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悪魔の軍師は故郷に帰りたい ~男装して美貌の追放王子を玉座に導いたら、退路を断たれ極上の檻に閉じ込められました~  作者: *しおり*
立志編

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8.5  番外編

赤蠍の砦を占領し、賊を我が軍に下らせてから数日後。


 日中のうだるような熱気を避けるため、マーシャは砦の風通しの良い日陰に座り込み、戦利品の銀貨を指先で弾いて遊んでいた。チャリン、チャリンという小気味よい音が、退屈な午後の空気に吸い込まれていく。


「……なぁ兄貴、いい情報を見つけてきたぜ」


突如、壁の影から猫のように音もなく滑り込んできたのは、スラム育ちの密偵ザイドだった。彼は周囲をキョロキョロと見回し、誰の目もないことを確認すると、懐から古びた真鍮の鍵と、羊皮紙の切れ端を恭しく差し出した。


「潜入工作の時に、副首領の部屋からくすねておいたんだ。あの野郎、山賊の裏帳簿にも載せてねェ『隠し財宝』を、砦の地下にこっそり溜め込んでたらしい。これはその金庫の鍵と、場所を示す暗号だ」

「ほう」


マーシャは銀貨を弾く手を止め、黒曜石の瞳をギラリと光らせた。

 だが、ザイドは困ったように頭を掻きむしる。


「ただよォ、俺は字の読み書きはできても、こういう小難しい暗号ってのはからっきしでさ。そこで、頭の回る兄貴の出番ってわけだ」

「……なるほど。面白そうだな」


マーシャは羊皮紙を受け取り、書かれた記号と数字の羅列を一瞥した。どうやら、砦の地下水道に繋がる古い構造図を暗号化したものらしい。日本の歴史やパズルに親しんできた彼女の論理力をもってすれば、解読は容易い。

 マーシャはターバンの奥で唇を吊り上げ、鍵を指先に引っかけた。


「いいだろう、乗ってやる。……分け前は私が六、お前が四だ」

「はァ!? 冗談キツいぜ兄貴! 見つけてきたのは俺だぞ、せめて五分五分……」

「嫌なら、今すぐカディルにこの鍵を渡して『ザイドが殿下の軍資金を隠し持っていました』と報告するが?」


にっこりと笑うマーシャの背後に、あの堅物剣士の説教という無間地獄の幻影を見たザイドは、大袈裟に天を仰いだ。


「あーもう、分かったよ! 四でいい、四で! 相変わらず悪辣すぎるぜ兄貴!」

「交渉成立だ。日が暮れる前に、さっさと抜きにいくぞ」


* * *


かくして、「殿下のための見回り」という大義名分を掲げ、二人の悪党は砦の地下深くへと続く石段を下っていた。

 ひんやりとした空気が肌を撫で、松明の光が石壁に長い影を落とす。


「いいか、物音を立てるなよ。この階層には今、カディルが備蓄品の目録作りに来ているはずだ」

「へいへい。あのお堅い旦那に見つかったら『盗賊の真似事は恥知らずな行為だぞ』って、また三時間は説教だからな」


ザイドが肩をすくめた、その直後。

 前方の通路の角から、規則正しい鎧の足音が近づいてきた。松明の光と共に、カディルの険しい顔が浮かび上がる。


「げッ」

 ザイドが舌打ちをして壁の窪みに隠れようとするが、間に合わない。


 その瞬間、マーシャは懐から、先ほどの広間で拾っておいた『柄にトゲトゲの鉄球がついた、悪趣味極まりないモーニングスター』を取り出し、通路のど真ん中へ向かって無造作に転がした。


ゴロゴロ、ガランッ!


「む? なんだこれは」

 カディルが足を止め、転がってきた鉄球を拾い上げる。

「なんという下品で野蛮な武器だ。このような重心の狂った鈍器で、どうやって剣筋を読めと言うのだ。山賊どもめ、武の誇りというものが微塵も……」


ブツブツと武器の構造にケチをつけ始めた生真面目な剣士の背後を、マーシャとザイドは息を止め、つま先立ちですり足のまま、カニ歩きで完璧にやり過ごした。


「ふぅ……危ねェ。さすが兄貴、猛獣の扱いをよく分かってる」

「黙って歩け。あと少しだ」


暗号の示す方角へ進む途中、マーシャは「第三の扉」という記述に従い、重い木の扉を開けた。

 ――途端に、鼻が曲がるような強烈な異臭と、紫色の怪しい煙が溢れ出した。


「ゲホッ!? なんだこの臭い……ッ」

「……ほれ、動くな。この『腐肉茸の絞り汁』を傷口に塗り込めば、蛆が湧く前に神経ごと麻痺して治りますぞ。ヒッヒッヒ……」


暗闇の中、怪しい壺をかき混ぜながら、得体の知れない軟膏を煮詰めているイブンの姿があった。

 人を殺すことに躊躇いのない裏社会育ちの二人ですら、そのあまりにもマッドサイエンティストな光景に背筋を凍らせ、無言でそっと扉を閉めた。


* * *


地下の最奥。

 行き止まりの石壁に、暗号が示す通りの精巧な「隠し扉」があった。


 中央には真鍮の鍵穴。


ザイドが「へへっ、お宝のお出ましだ!」と涎を垂らしながら鍵を突っ込もうとした瞬間。


――ドゴォッ!


「痛ェッ!?」

 マーシャの蹴りが、ザイドの尻にクリーンヒットした。


「馬鹿野郎。よく見ろ、鍵穴の周囲に六つの小さな窪みがある。床の石畳も不自然に浮いているだろう。適当に鍵を回せば、天井から毒矢の雨が降ってくるぞ」

「ひぇっ……!」


マーシャは松明の光を近づけ、罠の構造を観察した。

(滑車と重りの連動式か。日本で読んだピラミッドの盗掘防止トラップの簡易版みたいなものだな)

 彼女は周囲の石を拾い集め、浮いている石畳の四隅に正確な重量で配置していく。ガチン、と壁の中で歯車が噛み合う音がした。


「よし、今だ。回せ」


ザイドが恐る恐る鍵を回すと、重い石の扉が音を立ててスライドした。


 中に広がっていたのは、まさに隠し財宝。眩いばかりの金貨が詰まった袋と、見事な宝石箱が山積みになっていた。


「へへっ、さすが兄貴! こいつはすげェ! これで俺たちも大金持ちだぜ!」


 ザイドが歓喜の声を上げ、金貨の袋を自身のポケットへ次々と詰め込み始めた。マーシャもターバンの奥で笑みを深め、手頃な宝石を懐に入れようとした、その瞬間だった。


「……こんな地下の最奥で、何をしているんだ? マーシャ、ザイド」


背後から、ひどく冷たく、じとっとした響いた。

 二人がロボットのように首を回すと、そこには松明を持ったファリードと、付き添いのカディルの姿があった。砦の構造を完全に把握するため、自ら地下の巡回を行っていたのだ。


「き、貴様ら……ッ! また死体漁りのような盗賊の真似事を……!」


カディルの顔の火傷の痕が怒りで赤黒く染まり、剣の柄に手がかけられる。

 絶体絶命。しかし、マーシャの脳内での計算はカディルの抜刀よりも早かった。


彼女は一切の躊躇なく、金貨をポケットに詰め込んでいたザイドの腕をガシッと掴み、天高く掲げたのだ。


「よくやったぞ、ザイド!! 殿下の軍資金となる『赤蠍の隠し財宝』を、ついに発見したな!!」

「……え?」

「いやはや殿下! 私は彼がこの財宝をネコババしないように、ずっと後ろから厳しく監視していたところです。さあ、これでまた一つ、王座に近づきましたね!」


マーシャは一切の悪びれもない、完璧な忠臣の顔でファリードに報告した。


「……はァ!?」


 目玉が飛び出るほど驚愕し、裏切られたショックで固まるザイドを完全に置き去りにし、マーシャは懐に入れた宝石をそっと金貨の山へ戻す。


 ファリードは、呆れ果てたように金色の瞳を細めた。先日の「軍師の秘密」を知っているファリードからすれば、この男言葉で悪辣な立ち回りをする彼女のギャップに、どう反応していいか分からず、ただ小さくため息をつくしかなかった。


「……そうか。大儀であった、ザイド、マーシャ。この軍資金は、我が陣営の公式な財産として『すべて』没収する」

「あ……あああ……俺のシノギが……」


その場で泣き崩れるザイドの横で、カディルの雷が落ちたのは言うまでもない。


* * *


その日の夜。

 砦の屋根の上。冷たい夜風に吹かれながら、カディルから絞られるだけ絞られて泣きべそをかいているザイドの隣に、マーシャが音もなく腰を下ろした。


「ひでェよ兄貴……。俺を身代わりに売るなんて、悪魔の所業だぜ」

「戦場では、臨機応変な損切りが命を救うんだ。勉強になったな」


恨みがましく睨むザイドに対し、マーシャは懐からポンと「ある物」を放り投げた。

 ザイドが慌てて受け取ったそれは、金庫の奥底からマーシャがちゃっかりとくすねておいた、とびきり上等な年代物のワインボトルだった。


「おっ……!」

「隠し財宝のオチとしては、まあ上出来だろう。栓を抜け」


ザイドの顔がパッと明るくなり、手慣れた動作でボトルのコルクを抜く。芳醇な葡萄の香りが、夜風に乗って広がった。


「へへっ、やっぱり兄貴は最高だぜ! で、分け前はどうする?」


マーシャはターバンの奥で悪戯っぽく笑い、自身の手元の木杯を突き出した。


「……約束通り、分け前は私が6で、お前が4だ。こぼすなよ」


「へいへい、強欲なことで」


瓶を受け取ったザイドも豪快にワインを煽る。 眼下からは、酔っ払った傭兵たちの下品な笑い声が微かに聞こえてくる。下ではマーシャの戦術を「恐ろしい悪魔」と噂して畏怖している者たちもいるが、ザイドにとってはこの損得勘定で繋がれる新しく出来た悪友との関係がひどく心地よかった。


「……なあ兄貴。俺たち、これからどうなると思う?」


月を見上げながら、ザイドがふと静かな声を出した。


「さあな。だが、あのヒヨッコ殿下は案外、とんでもない化け物に育つかもしれないぞ」


「違いねェ。あの歳であの盤面を描くんだからな」


二人は瓶を回し飲みしながら、夜風の中で静かに笑い合う。 王座奪還という途方もない重圧も、マーシャが背負う血みどろのトラウマも、この瞬間だけは極上のワインの味に誤魔化されていく。


マーシャにとっても、ただの裏社会の相棒として気兼ねなく軽口を叩き合えるザイドとの時間は、この狂った世界で息継ぎをするための、数少ない安らぎのひとときだった。


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