明しているようで、それをプロデュースした私自身の心までもが、誇らしさで満たされていく。


(そうよ、湊の音は世界に轟くべきなの。……でも、その音を一番近くで浴びて、独占するのは……この私なんだから!)


 私はベッドの上で、誰にも見えない特大のドヤ顔とピースサインをキメていた。

 だが、この時の私は、あまりの幸福感に溺れるあまり、完全に油断していた。


 この後、湊のさらにエモいギターソロを浴びた私の理性が完全に吹き飛び、『取り返しのつかない事故』を引き起こしてしまうことになるなど、まだ一ミリも想像していなかったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ