第19話 夜の男子部屋
消灯前の男子部屋。
俺と翔太は、畳の上に敷かれた布団の上に胡座をかき、自販機で買った缶コーラで乾杯していた。
「ぷはーっ! 風呂上がりのコーラ、やっぱ最高!」
「お前、ボーカルなんだから炭酸とか冷たいもの控えた方がいいんじゃないの」
「大丈夫だって! 俺の喉は頑丈だから!」
豪快に笑いながらコーラを喉に流し込む翔太を見て、俺は小さくため息を吐いた。
本当に、こいつは絵に描いたようなカースト上位の陽キャだな。
ルックスも良く、運動神経も抜群。誰とでもすぐに仲良くなれるコミュ力があり、常にクラスの中心で笑っている。
陰キャな俺とは、住む世界も、作られている成分も全く違う生き物なのだろう。
「いやー、でもマジで合宿やってよかったな。音のまとまり、昨日までと全然違うもん」
「まあな。お前がボーカルとして引っ張ってくれてるからだろ」
「なに言ってんだよ。お前のギターのほうがすげえよ。いつから弾いてんの?」
「……まぁ、中学の時から。でも、ずっと一人、押し入れの中で……」
「押し入れ!? マジかよ、ストイックだなあ」
翔太は目を丸くして笑い、空になった缶を畳の上に置いた。
「俺なんてさ……」
ふと、翔太が俯きながら、静かな声で口を開いた。
「昔はただ目立ちたいだけの、薄っぺらいチャラ男だったんだよ」
「……は?」
いつもの明るいトーンから一転した突然の告白に、俺はコーラを飲む手を止めた。
「何言ってんだよ。今でも十分目立ってるし、チャラいだろ」
「いや、そうじゃなくてさ。……何をやっても、本気になれなかったっつうか」
翔太は、自嘲気味に笑って両手を後ろについた。
「スポーツも、勉強も、遊びも。そこそこ器用にこなせたから、周りに合わせてヘラヘラ笑ってるだけで、なんとなく上手くいってた。でも、心の底から『これだ』って思えるものが、一つもなかったんだよなー」
「……」
「だから、何かに本気で打ち込んでる奴を見ると、置いて行かれてるみたいで焦った。……俺の人生、このまま空っぽで終わるのかなって」
いつもの翔太からは想像もつかない、静かで切実なトーンだった。
何でも持っているように見える翔太にも、彼なりの焦りや葛藤があったということか。
「でもさ。中学の時、適当にネット見てたら……偶然、一本の動画を見つけたんだ」
翔太の目が、熱を帯びた光を宿した。
「こないだライブに追加したいってスタジオで流した曲あったろ? あの『Kanato』の動画だよ」
「――っ」
その名前が出た瞬間、俺の心臓が大きく跳ねた。
「ただのギターの弾き語り動画なんだけどさ。しかも、かなり荒削りなやつで。……でも、その音を聴いた瞬間、全身に鳥肌が立った」
「……へえ」
俺は平静を装って相槌を打ちながらも、内心では焦りで頭が真っ白になっていた。
「テクニックっていうより感情の乗り方がヤバかったな。誰か一人のために、自分の全部を曝け出して、魂削って叫んでるみたいな音だった」
翔太は、まるで昨日のことのように語り続ける。
「前に少し話したかもだけど、その音を聴いた時、俺の薄っぺらい人生を、全力で殴られた気がしたんだ。……こんなにも本気で、泥臭く、音を鳴らしている奴がいるんだって」
(……マジかよ)
俺は、ゴクリと唾を飲み込んだ。
たった一晩公開しただけの黒歴史が、まさか目の前の男を本気で音楽に向き合わせる、きっかけになっていたなんて。
「だから俺、決めたんだよ。……俺も、本気の歌で誰かの心を震わせたい。あいつみたいに、魂を込めてステージに立ちたいって」
「……そっか」
「俺にとって、あの動画の主は『神様』なんだ。……あいつに負けないような、最高のボーカルになるのが、今の俺の目標なんだよ」
翔太はそう言うと、照れくさそうに頭を掻いた。
「なんか急に柄にもなく熱く語っちまって悪いな」
「いや。……たまにはいいんじゃないの、そういうのも」
俺は、微笑みながら頷いた。
純粋に音楽を愛し、見ず知らずのネットの天才を『神様』と呼んでリスペクトする。
ただのチャラい目立ちたがり屋なんかじゃない。誰よりも熱い心を持った、本物のバンドマンなのだ。
(……俺も、負けてらんないな)
そう思い、手元のコーラの缶をギュッと握りしめた。
翔太が本気で歌と向き合っているなら、俺もサポートギターとして、こいつの歌を全力で支えなければならない。
こいつの言う『ネットの神様』に負けないくらい、圧倒的なバッキングで、翔太の声を一番前へと押し上げてやる。
「影山」
翔太が、真っ直ぐな目で俺を見た。
「お前のギター、あの神様に負けないくらい熱くて、最高にカッコいいぜ。……俺、お前と一緒にステージ立てるのが、マジで嬉しいんだ」
「……やめろよ。調子のいいこと言ってんじゃねえよ」
俺は照れ隠しでそっぽを向きながら、コーラの残りを一気に飲み干した。
炭酸の刺激が、胸の奥を心地よく駆け抜けていく。
「さっさと寝るぞ。明日も朝からしっかり合わせていくぞ」
「おう! 明日もよろしくな、相棒!」
「だから相棒って呼ぶな」
パチン、と。翔太が部屋の明かりを落とした。
暗闇の中、布団に潜り込みながら、俺の心には確かな熱が灯っていた。
――壁を隔てた女子部屋と男子部屋。
それぞれが、奇遇にも同じ音に救われ、人生を変えられた過去を語り合った合宿の夜が静かに更けていった。




